トウカイテイオーの好奇心
ボク達家族の暮らす家は、東京の中心部から少し離れた一軒家。
あまり詳しい話は聞いてないけど、パパもママもいわゆる「お金持ち」なんて部類に入ると思う。
二人とも、皆から凄いって言われるようなお仕事に就いているからお給料も高い。あとは、ママがレースで勝ち取った賞金とかも、それを上手く運用していて、さらに実家の生業もお手伝いしてるんだとか。
レース富豪だとかセレブだとかなんとか言って、口さがない雑誌なんかが好き放題取り上げることもある。その度に、ママに痛い目に合わされてるようだけど、まるで懲りていないらしい。
小学校に通っていた頃は、そんな噂を小耳に挟んだらしい同級生達の間で、ボクらは勝手に高層マンションの最上階に住んでることにもされていたっけか。
それも出来なくはないんだろうけど、まだ小さいセナには行き帰りだけでも一苦労だし、ボクとツヨシにもいらない足の負担がかかるからって、パパが反対したんだって。
だから、学園からそれほど遠くなくて、ウマ娘でも十分走り回れるほど大きな庭付きの一戸建てを一括で買ったのだろう。
府中とはいえ、東京の平地にそんな土地なんて殆どないから、ちょっと山に食い込んだ形になっちゃってるけど。ご近所さんというものも存在しない。せいぜい鹿ぐらいだ。
まぁ、ママがお世話してる孤児院の子達と一緒に遊んだりもするから、全く寂しくはないけど。
ただ、今日みたいな年に一度の大掃除は、ボクとツヨシの二人だけだ。
「あっ、姉さん!これで一番最後ですよ!」
「そっか。ならもう廊下の方に置いてっちゃってよ。たぶん、こういう時ぐらいしか引き出すことなんてないだろうしね」
「了解しました!ツヨシ、参ります!」
「気を付けてね~」
声だけは花丸満点で威勢が良い。でも実際のツヨシは、自分の背丈程もある土嚢を抱えていっぱいいっぱい。
手伝ってあげたいのはやまやまだけど、こういうのは迂闊に横から手を出してしまうと、お互いバランスを崩してしまいかえって危ない。妹も仮にもウマ娘で、アスリートの卵なのだから、あの程度の荷物運びに介助はいらないと判断した。
パパとママは二人とも、もっと身長が必要だったり、あるいは崩れ易かったり薬品を扱ったり、危ないものを保管してあったりと、子供には任せられない場所の掃除にあたっている。
セナは庭の草むしりだ。はっきり言って、こっちに手伝いに来てもらったところで邪魔にしかならないから。
ボクとツヨシは物置の整理整頓。正直、全く気の乗らない仕事。
いざというときすぐ引き出せるよう分類して配置するのが目的だけど、実際に使ってるパパとママがどちらもマメな性格だから、手を加えるまでもなく最初から整理されている。
ボク達のやってることなんて、一回引き出してからもう一度同じ場所にしまい直すだけの作業。
しかもこの物置、主に収納されているのが災害時を見据えた食料に水だとか、救急箱だとか立ち漕ぎ発電機だとか土嚢だとか、そういった備えである。
確かにウチは山の中にあって、地震とか台風とかあったら大変だし、土砂崩れとかも怖いけど。それはそうと、こういった諸々はかさ張る上に重くて、出し入れするだけで一苦労。
ようするにボクとツヨシのやってる手伝いは、大変なくせして大した成果もない不毛な作業なのだ。
「はぁ………」
あーあ……毎年こんなことするぐらいなら、千葉のシンボリのお家やマックイーンのお家みたいに、お手伝いさんでも雇えばいいのに。
そうでなくたって毎年この月になると、ポストに大掃除手伝いますっていう便利屋さんのチラシが挟まってるじゃん。
いつも一瞥もくれないまま捨てちゃってるけど、せっかくこんな住宅街から外れたとこまで来てくれてるんだし、どうせだから使ってあげたら?ねぇ、ママ。
テントの幌をしっかり畳んで、もう一回付属の紐で縛り直す。その上に毛布を重ねておいて、さらにロープでまとめてしっかりと縛ったら、ようやく点検も終了。
棚の下で壁に立て掛けてから立ち上がって、顔を上げると、ちょうど目線と同じ高さにぽっかりと隙間が空いていた。
それはさっきツヨシが引き出していった、土嚢の収まっていた空間だと思う。
だけどそのさらに奥手に、なにか別のものが顔を覗かせていることに気が付いた。
「なんだろう。これ……箱、かな?」
入り口から射し込む外の光を頼りに目を凝らしてみれば、淡い色をした、箱のようなものが確かにある。
素材は……桐かな。たぶん。前に、シンボリのお屋敷でママの現役時代のトロフィーを見せてもらったとき、こんな感じの箱にしまってあった記憶がある。
「んしょ……ん"~……!!ダメか、届かない……」
ボクの目線の位置にある棚の、さらに一番奥に引っ込んだ場所。どう頑張っても、ボク一人で取り出せそうにはなかった。ウマ娘の力で無茶をすれば、棚そのものが壊れてしまう。
ボクよりさらに背の低いツヨシのことだから、そもそも気付くことすら出来なかったんだね。
別に無理やり捩じ込んであるわけじゃないけど、やっぱりここは災害に向けた備蓄を保管する場所で、そこにこんな箱があれば嫌でも目につく。ましてや、ボクよりよっぽど背丈のあるパパとママが気付かないワケがない。どうしても、たまたま混じってしまったようには見えなかった。
ボクとツヨシが手を出せないように、あえてこんな場所に閉じ込めたように思えるのは、果たして考えすぎだろうか。
ただの邪推かもしれないけど、もしその推測が正しいとするなら、パパやママを呼んだとこで無駄かもしれない。この場はいいようにはぐらかされて、ボク達を追い出した後に今度こそ見つからない場所に隠されてしまうだけ。
正体が分からない以上、そもそも大人の判断を仰ぐことこそが正しいのかもしれないけど……だけど、ボクにはあの箱が危険なもののようには思えなかった。だって、そんなに危ないものなら、そもそも緊急時用の備蓄に混じって置いておくはずがないじゃんか。
まぁ、場所が場所なだけあって、踏み台になりそうなものはいくらでも見当たるんだけど。
かといって、このためだけにもう一回引っ張り出すのも億劫だ。
「ツヨシ……ツヨシってば!!ねぇ、ちょっとこっち来てよ」
「は、はーい!!」
ボクはもう一度しゃがみこむと、廊下で土嚢を転がしていたツヨシを呼び戻して自分の肩に跨がせる。
こうすれば、単純に背丈はほとんど倍。棚の一番奥にも余裕で手が届くのだ。
「目の前の段。一番向こうに側に箱みたいなのが見えるでしょ?」
「箱、箱……ああ、あの白いのですか。横に細長い桐の箱」
「そう。それちょっと引っ張り出してくれないかな。一応、ここにあるからには確認しておかないと」
言うまでもなく、あれがただの備品の一つであれば、わざわざこんな手間をかけることなんかしない。あんな奥手に身を潜めているのだから、これ幸いと見なかったことにして済ませただろう。
やっぱりこういう時、好奇心は一番の動機になる。
「ん……しょ、っと。よし、出せました!!下ろしてください、姉さん」
「よしよし。偉いよツヨシ。このテイオー様が褒めてあげるぞよ~」
「わぁい!!」
「あ……お、落とさないでね……」
いくらウマ娘でも、あんな頑丈そうな木箱の角を脳天に叩きつけられては堪らない。
はしゃぐツヨシに内心びくびくしながら、ボクは妹ごとようやく手に入れたそれを床に下ろした。
箱を挟んでお互い向かい合わせにしゃがみこみ、明らかになったその全貌を確認する。
「大きいですね。立てれば私の胸のあたりまで届きそうです」
「うん。思ってたよりもさらに一回り以上はある。さっきまでは暗くてよく見えなかったけど」
間違っても、うっかりここに忘れてしまったなんて代物じゃない。いくら大人でも、ママはともかくパパだとあそこまで持ち上げることすら一苦労だと思う。
……これを元通りしまう作業も残っているかと思うと、そもそも自分で引っ張り出したものとはいえ、あまりにも気が重かった。
「なんでしょうか、これ」
「それが知りたいからこうやって棚から下ろしたんだけど……ホントになんなんだろうね、これ」
見た目はなんの変哲もない。
そっと表面に指を滑らせてみれば、僅かな引っ掛かりも歪みも感じられない。下地に使われている木材が、かなり良いものだということは分かった。
端から端までなぞり終えて、そのまま指の腹を確かめてみれば、こんな倉庫に収まっていたにも関わらず、埃も殆ど残っていなかった。決して放置していたわけでもないみたい。ますます謎が深まる。
「うーん……先週末のテレビの映画、たしかこんなのが出ていたような」
「あれってホラーでしょ。だったらこれ見つけちゃダメなヤツじゃん」
普段寄り付かない倉庫の片隅にから唐突に現れた、年季の入った正体不明の木箱となると、確かに風情はあるかもしれないけど。
勿論、裏をひっくり返してみたところで、御札の類いが貼り付けているわけでもない。
「よし、開けちゃいましょうか?」
「……たった今そんな話しておいて、よくその提案が出てきたね」
「でも、中をみないことには中身は分かりませんよ?もしかしたら、蓋の裏側に御札でも貼ってあるかもしれませんから」
「それなら、尚更開けちゃダメでしょ」
「開けたくないんですか?ならなんで棚から下ろしたんです?姉さん」
「うっ……」
それはその通りで、返す言葉もない。けど、あくまで床に引き出すことと、実際に蓋を開けて中身を確認することとでは、やっぱり心理的なハードルは違ってくる。
別に呪いだとかなんとか、そんなものを気にしているわけではなくて。
単純に、ボク達がこれを開けたらことがママにバレて、それが許されないことだった場合、一番に怒られるの実際に蓋を開けた『実行犯』に他ならない。
それ以外はあくまで勝手に開けられるのを見ていた、『傍観者』としてかわせる余地がある。ママからの心象が、そうなるとやっぱり違うのだ。
……それはすなわち、蓋を開けるのがボクでさえなければいいってことで。
ツヨシにやらせてもいいけど、どうせ無理強いするのなら、ウマ娘である妹よりもっと容易い末っ子がいるじゃないか。
「にしし……」
悪いけど、これはウマ娘を姉にもったヒト息子の
弱肉強食こそ世の理。ボク達シンボリ分家三人姉弟においては、紛れもなく力こそが正義なのだから。恨まないでね。
「ね、ツヨシ。悪いけどお使い行ってきてくれないかなぁ」
「え、あ、はい。なんでしょう」
「ちょっとセナ捕まえてきて。ダッシュで」
◆
草むしりに適した季節なんてものは存在しない。
ただしゃがんでいるだけで汗ばむ春と夏、山肌を吹き下ろす風が身に染みる秋と冬。四つの季節は、概ねこの二つに分類出来る。
暑さ寒さを抜きにしても、長時間屈んでいるという姿勢ただそれだけが苦痛。獲物の総数が少ないぶん、まだ冬の方がマシという程度だろうか。雪でも積もれば免除になるのに、今日は生憎の快晴だった。
「く……そっ……」
だいたい、うちには体力自慢のウマ娘が三人もいるじゃないか。こういう肉体労働こそ、あの三人に任せておけばいいものを。
適材適所。大掃除に頭脳労働など存在しないだろうが、それでもこれよりマシな作業は山程ある。
そもそも重機に匹敵する作業能率を誇るというウマ娘を、二人も倉庫の整理に投入するのは戦力配分を大きく間違えていると思う。
いっそのこと、スパイクを装着したシューズでこのあたりを走らせれば、勝手に雑草も掘り返されるのではないだろうか。
走るだけで大喜びする姉達のことだし、まさに天職といえるだろう。
筋違いの八つ当たりだと分かってはいる。
それでもこうして発散しないと、終わりの見えない作業で溜まりに溜まった鬱憤が天井を突き破りそうだった。
だいたいウチの庭は……というより敷地全体が広すぎるのだ。なんだ、山一つって。どれもこれも、ウマ娘がのびのびと暮らすためである。
そう。今まさに、目の前から真っ直ぐ突っ込んでくる彼女のような。
「うぅ~……ぜぇ、はぁ、セナぁ……」
どうせ、テイオーあたりからダッシュで捕まえてこいとでも言われたんだろうな。
やれと言われたらなんでも真に受ける。ただしツヨシの指揮系統にも確固たる序列があり、僕がテイオーに劣後している以上、ここでなにをどう争ってもこちらの言うことは聞いてくれない。
「ぜぇ……ひぃ、はぁ………」
「………………」
あえなく胴を抱きしめられて、あたかもバッグを小脇に抱えるような気安さで拉致される。
僕と二つしか歳が違わず、しかも腕一本のみの拘束だというのに、全力でもがいてもまるで緩む気配はない。今にも絶命しそうな喘ぎが、こうなると急に嘘くさく思えてしまう。
本人はいたって本気なのだろうが……これで虚弱というのは、正直まるで納得がいかなかった。
しかし、みるみるうちに遠ざかっていく庭を眺めていると、これもこれでいい気がしてきた。
どんな厄介ごとが待ち構えているにせよ、とりあえずはあの拷問じみた退屈な作業から脱け出すことが出来るのだから。
そうして連れ込まれた先は、案の定彼女達の持ち場である物置。
あらかた整理は済ませてしまったようで、部屋は綺麗に片付いている。てっきり細々とした作業を押し付けられるものとばかり思っていたから、少し意外だった。
大きいな長方形の箱を跨いで仁王立ちした暴君が、部屋のど真ん中で小憎たらしく腕組みしている。
「あっ。やっと戻ってきたね。よしよし、じゃあ早速始めよっか」
うんうんと頷きながら、一人で話を進めるテイオー。勝手なものだが、現状において僕達姉弟における絶対強者の彼女だからこそ許される振る舞いに他ならない。
ツヨシから僕を受け取ると、軽快なステップで箱の上から飛び退いて、代わりにこちらをしゃがみ込ませる。
両肩を押さえ込まれ、無理やり近付けさせられたそれは、やはりどこからどう見てもただの箱だった。
こんなものが、一体どうしたというのだろう。
「セナ、それ開けて」
「……なんで?自分でやればいいじゃん」
「いいから」
僕の当然とも言える疑問にも、テイオーはなにも答えない。ただ、にまにまと箱を覗き込むだけ。
こうなると、彼女は絶対になにも教えてはくれない。
無理やりにでも吐かせる手段を持たない以上、どれだけ不気味でも僕に従う以外の選択肢は存在しなかった。
……それに、僕自身、この箱の中身に少しだけ興味がある。
日常では中々お目にかかれないサイズ。一体なにが納められているのだろう。
「じゃ、いくよ」
「はやくはやく~!!」
「わくわく!!」
「うっさ……」
こんな時まで喧しい二人に辟易しながら、蓋の出っ張りに指を引っかけて、上方向に力を籠める。
「固い……」
「あれ、封されてるの?外からはそんな風には見えないけど、接着剤とか」
「いや、そういうのとは違う……。たぶん、単純にキツイだけだと思う」
「そっか。じゃ、仕方ないかな。ボクが代わろっか」
「いや、そこまでじゃない。……大丈夫だから」
これはかなり危うい固さだ。ウマ娘の力でもそれなりに手を焼くだろう。
歯が立たないわけじゃない。が、うっかり力加減を誤って、箱ごと破壊してしまう結果になりかねない。一見しただけでも上等な素材だと分かるぐらいだし、そんなことになったら母さんから大目玉を食らってしまう。
「んぐぅ~……!!」
「がんばれー」
テイオーの声援を浴びながら食い下がること数十秒。
徐々に持ち上がっていた蓋が縁を越えて、ようやく宙に飛び出した。
「おお……!!」
「お~!!」
「わあぁ……!!」
かくして、白日の下にさらけ出された中身。
僕達三人は肩を寄せ合い、揃ってそれに目を輝かせた。