センチネル・バケツヘルム卿として知られるヒーローは、特異である。
普通、ヒーローといえば何を想像するだろう?タイツにマスク、あるいはきらびやかな細身のスーツ。いうなれば、”コスチューム”。それらが想像されることだと、思う。だがこの街の日の出の場所において活動する、バケツ頭の聖騎士という存在はあまりにも特異であった。
『……あっつつ……』
日の出の街はちょっと西に外れ、区域の端に位置するは有限会社ヒノデ倉庫……の、跡地。
かつては倉庫業を営んでいた廃倉庫に入ってくるはバケツ頭の聖騎士であり、後ろ手に重々しい大きな扉が締められれば、ああ、その奥にあったメンテナンスハンガーへと歩み寄ればそれを脱ぐことだろう。重々しい、パワードスーツ―――― パワー・アーマースーツを。
センチネル・バケツヘルムを構成するそのコスチュームは、俗に言うタイプのヒーローが身につけているものとは違う、中世の鎧を模した重装甲のアーマースーツであり、武器はハンマー……あまりにも通常で考えうる”ヒーロー像”とは異なるものであった
『今日はちょっと、メンテが長引きそう』
その中から出てくるのはひとりの青年であり、高さが2mを超えるスーツに対してとても小さい。成人男性としてもやや、わずかに小柄に分類されそうな166cmである。逆屋健作、ケンゾー。彼もまたヒーロー像とはやや筋違いな、スーツ工学に長ける以外は至って常人といった者であった。
「ありがとうセンチネル…僕のスーツ。
すぐに全部チェックしてあげるから」
ひとり、その物言わぬ、鈍い青色の胸に刻まれた十字架を撫でる。
彼の身を守る重厚なスーツのその表面は、わずかな熱だけが残っていた。
パワー・アーマースーツ、”センチネルⅡ”。
彼の父親がソフトウェアを設計した”センチネルOS”というオートフィットOSを搭載したアーマースーツの発展型であり、初期型のセンチネルⅠを経て健作自身によって設計された重装甲スーツである。
センチネルOSとは、統一規格オートフィットOS、と名付けられたパワードスーツ全般用OSであり、この街で少しずつ普及してきているパワードスーツ達に多く使われているものだ。性能として”自動調律”といったものがあり、このOSで動作するよう設計されたすべてのパーツ、道具、武装において、特別な調整を必要とせず互換が可能というものである。
全高202cm、重量は200kgと見た目より軽量。金属と特殊樹脂を併せた装甲は重量に反して耐弾性、耐衝撃性に高く、熱を含むあらゆる攻撃に対し非常に高い防御力と剛性を持つ。こと守りに入ってにおいては”負け知らず”と名高い性能を誇るのだ。
パワーも相当な数値を示しており、重量60kgのハンマーはその重量自体が凶器であって小細工抜きの破壊力というものを相手に与えることだろう。パワーフレームからはじき出される膂力はまさしく驚異の一言を見るものに漏らさせるほどで、ハンマーの重量と併せた一撃はまさしく”重戦車”。
……しかし反面、その重量と防御力のつりあいというべきか、機動力と運動性に残念さを抱えるものでもある。常人が走るよりはずっと遅く、逃げる相手には追いつけない、向かってくる相手には無敵だが逃げる相手には無力……その場合警察や他ヒーローと連携して捕まえてもらうのだが、結局やっぱり、”すっとろい”。
だから性能をまとめると、こうだ。
“すっとろい負け知らずの重戦車”。
総評である。
「今回は相手が袋小路にいて逃げなかったからいけたけど…」
我ながら無茶をしたな、とも思うことだ。
この街にはヒーローが多くおり、それらは結託してチームを組んでいたり、あるいは団体として存在している、という話は多く聞く。なかには巨悪と水面下で戦い続けているのだと噂している者もまた、いる。それらは”ヴィラン”と呼ばれるが、ひっくるめて”異能犯罪者”と呼ぶ者も多い。
バケツヘルム卿という者は何か?彼は”フリー”である。
どこかの団体に所属せず、チームは組まず、収入手段は自分で作っている。胸の十字架、頭の英字、肩のマーク……鎧の全身にプリントされ刻まれたスポンサー達のロゴもまた、彼がそういった存在であることを示すのに拍車をかけていた。
「一時間メンテナンス、そしたらひと汗流してご飯食べて、ネットの宣伝動画編集……スポンサーさんに頼まれたやつも送らないとだし、トレーニングも欠かしちゃダメ、それからええっと、次は―――――」
「――――その前に、ウチの支払い」
「うわっ」
センチネルの胸の十字架に触れた手を離せば、ああ、聞こえるのは女性の声。
年若い、高いわけじゃないが低くもない、中音域。特徴があるとすればどこか、わざと音程を崩したハスキーボイス、といった感じだろうか。
「……店主ちゃん、勝手に家に入るのは……」
「三年経ってもまだ言うゥ?」
「まあ、そりゃそうか」
「はいはいハイ、これ目録ネ」
エセ中国人、というよりは……それよりもコミカルに、わざとらしく。
紙を一枚受け取り、目を通す。発注した部品などは、彼女から購入している。
このヒノデ倉庫と道を挟んで向かいの店を経営する女性であり、店長。なので時間が経って砕けに砕けて店主ちゃん、と呼ばれているのが彼女、妖重チャーニー、目の色は右が赤、左が黄、左右で色が違うあたりハーフなのだろうかと健作は思っているが、踏み込んだ話はしていない。
アンティークショップであるはずなのだが、あるとき頼ったら手に入りづらいパーツがあれよあれよと取り寄せられて以降、よく利用させてもらっているということである。だが肝心のアンティークが売れているところは見たことがないとも。
「店主ちゃんその話し方なんとかならないの?」
「こーいう濃いのがァ~いろいろとォ~ここじゃ都合がいいノ~」
「そっかぁ……」
目録に目を通し終わり、間違いがない、と仕舞う。機械を扱うものだから、そしてそれで戦うものだから、部品の欠けはそのまま命に直結する。入念な確認は必須であり、そして彼はそれに慣れていた。
「お店にあるから運び込みしてくれたラ、手数料は安くしとくヨ」
「ありゃ、じゃあすぐ使えるようにしないとだ」
「まーたズルするン~?」
「ズルじゃないさ、僕のものだから」
――――さて、先にも言った通り、ここは”異能の街”だ。
この島に産まれ生きるすべての人間が、この島にいる限り超常の力を扱える。そしてそれはセンチネル・バケツヘルム卿、逆屋健作という人間にも例外でなく、彼の身にもそれが宿っていた。
……その手でそっと、”センチネル”の胸へと触れる。
「―――――”リバース・エンジニアリング”」
そうつぶやくと同時、センチネルがわずかに青白く光り、おさまる。彼が持つ異能、”リバース・エンジニアリング”。それは戦う力でないが、”壊れた機械を動かす異能”、しいては”壊れた部分がわかる”異能となっていた。
「……完全破損箇所はなし、すぐ動かせるよ」
「エンジニアが見たら泣いて悔しがる異能だねェ」
「まあね、便利なのは間違いない。そういえば店主ちゃんはやっぱ…」
「ウチはなんもない、島外の人間だしネ。やっぱ羨ましいヨ」
「……悪いことする人もいるけどね」
言い、センチネルの背面部分のレバーを引き、ハッチを展開する。そこに健作が入ってしまえばスーツはその背面ハッチを自動で閉ざし、彼をその内部へと迎え入れることだろう。バケツヘルムのHUD上にメーターや数値が浮かび、モーターが駆動、バッテリーから流れた電力がすべてを動かしパワーフレームがひしめきだす。
この状態の彼こそが―――――
『……やあ、ごきげんようチャーニー君。早いところ、終わらせてしまおうか!』
「目の前で話してたのにその変化怖いケド」
『フフッ、今の私はセンチネル・バケツヘルム卿、今をときめき皆を教え導くヒーローそのものだ……逆屋健作という人間は今、ここにはいないのだチャーニー君。さあ、気軽にバケツヘルム卿と呼んでくれ、さあ、持ち運ぶものはどこだい?』
「いやまァ……今更だけどサ、まァ、大変だよねェ、ヒーローのイメージってのも…」
まさしく演技、まさしく変化、まるで人格が入れ替わったように。
ヘルムをかぶっている間、彼は”センチネル・バケツヘルム卿”。
世間の人々に知られる姿と、素の姿、その二面性。
現実を生きるヒーローというものを、端的に表している姿と言えようか。
「さッ、まーはやいとこ終わらせヨ、こっちだヨ」
『私がやるからにはあっというまだ!総出力8000ワットの力を見せ―――』
「声が大きい!」
『すまない…』
扉を開き、世間へ顔を見せれば彼はヒーロー。
もう少しだけ、今日はやることがあるだろう。