今日も雲に隠れては時々顔を覗かせる月が美しい……などと詩人めいた思考を巡らせて、俺こと
季節もいい具合に肌寒くなり、背中を通してコンクリートの冷たさと固さを教えてくれる───まるで田舎者に対する都会人への洗礼に似ている、などと正直着たくもない堅苦しい背広に袖を通して、今夜も仕事に備えているわけなのだが……。
先程から視線をチラチラと感じてしまう、というよりも視線が俺へと向けられているのがわかる。
決してこれは自意識過剰の発言ではなく、確信を持てることなのだがそもそもの要因は場所と時間帯と言えるだろう。
俺の見た目はホストだとか、ヤのつく職業が付きそうな悪目立ちしそうなスーツで、場所はここいらでも中々レベルが高いと噂の高校の校門前、加えるなら部活を終えて帰宅をしだす生徒も多そうで薄暗く街灯が灯りだした時間帯だ。
うん、改めて冷静に考えると結構マズい気もしてきたな……。
俺が逆の立場ならこれ不審者で通報案件じゃないか? と思っていれば「……あの」と横に女の声と気配が。
内心、心臓が跳ね上がるのを抑えて、俺はゆっくりと夜空へ向けていた視線をそちらへ向けた。
「何しているんですか、石村さん」
俺の名を呼んだの見知った顔で、活発的な黒のポニーテールに結われ、強い光を宿す切れ長の瞳、首から下にはこの高校の制服と左手には学生鞄ともう片方の手には彼女が所属する部が分かる竹刀袋が握られていた。
彼女の名前は、
知人ということもあって、少なくとも社会のレッドカードではないという安堵感が訪れる。
「何って、そりゃあ、お前、待ってるんだよ」
心の臓が早鐘が落ち着いていくのを。
「……はぁ?」
確かにその反応はわかるけど、もうちょっとフォロー入れてくれ。 我ながら無茶振りだけど。
「そこは察しろ、
「
おい、止めろ、俺が困る。
「止めろ、死人が出るぞ」
俺が社会的に。
「…………それで、どうして貴方がここに?」
俺の想いが通じてくれたのか、彼女は話を進めてくれた。
「ああ、仕事に行く前に頼まれごとをな……タチバナミカって娘を知らないか?」
ヤケクソ気味に聞いてみる。
「ええ、知ってますよ」
内心というか、ズボンのポケットに忍ばせていた右手でガッツポーズ。
「知り合いなのか?」
「ええ、同じクラスで、同じく剣道部に所属してますし」
乗るしかないこのビッグウェーブ。
「そうか、じゃあここで待っていればそのうち来るんだな」
「いえ、今日は彼女学校来てませんよ」
「────あ”?」
上げて落とされる方がダメージ大きいって改めて思い知らさせた瞬間だった。
○●○
俺と瀧陸は住宅街を歩いていた。
「不登校?」
隣で歩く瀧陸に俺が聞き返すと、首を縦に振って肯定。
「まあ、正確に学校にはある程度来てはいるみたいです。 所謂、保健室登校というやつです」
なるほどー、じゃあ、俺が二時間近く待ちぼうけくらったのも仕方ないな…………。
「ってなわけあるか!!」
思わず、後半声が漏れていたらしく瀧陸もビクッと驚いた様子だった。
「あ、すまない」
「い、いえ、お構いなく」
そうは言ってもさっきより明らかに距離開いてるのが辛い。
まあ、突然大声出す奇人とは適切な距離ではあるか、と切り替える。
「それよりも、その彼女の家を知ってるってそれくらい仲良いのか?」
ふと、思い出したような問いに瀧陸は答えた。
「まあ、こうなる前はそれなりに……家の方は先生からプリントを任せられた時に何度か」
少なくとも友人ではあるのか、女子の交友関係は未知数というよりも闇が深そうなので深入りは止めておこう。
「それよりも俺にそれを教えていいのか?」
自分で言うのもなんだが、不審者全開だぞ。
「石村さんは不審者ですが悪人ではないので、私立ち合いなら問題ないかと判断しました」
喜んでいいのか、いやここは喜ぶべきだろう。
「そうか……ありがとう」
おかげで開幕でタチバナミカさんに通報されずに済みそうだ。
「……いえ、別にそれほどでも」
肌寒いはずなのに、やはり部活終わりで火照っているのかパタパタ襟首を仰ぐ。
疲れている中、付き合ってもらっているわけだしな。
「喉乾いてないか?」
「え?」
突然切り出したのも悪いが、聞き返されるのもドキッてしてしまう俺の心臓弱すぎないか?
「ここで待っていてくれ、近くのコンビニで何か買ってこよう」
彼女の返事を待たずに、俺は走り出した。
○●○
走って数分先に店はあり、夜のコンビニの中には何人かが、買い物をしたり立ち読みをしたりしていた。
眩しい程に明るい店内に集まる人々はまるで蛾のような惹きつけられる。
また脳内でポエミーが起爆する前に、爆弾処理。
素早く飲み物が入ったケースの前に立つと、そこで気付く。
あれ、
無難にお茶か、スポーツドリンクか、それともあれか炭酸抜きコーラか!
画面の前の出来事なら、無難にセーブして分岐点を見定めたい、がこれはゲームだとしても
ならば、俺は
「全部買うか」
とりあえず、候補になりそうなものを片っ端からレジカゴにぶち込んでいく。
そうしていると、俺の近くを通り過ぎる人物がいた。
長い髪は手入れをしていないのかバサバサでべた付いて感じで、上下緑色の白いラインが入ったジャージを着ている。
足は素足でサンダル履きで、通り過ぎた後には少し体臭が匂った。
見た感じは女の子なのに、どう見ても引き籠りが夕食を買いに来たそんな感じだ。
そんな俺の視線に気づいたのか、慌てて顏を伏せる。
まあ、こんな街ではあれくらいはいるし、害があるわけでもない。
俺は引き続き選定に勤しんだ。
○●○
俺はレジを済ませ外に出ると、コンビニの駐車場では先程の少女が同じ年頃の女子数人に絡まれていた。
「何コイツ、キモイんですけど!」
「うわ、なにこの髪、超ベタベタしててきったねぇ! それに臭いし!」
「つか、顏隠そうとしててマジウケる」
「写メ撮って他の奴にも見せよ」
「ゃ、ゃめ……やめて……」
少女は絡まれて囲まれて小突かれて、既に半泣きの状態である。
これはまさか伝説の、主人公にだけ許されたイベント……。
そこで問題だ!
このイベントをどう攻略する?
三択──一つだけ選びなさい。
・答①──突如、起死回生のアイデアを思い付く。
・答②──彼女の仲間が助けに来てくれる。
・答➂──強く、生きるんだぞ……現実は非情である。
そうくだらない思考が巡る中で、ずっしりと重いレジ袋が指に食い込んで現実に引き戻された。
「あー、君たちそれくらいにしてあげてくれないか?」
声は出ていた。
「なんだ、おま……ぇ?」
「ひっ!」
さっきまでの空気は消え去り、女子高生らしき集団は静まり返った。
「写真とか撮ったり、その子からかうのは止めてくれると助かるよ」
俺が声を少し低く言うと、彼女たちは互いの顔を見てからこちらにうんうんと頷いてみせた。
なんだ結構素直じゃないか。
とりあえず、と傍に突っ立っている少女を連れてその場を去る。
見知らぬ女子が絡まれて泣いているのを見て、何故かいても立ってもいられなくなって助けに入っていた。
コンビニから離れると、掴んでいた少女の手も放す。
言葉なく少女は俺の後ろを歩いていた。
我ながらなんて偽善だ、普段は酷いことをしているはずなのに。
溜息を吐きそうな直前に少女は囁いた。
「ぁ、ありがとう……ございます」
相変わらず涙目の彼女からの礼を俺は「……ああ」と返してしまった。
仕方ないこれも脊髄反射みたいなものだ。
「良ければこれ飲むか?」
ガサゴソとレジ袋漁り、適当な飲み物を一本差し出す。
「ぇ、いや、でも……」
グイッと無理矢理持たせようとするも、少女は抵抗する。
「遠慮するな、飲むために買ったものだ」
「で、でも助けてもらったのにそんな……」
「少しくらいは、いいだろう」
「こ、困ります」
ならば、と未開封の蓋を開け、飲み口を少女の口元に近づける。
「や、止めてください!」
長い髪で見えなかった彼女の顔が僅かに覗かせる。
「ここまで来ては勿体なかろう!」
見た目にそぐわない強い力で抵抗を受けるも、なんとか口を付けさせることに成功する。
しかし、勢いが強すぎたのか、それも炭酸飲料であったせいなのか彼女は盛大に咽てしまった。
思わず座り込んで咳き込む少女を見て、慌てて駆け寄ろうとするも、後ろから声が掛かる。
「なに、してるんです?」
聞き慣れた声と、本日何度目かの問いかけ。
月は生憎雲に隠れて辺りはすっかり暗かった。
それでも、声の主は誰か分かる。
「何をって、それは────」
「こ、この人、が無理、矢理」
咳き込みながらも言葉を吐き出す少女の言い分は間違いではない。
そこで俺も冷静になった。
状況だけみれば俺がこの子を襲っているようにしか見えないのだ。
「誤解だ、
「コンビニ行くと見せかけて、婦女暴行とは……見損ないました」
「ま、待て!」コンビニにはちゃんと行ったぞ、ほら」
重めのレジ袋を掲げるも、歩み寄ってくる彼女。
「ならば、コンビニついでに婦女暴行というわけですか」
いつの間にか得物を構える彼女には逆効果だったようだ。
そこで気付いたのだが、竹刀袋から抜き放たれていたのは木刀であった。
「冷静になれ、
竹刀でも痛いが、木刀は洒落にならない。
近づく度に彼女の口端からはフフフと、笑みが零れる。 怖い。
「何度も言ってますが、私は────」
木刀を上段で構える。
「
振り下ろされた木刀が俺の脳天へ向かってくるのが見えた。