石村の脳天がカチ割れる音が響く───ことはなかった。
代わりに、カランカランと乾いた木が落ちた音が夜の住宅街に木霊する。
正確には消失したと思われた部位は、道に落ちていたのだ。
木刀は綺麗な断面を覗かせ、それが鋭利な刃物で切り落とされたようで、恐らくだがその予想は間違ってはいないだろう。
「おいおい、女
声を辿れば、その主は塀の上に立っていた。
「いやぁ、剣士が撲殺されそうとかダサすぎて笑えたわ、お蔭さまで手元狂ったぜ」
塀から降り立ち、歩いてくる人影。
これからして男とわかる人物は音もなく歩く。
雲から顔を出した月光が照らしたのは、強く恐ろし気な老人の顔。
長い顎髭を揺らすその表情は動く様子はなく、それが面であることはすぐにわかった。
その面の下には縦縞の背広と、肩には長いコートを引っ掛けて、両袖が夜に紛れて揺れている。
「一体あれは……」
困惑さを通り越して、冷静さを取り戻した瀧陸の呟き。
「……
少女の言葉に向かってくる人物は反応。
「
嬉しそうに右手は腰に伸び、翻すと同時に月の光が反射。
細長い片刃の影が現れ、それは抜き身の刃が顔を出した瞬間でもある。
「逃げろ」
瀧陸を押しのけて、石村は前へ出る。
何も言わずに彼女が少女の手を引いて走り出すのと、異常な来訪者が駆け出すのは同時だった。
石村は左手に握っていたレジ袋を投擲。
迷うことなく、凶器で迎え打つ悪尉。
その切れ味か、得手の腕か、横へと振り抜いた一閃で中身ごとレジ袋が斬り裂かれる。
飛散していく色取り取りの液体の中で、石村は突撃していた。
その手にはいつの間にか握られていた銀色の杖。
持ち手には女の頭が形取っているデザインをしており、柄には等間隔で横筋の溝が見えた。
杖先で襲撃者の喉元へ突きを繰り出すも、悪尉は軽く身体を捻り回避。
その勢いのまま、日本刀の横薙ぎ。
石村は杖で器用にその軌道を逸らす。
そうやって、闇夜に火花が幾度が飛び散り、悪尉が上段からの構えに石村は初手と同じく喉元を狙おうとするも背筋に悪寒。
そのほんの僅かな間に刃は振り下ろされていた。
これまでにない衝撃音が鳴り響く。
しかし、刃は石村に届いていなかった。
杖の持ち手と杖先を両手で掴み、刃を受け止めてることでその場を凌いでいたのだ。
「あのまま突いて来れば勝ちだったんだがな」
ちらりと、足元を見れば男の靴先には鈍い光、仕込み刃が生えていた。
恐らく、石村が向かっていれば、その刃が無防備な肉体を貫いていたというのは容易に想像できる。
「個人的に恨みはねえが、悪いな」
グッと押し込まれ迫ってくる刀身。
圧倒的な危機的な状況に石村の声音は冷静であった。
「ああ、俺もそう思うよ」
石村が杖の持ち手を握る右手首を捻る。
その瞬間、一気に抵抗が消え、悪尉の大勢が大きく崩れた。
杖の柄が割れたのだ。
折れたのではなく、まるで初めからそうあったかのように柄が分かれ、まるで鎖を彷彿とさせる形状に変化。
日本刀が離れようとする頃に銀色の蛇が刃に巻き付き、その自由を奪う。
距離を取ろうと得物を放棄し、後方へ跳んだ影に石村も跳ぶ。
眼前に迫る石村へ、曲芸師のような身のこなしで蹴りを繰り出すのと、踏み込んだ石村の右拳が放たれたのはほぼ同時。
そこで世界は暗転した。
○●○
雲が遮りお月様がその瞬間を見れなかったことは、果たして誰に幸運を運んだのか。
再び、月が顔を覗かせて見てみれば、石村は血を流し、悪尉は笑っていた。
この書き方では公平さも正確性にも欠けるので、付け加えることにしよう。
石村は右拳から血を流し、道に倒れた悪尉は割れた面からカラカラと笑う声が漏れていた。
そうしていると遠くからサイレン音が近づいて来るのが聞こえてくる。
住宅街で刃物で騒げば、警察にしろ救急車にしろ通報はされる、それだけこの街もまだそういう機関が生きているのだと実感できる瞬間でもあった。
早々と立ち去ろうとする石村を男は問いかける。
「なんで、剣を使わねぇんだ石村太子」
男の問いに少しだけ間が開く。
「……
謎の発言に静寂が流れ、ボソリと呟く。
「……よし、次は殺す」
男を放置して、石村は杖を回収するとその場を離れた。