では、初めての戦闘シーンとなる本編をどうぞお楽しみ下さい。
「ムブォォォンッ!」
咆哮とともにムンババの拳がシャールに迫る。だが、シャールは目を瞑ることも怯えることもなく、じっとムンババを見据えてピオラの杖を振りかぶった。
「イレブンさん!」
「シャールっ!」
投げ捨てるような放物線を描いてこちらに飛んできたピオラの杖をキャッチし、即座に使用する。
杖の効果により素早さが段違いに上昇した俺はムンババとシャールの僅かな隙間に割って入り、手にした盾で彼女をかばった。
ピオラ……素早さ、つまり行動速度が上がるというその呪文は俺自身の反応速度や動体視力が上がるわけではなく、思考と反射のバランスが崩れて制御が難しく感じる。
だが、今回の俺の役割はムンババに狙われたみんなの前で盾を構え続けること。重装備のまま縦横無尽に動いて役目をこなすにはうってつけの魔法だった。
盾に阻まれた一撃が不服だったのか、もう一度俺を攻撃しようとムンババがもう一方の拳を振りかぶる。
だが、ムンババの横合いには既に二人の人影がある。マルティナとロウ、十年来の師弟である彼らが息の合った爪と槍のコンボで横合いから殴りつけて怯ませ、ムンババに浅い切り傷を刻んだ。
しかし、 ムンババは怯みを気にせず俺に拳を打ちつけてその場に釘付けにしたかと思いきや、体重を載せた脚で即座にロウの側へ向かってカウンター気味の蹴飛ばしを見舞いながらバックステップで距離を取り、跳んだ瞬間のすれ違いざまにマルティナへ人の背丈ほどの雪玉を投げつけた。
俺への拳は一度目のものよりも明らかに軽く受け止めることができ、マルティナへの雪玉は精度が低く途中で少し崩壊して着弾したところをマルティナの槍で防ぐことができた。
必然的に脚で行ったロウへの攻撃が本命だとわかるが、後ろにシャールがいた以上俺にガードしない選択肢はなく、そうなってしまえば俺はロウをかばうことは出来なかった。
「ぐぬぉっ!!」
ロウはムンババの一撃に対して爪を十字に合わせたガードこそ間に合ったが、威力を殺しきれずボール玉のように雪原をゴロゴロと転がり、雪まみれの身体を払って起き上がるまでには数秒の時間を要した。
くそ、二回も三回も行動しやがってずるいぞ。ボスだからか?
やることがいちいちえげつないな。
危険な最前線に変化した俺のそばから杖を受け取り離れたシャールはクレイモラン王と共に後衛として呪文の詠唱を始める。クレイモランの誇る二人の王家は、きっとこの状況を的確に打開する呪文を選んでくれていることだろう。
俺の最優先事項はまだ実戦レベルの詠唱速度を持たない彼らの呪文が発動できるまで前衛を維持し続け、ムンババを背後に通さないことに切り替わる。
土俵際へ押し出し続ける俺たち旅商人組とムンババの、無差別級おすもうバトルの開幕だ。
俺は上やくそうを口に放り込んで飲み込む。
メカニズムは知らないが、やくそう類は潰して塗るか食べることで効果を発揮する。顔をしかめたくなるような濃い苦味と青臭さの後に盾受けの際に貰った腕のしびれと全身の打撲が薄れてゆき、余韻に浸る暇はないとばかりに魔力を練り上げ詠唱を早口で済ませ、ロウに向かってべホイムを唱えた。
「助かったぞ、イレブン」
雪を払ったロウのケガは完全に回復しており、彼は一言だけ礼を言うと即座にムンババに向けて構えながら陣形をジリジリと変えていく。
先ほどの攻防で三角形に散らばった状態であった俺たちは、シャールとクレイモラン王を護れる位置で再び固まった。
「ムブォブォォーンッ!」
ムンババは咆哮と共にこちらへ屈伸からの跳躍を行い一足飛びに距離を詰め、空中で体勢を整えたムンババはマルティナに向かって体重を生かした斜角ぎみのライダーキックを見舞ってくる。
マルティナは槍でいなしつつ身をかわして、すれ違いざまに巧みに頭部へ向かって槍の一撃を入れる。
その流麗な動きは堂に入っていたように見えたが、着弾点で雪上を弾けさせたムンババの毛並みは未だ微塵も崩れた様子はなかった。
「こうも効かないと自信をなくすわね……」
槍をクルクルと回転させて構え直したマルティナがぼやく。女だてらに大振りの槍を振り回す力自慢である彼女は、その手応えに対する実際のダメージとのギャップに少し辟易しているようだった。
だが、それで距離を詰める大ジャンプからの跳び蹴りという大技を使ったことでわずかに硬直したムンババの隙を見逃すほどマルティナは馬鹿じゃない。
ムンババの攻撃から間髪入れずにマルティナは動いた。俺とロウも同じく行動を始め、槍の重さを感じさせない軽さで華麗に跳躍するマルティナがムンババの上を取り、それを迎え討とうと顔を上げようとするムンババの大きな下顎を俺の盾が打ち据え、地上へ強制的に注意を引き戻した。
「お前の相手はこの俺だ!」
なんてな、言ってみたかったんだこのセリフ。
しかし、そんな安い達成感に浸れるほど甘いはずもなく、当然だが俺はこれ以上の行動を許されず、上から咎めるように放たれるムンババの両拳がひとつの鉄塊のように組まれたスレッジハンマーが一直線に振り下ろされることで俺は身体ごと雪の中に埋め込まれる。
鎧越しの背中に積雪を吹き飛ばした挙句の硬い地面の感触と、少し遅れて全身を挽き肉にされたと錯覚するほどの衝撃が伝わってくるのを感じた。
盾と鎧越しでもこの痛み。
やはり今の俺たちが真正面から戦える相手じゃない。
だが、俺はその威力を受けたからこそ、ある確信を得ることができた。
ムンババが本気で俺を殺すために俺を攻撃したこと。
そして……攻撃する一瞬の間だけは、俺以外への注意を完全に外したことを確信する。
ムンババが俺に攻撃を加え、その戦闘不能を確認しようとした一瞬の隙。
制空権を得たマルティナが槍に魔力を纏わせ、狙い澄ました一撃をムンババの脳天に向けて思い切り放つ。
「────はぁぁぁぁぁっ!!!!」
一閃突き。
一か八かの全身全霊はここ一番で実を結び、自由落下により重力すら味方に付けた会心の一撃は、ムンババを確かに怯ませるのだった。
「ムブッ……ブォォォッ!!!」
「ほい、おまけじゃ!」
ロウの詠唱していた呪文が、マルティナの槍撃にもがくムンババに発揮された。
マヌーサ。
対象を幻惑して敵を見失わせるその呪文は動揺していたムンババには十全以上に効果があったようで、マルティナへ反撃しようとしていたムンババは誰もいない場所に見当違いの一撃を放ち、勝ち誇るような咆哮を上げていた。
「立てるか、イレブン」
「助かるよ、ロウじいさん」
ロウの手を取って立ち上がった俺は、ロウの手持ちの特やくそうを二つ分ほど口に入れてもらい、噛み潰してキズを癒す。分量の多さにちょっとしたリスくらい草を頬張ることになるが、恩恵に比べればその程度は必要経費みたいなものだ。
そして、ムンババがマヌーサから立ち直るまでの時間を利用して後衛も含めた俺たちはジリジリと陣形をずらしていき、俺たちとムンババの立ち位置を入れ替えることに成功する。
勝利条件その一、古代図書館への経路確保の達成だ。
位置を入れ替え再度陣形を整えた俺たちだったが、マヌーサの解けたムンババがそれに気づき、ムフォムフォと呪文を詠唱する。
彼が詠唱する呪文は二つ。
どちらも危惧すべき凶悪な呪文なのだが……今回は、より戦線崩壊の脅威度の高い呪文であるラリホーマを詠唱したらしいことを、身体の芯から来る強烈な眠気が教えてくれた。
戦闘中にも関わらず今すぐ横になりたくなる脱力感に対し、指に嵌めためざましリングが功を奏して俺は気を持ち直す。ゲーム内での効果は現実化したこの世界でも遺憾なく発揮されているらしく、50%の壁をみんな突破して、今回のそれは大事に至ることはなかったのだった。
そして、こちらのマヌーサの成功と相手のラリホーマの不発によって時間ができたことは俺たちにとって有利に働き、それらは後衛への攻撃が止む時間が長く、長く取れるという結果を引き寄せた。
時間があればあるだけ魔物との実戦経験……いわゆるレベルに乏しい後衛のクレイモラン王とシャールが、戦いの流れに揉まれず本来の能力を発揮することができるのだ。
「合わせい、シャール!」
「はい、父上!」
「「ピオリム!」」
独特な詠唱音とともに俺たち全員へ向けて一つの呪文が重ね掛けされる。
ピオリム。
俺に掛けたピオラを全体化した呪文であり、古代図書館への退路を確保した現在の俺たちにとっては何より必要な補助魔法だった。
素早さが上がるという感覚には慣れないもので、シャールとクレイモラン王が感覚のずれに転びそうになるのを助けて、あまりに迅速に二人の肩を支えることに成功した俺に、二人はキョトンとした顔をする。
冷静沈着な二人には珍しい表情だが、今はそれをからかう暇など存在しない。
「……とにかく逃げましょう!」
最も素早いマルティナの足に後衛の足を合わせるため、俺は二人の肩から腕を回し、二人の片手ずつを引いて走る。
全力以上の速度で引っ張られるのは多少痛いだろうが、緊急時なので勘弁してほしい。
ムンババは俺たちを追いかけ木の上や反り立つ崖に飛びつきながら襲いかかってくるが、幸い俺たちの素早さに対応できておらず、被害はゼロに抑えられていた。
道中の魔物たちは俺が危惧していたように邪魔をする者はまったくおらず、俺たちとムンババが過ぎ去るのを雪道の脇で身体を縮めて待っていた。
いかに魔物であろうと生き物であり、ムンババという明らかな格上の獲物を横取りするような者は当然いない。
そのことに今は少し後ろの追跡者をありがたく、いや、やっぱりそんな強者に追われてる状況なのは最悪だと思い直しつつ古代図書館までの道のりを激走していく。
途中で緩やかな坂になり、切り立った谷の上にある狭い一本道まで登り詰め、俺たちの前に古代図書館がついに姿を表した。息も絶え絶えなシャールとクレイモラン王だが、あと少しで目的地まで到着するのだ、それまでは心を鬼にして彼らを引っ張っていく。
マルティナが最も早く到着し、急いでいるため悠長に重い大扉を開けるわけにもいかず、飛び蹴りでこれを開け放つ。魔法使いじみたとんがり帽子をかぶった子豚の魔物が数体ほどマルティナを見て不思議そうに首を傾げ、すぐに興味を失くしたのかトコトコと去っていった。
「みんな、こっちよ!」
マルティナの声は吹雪の中でもよく通る。ロウが続いて到着し、最後に俺とシャールとクレイモラン王の三人が古代図書館に飛び込んだ。
勝利条件その二、古代図書館への到達の達成だ。
しかし、息つく暇もなくムンババの撃退にフェーズは移る。
古代図書館に入ったからとて、ムンババが都合よく帰ってくれるわけではないからだ。
まず俺たちは大扉を閉め、古代遺跡特有の扉の硬さに任せたアドバンテージを得ることを優先することにした。
扉を閉める前にムンババの様子を盗み見る。
ピオリムで突き放したぶんが功を奏してムンババはかなり遠くにいたが、ムンババはある程度の距離で立ち止まると、なにやら地面を大きな腕で掘り始めた。
「────まずいぞ、皆の者!」
クレイモラン王がいち早くムンババの奇行を察し、俺はそれに続いてムンババの行動の意味を理解し、大扉の左側に手を掛けて注意喚起の声を張り上げた。
「アイツ、こっちに雪玉を撃ち込む気でいるっ!」
「なんじゃとっ!」
ロウは驚きつつ、より近かった右側の大扉をマルティナと全力で押す。俺のいた左側にはシャールとクレイモラン王が加勢してくれるが、息も絶え絶えな二人の助力は正直に言って雀の涙ほどだった。
だが、力を合わせてくれるその気持ちが俺に力をくれる後押しとなる。
ここで決めなければ何が勇者か、何がドゥルダの師範代か!
俺の中に眠る勇者パワーでも冥府パワーでもなんでも動員して、大扉を一気に閉めやがれ!
そう決意して大扉に力を加えた瞬間。
左手の紋章が輝き、ムンババへ向けた雷光が俺の手から一閃。
大砲の弾もかくやという風情の巨大に固められた雪玉を持っていたムンババの、太い右腕に強烈な雷撃が着弾した。
「ムブォブォォォォンッ……!」
弱点である強烈な雷撃を突然浴びせられたムンババは雪玉を取り落とし、拳を地面に落として頭を地に近づけたまま、こちらの様子を伺った。
それはどこかこちらに敬意を払ったような知性を覗かせる仕草であったが、しかし、ムンババと出会ったこと自体がアクシデントである俺たちには、これ以上彼に構ってはいる余裕はない。
こちらを油断なく見据えて立ち止まるムンババを尻目に、俺たちは古代図書館の大扉を閉じていった。
◆
「わたしたち、助かったのでしょうか……?」
「先ほど確認したところ、ムンババの姿はもう見えませんが……この吹雪が吹き荒んでいる現状で外に出れば、いつどこでもう一度襲われるかは分かりません」
「つまり……ここで見つけるしか無いんですよね、魔女の封印された禁書を」
「その通りです」
俺の言葉にシャールは一度頷くと、手渡したタオルで吹雪に濡れた顔と身体を拭った。
俺たちはいま、魔物の闊歩する中央部から少し離れた地点でのんびり本を読んでいた穏やかな気性のスライムの近くで各自休憩を取っている。
ふくろに詰め込んでいたキャンプ用品を活用して、吹雪を避けてもまだ肌寒い古代図書館の中で体温を奪われないようタオルで体を拭いたり、火の気が移らないように気を付けながら松明で暖を確保したりすること小一時間。
その間、古代図書館に棲みついている魔物が襲ってくることはなかった。
穏やかなスライムが言うには、人間を襲うよりも本を読む方が好きな変わり者ばかり住んでいるから、ということらしい。魔物にも変わり者はいるのだと知り、ならイシの村の近くに住む魔物もそうだったのかなと俺は妙に納得していた*1。
「さて、そろそろ行くとするかの」
ロウがよっこらせと立ち上がったことを皮切りに、つかの間の休息を切り上げる。
格上との遭遇・撤退戦という極限状態から抜け出しある程度安全な場所で暖を取ったこともあって俺たちは気力を取り戻し、中央塔に蔵されている魔女の禁書を手に入れるために、スイッチによって構造ごと変化していく難解な古代図書館の仕掛けへと挑戦を始めるのだった。