神話の時代の後、長く人の手が入らなくなってしまったうちに魔物が住み着いた危険な遺跡。
古代図書館にまつわるそういった謳い文句に反して、実際のところはそこまで恐れるような危険な場所ではないというのが俺の見解だ。
もちろん、俺たちの実力に対して比較的……という枕詞が付いてはいるのだが。
魔物たちは刺激しない限り基本的に穏やかで、彼らの読書や講論を邪魔せず、授業中に教室を少し覗いて通り過ぎる教頭先生のように*1大人しくしていればまず襲われることはない。
"図書館ではお静かに"とは前世の地球と現在のロトゼタシアに共通する重要な教えの一つだろう。
数ある遺跡の中でも難解であるとされる古代図書館の仕掛けも、正直に言えば恐るるに足らずと言える。
それというのも、現実となったぶん細かな差異があるとはいえ原作内で一度は解いた謎解きに対していまさら頭を悩ませる理由はないのは当然のことで、各所のボタンを順番に押していくシンプルな仕掛けは場所さえ把握していれば何のことはないものだ。
そんなわけで魔女の禁書を求めてこの場所に来た俺たちは埃と年季に満ちた古書の香りを堪能しながら、魔物を刺激しないようにするりと避けつつサクサクと進んでいくに至るのだった。
だが、まるで知っているように(実際そうなのだが)スイスイとスムーズに仕掛けを解いていく俺に対して、当然ながら皆には疑問を呈されていた。
ロウのみは「さすがは神童ロウちゃんと呼ばれたわしの孫じゃ」と上機嫌だが、それはそれとして十歳の少年がなぜ来たこともない場所の仕掛けを知っているかのように解いて進むことができるのかという点が気になることは祖父馬鹿をいかんなく発揮するさしものロウも皆と同じ意見だった。
俺はそれに対する方便として左手に刻まれた竜の紋章*2を見せ、"命の大樹が導いてくれた"と説明をする。
ムンババからの撤退戦においてもいきなり輝いたかと思えば勇者のみが習得できる雷撃呪文であるデインをいきなり放ったこの紋章だが、これは世界中に張り巡らされた命の大樹の根を通して過去に誰かが見聞きした記憶を断片的ながら得られるという特性がある。
この特性を証明とすることで、今回だけでなく今後の原作知識が前提となる行動への追求をやり過ごそうという魂胆だ。
限定的なラプラスの悪魔*3とも言える特異な勇者の過去視能力については、大樹の根に手をかざした勇者とその場に立ち会う以外で発動した瞬間を見られるわけでもないので、当初はみな半信半疑ではあったが、俺が勇者であり過去視能力を持つこと自体は間違いではないし、なにより今はムンババの退治という喫緊の課題があることがそれぞれの判断を急がせた。
ミルレアンの森を出たムンババはシケスビア雪原というクレイモラン王国の目と鼻の先にある土地に今も居座っているわけで、彼がいつクレイモランを発見・襲撃してしまうか分かったものではないのだ。
そんな事情もあってか、ある程度の矛盾と詭さを持つ俺の説明も各人の中でいったん飲み込んでもらえたようで、それ以上は過剰に追求されることもなく、俺は仕掛けをノータイムで解いてガンガン進むRTA系パワープレイな先導を今後も続ける許可を得ることに成功する。
ともすれば騙しているようにも見えるが、ここから悪いようにするわけでもなく、やることはシャールを素早く安全に導くことだ。
信頼して疑念を飲み下してくれた皆の思いに応えるために、これからも人事を尽くしていこうと心中で決意を固めるのだった。
そうして古代図書館の仕掛けを踏破して中央塔の蔵書室に入った俺たちは、本棚から魔女の禁書を探す。
サクサクと解いた仕掛けの果てに現れるひんやりとした空気と懐かしさを感じるような古ぼけた書物の香りが漂う一室にて、シャールが夢の中で見たものを書き起こした装丁のスケッチと預言者から聞いた本の所在の覚え書きが役に立ち、禁書はすぐに見つけることができた。
シャールの夢の通りのカバーが付いた魔導書を見つけた俺がシャールに手渡そうと本棚からそれを取り出した時、妖艶な女性の声が本から響く。
『一体どうしたの、サラサラの綺麗な髪をしたぼうや。ここはアナタみたいな子どもが来ていい場所じゃないわよ?』
「……ん? 今、どこかでおなごの声がした気がするんじゃが……」
不審な声に気付き、注意深く辺りを見回すロウ。
はたから見れば女性の言葉に耳ざとく反応するスケベじじいの図になってしまった彼の言う通り、この場にいない女性の声が聞こえてきたのは正しい見解で、どこか嘲りとからかいを含んだ調子のその声はまさに氷の魔女リーズレットに違いなかった。
老いても元気なロウに呆れるマルティナやひとりだけ聞こえなかったことに老いを感じるクレイモラン王らに向けて、俺は声の出どころである魔女の禁書を両手で掲げる。
『あら、おじいさんが二人に……かわいい女の子までいるじゃない。ここへはハイキングに来たのかしら? 私が寝ている間に世界はずいぶんと平和になったのね』
喋る本の登場にクレイモラン王は長いあごひげをさすり、マルティナとロウは目を見開いて驚いていた。
事前に聞いていたとしてもただの本から声が聞こえることは強い驚愕を皆に与えたのだが、原作知識から既にタネを知っていた俺という例外を除いてその衝撃からいち早く立ち直ったのはやはりと言うべきか、預言によってここまでやって来た王女であるシャールだった。
「ここからは、わたしにお任せください!」
預言によれば氷の魔女の説得を試みることができるのはシャールのみであり、そのために危険を冒して着いてきたシャールの覚悟は固い。
愛する国を守るため、彼女は千年以上生きた魔女であるリーズレットの封印越しにすら感じる威容にも飲み込まれることなく毅然と立ち向かい、交渉を始めていくのだった。
さて、ここから彼女の話が終わるまでの間、俺たちが彼女にしてやれることはほとんどない。
よしんば貢献できたとしても、彼女が集中できるよう室内の暖炉をメラで灯したり、備え付けてあった古代の掃除用具を手に取って室内の埃をあらかた取ったりといった迂遠な手回しがせいぜいだ。
ドゥルダで鍛えられた雑用係の適性が発揮しながらその場で行えるあらゆるサポートが終わった後も、マルティナなどは年下の少女が魔女に立ち向かう間に何もしてあげられないことに対して特に歯がゆい思いをしているようだった。
そのため、シャールを気遣うばかりでなく自らのためにこの場を役立てなさいというクレイモラン王の鶴の一声を境に俺はマルティナを連れ出して、シャールの警護に残ったロウとクレイモラン王を残して広範な知識を所蔵している古代図書館の再探索に向かう。
他者のためにできることを探して回ることができる彼女の美点を活かすなら、いまは足を動かして知識を得るのが最善だというのが俺たちの判断だった。
それからは、本棚という本棚を漁る探索の開始だ。例えばそれは先代勇者ローシュの仲間にして故バンデルフォン王国の建国者である英雄王ネルセンのしたためたありがたい秘伝書の一つを回収しておくことだったり。
同じくローシュの仲間にしてその魔力は世界に比類がないとされた魔法使いウラノスの残した魔力増幅の呪文の書かれた断片を回収し、
「"我が知恵を 封じし書よ 主の名のもとに その戒めを解かん"」
と唱えることでその封印を解いたり。
封を解かれた後も難解な文字*4で書かれて読めないウラノスの古文書の中身を中央図書室に帰ってロウに教えることで解読してもらい、
「────な、なんという力じゃ……信じられんほどの凄まじい力がわしに……これがウラノス様の残した魔力増幅の呪文の効果なのか……! 勝てるぞ、今なら相手がどんなヤツじゃろうと……わしは今、究極の力を手にしたのじゃーっ!!」
その本の中に刻まれた呪文を唱えて魔力増幅の恩恵を大いに受けたことでピッコロよろしくの鳥山明違いな高笑いを決めるロウを見ることになったり。
「先代の勇者さまといえば、イレブンはあの奥義をもう使えるようになったの?」
「あ、忘れてた」
「忘れてたって、あなたねぇ……ニマ大師にお尻を叩かれても知らないわよ?」
「あはは、師匠もそこまで気が短くないでしょ。……短くないよね?」
呆れ気味のマルティナに相槌を打ちつつ頬を掻き、両手に二刀流お尻叩き棒を構えたニマ大師を幻視して冷や汗を流しつつ、俺はドゥルダ郷にて最後に伝授された、成長して体が出来上がってから行うという次の修行までに完成させろと厳命されていた奥義を練習がてら発動する……ための準備に入る。
「まずは、集中────」
中央蔵書室の一角で瞑想し、ふしぎな鍛冶を行うときのように穏やかに、心の深い部分へ意識を染み込ませていく。いつしか自然と昂るような気持ちが芽生え、穏やかさと同居し、身体は青いオーラを纏っていく。
これが、俺なりのゾーン必中*5の発動過程だ。
本当はドゥルダ直伝の演舞*6を交えた方がゾーンに入りやすいのだが、緊急を要さないタイミングであるため練習の意味も込めて瞑想だけで入っていった。
超集中状態を能動的に作るこのゾーン必中は俺自身の奥義とも言えるが、実際のところはこれすらただの前座に過ぎない。
むしろ、現在の成長度ではこうまでお膳立てしなければ発動すらろくにおぼつかない奥義こそが俺が目指すべきであり、完成させるべき業なのだ。
満を持したこの心身の状態から更に深く瞑想して薄く目を開け、虚空に手を伸ばす。
この手に、剣を。
イメージを実体化させるべく俺の目の前に魔力を集めると、そこには魔力で編み込まれた小さな光の剣が空中に生成されていた。
覇王斬。
魔力を剣の形に固めて操り眼前にいるすべての敵を切り払う、先代勇者ローシュが編み出した秘伝の奥義だ。
当代で俺が唯一の適性を見せるまでは誰も体得することのなかったその業は、己の揺るがぬ心の軸にある想いを剣とすることで作り上げることができるとされている。
「……小さい、なぁ」
そういう意味では俺の剣はあまりに心もとなく、ローシュや原作内で見せていた城を両断するような本来の大きさには及ぶべくもないショートソード未満の短剣だ。
それは単に技術的な練度の問題ばかりではなく、おそらく一般人として過ごした前世を持つ俺の勇者たりえる精神性の欠如が原因であろうことは明白だった。
……ま、
足りないのなら精進あるのみとは師匠であるニマ様からの教えだった。
だけど、先代勇者とも本来の当代勇者とも違う、俺だけのものがそこにあるとするならば────そんな思いも胸に、前世と今世、二つの世界を跨いだ俺のイメージに沿って現れた小さな
「たまにさ、実は分身だってできるんじゃないかって考えてみたりするんだ」
「どうかしら、勇者の逸話にも分身については書かれていないけど……いつかは、できるようになると良いわね」
マルティナが微笑ましいものを見るような暖かい眼差しをこちらに向ける。
こうして探索を終えた俺とマルティナはその後も淡々と修行をこなしながら、段々と交渉から世間話に花を咲かせだしているように見えるシャールとリーズレットの話が一段落するまでを静かに待つのだった。