サラサラヘアーのユグノア復興計画   作:まむかい

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サラサラの14:こちらを見ている

 話はいつも簡潔で、面倒事は迅速に終えるに越したことはない。

 

 この考えは多くの人間にとって普遍的なものであるのかは知らないが……まぁ、大きく外れた主張ではないだろう。

 

 実際には現実というものはもっと複雑で、Aボタンを押すばかりで万事解決とはいかないのが常なのだが、とはいえどうも、今回ばかりはそうでもないようで。

 

 なぜ冒頭からむず痒い講釈を垂れ流しているのかといえば、そう。

 

 ここからの出来事はトントン拍子に進んでいった、ということを伝えたかったのだ。

 

「私の力が必要なんでしょう? いいわよ、手を貸してあげるわ」

 

 書物の封印が解かれたことを示すむせ返るような冷気とともに現れたのは、千年間の戒めから脱した喜びをあらわにする氷の魔女リーズレットだった。

 

 長い時を経た現代に蘇った彼女は、おそらく当時から変わらない傾城傾国の美貌をこちらに向け、あえて軽薄で移り気な笑顔をたたえていた。

 

 リーズレットは対ムンババにおいて戦力の不足する俺達にとって彼女の協力が必要不可欠であり、その点において交渉するにあたり有利な条件を確保できる立場を過不足無く理解している様子であったが、しかしてこの場の大半の予想に反し――あるいは俺とシャールにとってはある程度予想していた通りに――かなり色のよい返事で俺たちの戦列に加わる意を表明する。

 

 つまり、シャールの説得は成功したのだ。

 

 さらに驚くべきことに、シャールとリーズレットの二人はこの短い時間のあいだに互いを友人と認めるまでに至っていた。

 

 今回の参戦もひとえにクレイモランに訪れた危機の話を聞いたリーズレットが自身の封印の際に魔力を吸収されたという因縁もあるムンババの退治について、友人であるシャールの願いを聞く形で応じてくれた……という顛末となったのだった。

 

「氷の魔女……いえ、リーズレットはわたしの相談にも親身に乗ってくれて。それに、意外と気さくといいますか……話がすごく合うんです」

 

「シャールよ。それは小娘ひとりを口車に乗せるために、ただ合わせているだけだとは考えられんかのう?」

 

「あら、ひどい言い草じゃない。オンナの友情に口を挟むなんて、とっても野暮なおじいさんね?」

 

 クレイモラン王は眉をひそめてリーズレットを見据える。

 

 しかし、シャールの警護に着いていたために最も間近で彼女とリーズレットの交渉……というか、途中からはガールズトークであったそれを聞いていた彼は、王が凄もうがどこ吹く風といったリーズレットと、娘であるシャールと彼女の打ち解けた様子を再度睥睨して、眉間に込めていた力をふっと抜き、好々爺然としたふうに頬を緩めた。

 

「ほほ、ちょっとした冗談じゃて。……やれやれ、まさか預言が娘と魔女の縁結びを啓示しているとは、かの預言者とやらも大した深謀遠慮じゃと思うてな」

 

「ともあれ魔女殿、どうぞよろしく頼みますわい」

 

 クレイモラン王はそう言って小さく頷いた。

 

 かくして氷の魔女リーズレットの参戦により対ムンババの戦力は整った。

 

 中央蔵書室から出て古代図書館を降り、決戦の時は来たれりと言ったところだろうか。気合十分、準備もしっかりと整えた俺たちだった、のだが。

 

 古代図書館を出る際に通った仕掛け階段の終端に差し掛かった時、俺たちを匿ってくれた読書家のスライムが階段の裏に隠れるようにして、怯えもあらわにぷるぷると震えていた。

 

「そ、ソイツ、すごい魔力……」

 

「あら、かわいい子ね。一緒に来たら可愛がってあげるわよ?」

 

  "ピキィーーッ!!"と悲鳴を上げてスライムは逃げ出し、どこかへと去っていく。それは猛獣に襲われた兎もかくやという速度であり、その遠因……というか、そのまま原因であるらしい氷の魔女さまは眉をハの字にして目を細めている。

 

「私って、昔から生き物には嫌われるタチなのよねぇ、なんでなのかしら……」

 

 心なしか気落ちするリーズレットをシャールが慰め、ロウ・マルティナ・クレイモラン王の三人はまぁそうだろうなと納得したように頷いた。

 

 彼らが言うには、リーズレットはかなり強力で冷え切った魔力の奔流で周囲を無意識かつ強烈に、常に威圧しているらしいのだ。

 

 物理法則がしっかり幅を利かせて魔法なんてお呼びでなかった前世の世界を第一の故郷とし、そういう世界の例に漏れず超常現象とは無縁だった俺にとっては、わずかなプレッシャーや気配としてしか感じ取れない魔力というものだが、この世界の人間は往々にして魔力に対し敏感だ。

 

 本来なら恐れて当然の彼女を俺とシャールがまったく警戒していないのが不思議なくらいだ、というのが彼らの言でもあったのだ。

 

 シャールは原作内では国内を文字通り凍結され、しかも本の中に封印された後ですらリーズレットと和解したほど、器の広さと細かいことは気にしない性格を持つ。

 

 そのため威圧を物ともしないこともさもありなんとは言えるのだが、正直な話、俺にはいまいち魔力というものが未だにピンとこなかった。

 

 テオもその辺りはよく知る機会がなかったようで、おそらく長年の勘を頼りに我流のホイミを使っていたのを覚えている。いずれはロウにしっかり教えを請うのもいいかもしれないと、心中の冒険の書に書き留めた。

 

 そして、さきほどのスライムの脱兎の勢いの正しさと賢明さは、満を持して古代図書館から出てきた俺たちを待ち構えていた魔物の群れを一瞬で氷像に変えたリーズレットの姿によってすぐに示されることとなる。

 

 杖に息を吹きかけるだけで吹き荒れた冷気は雪原にあってなお冷たく、身じろぎもさせぬままのモンスター討伐劇に俺たちは目を丸くした。

 

「あら、身を縮こまらせてどうしたの? 手を貸すんだから、あなた達には当ててないわよ」

 

 吹雪の去った後、カチコチに固まったメタルハンター。メラ程度じゃあビクともしない堅牢さの氷像を通行の邪魔だからと雪だるまに変えてしまうことについてさえ、大したことじゃないと謙遜するリーズレット。

 

 彼女にとって、実際に大したことではないのだろう。その後に現れた大柄のトロルの群れですら息をするように連なった氷山に変え、杖を振るだけで一斉に雪だるまに変えて続くヒャダルコ一発ですべて破壊するその様子を見た俺は、真っ先に逃げ去っていったスライムの心境が凍えるほどに伺い知れていた。

 

「ひえぇ、おっかないのう……彼女が敵でなくてよかったわい」

 

 ロウが冷や汗を掻いて一言をこぼした。本当は敵として戦うことがあったのだが、それは言わぬが花だろう。

 

 彼女が敵となる以前に封印を解くことに加え味方にとして肩を並べる段階までこぎ着けた現在の僥倖を再認識しつつ、俺たちは安堵の白息を吐いたのだった。

 

 

 新戦力を整えついに反撃の狼煙を上げる用意のできた俺たちは、勇者の紋章とリーズレットの魔力による探知を頼りに、シケスビア雪原におけるムンババの痕跡を辿っていく。

 

 幸いにもクレイモラン王国には向かっていないようで、むしろ、痕跡を求めるごとにムンババ本来のすみかである、ミルレアンの森へと近づいていく。

 

「どう見るね、勇者殿」

 

「俺たちと戦った後、そのまま帰っていったように見えます。この森の奥、ムンババのすみかに……その理由については、もう一度出くわさない限りは」

 

「ふぅむ……なかなか気がかりじゃのう」

 

 クレイモラン王は口を引き絞って瞑目し、静かな同意とそれによって新たに湧く疑念への思案を示していた。手負いの魔物が巣に帰って休むことが異変とまでは言わないが、邪モンスター化によって凶暴性の増していたように思えるあのムンババにしてはその痕跡が……どうやら暴れることもなく、大人しく帰っただけにしか見えないことだけはかなり不可解だった。

 

 道中、目立った刺激を受けた様子もなく落ち着いている動物や魔物たちに首を傾げながら、川伝いにできた氷板の橋から足を滑らせないように気をつけつつ進んでいく。

 

 ほどなくしてムンババの棲家と思われる場所の付近へとたどり着いたとき、吹雪の奥からうっすらと大きな影が見えていた。

 

 吹雪の奥に見えるその影はまさしくムンババの特徴的なシルエットであり、次第に近づいてくるそれに対して、立ち止まって様子を伺う俺たちにも僅かな緊張が走り、俺とマルティナがじりじりと僅かに前に出ながら全体の態勢を整えていく。

 

 ゆっくりとした歩調で近づくムンババに対して、こちらの準備は相応に万全。

 

 今度こそ完全な撃退を……と、そう思っていたところで、俺たちは驚くべき光景を目の当たりにする。

 

「ムフォフォーン……!」

 

 吹雪をかき分けてやってきたムンババは、俺たちの前に立ちはだかると……どういうわけか、その場で鼻を鳴らしてにおいを嗅ぎ、その場をゆっくりと回り始めたのだ。

 

「……?」

 

 くんくん、くんくん。

 

 しきりに俺たちのまわりをゆっくりと周回し始めるムンババに、リーズレットが攻撃を加えようと杖先に魔力を集中し始める。

 

「待ってくれ、リーズレット」

 

「止めるの、ぼうや?」

 

「ああ、できれば止めさせてほしい。なにか……様子が以前と違うんだ」

 

「……ふぅん。いいわよ、従ってあげる」

 

 リーズレットは唇を一瞬だけ尖らせたが、魔力の集中をやめてシャールの隣に付く。

 それからしばらくの間、俺たちは警戒を緩めないようにしたままジッとムンババの出方を待つ時間を過ごした。

 

 ときおり予兆無くグルリと向けられるムンババの大きな顔にシャールが「ひっ」と小さな悲鳴を漏らすが、なおもムンババは襲ってくる様子はない。

 

 彼はずっと、何かを探すようにしてぐるぐると俺たちのまわりで歩き続けていた。

 

「ムフォ、ムフォフォ、ムフォン、ムフォムフォフォ……」

 

 ムンババの鳴き声と歩行の地響きが吹雪を掻き分けて耳に入ってくる。

 

 極寒の地、それも吹雪の吹き荒れる中で長く留まり続けていることは、俺たち人間にとって本来非日常的である。

 

 それはつまり、俺たちはただこうしているだけでいずれ限界が来るようになっており、手を出さないということはそれだけ後々の戦闘に支障をきたすわけで。

 

 とりわけ落ち着いたムンババの様子から、戦わなくて済むのではないかといった希望をこの場の全員が少なからず持っていたものの、その希望に対して割いてやれる時間は少ない。

 

 事実、俺以外の皆は俺に委ねた開戦の号令を今か今かと待っていた。

 

 戦うか、待つか。

 

 戦うならいつ仕掛けるか、待つとしたらいつまで待つか。

 

 確かな判断力を問われる場面であり、膠着した状況に活路を見出す俺自身の資質までも皆に問われているかのような、そんな時間が吹雪のように過ぎていった。

 

 そして、ついに状況は動く。

 

 ムンババは目をぱちぱちと瞬かせると、俺たちに……より正確に言えば俺に向かってズイ、と顔を近づけた。

 

「イレブン!」

 

 マルティナが割って入ることで庇おうとしてくれたものの、俺はそれを手で制する。

 

 俺に用があるとすれば……それは多分、勇者としての用事しか無いだろうと思ったからだ。

 

 俺は左の手袋を外し、素肌を冷気に晒した。凍えるような冷気に晒された手は雪に濡れて赤くかじかむが、それはある程度許容すべきだろう。

 

 そうして、盾を持っていた上に吹雪に紛れていたせいで隠れて見えなかった勇者の紋章は淡い輝きを放っていることに俺とムンババは気付いた。

 

「……ムフォ」

 

 ムンババは目を閉じ、以前、図書館の扉を閉じる前にやっていたようにその場へ平伏する。

 

 俺はそんなムンババの様子に、今からすべきことが何故か理解できたような気がして、その手を前に掲げる。

 

 特に確かな根拠がある行動でもない。だが、不思議とやるべきことははっきりと見えていた。

 

『……ヤメロ』

 

 突如、頭の中に声が響く。

 

 男とも女とも付かない、曖昧で無機質で暗い声色だ。

 

 だがその声に乗せられた感情は、焦りを多分に含んでいるように感じられた。

 

『……ヨセッ、止マレッ!』

 

 その声はムンババではない。

 

 それよりもっと理解の外にあって、それよりもっと世界の外にあるような、最上位の闇の具現。

 

『……聖竜ノ……使イ……勇者ヨッ!』

 

 例えるならば、それは間違いなく────『邪神』だった。

 

「────ライデイン!」

 

「ムフォフォーンッ!?」

 

『グ────ガァァァァァッ!』

 

 俺はムンババに向けてライデインを放った。

 

 勇者の紋章から放たれた強力な雷撃がムンババを、より正確に言えばそれを操る邪神を光で焼いていく。

 

 勇者の星に肉体を封じ込められたせいで全盛期の力とは程遠く、それでもなお配下のただ一匹によって一国を滅ぼそうと画策した強大な闇。

 

 ムンババに染み込んだその黒いしずくの一滴が光の渦に飲み込まれていくのを、俺はただ力を込めて見送っていった。

 

『ガァ、ァ……ユウ、シャ……オノ、レ……』

 

 ライデインにより導かれた光の奔流が収まった時には邪神ニズゼルファの声は聞こえなくなっており、その場には木々の間で立ち尽くす俺たちと、俺の目の前で倒れ伏したムンババだけが残っていた。

 

「……ええっと、倒したのでしょうか?」

 

 シャールがおずおずとこちらに尋ねると同時、ムンババがむくりと起き上がった。

 

「ひゃぁっ!?」

 

「まだやる気なの!?」

 

「お二人とも、わしらから離れるでないぞっ!」

 

 近づいてみようとしていたシャールが跳び上がって後ずさると、マルティナとロウがいち早く前線に駆け出して臨戦態勢を取った。

 

 だが、クレイモラン王とリーズレットは流し目を見合わせて頷き、こちらへ悠然とした声をかけてきた。

 

「どうやら、わしの目には解決したように見えるがのう」

 

「ええ。そうよね、ぼうや?」

 

「まぁ……おそらく」

 

 俺は静かに頷いてムンババへ近づく。

 

 ムンババはライデインの直撃で傷ついた身体を厭うことなく、何かを訴えるように、熱を持ったような視線を俺へと注いでいた。

 

「……もしかして」

 

 シャールが誰ともなくポツリとこぼす。

 

「仲間になりたそうにこちらを見ている*1……ということ、でしょうか?」

 

 ムンババはピクリと耳を動かし、ブンブンと縦振りに勢いよく頷いた。

 

「え、本当に?」

 

 マルティナの困惑したようなつぶやきにも、ムンババはムフォ、と肯定するように鳴き声を漏らした。

 落ち着いた今は知能も取り戻しているのか、人間の言葉も理解しているようだった。

 

 そういうことなら、話は早いに越したことはない。

 

 俺は両手でムンババの大きな横面を包むように触れて、野生の生き物に特有の体温を感じながら告げた。

 

「一緒に行こう、ムンババ」

 

「ムフォフォーンッ!」

 

 ガバリと立ち上がり、ドラミングと奇妙なダンス*2を始めるムンババ。

 

 ドスドスという地響きと鳴き声がミルレアンの森を超え、クレイモランまで響き渡る。

 

 彼がこちらの言葉を理解するように、彼の言葉を正確に汲み取ってやれるわけではないが……どうやら喜んでいることだけは、この様子を見れば明らかだった。

 

「あ……そう言えば。この場合、私の魔力はどうなるのかしら」

 

 ムンババを仲間に引き入れ、これで解決といった雰囲気になりかけた時、リーズレットが呟いた。

 

 ムンババの中にはリーズレットが封印された際に分けられた魔力が封じ込められており、リーズレットが協力をすんなり申し出たもう一つの理由は、ムンババの討伐を経て自分の魔力を取り戻すことではあったのだが……。

 

「まぁまぁ。それなら、また力を取り戻せるように修行すればいいんですから」

 

「気が進まないわねぇ。だいたい千年の封印から出たと思えば、リハビリじみた修行なんて」

 

「そんなことを言わずに。わたしと一緒に頑張りましょう?」

 

「……そうなればリハビリどころか、あなたを鍛えるところから始めないといけないでしょ。……まぁ、でも。それも面白いかもしれないわね」

 

 シャールとリーズレット、不思議と波長の合う二人はくすくすと小さく笑いあう。

 

 ミルレアンの森にムフォムフォダンスの調べと小さな笑い声を吹雪が覆った後、事件の解決を知らせるべく俺たちはムンババを伴って帰路に着いた。

 

 かくして、クレイモラン王国を脅かさんと蠢動した邪神ニズゼルファの暗躍はクレイモラン王家と氷の魔女を伴った俺たちの手によって、未然に防がれることとなったのだった。

 

*1
ドラゴンクエストシリーズ伝統の仲間モンスター加入前の合図。ここで「はい」を選択するとそのモンスターは晴れて仲間となる。「いいえ」を選択すると悲しそうに去っていくのでちょっぴりかわいそう。

*2
ムフォムフォダンスという直球のネーミングらしい(原作戦闘中のテキストメッセージより)。本来は踊ることで攻撃力が二段階上がり守備力が一段階下がるのだが、今回は内からあふれる嬉しさのエネルギーを表現するために用いている。





 邪神ちゃんライデイン回です。ニズゼルファによる邪モンスター化の影響はここだけじゃないので、また登場することもあるかと思われます。
 今回でクレイモラン王国の騒動は一応の収束を見せましたが、クレイモラン編はもうちっとだけ続くんじゃ。(亀仙人)

 次回、その後のクレイモラン王国です。
 ムンババが王国にやってきたり、あの青かったり金色だったりする兄妹も登場するとかしないとか……?
 どうぞお楽しみに!
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