トレジャーズ続報発表の波に乗って例の兄妹を出せず残念ですが、僕も早く彼らを出したいので読者の皆様とおあいこですね(?)
ふと、奇妙な夢を見た。
満身創痍、仲間はおらず、灰色の空には暗夜の城。
俺は今よりずっと大きな手で幾何学の塔を這い上り、豪奢で名ばかりの空虚な剣を震えながら持ち、膨大な力を蓄えた時の柱に振りかざす。
それが最後の希望なのだと確信しているかのように。
『足りなかったんだ、何もかも』
『力がいる、全てを凌駕するような、圧倒的な力が』
『俺に力さえあったら────無様に這いつくばった醜い姿を晒すこともなくて』
『ひとりひとり助けを求めて手を伸ばしてくれた仲間たちを』
『見殺しにしない道があったはずなのに』
振り下ろした剣を握るその手はどうしようもなく、欠けていて────
「──ッ!」
パッと目が覚めると、変わらぬテント越しの雪景色。少し息が荒かったが、幸い、寝袋を重ねた仲間たちに気づかれることはなかったようだ。
テント横で護ってくれていたのだろうムンババの寝息があることくらいが相違点の、新しい日常がそこにある。
終りきった灰色の世界、決まりきった絶望の未来とは違う、俺の日常へと夢から覚めた。
あれは俺の世界じゃない。前世の現実とも、今の現実とも違うと理解できる。
でも────分かっているはずなのに、震えが止まらないのは何故なのだろう。
これは単なる夢とは違う。
もっと深く、奈落に落ちるように救いのない……どうにもならなかった俺の結末を、垣間見た気がした。
「──熱っ」
手に小さく熱を感じるほど勇者の紋章が一際大きく輝くと、しばらくして落ち着きを見せる。
「……起きてるの、イレブン?」
マルティナが寝袋からもぞもぞと出てくる。
紋章の光に反応して起こしてしまったようで、彼女にしては珍しい結び目を下ろしたロングヘアーのままだ。
「おはよう、マルティナ」
「……大丈夫? 震えているようだけれど」
「ちょっと寒くて。ついでに温まるスープでも仕込んでおこうかなって」
料理の腕は旅を続けるうちにテオに仕込まれ、ドゥルダの雑用係としての経験から上達の一途を辿っている。
王族の舌を唸らせる雪原のできあいスープという難題だってもなんのそのだ。
ムンババの好みは分からないが……そろそろ帰還できるし、余りそうな食材たちを使って数種類作ればいいだろう。
「私も手伝うわ」
「寝てていいよ。簡単に出来るものばかりだから」
「そうじゃなくて……心配なの。あなた、今から死んじゃうんじゃないかと思うほど震えているのだもの」
「えっ?」
心配そうに眼差しが向けられた先には、もちろん俺がいる。自身の感覚に集中すると、確かにガクガクと単なる冷えでは説明がつかないほどに震えていた。
なるほど、これでは心配するなという方が無理な相談だ。
いつものことだが、俺は勇者ではない。
ただルビスに選ばれただけの、勇者っぽい性質を使いこなせるだけの一般人だ。
仮に俺が本物の勇者であったなら、ここでマルティナに心配をかけるほど単なる夢に怯えてしまうことだってなかっただろう。
そして、夢の教訓からすると……俺は不甲斐ない自分をただ責めるより、目の前のマルティナを頼ることにした。
「少し怖い夢を見たんだ。未来の俺が過去の、今の俺に何かを託す夢」
「……そうなのね」
マルティナは逡巡したあと、震える俺の身体を包み込むように抱きしめた。
「託されるのは、誰しも怖いものだわ。あなたが負った責務はきっと、その小さな身体よりずっと重くて大きい」
互いの息の暖かさが分かるほどの密着に普段なら役得なんて言っておどけるようなそれも、マルティナの慈しむような抱擁に霧散する。
「だから、あなたは私が護ってあげる。どこの誰であろうと、あなたの道を阻ませたりしない。……だから、安心して自分の思う道を突き進んでね、イレブン」
ぎゅ、と抱擁が強くなる。
それはきっと、マルティナの懺悔に近い想いも含まれているのだろうか。
慮るのも野暮なくらいの無償の愛がそこにはあった。
「勇者だからじゃなく、あなたがたった一人の私の弟だから。あなたがイレブンだから、私はあなたを応援するの。……なぜかって顔してるわね? それは、本当は勇者に向いてないかもしれないのに、それでも頑張るあなたを見てきたからじゃ、おかしいかしら」
ギクリと心臓が飛び跳ねる。
俺が転生者であることや本当の勇者とは似ても似つかないことなどは誰にも知りようがないことだが……マルティナには少なくとも、俺の勇者としての適性の低さについてはある程度バレていたようだ。
「いつからそう思ってたの、マルティナ?」
「女のカンね。あなたって、"さすが勇者だ"って褒められる時にあまり嬉しそうにしないでしょう? それに……かわいい幼馴染を口説いたり、カジノを見るなり直行したりしようとする所もかしら?」
「あれはユグノアの血のせいなので」
「あはは! 確かにロウ様もあなたもカジノと女の子が大好きね」
抱き合った体勢から離れ、湿っぽい決意表明の時間から温かな談笑の空気に流れが変わっていき、寝っ転がっていびきをかく王族たちの口に合う料理を二人で拵える作業に戻る。
思うに、今の俺は過ぎ去りし時を求めた後なのかもしれない。
記憶も力も受け継いでやり直すその秘術にしてはなんにも引き継がれちゃいないのは、それだけギリギリで不完全な発動だったからだろう。
あるいは、俺が本来の勇者でなかったからかもしれない。
夢の俺を仮に一周目として、ある日突然勇者になり、着の身着のままで放り出されただけの俺はおそらく、失敗と後悔の連続の中で次の……今の俺へと託したのだろう。
だからこそ、運命が味方するような今の幸運は彼の齎してくれたものなのかも知れない。
俺が辿れる彼の足跡はドゥルダのニマ大師に彼が口利きを行ってくれていたことくらいだが、おそらく彼の求めるべき力、ひいては俺が求めるべき力にはまだまだ遠いのだと、ムンババとの激闘で終始押され気味となってしまった自分を省みる。
料理を仕込み終わった俺たちは、早くに起きたついでにいつもより早く修行を再開し、いつ来るともしれない絶望的な夢の未来を振り払うように、本日にできる最初の一歩目を踏み出すのだった。