海底での死闘から少し経った頃のこと。
カミュとマヤを助けたのち、俺はクレイモラン教会にてロウやマルティナに眼鏡を掛けた神父さん、そして幾人かこの場に残ったバイキングらとともに二人の看病を続けていた。
当時は驚いている場合ではないこともあったが、救けた彼らが俺のクレイモランにやってくる目的でもあり、この祭りの中でもそれとなく行方を探していたカミュとマヤであったことについてはいったいどういう巡り合わせだと内心驚愕しきりだった。
同時に、今回の出来事に俺が気付かずのほほんと祭りを楽しんでいたら、彼らは俺の知らない時分でひっそりと死亡していたかもしれないという事実にも同じくらいに肝を冷やしたものだ。
だが、それはそれとして看病を続ける。
むかし高熱を出した俺に前世の両親やペルラ母さんがしてくれたように、甲斐甲斐しく、壊れ物に触れるように丁寧に。
時間にしてはそれほど大したものではなかったが、俺の意志で救おうとした人物が無事に意識を取り戻してくれるかどうか、看病している間もずっと気が気でない思いだった。
俺にロープを託されたロウとマルティナも、海から俺が帰ってくるまではこんな気持ちにさせてしまっていたのだろうか。
もしもそうならば、なんとも頭の下がる思いだった。
こんな身のすくむような想いに耐えてくれていたことには改めて感謝しなければ。
「俺を信じてくれてありがとう」
気付けば漏れていた二人への感謝に、ロウとマルティナは「帰ってくると信じていた」と鷹揚に返してくれた。
つくづく彼らは器が大きく、大きなその背中に触れる度に尊敬が深まっていくばかりに思う。
俺もぜひ見習って、どっしり構えられるようになりたいものだ。
そして、ロープを手繰り寄せるための助力を行ってくれたバイキングたちにもひとしきり感謝の意を示したのだが、俺からの謝礼の証として、彼らは俺に酒の提供を要求した。
彼らの間では、迷惑をかけたヤツは一杯奢るのがケジメの流儀だそうなのだ。
それならお安い御用だ。
D.R.Dの服飾と医薬品事業で貰える少なくない割合の分け前によって無数に転がり込んでくるポケットマネーの一部から、俺はバイキングに次の日の祭りで好きなだけ飲んでもらうことにしたのだった。
「おーおー小僧、言ったな? 子どもだからって俺たちに遠慮って言葉はねえんだぜ?」
バイキングたちの目がキラリと光る。
「明日のタダ酒のためだ、カミュとマヤのヤツらを死んでもこの世に呼び戻してやろうぜ、お前たち〜っ!」
『ヤイサホー!』
祭りの喧騒から離れていたはずの教会にたった数人とは思えない大きな掛け声が響き渡った。
だが、神父がカチャリと眼鏡を掛け直した途端にバイキングたちがピタリと口を閉じる。
「治療中ですからお静かになさい。いつもあなた達に言っていることでしょう」
『ハイ、すんません神父さん……』
いかに屈強な海の男たちといえど、深手も毒もベホマにキアリーとすんなり解決してくれる命綱である神父さんにだけは頭が上がらないらしい。
今の一瞬で推し量られた彼らの間のギャップのある力関係に、俺は思わず笑みをこぼすのだった。
それからほどなくして、まずはマヤの方から意識を取り戻した。
「お兄ちゃんっ! ……ぁ」
マヤは起き抜けの開口一番に、兄であるカミュを案じて叫ぶ。
辺りを見回してベッドに寝かされているカミュを見て安堵した表情を見せたものの、同じ部屋で看病をしていた俺やマルティナたちに気付くと彼女はみるみる顔を赤くした。
マヤは普段はカミュのことを『兄貴』と呼んでいるが、咄嗟に出たのは『お兄ちゃん』。
よほどそれが恥ずかしかったのか、たまたま距離も年頃も近かった俺を威嚇するように睨んでみせる。
「あんた、いったい誰なんだ?」
「俺はイレブン。そういう君は?」
話を進めることで先程のお兄ちゃん発言を聞かなかったことにしたいのを察し、俺は自己紹介に応じる。
マヤは布団で顎の辺りまでを隠しながら、質問に返答した。
「ん、マヤだ……よろしくな、イレブン」
◆
それから、耳まで真っ赤にしていたのを落ち着けたマヤと、様々な話をした。
ロウやマルティナの自己紹介、救出にはバイキングの助力もあったこと、そして、話の流れは俺がカミュとマヤを助けに海へ潜った話へと移っていく。
「おれたちを助けたって1ゴールドの足しにもなんねーのに、なんで助けたんだ?」
マヤは心底不思議そうに俺へと質問を投げかける。
酒と冒険のロマンが絡んでいなければ徹底した損得勘定で動く過酷な北海のバイキング社会で生きてきたマヤには、俺がカミュと彼女のふたりを一も二もなく助けに向かった動機が理解できないらしかった。
「兄貴が助けに来てくれたのは覚えてる。でもさ……イレブン、おまえがおれを助ける理由なんてなかっただろ?」
俺は、マヤの本当に不思議そうにするその仕草を、素直に悲しいと思った。
この世には損得を無視した感情など存在していない、してはいけないのだと疑っていないようにも見えるその顔は、俺の身勝手な目にはあまりに不憫に映っていた。
だから、そんなマヤに俺の想いを伝えるため、見据えて思ったままの言葉を口にする。
「困っている奴がいれば、助けるのは当たり前だからだ」
前世のいつかで聞いた言葉の受け売りだ。
だが、それが俺の信条を表すひとつのファクターであることは間違いないとはっきり言える。
そこに損得など関係ない……それは想定外の返事だったらしいマヤはしばらく首を傾げて思案し、言葉を続けた。
「────それってさ、あんたがタダのものすごいお人好しだった……ってわけなの?」
「ああ、ものすごいお人好しだよ。自分で言うのもなんだけどさ」
言い切った俺にマヤはきょとんとした表情で数秒固まった後、ぷっとマヤの口から息が漏れ出した。
「いしし……! なんだよそれ、ホントにさ!」
マヤはツボに入ったようで、少しばかりの涙も流して笑っていた。
実際、俺もここでその信条を宣言することで何かが吹っ切れたような気分だった。
最近はルビスとの対話もあり、これから勇者としてどうすべきか密かに悩んでいたりもしたのだが……俺の本質はあくまで、おせっかいでお人好しであることなのかもしれない。
自慢じゃないが、俺は人に迷惑をかけつつ生きてきた自負がある。
前世で言えば親には苦労をかけたまま死んでしまった不孝者だし、今世でだって幼少のうちから修行に鍛治にと、養母のペルラの元にいた時間は一般的な子供にしては少なすぎるくらいだ。
だから、俺は人を助ける。
俺が助けた人たちが、大切な人と過ごせる時間を増やすため。
俺は本当の勇者にはまだ遠いけど、マヤの言うように度を越えたお人好しとして、これを貫くと決めたのだ。
「ひー、笑った笑った……うん、これでスッキリした!」
笑い涙を指で拭いながら、マヤは俺に向き直り、にまにまとした笑みでこちらを見る。
「それじゃ、おれが生きてて嬉しいんだ? イレブンは?」
からかうような調子でこちらに問いかけるマヤ。
俺は、まっすぐに彼女の目を見て言った。
「ああ、そうだぞ、マヤ。俺は君が生きていてくれて、本当に良かった」
「──っ!」
マヤは手慰みに持っていた布団をいきなり顔に被せた。
布一枚越しの防御態勢から、威勢のいい悪態が飛んでくる。
「~~~っ! もうさ、よくそんな恥ずかしいこと言えるよな、おまえ!」
布団の盾の後ろから、マヤが声を荒げて罵倒する。
恥ずかしいとは心外だ、実際これは本心なのに。
マヤのそうした防御態勢は数秒続いた後、彼女ははおずおずと布団を下ろして、カミュをお兄ちゃんと呼んだ時のように赤くなった顔を出してくれた。
「おれからカネとかはやんないけどさ、兄貴だって助けてくれたし……おれだってそれが分かんないほどのばかじゃないし」
マヤはそう言い捨ててそっぽを向く。
「とりあえず……ありがとな、イレブン」
背けた表情はもう見えないが、編み込んだ青いポニーテールから覗く彼女の耳はほんのりと赤く染まっていた。