グロッタの朝に、青い令嬢が舞い降りた。こういった歯の浮くような表現がサラッとよぎってしまう辺り、そろそろ俺の頭ユグノア*1も極まってきたと見える。
そういえば最近、こういうドレスを仕立てて欲しいとカミュを介して匿名依頼が入っていたのを思い出したが、いやはやまさか、依頼主がこんなにも近くに居たとはと仰天しきりだ。
白を基調としたワンピース型のドレス。青い薔薇の刺繍が要所要所にあしらわれ、お出かけ用にと動きを阻害しないスカートの丈は七分ほど。
年中暑いグロッタにはちょうどよいノースリーブの袖口はマヤの白い肌を際立たせ、俺の目にはいささか背徳的に映っていた。
「……イレブン、その……」
「うん。似合ってるよ、マヤ」
「!? っ────このバカ! ばかイレブン!」
なぜだ、正直に感想を言ったのにシンプルな罵倒をされたんだが。でも罵倒のバリエーションが少なくて可愛いね(頭ユグノア)。
しかし、マヤの桜色に染まりつつある頬とロウたちの後方腕組み頷きっぷりから見て、それほど正解から遠くもなさそうだ。
さて、幼馴染のエマやシャール王女、それに長いこと旅を共にしたマルティナとの逢瀬の経験から
ひとまず現在地はグロッタ、ユグノア地方もしくは世界きっての歓楽街における最高級宿のエントランスホール。
時間は朝、与えられたのは夕方までという一日に等しい
ロウと町長が旧交を温める茶会の、その時間つぶしという名目だ。
そして、目の前にはおしゃれを重ねたマヤの姿。
よくよく見るとウチのD.R.D商会の新作であるスライムゼリーといやし草を原料としたオーガニックなリップグロスが彼女の唇を彩っている。
ふだんは飾り気のある服やおしゃれなアイテムよりも高価な黄金や珍しいお宝に目がないマヤにとって、むしろ今日は相当に気合を入れているものと推測するのは簡単だった。
そこから導き出される答えは明快だ。
いくらなんでも、ここまでされて自分の置かれた状況が分からないほど鈍感でもない。
──サプライズデートの時間だな、これ?
それはワトソン医師でもアドバイスなしに初見で分かるような、ホームズ要らずのアブダクション推理であった。
……しかし、サプライズはされるばかりじゃお返しもままならない。
俺は無言で胸に手を当てて自身に向かい魔力を流すと、勇者ゆえに変質した魔力は周囲に軽い放電を促した。
「ふん!」
「は? おいイレブン、何してんだっ!?」
カミュが驚いてツッコミを入れる姿に、期待通りの反応をもらえて顔が綻ぶのを取り繕う。
もちろんこの行為はマヤの可愛さに心停止したことから斬新なAED治療を行ったわけではなく。こんな事もあろうかと、作ってよかった新機能のお披露目のための行為なのだ。
魔力は俺の愛用する紫地の旅装を駆け巡り、一時的に再構成されてゆく。
もちろん雷光で全身は包まれる。それが自分であろうが、野郎の要らないお色気シーンはカットに限る。
────魔力の雷光が霧散したその場には、青地に金の装飾をあしらった、いかにも王子様然とした装いの少年がひとり。
旅の途中で思いついた「おしゃれ装備」のひとつ「王子の服」を着た俺こと、イレブンが佇んでいた。
「本当はかなりフォーマルな場で着る想定のものだから少し大仰かもしれないけど、ね」
予防線を張りつつも、どうせならポーズでも決めようとタイを締め直すふりをする俺をよそに、皆は一様にぽかんと口を開けていた。
「そろそろ正装も必要でしょ? 皆に内緒で作っておいたんだ。こうしてすぐに着れる機能付き!」
いい加減、ドゥルダの僧兵兼ロウたちの従者では通らない場面も多くなるだろうと密かに用意していたものが役に立つとは、鍛冶師、もしくは裁縫師にして錬金術師?
まぁそんな感じのごった煮な勇者の俺としては、お披露目の機会がごく自然に訪れて嬉しい限りなのだが……
「ご感想は、お姫様?」
──マヤ、俺は君に答えを聞きたい。
試作品ゆえ魔力を帯びた結果、作った当時の俺の思念が少しだけ前のめりな勇気をくれた。
マヤの手を取り、ニコリと微笑む。
この服を着たことで今の俺は歯の浮くようなセリフもバンバンなのだ、わはは。
「────」
……ん? ぜんぜん感想が返ってこない。どころか、みるみるうちにマヤの顔は茹で上がっていくようで。
「まぁ、その……イレブン? お前、マヤにどう思われてるか知らないんだったな、そう言えば」
カミュの言葉に俺は首を傾げてしまう。いや、そこまで俺は鈍感じゃない。じゃないと思うのだが……。
え、この流れっておめかしデートみたいなヤツじゃないの!?
「そうじゃなくてさ、もっとその……手心みたいなやつを加えてやれ。お前と違って初めてなんだ、マヤは」
カミュの言葉を怪訝に思いながらもう一度手を取ったマヤを見ると、赤い顔で汗をかき、目がぐるぐると焦点の合わない、ふだんと全く様子の違う彼女がいた。
「い、いいいイレブン、その、に、似合って……」
「一旦落ち着いてからでいいよ、マヤ」
「っ、落ち着いていられるかっ! なんだその服、似合ってね……ぇとは言わねえけど、いきなり着替えてくんじゃねー!」
またも理不尽めな理由で怒鳴られ、取った手を乱暴に払われ、ぷんすかと背中を向けられる。
え、俺ってば何か間違えた?
マヤとのフラグが立ってるんじゃないのか? 状況証拠的に。
助けを求める視線を送るも、肩をすくめるマルティナにロウ。
なんだよー、そのおばかに付ける薬はないみたいな反応は。
「マヤの、あー、そういうのには気づいてるんだろうが……それだけじゃ正解じゃないんだ。イレブン」
後頭を掻いて迂遠にヒントをくれるカミュだったが、マヤをもう一度振り向かせるのに必死な俺の現状を前に彼は大きなため息を吐いた後、
「とにかく行ってこい。こいつの機嫌は外で取ってやりな!」
「て、わぁ!」
「ちょ、ちょっと兄貴、いいイレブンの手が……!」
俺とマヤの手を乱雑に繋がせたカミュは、俺たちをグロッタの宿屋からぽーんと蹴り出した。
扉が閉じる前に見えたのは良い笑顔のカミュ、マルティナ、ロウの三人。
そして、隣には赤く頬を染めたマヤ。
「あっ……」
マヤはキョトンとした後、みるみるうちに顔をさらに赤く染め、繋いだ手と俺の服や顔に目が忙しなく移る。
……なるほど。思考の海へ落ちるのは俺の悪癖だが、カミュの機転によってゴチャゴチャと考える必要はないことに俺は気付けた。
「……まずはエスコートを任せてもらえるかな、マヤ」
正装を着たならそれらしく、フォーマルな誘いとともにマヤの手を引く。
俺とマヤは見つめ合い、三秒間ほど。
「……よろしく、イレブン」
控えめに目が逸らされるも、その手は繋がれたままだ。
互いに嵌めたシルクの薄手袋越しに伝わる体温や、絡めた手指の軽く細い感触が、彼女をより近くに感じさせてくれた。
マヤが、いつもより可愛く、綺麗に見える。
俺はエスコートを始める傍ら、この時間が一日よりも長く続けば良いのにな、とこの時ばかりは考えてしまう。
君もそう想ってくれていたら嬉しいなと、淡い雪が降り積もるような気持ちを笑顔に変えながら。
おしゃれ装備のお披露目回&ちょっとしおらしいマヤを見よう、がテーマのサプライズ・デート開始回です。
余談:おしゃれ装備について
いまは持続的に自分のMPを微量消費しながら維持する逆しあわせのぼうしとでも言うような独自の機構により装備を事前に登録したセットへ半永久的に変える(性能は変更後準拠になる)ものですが、性質上MPがなくなると変身の解けるカラータイマー方式のため、イレブンのようにレベルによってMPの多く増えた人間のみしか長期維持はできません。
いずれそういった制約なく永続的に見た目のみを変換するスイッチ・トグル式のおしゃれ装備を普及させる展望をイレブンは掲げているようです。
その機構におおよその見通しは付いていますが、今回は前述のプロトタイプでの試験運用となりました。ハプニングがなければちゃんと一日は保つ計算です。
では、次回もお楽しみに~。