腕を組んで歩く、それだけで幸福を感じるというのは男女の全般に言えることなのか。それとも、他ならぬマヤがそうしてくれるからなのか。
ある程度一杯一杯のまま平静を装いエスコートする俺に、直球上等の火の玉ストレートを投げながらこちらを見上げるのは隣で密着するように腕を組んでいたマヤだった。
「なあイレブン。なんかさ……ドキドキするよな、こういうの」
マヤの鼓動が聞こえているように錯覚し、それは自分自身の動悸であることを自覚する。
隠すことでもないのでマヤの言葉を肯定すると、彼女は同じ気持ちを共有していることが嬉しいのか、目を細めていじらしい笑顔を見せた。
……そのコンボは勘違いする男が500人くらい出るだろうから、急にトドメの一撃を放って来るのはやめようね?童貞との約束だぞ*1。
話を変えるが、彼女の身長は年齢に比して平均的、つまり同年代の俺よりも本来は高いと言える。
であるからして、マヤの上目遣いも本来は拝めない珍しいものではあるのだが、現在は『王子の服』のデザインの一部として取り入れていた黒地のブーツに仕込んだ厚底で幅の広いヒールが俺の身長をマヤよりも少しだけ高くさせることで、無意識にもはや物理的に破壊力すらあるそれをマヤは頻発していた。
実際はこの靴全体が鋼から精製した安全靴であり、武器を持てない公の場でもある程度攻撃力を担保できるように設計しただけ*2の物なのだが、望外にもニクい仕事をしてくれる。
あとで設計者を褒めてやろう。まぁ、設計も製作も俺自身なので自作自演のマッチポンプなのだが。
ともあれ、フォーマルな場に相応しくあれと作ったコレは存外マヤとのデートにぴったりの服だったということなのだ。……ん? 話が変わってないな。それも上機嫌なマヤに比べれば些細なことか*3。
宿を出た(出されたとも言うが)俺たちは大橋を歩き、下層へと向かう。その間も、マヤは俺の左腕にぴったりとくっついていた。
いつになく積極的なマヤに、前世を含めても恋愛経験に乏しい俺はそれだけでドギマギと動揺していた。
◆
「イレブン、あの店に行ってみようぜ! お宝の匂いがする!」
ぐいぐいと組んでいた腕を引っ張られ、連れられてきたのは防具屋だった。
防具屋らしい武骨な店構えの上部には、派手で繊細なネオンの看板が光っている。
「いらっしゃい……お! お熱い嬢ちゃんにボウズが来たみてぇだな!」
「! おっさんにも、そう見える!?」
「おうとも、小さなカップルさんよ! ウチにゃアクセサリーも置いてあるから、ボウズの小遣いをあるだけ使っていってやりな!」
冗談混じりの威勢のいいあらくれが出迎える店の中は清潔で、陳列された金属鎧や盾に埃は吸着していない。
つまり、こまめな手入れを欠かさず行う良い店だと確信できる。
「彼女に似合うものをいくつか見繕ってあげてください。私は、ここの防具や素材を見ていますので」
「イレブンっ!」
職人魂に火がつきそうになった時、マヤから強く腕を抱き寄せられる。
「まったく、すぐ鎧に目移りすんなよな! ……今日くらい分かるだろ、わざわざ言わせんな!」
「ガハハ、聞いたかボウズ! ささ、嬢ちゃんが拗ねないうちに何か買ってやりな?」
……ああなるほど、これは失策もいいところだ。
デートにおいて女の子を蔑ろにしていい道理はない。
つまり……マヤは、俺にアクセサリーを選んで欲しいのだろう。マヤの方が目利きに優れるとか、彼女の好みを俺がよく知るわけではないとか、そういった御託を超越して。
それならば、もちろん期待に応えるとしよう。
「……うん、俺はこれが似合うと思う」
またひとつ女心について学んだ俺は、商品棚でひときわ出来の良く見える、星のようなネックレスを選ぶ。
少し頬に赤みの差したマヤは、コクンと小さく頷いた。
「……親父さん、これはいくらで?」
「んー、2000Gってとこだな」
「じゃあ、少し待って……よし、コレで足りている筈です」
「おお、見た目通り気前がいいじゃねえか、小さな王子さんよ! はいよ、お買い上げどうも!」
王子という言葉にギクッ!と一瞬だけ硬直したが、今の俺の服装に対してただ店主が冗談めかしたのだと思い直し、俺は店主にちょうどぴったりの金額を払い、ネックレスを受け取った。
マヤの眼鏡に適ったのか確認するように、彼女へと改めて目を向けた。
今日のコーディネートに唯一空いたデコルテにも、この青銀のネックレスが映えるはずだ。
「これで良かった?」
ズルい質問だ。マヤを見ていた俺は、彼女がこのネックレスに目を輝かせていたのを横目に見ていた。
「……まぁ、イレブンにしては良いんじゃねえの?」
マヤは目を逸らしつつ、かなり遠回しに褒めてくる。それが照れ隠しなのは流石の俺にも丸わかりだが、あえて指摘をすることはない。
「それじゃ、改めて。これが今日の記念になりますように」
『王子の服』の効果は健在、キザなセリフとともに組んだ腕を一旦離してもらう。
マヤは一瞬名残惜しそうにするが、自由になった両手でネックレスの留め具を外した俺を見て、マヤはすぐに意図を察したようだった。
「そういうセリフあんまり似合ってないぜ、ばーか。……でも、ありがとな」
差し出されたマヤの首筋にネックレスの紐を通す。彼女は自らの三つ編みを左手で退けて、静かに目を閉じていた。
パチンと留め具の音が鳴り、つつがなくプレゼントが終了する。マヤがもう一度目を開けた時、俺はマヤによく見えるよう、手鏡をふくろから取り出して彼女に渡した。
「……ま、きゅーだいてんってのならやっても良いぜ?」
マヤはいししと悪戯っぽく笑いつつ手鏡を俺に返すと、そそくさと防具屋の掘り出し物の物色を始める。
たまに首に提げたネックレスを愛おしそうに手に取ったりしては微笑むその機嫌のよさから見るに、マヤの及第点とはおそらく満点に近いらしかった。
────そして、この一瞬でもう一つ、俺は静かに巧妙に、手鏡をふくろにしまう自然な動作でマヤから視線を切りながら、店主へとあるアクセサリーについて小声で交渉する。
「店主さん、これを買いたいんだけど……」
「お、嬢ちゃんに秘密のプレゼントかい? いいぜ、ナイショにしてやるさ。って……そいつは色々といわくつきだが、大丈夫か? それにしたって、宝石だけで1万Gはするぜ」
「即金で買った」
「おわっ、マジかよ!」
「? どうした、イレブン?」
「何でもない! 気になる素材があったんでね!……店主さん、静かに」
「おう、すまねえボウズ。お前、もしかしてマジの坊ちゃんか……?」
「気になる素材? まぁ素材そのものには興味ねーからいいけどさ、お宝の匂いが消えてないんだよな。イレブンも掘り出し物があったら、おれにほーこくしろよ!」
マヤはルンルンと掘り出し物の物色に戻り、いつもと違う服装により開いた背中も気にせず、当初とは打って変わって自然体だ。
日課のお宝探しにより、いい意味で緊張が取れたのだろう。俺としてはもう少しドキドキしてもらいたかったが……あれ? こんな気持ち、今までの俺にあったか?
……ともかく、人差し指を口に当てて店主に静かにしてもらうようジェスチャーをし、即金で一万Gと口止め料込みの金貨袋をどさりと置く。
これだけの金をさらっと渡して曰く付きの品を買う奇妙な少年……そんな怪しい俺への驚愕を、店主にはこれ以上追及しないでもらうことにしよう。
「……代金は間違いねえようだが……これを持ったヤツは富の代わりに不幸を呼ぶってウワサがあるぜ?」
「だから買うんだ。あいにくね」
小声のやりとりはマヤに聞こえず、俺はつつがなく目的のブツを購入し、高価な物だからとサービスで貰った上質の木箱にそのアクセサリーを詰めて緒を結び、さっさとふくろに入れて収納し、ひと心地つく。
ふう、肩の荷が降りるとはこういうことか。
そう思いつつ俺はふくろの中の木箱を見やった。
────この中に入っているアクセサリーは、しばらくの間、もう一度取り出すことはないだろう。
赤い宝石が円を描く、球形の連なる黄金のネックレス。
その名を『海賊王の首飾り』という、原作においてマヤとその兄カミュの運命をどうしようもなく引き裂くことになる一件に深く関わる、触れたものを黄金に変える力を持つ呪いのネックレスだった。
その解呪には少なくとも生命の大樹に奉納されている勇者の剣の力が「最低条件」であるほどの、強力な呪いなのだ。
まさに運命が引き寄せるかのように、マヤの近くで見つけてしまうとは。この世界は、マヤにどうしても一度は闇に堕ちて欲しいらしい。
まぁ、俺がそうさせないように、こうしてこの首飾りを来たるべき時まで実質的に封印しおおせた訳なのだが。
呪いを解いた後のこれがもたらす幸運は無視できないものではあるが、今はただ厄介ごとの種なのだ。誰の手に渡る前にこれを手にできたのは僥倖に他ならないだろう。
呪いのかかったこれを誰かが手に入れる未来を徹底的に避ける。
特にマヤを救ったのなら必ずぶち当たる難題であり、義務であり、俺自身がやりたかったワガママのひとつ。
鉄鬼軍王キラゴルドは生まれず、マヤがハッピーエンドを迎えるための会心の一手となるだろう。
「ん? ……お宝の匂いがしなくなってんな。うーん……イレブンの買った素材がそうだっただけってことか?」
「そうかもね。店主さんによると時価で一万ゴールドもする鉱石らしい。マヤが言うならガセじゃないのかも?」
「ホントかよ! やったじゃんかイレブン、ソイツはおれのカンによれば一攫千金のお宝だからな!」
いつもの調子に戻ったマヤは、バシバシと俺の背中を叩いて屈託なく、いししと笑う。
つられて俺も笑顔になり、同時にマヤのお宝に対する正確な審美眼と嗅覚へ密かに戦々恐々としつつ、俺たちは防具屋を後にした。
未だに原理の解明されないこの異次元のふくろに入った以上、俺以外の誰もこの首飾りの所在は知らず、数々の人々に幸福と絶望を同時に与えた伝説の宝の物語はじき忘れられ、終幕を迎えるだろう。
その終幕を見届けるまで、俺はマヤに方便と称した嘘でこの首飾りを近づけない。マヤを守るためならこの程度の汚れ役など構うものかと内心で啖呵を切っていた。
それがマヤへの親愛ゆえか、救った者の責任とうそぶく単なるエゴか、今の俺には分からない。
しかし、これが俺の勇者たりえない部分だというなら、俺はそれでいいとも思っていた。
閑話休題。
繰り返しとなるが、ともかくこれで俺のマヤにまつわる最大の懸念である、彼女が魔王ウルノーガの手に落ち鉄鬼軍王キラゴルドとなる可能性は潰えた。
そして、これで自らの手によって、過酷な運命とやらへの叛逆という行為も同時に達成したと確信する。
悲劇を覆してのハッピーエンドを掲げているならば、相応の結果があってこそ俺の理想は重みを持つ。
そのためならば歴史の修正力とやらであろうとも、それが悲劇を生み出すのなら笑顔で中指を立てて覆してやるのが俺のスタイルなのだ。
マヤは魔王配下六軍王がひとり鉄鬼軍王キラゴルドではなく、ちょっぴり生意気で素直になれないカミュの妹マヤとして、今後も幸せに暮らしてもらうぞ。
俺の旅の最終目的は、悲劇を覆して零れる涙を減らすため。
デートの自然体を崩さぬまま、それを再認識していたのだった。
もう一度腕を組んで街を歩く俺とマヤだが、その決意はどうも顔に出るのが俺の締まらない所のようで、気付けばマヤは俺を心配そうに見上げていた。
「イレブン、険しい顔してどうかしたか?」
「マヤ、君は俺が守るから」
「はぁ!?」
「……いやぁ、ちょっと格好つけたくなっただけ。こんな服も着てるし、ね?」
組んだ腕から伝わるマヤの体温に、ここにマヤがいることを再確認する。もうキラゴルドは生まれない。
それに、誤魔化すにしろちょっとさっきのセリフはキザ過ぎるし、踏み込み過ぎた。
俺は頬に熱が集まるのを感じつつ、次はどこに行こうかと誤魔化すようにマヤへ話を振っていた。
「……守られるだけじゃ釣り合わねーよ」
商店の並ぶ喧騒の中、マヤは静かにそう呟くも、それは喧騒に紛れて聞こえない。
────何はともあれ、デートは続く。
俺たちはネオンの輝くグロッタの町を、二人並んで歩いてゆくのだった。
マヤとのデート開始かつ、マヤの悲劇フラグをサクッと折る回でした。どんなルートでグロッタに海賊王の首飾りが流れてきたのかはあえて設定していません。
だって、呪いのアイテムってそういうものでしょう?という考えのもと、マヤの目の前に現れようとしていたと仮定しています。だから呪いだなんだと言われているんですね。おそらく。
そして、デート編はもうちっとだけ続くんじゃ。(亀仙人)
引き続きグロッタの町を練り歩く二人が中心となりますので、お楽しみに!