前世の意識の覚醒から一ヶ月。
すっかりイシの村での生活にも慣れ、エマと遊ぶ傍らでふしぎな鍛冶セットと錬金釜を使いながら、テオ経由で信頼できる商人のルートに細々と上やくそうや青銅の剣などを作って売ることでちょっとした小金を稼いでは納屋にへそくりを隠す毎日を送っていた俺は、そういえば世界を救う勇者になる必要があることを思い出した。
いや、忘れてたのは肉体に精神が引っ張られているせいだし。
そう誰に言うでもなく心の中で弁解した俺は、一般人ソウルin勇者ボディである現状の何たるかについて考えを掘り下げていく。
原作と俺の差異・アドバンテージ。それはもちろん原作……このロトゼタシアを舞台にしたゲーム、ドラゴンクエストⅪの委細をよく知っているという点だろう。
なにしろ俺の死んだ事故現場であるコンビニ前の道路に繰り出すまではドラクエⅪの二周目をプレイしていたのだ。
この世界について詳しくないほうがおかしい。
それに、歴代ドラクエシリーズや外伝もそれなりにプレイしているため、錬金術のレシピやふしぎな鍛冶のレシピについても大まかに覚えている。
ルビスの加護のようなモノもあるのか、ドラクエ知識については記憶が消えないようしっかり固着している印象だった。
そして、俺が勇者としてこの先を生きる際にデメリットとなり得るのは……もちろん、一般人として当然の非勇者性、つまりは勇気が本来の勇者に比べると月とスッポンであるということだろう。
よく考えてみてほしいのだが、普通は魔物どころか動物に剣で斬りかかるような真似はできない。
メラで手から火が出るのも火傷しないかヒヤヒヤするし、ライデインなんか間近で起こる雷だ、何なら音だけで足が竦んでしまうことだろう。
自分の攻撃力に怯える勇者など使いものにならないだろうことは、火を見るよりも明らかだった。
……だからと言って世界を救わないわけにはいかない。
俺は子孫を残して本来の勇者の魂を地上に戻してやる必要があるし、そもそも「今からあんたが何もしなければこの世界は滅びます」と言われて、はいそうですかとほっぽり出せるような人間性をしてはいない。
はじまりはほとんど強制だったとはいえ、どうせなら原作よりもハッピーなエンドを迎えたいところではある。
それだけは確固たる、俺だけの願いだった。
だから、俺には強さが必要だと結論づける。
ドラクエ世界は、鳥山テイストのほんわかした見た目からは想像しづらいが、その実は現代日本とは比較にならないほど過酷で救いのない堀井シナリオが随所で幅を利かせてくるお辛い世界なのだ。
それに少しでも抵抗してハッピーエンドたらんとするには、原作開始よりも早い段階で強くならなければ、無理を通すこともままならない。
さて、その強さを得るべく幼いサラサラヘアーのショタである自分の有り余る時間を有効活用すべくここまで思索を巡らせてきたわけなのだが。
そうこう考えているうちに、幼さゆえの行動範囲の狭さがすべてのネックになっているのだろうと結論が出てしまう。
木剣でのチャンバラ遊びをするのならともかく、年端もいかない少年が本格的な金属剣を振っていれば狭いイシの村では何事かと怯えられてしまうだろう。
(そもそも、村から出ないことには何も始まらないなぁ)
現状を打破する策はそうそう思いつかない。
そう結論付けて、ふしぎな鍛治のために常に入り浸るようになった家の納屋からイシの村を見渡し、村を横断する川を眺めたところで、俺は天啓を得る。
そういえば、俺がユグノアの王子であることをこの世界で正式に知るのは、イシの滝の三角岩に埋められたテオからのタイムカプセルを開けることがトリガーだったことを思い出したのだ。
それは命の大樹の根から記憶を読み取ることができるという勇者の能力を無意識に使った未来勇者がその幼少期に向かってタイムスリップのような現象を起こし、テオにデルカダールで悪魔の子として捕らえられかけた厳しい現状を打ち明ける。
テオは寄る辺を失った勇者の道標としてタイムカプセル────ほこらの封印を開ける魔法の石と勇者の実の母たるユグノア王妃の手紙、そしてテオ自身が未来の勇者に宛てた手紙を入れた箱をイシの三角岩に埋める、という顛末だったはず。
このイベントが発生する指標となるのは、幼少期の俺がエマのバンダナを取ってあげようと木に登るタイミングと重なっている。
……つまるところ、俺が前世の意識を覚醒させた日と重なっていると思われるのだ。
もちろん、細かい差異があるため確実とは言えない。
厳密に言えば未来勇者のタイムスリップ後は過去勇者がはしごをテオに貸してもらおうとしている時に未来勇者が颯爽とバンダナを回収しているために意識覚醒時に俺の手がバンダナを握っていたことと矛盾するし、もっと言えばこの世界の未来勇者とは本来の勇者イレブンではなく勇者イレブン(in一般人ソウル)であるため、テオと同じ会話をして、同じくタイムカプセルを埋める結果を辿っているとは限らない。
その辺りの反証についても考えたのち……俺は結局、こっそりイシの滝の三角岩のそばにやってきていた。
「お、重いっ!」
原作では青年である勇者とカミュが二人がかりで移動させた三角岩。
老人であるテオがタイムカプセルを埋めてしまえるとはいえ、子どもが岩を移動させることはかなり難しい挑戦であるのは間違いなかった。
だが、そこは大人の知識を持つ転生者の腕の見せどころだ。
その辺のちょっと固そうな木の枝をうまく使い、てこの原理でもって、小さく小さく岩を動かす。
滝壺近くに住む魔物が不思議そうに見ているが、魔王がデルカダール王に乗り移って暗躍しているおかげか、凶暴にいきなりこちらを襲うことはないのが幸いだ。
魔物は本来純粋という、ドラクエ世界の基本設定さまさまである*1。
そうして岩を動かしているうちに、つい最近埋め立てられたように少しふんわりとした土が見えてきたところで、俺の推測は確信に変わる。木の枝で土を掘り起こすと、事前の予想通りの代物が出てくる。
分のいい賭けは順当にビンゴ。俺は見事、タイムカプセルの発掘に成功したのだった。
箱を開けて中を改めれば、二通の手紙と魔法の石。一通はユグノア王妃である母の手紙で、もう一通はテオの手紙。
どうやら書いてあることも原作通りであり、俺が正式にユグノアの王子であることを矛盾なく正式に知れるよいきっかけとなった。
……と、テオに見せるためにタイムカプセルから手紙を失敬しようとすると、タイムカプセルからもう一つ手紙が落ちてきた。
差出人は、『ニマ』とだけ書かれていた。
ニマ。
ニマといえば、ニマ大師だ。
ドゥルダ郷を取り仕切る師範であり、ユグノア王────勇者の祖父と孫の勇者を鍛え、ユグノア王にして原作パーティメンバーのひとりであるロウに奥義グランドクロスを、勇者には奥義覇王斬を伝授した人物だ。
そんな人物がなぜこのタイムカプセルに手紙を? と疑問を感じつつ、手紙の内容を改める。
その中に書かれていたのは、明らかに現在の────過去の勇者である俺に向けて書かれていた言葉だった。
『イレブンへ
時節の挨拶から始めるようなまどろっこしい手紙は好かないから、簡単に書くよ。
お前の今やりたいことについて、未来のお前が手助けをしたってことを覚えておきな。
テオを頼ってドゥルダ郷へ来るといい。その時は、お前を容赦なく鍛えてあげるからね。』
ドゥルダ郷。
それはデルカダール北西の険しいドゥーランダ山を越えた先にある、修験者の集まる修練場の名前だった。
なるほど未来の俺は良いところに目をつけてくれたものだ。
この世界で強くなるのに、さらには身を隠しておくのにもあの場所ほど適した場所はない。
俺は手紙をポケットに入れ、イシの村への帰り道を駆け抜けた。