さて、こうして俺とマヤのデートは始まったわけだが、さきほどまでに垣間見たマヤの反応について"マヤにしてはしおらしい"、"なまいき成分が足りない"などと読者諸兄はお思いかも知れないが、これには海のように深い理由がある。
まあ当時の俺以外にはしっかり自明のものではあったのだが、「前世が童貞」の十字架と、さらに今世をプラスして十年の月日は相応に重い。
そういった対象に見られることの少なかった経験から無意識に理解を遠ざけていたという、悲しい習性がそこにはあったのだ。
また、転生の影響か自身の価値を軽く見積もる悪癖、死という諸行無常を知る者の視点、本来の器を取り替えてしまった憑依の負い目などなど要因は様々に絡み合い……しかし、そんな内的事情はすべて、俺の中で完結すること。
つまり、マヤにとってなんの関係もないことだということを見落としていたのが今回の俺のそこそこな醜態の直接的な原因であり、その割にまぁまぁ反応のよいマヤについて紐解く鍵となるわけだ。
それをもったいぶらずに結論から一言でまとめるならば。
つまるところ────マヤにとって、俺ことイレブンとは間違いなく『白馬の王子様』であったのだ。
もちろん実際に亡国の王子であるなどの身分に依った話ではなく、おとぎ話の中にしか登場しない、理想の中の王子様。
そういった、比喩で扱う意味合いの。
あいにく白馬には乗っておらず、海底の魔物との戦いで服もボロボロであった貧相な王子だが……。
ともかくこのお話について重要なのはそこではなく。
マヤが救いを求めてもがく最中において、本気で彼女の手を取った初めての人物こそが、他ならぬ俺であったらしいということだった。
◆
マヤは、勝ち気ながら普通の、冬の国クレイモランをたくましく生きる少女だった。
兄妹で身を寄せ合い暮らし、過酷な状況にめげなかった。
しかし、マヤは生まれてこの方、とくに幸運に恵まれたわけではない。出自は物心つく前に捨てられたために分からず、家族は兄のみ。
自分たちを拾ったバイキングからも外様の扱いであり、安全に住める洞穴を見つけるまでは彼らの視界に入らないようにしつつ、子どもでもできる限界ギリギリの労働で食い繋いでいる有様だった。
他にも多々逆境はあるが、ともあれその日もまた、そんな日々の中のお話であり。
ただのうっかり、ひとつのボタンの掛け違いだけでマヤという少女の人生はそこで終わる……はずだった。
彼が────海底に現れた王子様が、その運命を覆す瞬間を見るまでは。
◆
──過酷なバイキングの下働きの最中、うっかり滑り落ちた冷たい北海。
助けに来てくれた兄も魔物の体当たりを受け、同じく海底の砂に沈んだ。
あーあ、と。
マヤは俯瞰的に冷たくなっていく自身について捉えていた。唯一、こんな自分を助けようとした兄カミュを死なせるのだけが悔いであったが……それでも、少し、残酷なほどに嬉しかった。
自分は愛されていたのだなぁと、他人事のように思うだけだ。
だって、この後は、死ぬだけだから。
誰が見ても絶望的、しかも兄妹揃って心中とは笑えない。
世界のお宝を探し尽くし、いずれ世界の王になるとうそぶくさしもの夢想家マヤであれど、今の状況については諦観を避けられない事態だった。
兄に愛されていた記憶だけがあればいい。
思い出す走馬灯はロクなものではなかったが、その中で、自分たちを気にかけてくれていたとある神父が聞かせてくれた神に、都合のいい夢想を祈ってみる。
あまり信心深くないマヤにとって、自発的に祈ったのは、初めてのことだった。
どうか神よ、これを聞き届けるならば。
おれを助けるためにここに来て、一緒に死んでしまいそうなバカ兄貴くらいは助けてくれよ。
────助けて、誰か。
藁をも掴むような思いとは裏腹に、塩辛い海水は肺に溜まり、飛び出す酸素はマヤの意識を急速に奪っていく。
そんな朦朧とした心持ちの中。
マヤは、祈りが結実する瞬間を見た。
現れたのは、海棲の魔物たちを相手に一歩も引かず自分たちを護る、ひとりの少年。
彼の体格にしては大きな紫のコートを翻して海に足場でもあるかのように跳ね回り、彼は一刀のもとに十にも迫ろうかという魔物たちを光の剣で薙ぎ払う。
極限の集中にあることを示すように青い光を纏い、雷光で魔物たちを蹴散らしつつ、手にした光の剣の形を変幻自在に変えながら、勇気を胸に抱いて戦う少年の鬼気迫る横顔をマヤは見る。
『……がんばれ』
なんて情けなく女々しい台詞だろう。助けられることが前提の、無力に満ちた台詞だった。平時の彼女ならば、絶対に言わないであろうニュアンスで、無責任にも彼を応援した。
────それが、彼と彼女の始まりだった。
そして、意識が完全に落ちる前。
こちらに手を伸ばす影を見て、これまた無責任にも、なかば縋るように手を伸ばしたのだ。
彼ならば、自分たちを助けてくれると子どものように信じて。
命に代わる担保などない自分たちを助ける理由などないと頭では分かっていながら、その手を伸ばす。
『もう大丈夫だ』
魔物との戦いで死に体の彼が、そう言って微笑んだ気がした。
◆
────目を覚ました次の瞬間には、傷を癒やしてはいるものの、着の身着のままで看病を請け負っていた彼がそばにいた。
『生きていてくれて、本当に良かった』
都合のいい幻だと思っていた存在が、いまマヤの目の前で、マヤの生存そのものを喜び、微笑んでいた。
向けられたことのない無償の愛。
もがく手に差し伸べられた優しい光。
────雪の白と海の青だけの味気ない人生に、突如として赤い熱が灯る。
海底の雷光、紫色の王子様。
彼の瞳に宿っていた炎の如き決意が、マヤの諦観という氷を溶かしてゆく感覚を。
一時でも死を受け入れてしまった、泣きたくなるような恐怖を、和らげてくれるその瞳を。
クレイモランの片隅、教会における小さな一室、担ぎ込まれたベッドの上。
例えそれが他のどこであったとしても、マヤはその日の彼の微笑みを生涯忘れることはないだろう。
◆
『王子、イレブンが王子ねぇ……しかも、イレブンは勇者だったりもするんだろ? おれも何かトクベツな称号ってヤツが欲しかったな~』
『そうかな? 俺にとってはマヤも特別な人だよ』
ネルセンの宿屋で行われた、何気ない日常のひと欠片。
そこで聞いた彼の言葉。
クレイモランのお姫様すら落としてみせた人たらしの、何の気なしの一言だ。
だけど、それが嘘だって構わない。
……否、彼は自分と違って正直者でひねくれておらず、だからこそ本心からだと疑えない。
────"特別"。
マヤが欲しくてたまらなかった幸福の器を満たしたのは、ほかならぬイレブンだった。
マヤはその日も、生涯忘れることはないだろう。
一国の姫であるシャールにマルティナ、故郷にいるという幼馴染エマ。
ただ旅の途中で出会っただけの"普通"の自分じゃ敵わないと、胸の内にしまおうとしていたその
自身に宿る恋の炎、それを自覚してしまったあの瞬間のことを、マヤは忘れることはない。
◆
「ま、とにかくコイツはお前に任せた。オレたちはテキトーに闘技場の見物でもしておくからよ」
そのような言葉とともに、ニヤニヤと薄く笑う兄貴にマヤとイレブンは宿からぐいぐいと押し出され、半ば強引にデートの場へと押し出された。
いきなり何だよとマヤのショートしかけていた思考が引き戻され、その後、すぐに繋がれたままの手に意識が向いた。
結果、マヤはもう一度思考を整理する時間を要してしまう。
手汗は……手袋だからある程度はセーフ。
顔は……要点を抑えたマルティナの助言通りに頑張った化粧は崩れてなさそうだ。
髪型もいつも通り、今日の気合いに応えてくれている。
体温……これは上昇中。
心臓がドキドキとうるさくて、この音がイレブンに伝わらないか少しだけ怖くかんじ、でも、それが伝わってほしいようにも感じた。
「まずはエスコートを任せてもらえるかな、マヤ?」
目の前のイレブンは、こっちの心の準備なんてお構いなしに、手を取ったまま無垢な微笑みをを向けてくる────ああ、まただ────お前のその顔を見るだけで、簡単に心が掻き乱される。
放心、そして回帰。
「……よろしく、イレブン」
乾いた口からやっと出せたのは、自分らしくない腑抜けた言葉。
せめて何かしらの面目を守るように、マヤはとっさにイレブンへまくし立てる。
「──まぁ、兄貴やマルティナやロウのおっさんからお前が今日ぐらい休むように、ってお目付け役を頼まれただけだし? ……それと、手!」
「ああ、ごめん。イヤならすぐに」
「じゃなくて……今日は、これだ!」
主導権を握られてばかりでは自分じゃない。
遠慮がちに離そうとした彼の手をむしろガッチリと掴んだマヤは、そのままグイっとイレブンを引き寄せ、腕を組む。
子ども同士でも、恋人のように見られるための精一杯の背伸びのために。
マヤは驚くイレブンを見て、鼻を明かせたと悪戯っぽく微笑んだ。
「わっ、どうしたの、マヤ?」
「いしし、驚いただろ?」
「そりゃもう……ちょっと心臓に悪いくらい」
それはお互い様だろう。
積極的すぎたかもしれないと、早鐘を打つ心臓に裏付けられるように、これはマヤにとっても踏み込んだ一歩だったのだから。
マヤはイレブンの着る青地の服の分厚い感触と、その下にある年齢に比して異様に頑強かつしなやかな筋肉を感じる。
自分を救ってくれたこの腕に身を寄せる感覚は、マヤにとって悪くないと思えた────否、この瞬間だけは彼との時間は自分だけのものだと主張するように腕をより強く絡ませ、より強くイレブンを感じるのに集中していた。
お宝に目がない彼女の心は、この宝石のような時間を楽しむ事にこそ向けられていた故に。
────かくして心の準備は整い、覚悟は決めた。
ならば、あとはその勢いに従うだけだ。
「とにかく、そのままどっか行くぞ~!」
「わわ、っとと……うん、そうしようか。マヤが楽しそうなら、俺も嬉しいな」
勢いのままに引っ張ることで少しだけ崩れた体勢を戻しつつイレブンはマヤと肩を並べるまで小走りに駆け、その後はマヤの歩調に合わせてゆっくりと歩きだす。
「これ、デートって言うんだぜ? ロウのジイさんから聞いたんだ!」
「……ああ、それなら承知してるよ。楽しんでくれると嬉し、」
「じゃなくてさ!」
「え?」
「イレブンも、おれと一緒に楽しむってこと!」
「────うん、それがデートだったね。それじゃあ、どこに行こうか?」
「決まってんだろ? お宝さがしだ!」
ビシっと狙いを定めるかのように、組んでいない方の腕で大橋から見えるグロッタの町並みを漠然と指す。
────この一日が少しでも長く続けば良いと、そう思う。
そして、それは彼も同じように考えてくれていたら嬉しいな、と。
そんな、いつもの自分らしくない乙女のような考えをふと想い、マヤは昨日より熱い気のするグロッタの町へ意気揚々と繰り出した。
自分を救い出した、自分にとっての王子様。
産まれて初めて恋をした、"特別"をくれた彼と共に。
サブタイトル-2:"特別"をくれたあなたへ
『雷光の輝きでひとを救う、自分を"特別"だと言ってくれた海の底で出会った王子様』
文字に起こすととんでもない字面ですが、マヤのイレブンに対する所見はこのように固まっております。
なんて好感度だ……スカウターの故障か?
閑話休題。
デートの開始時、シーン切り替わった瞬間になんで腕を組んでたの?という疑問に対するアンサー回でした。ストーリーそのものは進まなくてゴメンネ。
素直じゃない少女といつもよりちょっと押せ押せモードの少年、互いに遠慮しない二人の初デートの行方は次回にもちろん続きます。
その上で、マヤ側の想いに関する描写は絶対に外せないものなので、ここで描写しておく必要がありました。こうして、好きに"厚み"が生まれてくるのです。
次回はサラサラのデート編、その中盤。
教会に行きます。(鋼鉄の決意)
それではお楽しみに〜。