さて、時系列に沿って思い出すためとはいえ出歯亀よろしく当時のマヤの恋心を覗き見たわけだが、このような行為は追憶の権能を行使する形であれど、やはり罪悪感があるものだ。
原作において、カミュの過去を見た時とはまた違う居た堪れなさがある。奇しくも今回は妹のほうである訳だが。
……ともあれ、そろそろ時間を少しだけ進めよう。
それはマヤとのデートも佳境を越えて、観光や食事も済ませた頃合いのことだった。
平和な
ここからも、順を追って進めていこう。
◆
グロッタの町、その夕刻に差し掛かる程度の逢魔が時。
俺は今日のことを忘れぬよう冒険の書にしたためるべく、教会へと足を運んでいた。
サラサラと羽ペンで綴られることでまたひとつ記録を重ねた冒険の書を閉じ、こちらを見据えるのは切り揃えた短髪にバンダナを巻いた筋骨隆々の偉丈夫。
彼はその糸目をさらに細め、俺に向かい微笑みを浮かべて冒険の書を丁重に返却してくれた。
「面白い話が聞けたよ。まさか、ここらユグノア一帯が滅んだあの大事件の中心にいた王子様、そのご本人が今ここにいるとは。世界ってのは案外狭いもんだ……っと、もちろん他言はしないさ」
「ええ、よろしくお願いしますね」
俺は唇に人差し指を当てて冗談めかした箝口令を敷き、それに鷹揚に頷いた彼の名はハンフリー。
ここグロッタで闘士を生業とする現在は中堅どころの武闘家であり、武闘会のない普段は教会で孤児院を営む神父である男だった。
ちなみにあだ名は『切れ目のタフガイ』。アラクラトロの手先となる前から、どうやら原作通りの称号を持っていたらしい。
「それに、援助の話もありがたい。正直に言って、いまのウチの経営は設備の補修もままならん状況だったからな」
「それも当然のことです。未来ある彼らのためなら、いくらでも」
「はは、そうか! でも俺からしてみればあんたも"未来ある彼ら"のひとりなんだぜ、イレブン。……こういうのが失礼に当たるのかは無学の俺には分からんが、勇者の使命とやらで俺のような奴にも手伝えることがあるなら、そのときは遠慮なく頼ってくれ」
眩しい好人物そのものといったハンフリーの言葉に、心配されるほどのことはありませんよと微笑みながら目を逸らす。
少し寂れた雰囲気の教会をマヤと見学させてもらったところ、紋章が反応する様子はなかったし、本当に手伝ってもらうこともないかもしれない。
それに、ハンフリーには俺の勇者としての使命よりも個人的な野望に付き合わせるであろうから、それについて手伝ってもらうつもりだ。
念のため最近変わったことがなかったか聞くと、地下に続く道が現れて混乱しているところを件の英雄が調査に向かったのち、しばらくして轟音とともに魔物の断末魔の悲鳴が聞こえたらしい。
英雄とは一体何者か、そもそも教会地下の遺構の存在はいつ知られたのかなど本当はもう少し詳しく聞きたかったが、この件に入れ込み過ぎると不自然なため無難に躱す。
話の中に語られた魔物の特徴などからどうやらここで復讐のため息を潜めていた原作でのボスモンスター、アラクラトロが倒されていることだけは事実のようだった。
教会の聖なる気に当てられたのか、ふと紋章が微かに光を帯びる。
魔法理論をロウに師事してから、最近はそれなりに魔力というものを掴むことができるようになってきた。それにMPと一括りにはしているものの、魔法使いの扱う魔力と戦士や武闘家が扱う魔力は質が違い、おそらくダイの大冒険における魔法力と闘気に近い関係性にあると分かってきた。闘気のほうは特に、ドラゴンボールにおける気とも読み換えて良いだろう。
そして魔力、闘気の大区分に加えて俺には独特の……言うにはばかられるようなこっ恥ずかしさがあるが、おそらく『勇気』とも呼べる力のリソースもあるようだ。
この勇気は実際にエネルギーとして使え、勇者として覇王斬の生成やゾーンへの移行、そしておそらくもっと根源的な力……勇者として命の大樹に接続しているような感覚すらある不思議な力で、修行と数多の実戦を経た今でも、いまだ全容は掴めていない。要研究だ。
……まぁ、だからといってこの世界におけるMPを分けて考える存在はいない*1のだが、せっかくこちとら転生勇者で異世界人なのだ。
世界の常識をより細分化して捉えることができるという事実をアドバンテージとし、どこかで役に立たせてみせるとしよう。
目指せかめはめ波、目指せ天地魔闘のかまえ。いつかできると良いのだけれどね。
閑話休題。
ほのかに光る勇者の紋章を見せぬようにこれでもかと厚く仕立てた手袋のずれを直し、小さく
そこに見える光景は、教会を広く使った鬼ごっこなどの遊びを展開する孤児たちと、その渦の中心で早くもガキ大将の才覚を花開かせているマヤの姿だった。
「マヤ、か。君の連れという話だが、あのクレイモランにも孤児がいたのか。このご時世じゃ当たり前かもしれないが……少し悲しい話だな」
眉をひそめて悲しげな調子のハンフリー。
聞けばこの孤児院にいる孤児たちはグロッタ出身ばかりという訳でもないらしく、10年前の悲劇の際にユグノア王都から大量に流出しそうになった孤児たちの受け入れを行ってくれていたのだとか。孤児の中でも年長の者の多くは、そういった者たちであるらしい。
ハンフリーが言うにはその以前にも他国からの孤児の受け入れをこの教会は積極的に行っていたようで、五大国として初めに滅んだバンデルフォン出身の者が一斉に自立して巣立つことになる十数年前までは、人数も今より随分と多かったそうだ。
………ふーむ、聞けば聞くほど俺の立場、つまるところのユグノア王子として大恩のある場所だ。
原作ではさらりと流されていたが、この場所ほど未来にとって重要な場所はない。前世的には基礎教育の重要性も考えて、メダル女学園以外の大々的な学府の設立も視野に入れたいところだが……視座をごく直近に絞って見れば、ここの経営難の解消が急務と俺は判断していた。
天涯孤独の仲間を連れる身としても孤児院の財政
俺の思い描くユグノア復興計画の第一歩は、こういった場所にこそ光明があるはずだ。たぶん。
前世では幸運にも国の復興レベルの事業に携わったことはないため、どうしても手探りな面はあるのだけれど……。
────そうして、ハンフリーに対して持ち掛けた援助の話について詳細を少し煮詰めようかと口をわずかに開けた矢先。
ヒュン、と風を切る音がした。
数瞬後にはストンと何かが射抜かれた音。その音の主はマヤの放った弓矢だった。
吸着するスライムゼリーの矢尻で作られたおもちゃの矢を持ったマヤが、孤児のひとりが投げたバンダナを正確に壁へ縫い留めていたのだ。
ハンフリーも「あいつら、俺の秘蔵のコレクションをどこから……!?」と目を見開いている。糸目キャラの開眼タイミングとしてはかなり微妙に思えるシチュエーションだったが、話をする前だったので口を半開きにしたまま堂に入った構えを解くマヤに魅入ってしまった俺も大概微妙な表情だったことだろう。
「さぁ、次はどれだ?」
「すごいぜ、マヤねぇちゃん!」
「"マヤねぇちゃん"? ……そっか! いしし、悪くねえ響きかも……な!」
だが、ショーをわくわくしながら待つような子どもたちの憧れの視線を一身に受けたマヤは、さらなるパフォーマンスを発揮する。
少し陰を持ち寂れながらも神聖な雰囲気を纏う教会をカラフルに染めるように、色とりどりの布たちが子どもたちによって一斉に宙へ投げ出された。
「さぁ見とけよ、マヤさまの"かみわざ"をっ!」
マヤの常人離れした移動しながらの曲芸のような連射によって、矢は壁を刺し貫くことなく壁を彩るタペストリーに早変わりしていく。
それは俺たちと旅を始めてから多くの魔物との実戦経験を経て、荒削りながらも達人の域に手を掛けたマヤの身につけた神業だった。
「よぅし、ど~だっ!」
『すっげ~!』
わーわーと称賛に沸く孤児たちへ満足気に胸を反らしたマヤの首元でプレゼントの首飾りが揺れる。
早速着けていてくれて嬉しい限りだと思わず笑みがこぼれると、マヤは視線に気づいたのか、首飾りの金属紐をチャリチャリと持ち上げて、こちらへ向けて得意気にはにかんでいた。
「……ハンフリーさん、せめてお洗濯は付き合わせてもらっても?」
「はは、気を遣われるようなことじゃないぜ。誰もケガをしていないし、なにより素敵なショーを見せてもらったことで子供たちが無邪気に楽しんでいるしな。オレはそれだけで充分さ」
……バンダナコレクションを孤児たちに持ち出されていた当人であるハンフリーは、孤児の纏め役として後で叱ってやらねばなと言いつつも、闘士としての彼はマヤの神業に対して驚愕の色を見せていた。
「にしても、マヤは凄い弓の腕を持っているな。あれなら、この前教会に来た二人にも引けを取らないかもしれんぞ」
「ああ、地下の大蜘蛛を倒した英雄だとか。……ん? 二人組だったんですか?」
「どうした、イレブン。妙に食いつきがいいな」
「いえ、少し心当たりがあったのですが、どうも……その二人の話、俺に聞かせてもらっても構いませんか?」
「いいぜ。あの旅芸人と騎士……少々おかしな組み合わせの英雄たちだったが、その詳しいエピソードをオレだけが独占するのもなんだか勿体ないと思っていたところだ。いいぜ、英雄譚は子供のうちに沢山聞いておくといい」
英雄。実際に英雄グレイグの像がそびえるグロッタの町においてその称号はかなり重い。
そのような称号を楽々と背負える者、それに旅芸人と騎士といえば、少しどころではない心当たりが俺にはある。
まさか、あの二人じゃないだろうなと睨んでいるのは、シルビアに──
「そう、あれはつい一昨日の夜遅くのことだった。おかしな格好をしたシルビアと名乗る旅芸人と、白くカッチリとした礼服のようなスーツ姿のイリアスという騎士がこの教会に──」
──ん、待てよ。イリアス?
誰だ、それは。
てっきりそうだと誤解していたが、同行者はグレイグじゃないのか?
俺の頭が急速に回転し、ドラクエに関する知識の棚を片っ端から開けていく。
原作にはいない人物か?
もしくは特典のボイスドラマや小説版、漫画版などにいた人物なのか?
俺は本編こそやりこんでいたもののメディアミックスには疎く、そういった知識外の人物を覚えているわけではない。そして、それはすなわち非常にまずい状況と言える。
シルビアの連れと言うからには極端に悪い人物である可能性は少ないが、"未知"が俺の存在を掴むのはどうあれ避けなくてはならない。
なぜなら相手は勇者の存在を知っているのか、勇者は悪魔の子であると思っているのか、そもそも勇者の見分け方を知る者なのか。全てが曖昧な存在だからだ。
これでも逃避行の旅を続けている身だ、シュレーディンガーの猫のように、可能性の重なった相手に会うのは得策ではない。
クレイモランでも危惧したように、最悪このグロッタで事を構え、俺たちの存在そのものが市民を巻き添えにする危険性を孕むのだから。
原作においてパーティメンバーであり、それを差し引いても好人物であるシルビアとの出会いをみすみす逃すのは惜しいが、それでもせめてユグノアに向かうまでは逃亡も視野に────
と。
ここまで俯き考え込んだところで、突如として外から轟音が響いて顔を上げる。
大砲の着弾、この世界に合わせて言えばイオナズンの発動にも匹敵する地響きが辺りに伝播し、教会を、否、グロッタの町全体を揺らしていた。
「うぉっ、い、いったい何が起こった!?」
「ハンフリーさん、子どもを!」
「──たしかに今はそれが優先だ。助かったぜ、イレブン……みんな、ガレキから頭を守りながらこっちに走って集まるんだ!」
ハンフリーは混乱しながらも、それ以上に慌てふためく孤児たちを纏めて集合させる。
彼の大人として的確な対応を見て、俺は一層決意がみなぎる。それから間を置かずして厚手の手袋から光が漏れ、勇者の紋章が熱いほどに輝き始める。
薄々分かっていたことだが、どうやら先程の地響きは俺、ひいては勇者の使命について関わる事象らしい。
そして、教会という場所柄かルビスと聖竜の意志がはっきり届く。
強力な魔物がグロッタの町に現れたことを啓示され、手袋を貫いて届く紋章の光は一本の線に集約され、魔物へ続く光の道を指し示した。
「マヤ!」
「イレブン!」
「デート、楽しかった! 今日がいい日だったと言い切れるのはマヤのおかげだ!」
「おれもだぜ、イレブン!」
「……それじゃ、最高の日を最後の最後に邪魔したヤツへ、一発キツいお仕置きに行くぞ!」
「おう! このマヤさまの出撃だ……おれに、どーんと任せとけ!」
マヤとの会話はそれだけで充分だった。マヤはおもちゃの弓矢を子どもに渡し、俺がふくろから取り出し渡した木製の弓を装備する。
本来弓使いのパーティメンバーがいないはずのこの世界においては弓のレシピが見つからなかったため、それは店に陳列されていた弓を不思議な鍛冶で打ち直しただけのショートボウだが、マヤの本質は武器に左右されるものではない。
彼女の飛び抜けた集中力と、これまでの旅でさらに鍛えられた射撃能力がここでも助けになってくれるだろう。
マヤが弓の装備を終えて、今度は戦闘用の金属製の
外で鼻を利かせるが、轟音に反して爆発の匂いはなし。紋章の光は斜め上。地下にある教会に対して上空にあたるグロッタ大橋から、土埃が散発的に落ちてくるような状況だった。
最も可能性が高いのは巨大な魔物の着地だろうか。
町の中で紋章が反応するのはクレイモランに続いて二度目だ。
今回も市民が阿鼻叫喚に至っていないことに安堵しながら周囲の様子を見ると、彼らは一様に同じ方向を見上げていた。
『なに……あのモンスター?』
市民のひとりが指し示した先、グロッタの象徴とも言える英雄グレイグ像が睨みを効かせるグロッタ大橋で泰然自若に立っているのは、でっぷりとふくよかな腹をした、カエルのような緑肌の巨大な魔物だった。
「さぁさぁ、ニンゲンたちぃ! このグロッタに滞在してる子ども……と、きゃわゆいオンナノコを全員、ボクちんに差し出すんだじょ~!」
見合わぬ王冠に意味の分からない要求、気の抜ける語尾や一人称とは裏腹に、強力無比な闇の波動が町の中心から吹き荒れる。
遠間にその姿を見た俺ですら感じる左手の紋章とは表裏一体の闇の力。強い絶望が、辺り包み込む予感がした。
魔王ウルノーガ配下、そして原作においてここグロッタを支配するボスとなるはずの魔物、妖魔軍王ブギー。
伝統の武闘会場をカジノに変える斬新な発想を持つユニークな魔物……否、物語後半に立ちふさがる強力なボスであるはずの彼は、いまだ未熟な
というわけで、妖魔軍王ブギー登場によりデートは終了、ここからはドラクエらしく戦闘パートと相成ります。
グロッタの町を舞台とした大混戦の予感です……!
余談ですが、原作開始6年前のこの時点では妖魔軍王と呼ばれていないことにしています。(独自解釈タグ、そろそろ動きます)
彼らの称号はおそらく原作内でオーブの力を分け与えられた後(六軍王任命時)に名付けられたものであると解釈しておりますので、地の文で〇〇軍王と呼ばれている場合、主人公のメタ的観点からの発言であることはご了承頂けると嬉しいです。
この作品内では魔王軍へのスカウトを受けた後、原作よりも足取りを残している勇者捜索に加わっており、道中で大きな音がしたグロッタで子ども狩りをすることで勇者をサクッとあぶり出そうと画策した、という感じになっています。
ついでに女の子も差し出させようとしているのは恋多き魔物と公式設定のあるブギーの趣味です。彼は十年単位の交換日記を経るピュアなお付き合いを目指しています(これも公式設定だったりします)。