サラサラヘアーのユグノア復興計画   作:まむかい

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サラサラの32:妖魔祓い氷炎戦①

 

「さぁさぁ、ニンゲンたちぃ! このグロッタに滞在してる子ども……と、きゃわゆいオンナノコを全員、ボクちんに差し出すんだじょ〜!」

 

 太鼓腹をふくよかに打って町じゅうに宣言するのは、緑肌の肥満体に赤紫の大角を持ち、黒い球体を操りながら現れた三つ目の魔物、妖魔軍王ブギーだった。

 彼はその単純な力の強大さを知らしめるためにあえて腕のみでこじ開けたグロッタ大橋の扉の前に陣取り、この地下都市から誰も逃さぬように配下の魔物を後方に集め、舌なめずりをしている。

 ここはユグノア地方、16年前の悲劇を間近で体験した生き残りも少なくない。この状況にも思い出すものがあったのだろう。グロッタの市民たちはみな一様に立ち尽くすか、これからやってくる支配や暴威の恐怖に(おのの)いていた。

 

 平和な猶予期間(モラトリアム)は終わり、グロッタの町を闇の軍勢が席巻する────まさに、その時だった。

 

 一本の矢がブギーの頭部へと一直線に飛んでゆき、半自動的に動く黒い球体に阻まれ甲高い音を上げ弾かれた。

 ブギーはたまらずコミカルに身を縮こまらせ、その三つ目を見開いた。

 

「ゲッ!? ボクちん、もしかしていま危なかった?」

 

「その通りだぜ、ふとっちょヤロー!」

 

 少女の高く、よく通る声がどこからか聞こえる。

 ブギーがキョロキョロと矢の発射地点と声の発生源を照らし合わせると、宿の屋根より弓を肩に担いで矢尻をブギーに向け不敵に笑う青い髪と瞳の少女、マヤを見つける。

 その余裕たっぷりの笑みをブギーは──事実そうなのだが──挑発であると受け取り、彼は大きな牙を軋ませながら、青筋の立った顔を怒りの表情に歪ませた。

 

「ぬ、ぬわんだとこのガキんちょめ、! よりによって、ボクちんがふ、ふ、ふとっちょだとぅ!? ぐぬぬ……ボクちんは痩せるとモテすぎちゃうから、あえて痩せないようにして配下に自由レンアイのチャンスを与えてるんだじょ! この気遣いが分からないなんて、まだまだ」

 

「いしし、(おこ)ってる怒ってる。よぅし、今だぜイレブン!」

 

「あのねぇマヤ、いまは呼びかけられると困るかな……っと!」

 

 マヤが不敵な表情で虚空に向かって声を掛けると、ブギーの真後ろから唐突に呆れたような声が響く。それは高くも少女とは違う、少年のものであった。その声にブギーが咄嗟に振り向くが、しかし。彼の機敏な反応すら凌駕しながら、少年の目にも止まらぬ二条の剣閃(はやぶさ斬り)は放たれ、無防備な背中を晒していたブギーの背後から容赦なく降り掛かっていた。

 

「ぐ、ぎょえ~っ!?」

 

「……完璧に入ったのに二回とも防がれた……思った以上にやり手だねぇ。でも、"まだこちらに気付いていない"状態から見て、そこそこのアドバンテージは取れたかな」

 

 ブギーが振り向いた時、少年は既に視界に居ない。

 代わりに、冷静沈着な戦況分析とともに、ブギーを取り巻く球体のうち二つがほとんど同時に破壊されていた。

 

 ブギーは自身の攻撃の要たる黒球をいとも簡単に破壊されたことで盛大に目を飛び出させて驚くが、配下の魔物がブギーの後方に震えながら指を差したことで、ブギーはもう一度グロッタの町方面へと振り向く。魔物の指の延長線上にはサラサラの髪を靡かせる少年がひとり、この修羅場にて佇んでいた。

 

「なぁ、あんたが魔物の頭領だろ。一応聞くけど、その扉から出て外で戦わない?」

 

 現れたのは良く手入れされた上質な鋼鉄の剣(はがねのつるぎ)を持つ少年。全身を青く光らせた姿はゾーンに入っているのが見て取れ、その手袋からは生命力に溢れた黄金の光が漏れ出ていた。

 

「──殺せ、こいつを殺すんだじょ、オマエたちぃ! ボクちんの大事なタマを二個もオシャカにしちゃうなんて、何回地獄に落としても足りないからねぇ!」

 

「うーん、やっぱりダメか……それならこっちも出るとこ出ちゃうぞ……ベギラマ!」

 

 少年の目に一切の油断はなく、魔物たちがブギーの命令により殺到しようとした瞬間、彼の空いた左手が黄金に輝くと、通常よりも長く背の高いベギラマが魔物とその周囲に向かって放たれる。

 グロッタ闘技場前の大橋を囲む炎柱、その光景はまるで大橋に臨時のコロシアムが形作られるかのようで。

 形成された炎の檻は少年と魔物たちを市民から隔て包み込む壁となり、敵対者たる魔物の逃げ場を無くすための会心の一手となっていた。

 

 魔物の軍勢は炎の壁を突破しようとするも、不思議なことに燃焼を続けるそれは耐性のない者を次第に焼き尽くしていく。ガーゴイルをはじめとした飛行能力によって迂回しようと目論む魔物たちは、弓をつがえたマヤの早撃ちによって全て撃ち落とされ、炎の中に消えていた。

 

 自分たちに優位なはずの戦場は、またたく間に炎の渦巻く死地へと変じる。

 だが、魔物の軍勢の頭領たるブギーはこの土壇場においてなお、"しめた"とその三つ目をらんらんと輝かせていた。

 

 いまだ姿を見せぬ魔王の命令に従うままここへ来たは良いものの、特に実りのなさそうな任務に辟易していたブギーであったが、この場に『紋章付き』の少年が現れたのなら話は違う。

 それもその筈、少年が左手に抱える忌々しいあの光、あの手袋越しでもわかる清浄な魔力を帯びたそれ。

 目を凝らしてみれば、数百年もの昔に勇者ローシュの手にあった、あらゆる魔物たちを震撼させたというあの『竜の紋章』であることがすぐさま見て取れたのだから。

 

 今代の勇者を排除したとされるユグノア崩壊から10年、主君たる魔王ウルノーガ様は常に勇者の足跡を追っていた。

 魔物であるブギーに人間の年齢は大まかな見てくれ以上の見分けが付かないが、当時からそう時間は経っていない事と目の前の少年の幼さはブギーの都合のよい頭脳の中でそれらの推理がピッタリと符合していく。

 

 その論理憶測の数々が後押しし、ブギーはここにいる目の前の少年こそが現在すべての魔物たちが血眼になって捜索中である魔物界最大の賞金首、『勇者』その人であることを確信したのだった。

 

「ふっふっふ、ここで会ったが百年目! のこのこボクちんの目の前にたったひとりで現れるとはおバカさんもいいとこだじょ!」

 

 配下の魔物たちに闇の魔力でさらなる力を与えてブギーは体勢と士気を立て直し、イレブンに向かって優越と戦利品を勘定するような、既に勝ちを拾ったかのような視線を向けてぐふぐふと笑う。

 

 だが、当のイレブンは数百に上るとも知れぬ無数の魔物が殺到する張り詰めた空気の中、極限の集中を要するゾーン状態を当然のように維持し、あろうことかリラックスしたように肩へ剣を置いていた。

 

「……それは観念したと見て良いんだじょ?」

 

「……いやぁ、マヤと合わせて時間稼ぎは上々ってことだよ、"ブギー"」

 

「あれ? ボクちん名前を教えたっけ──」

 

 瞬間。

 ブギーの後方に陣取っていた魔物の集団が突如として頭上に現れた氷塊の群れに蹂躙され、その半数ほどが一声も発することもできないままに魔力へと還っていったのだ。

 

「げぇっ!? ボクちん自慢の軍団がこんなに簡単にぃっ!?」

 

「──いやはや、これでは町長に淹れて頂いたお茶が冷めてしまうのぉ」

 

「でも、町に現れた魔物もイレブンも、どちらも放ってはおけないわ。でしょう、ロウ様?」

 

「違いないわい。ほっほっほ」

 

 コツコツと大橋に靴音が二人分。阿鼻叫喚の魔物たちの前で少年────イレブンの隣に並び立つように現れたのは老人と若い娘、ロウとマルティナであった。

 ロウはともかくマルティナはあと数年もすればブギーのタイプど真ん中であろう超抜級の美少女であったが、今はそのようなことを考える暇すらも彼、ブギーには与えられることはなかった。

 

 彼らの姿を見咎めた時、すでにロウはもう一度魔物たちに杖を向け、氷塊──マヒャドを放っており、ベギラマで形作られた熱いコロシアムを丁度よい温度に冷やしながらより安全な厚い氷壁を炎の壁の外側に張りつつ魔物たちを蹂躙せしめ、マルティナは自身の持つ槍を投げてブギーに反射的に防がせると、彼を飛び越えて槍を回収するという離れ業を披露しつつ、魔物の軍勢へと飛び込んでいくのだった。

 

 そして、この即席の闘技場に出場(エントリー)するのは彼らだけでは終わらない。

 炎と氷の宴を切り裂いて大橋の中央に現れたのは、共に青い髪と瞳を持つ、小さな二人の兄妹だった。

 

「マヤ、デートは楽しめたか?」

 

「聞いてくれよ、ひでーんだぜアニキ! イレブンてば、おれをオトリに使ったんだ!」

 

「それだけ頼られてるってことじゃねぇか。それに、口で言うほど悪い気はしてねぇんだろ?」

 

「そりゃ……それはそうだけどさ……?」

 

 弓を構えたままモジモジとする妹を見て、こりゃ重症だとカミュは頭を掻いた。

 

 命を拾い上げてくれた兄弟分たる、イレブンの役に立つなら悪い気はしない。

 ……その気持ちは正直、分かってしまう。カミュもまた、マヤと同じく彼に命を救われた大恩があるからだ。

 

(お前は友達になってくれるだけでいいって話だが……これはオレたちが勝手に感じた恩だ、お前自身にも文句は言わせねえ。こういう時くらい、体を張らせてもらわねぇとな!)

 

 眼前で魔物の親玉と相対する彼の意を汲み取り、阿吽の呼吸でマヤをこの場に抱えて連れてきた自分もマヤとは同じ穴の(むじな)であり、抗いがたい程に兄妹であるとカミュは自嘲しながら、愛用の短剣を構えるのだった。

 

 ──邪モンスターとの連日連夜の戦闘により、彼らは歴戦の徒となっており、彼らを率いるリーダーとして振る舞っていたイレブンもその勇者としての才覚を花開かせつつあり、今はゾーンによる集中状態がもたらす一種のカリスマによって、彼に与する一行の士気を一気に高揚させていた。

 

 イレブンの射抜くような瞳の先には、ブギーとその配下たちが油断なく収められている。

 戦場という異常をあくまで自然に捉え、氷と炎の中で剣を担いだイレブンは、紋章の輝く左手の先をゆったりとした動きでブギーへと向ける。

 ほかならぬ彼の号令のみによって、一行は気炎を上げるのだ。

 

「ありがとう、みんな……さぁ、そろそろ打って出ようか。作戦はいつも通り『バッチリがんばれ』。丸投げで悪いけど────いつも通りに信じてる」

 

『応っ!』

 

 後世に『妖魔祓い氷炎戦』と謳われる戦いの幕は、ここに切って落とされた。

 

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