迅速に整えられた慮外の状況、大軍の不意を打ってのけた電撃戦。
その開幕にブギーの動揺は拭われぬまま、精鋭を揃えたはずの魔物の軍勢はたった数名ばかりの人間たちに押されてゆく。
カミュの魔力を帯びたブーメランによる
ロウの杖の一振りから生まれる呪文は小手調べにすら耐えきれぬ弱卒の足切りを担い、
なおも向かってくる精強な魔物たちにはマルティナが槍と格闘を織り交ぜて一撃につき一匹ずつ仕留められ、
奮戦する方々へ間断なく撃ち込まれるマヤの正確無比な弓の援護のもと、彼らは確実に魔物を仕留めていく。
少数精鋭でありながらいずれ劣らぬ勇者の一行は魔物たちに形勢有利に盤上を進めており、その最前線であるグロッタ大橋の中心地では
初撃の不意打ちで数の少し減った黒い球体を自在に操り、ときおり赤い三つ目から怪光線を放ち応戦するブギー。
その技のことごとくを的確かつ徐々にブギー側が劣勢になるようにいなして躱し、終始有利に立ち回るイレブン。
体格の不利や耐久力の差をいまや得意技であるゾーンの維持により凌駕して拮抗する二人は、危うい薄氷の上の均衡ではあるものの、まるで演舞のようにその戦いぶりは噛み合っていた。
だが、イレブンはその実、優位に進められているはずの戦況にわずかな違和感を覚えていた。
(確実なダメージが入らない……それに、なにか違和感がある。意図的に調子を外されているのか?)
イレブンは戦いの中、先程から頭痛を訴える肉体に不和を覚える。
ゾーンにより集中力の増大したイレブンは、劣勢のはずのブギーが表情にてわずかに発した、勝利を確信した魔族の色気づいた笑みを敏感に汲み取っていた。
「ボス同士の戦いだじょ……も〜っとドハデにするべきだよねぇ?」
「ブギー……俺に何かしてるな?」
「ゲッ、バレてるぅ!? でもでもそんなの負け惜しみだよん。だってオマエはもう、ボクちんのステージの上のダンサーちゃんだもんね〜!」
卑俗な笑い声と共にスーパースターもかくやといったハイテンションなポージングを決めたブギーの身体が青く輝く。それは超集中状態、ゾーンの証であった。
ブギーはゾーンに入るや否や、その攻勢はより強力で悪辣になり──それをほぼ無意識のうちに捌くイレブンの違和感も次第に強くなり、ついにイレブンは強い頭痛に片手でその頭を抑えるに至る。
(……ん? 片手で頭を抑えたって? ……戦闘中の、こんな隙だらけのタイミングで?)
イレブンがそう考えた瞬間、ブギーの仕掛けたそれは効果を発揮し始める。思考は急速に鈍化し、その変化の中で翻弄されていることに気付くのは致命的な場面の後になる。
ブギーの操る黒球が一つに集まり、一目で分かる絶大な破壊力を持った状態にある中、突如として
"華麗な演舞のように何もない場所へ向かって剣を振り始めた"
イレブンに対して、ブギーはその黒球の塊を振り下ろす。
さそうおどり。
掌の上で文字通りに踊らされていたイレブンのゾーンは、既に途切れていた。
「そぅれ、いまだじょっ!」
「!」
意識が戻った時に見えた視界を埋め尽くす黒が迫る短い一瞬でイレブンにできたのは、自身に一つの呪文をかけ、正中線を守るようにして構えた剣を黒球と自分の間に挟んで、
「イレブンッ!」
一行においてイレブンに次いで実力が突出しており、幼い頃の後悔から彼の守護を第一に戦況を観察していたマルティナのみが、皮肉にも唯一その瞬間を見届けながら悲痛な叫びを上げていた。
無惨に叩き込まれる痛恨の一撃は、イレブンの抵抗むなしく彼を黒球に押し潰す。
一手遅れれば次など無いことは、イレブンたちには分かっていた。
市民に被害を出す前に軍勢を殲滅するには一行の多くの人材を割かねばならず、最も被害を大きくさせるであろう要因である大将格のブギーの相手が単騎で務まるのは攻守においてイレブンのみであった。
そして、彼らは一手遅れた。
一騎打ちに援護は届かず、勇者への加勢は叶わなかった──また、あの子をひとりで死地へ送った。
その事実がマルティナの、ひいては大橋を揺るがす轟音によってイレブンの顛末に気付いた一行すべての顔を悲痛と苦悶に歪ませていた。
魔物の一撃は重い。
通常、人間の強者と魔物の強者に能力の差はほぼないと言っていいにも関わらずそう囁かれる理由として人間と魔物を分かつもの。それは
ただ打ち合い身を躱し続けるだけで疲労し体力消耗する人間と、その生まれ持った能力だけで攻撃を受けながらカウンターを放てる魔物の差。
その差が順当に響き、生来の優位を削り切るまでに相手の作戦が通ってしまった。ただそれだけの、ありきたりな結末であった。
ブギーは勝利を確信し、もう一度黒球を叩き込むべく、黒球に魔力を送り込んで黒球を再度浮上させる。
マルティナは矢も盾もたまらずに駆け出して、またしても護ることのできなかった彼に涙を浮かべ──
──光を放つ紋章を軸にピクリと動き、マルティナの背後を左手によって指したイレブンの様子に足を止めた。
「隙ありぃっ! ついに観念したかよ、女ァッ!」
「魔物! く、こんな時に……!」
背後に迫っていたライオネックとアンクルホーンのコンビネーションを捌いて次の瞬間には薙ぎ払いによりカタを付け、振り向きざまにイレブンへと駆け出す。
しかし、そうして振り向いた瞬間には、既にイレブンはブギーの黒球に再び押し潰されているのだった。
「っ……私は、また……!」
最早黒球の下にも見つからないほど原形すら留めない、自身を慕ってくれた弟のような彼の喪失に耐えかね、マルティナの心はついに折れ、膝から──
「──いいや。君が無事でよかったとも、マルティナ」
「っ!? ……イレブンッ!」
幻覚にあらざるハッキリとした声が、崩れ落ちそうになっていたマルティナを支えた。
金緑の極光が辺りを包み、魔物たちは顔を顰める。
イレブンへと収束するその光に、一行はその顔を綻ばせた。
それは彼らを幾度となく救ってきた勇者の奇跡の具現であり。
そしてイレブン自身が選択した、負けることを念頭に入れて唱えた呪文による、細い糸を手繰り寄せるかのような貧者の真眼が見せた必然であった。
「ここに来て運頼みって、生きた心地がしないんだけど……ま、いいか。死んだのはこれが初めてじゃないし……今回もまた生きてるし、ね?」
ザオラル。
死者の魂を現世に呼び戻す呪文を、イレブンは死の直前に唱えていた。
一度は確実に死んで冥府に落ち、命の大樹の円環に身を委ねるための温かい揺籠の中でなお、自身の目的を見失うことなく、悲痛に嘆く仲間たちの声を頼りに、確かに現世へと舞い戻ったのだった。
「おうおぅ……この出血で生きてるのもなんだか不思議な感覚。呪文ってやっぱり未だに信じられない効果があるねぇ」
ガードの上から強引に砕かれ、血糊のべっとりとした剣の刀身が地面に落ちて甲高い音を響かせる。
イレブンの身につけていたデート用の青い一張羅は見る影もないほど赤く染まっており、しかし、当のイレブンは今度こそ身を守れるようにと、ふくろから新たな剣と盾を取り出していた。
────その一部始終を呆然と見ていたブギーは、ハッと我に返って幽霊でも見たようにイレブンを指で差して声を荒げた。
「ざざざ、ザオラルだってぇ!? あ、あの時お前は詠唱する暇なんてなかったはずだじょ!」
「……あいにく、生き残るのは得意なんだ。しぶとく生き返る悪運についてだけは、俺はこの世界の誰にも負けるつもりはないよ」
"なにせ、一度死んで転生したことがあるからね。"
そんな狂言じみた冗談までは口に出さず、イレブンは事態に気付いた一行のうちロウからのベホイムを受け取り、その間に深く集中することでゾーンの青い輝きを取り戻し、駆け出していたマルティナの、血糊がつくことを厭わない抱擁を受けていた。
「イレブン……無事だったのね!」
「マルティナ、俺は大丈夫。だから、ここからは『ガンガンいこうぜ』。魔物をいち早く一掃して、大将を全員で叩くんだ」
「──ええ、任せて!」
イレブンの言葉が契機となったのか、マルティナもゾーンに入り、後方の魔物の軍勢に一足飛びで吶喊していく。
「……な、大丈夫だったろ?」
「いしし、おれは心配なんてしてなかったけどな!」
「っ! あ……あなた達、いまのを見てたの!?」
「橋のど真ん中でおっぱじめといてよく言うぜ、まったく」
戦線に戻ったマルティナに対し、カミュは落ち着き払った調子でからかい、マヤは仲間を見つけたように小さく笑う。
「やっぱアイツのこと大好きじゃん? いつもは"ただのお姉ちゃんです"みたいな顔してんのになー?」
マヤの言葉に顔を赤らめたマルティナは、魔物と対峙するや否や一撃の元に屠りつつ、熱くなる頬を戦火のせいと押し付けた。
「イレブンから作戦の変更を受けたわ。ここからはあの子の加勢に行くためにも、『ガンガンいくわよ』!」
◆
「それにしても、さそうおどりって凄いな……思っていたより勝手に体が動く。次は気を付けよう」
「ザオラルごときで対抗しようなんて、そんなバクチが何回も通ると思うんじゃないじょっ!」
油断なく構えつつも搦手に乗らず、ゾーンの過集中による視野狭窄を最小限に抑えるイレブン。対照的に怒りによるゾーンの効果増大を見せるブギー。
かたや町の命運を、かたや自らの軍勢を背に、両者は相容れぬ姿勢で対峙する。
魔物との耐久力の差は、何度も生き返れば問題ない。
一度受けた技は対策し、次に活かす。イレブンは自身の死よりも他人の死を恐れるが、それは死の感覚と恐怖を知ればこそ。
それゆえ一行は未だイレブンの死亡を体験することはなかったために気付いていなかったが……彼のザオラルに対する成功率は、どんな致命傷でも、どのようなタイミングであれど100%である。
それはイレブンと大樹の恩恵が織りなす、まことの勇者ならざる転生者たる彼のみが生み出せる奇跡であった。
しかし、奇跡は二度続かない。
それを十二分に知るイレブンは、怒りに三つ目を赤く染めるブギーを前に、自身の持てる手札を余さず切っていく心算であった。
「ぐぬぬ……なら、次はどうやっても生き返れないようにハラワタをぶちまけて、そのまま食ってやるからねぇ!」
一度は決した雌雄を戻し、イレブンとブギーの影は再び交差する。
グロッタ大橋を舞台とした妖魔払い氷炎戦は、その佳境を迎えようとしていた。
⚫︎余談:現在の戦況
・イレブン:ブギーと戦闘中。今回は0キル1デスの最も魔物討伐数の少ない総大将。ガバって誘う踊りと痛恨の一撃のコンボを喰らったけど転生者特有のリカバリ力(ぢから)で戦線復帰。頑張るぞ!
・マルティナ:10年前くらいのトラウマを抉られてメンタルブレイク寸前になるも、イレブン復活でメンタルリセット。最前線のカミュマヤと合流。
・ロウ:戦術に一切の駆け引きがないためほぼ画面外ながら、実は今回の魔物討伐数1位の広域殲滅系おじいちゃん。遠距離で戦場を俯瞰しつつまほうのせいすいをガブ飲みしながらマヒャドを連発し、前線が傷付けばいやしの雨とベホマラーを降らせるという対戦ゲームなら弱体化待ったなしの強烈な魔法戦術を妖魔軍団に押し付けている。
・カミュ&マヤ:ツーマンセルで戦場を駆け回りつつ、ロウとマルティナの援護を担当。経験の差から戦力としては一枚落ちるが、二人でサポートに回るならこれ以上ないコンビとなる。
・ブギー:敵側のボス。イレブンを見事に倒してみせるも、ウルトラCで蘇ってきてご立腹。
・妖魔軍団:ブギー率いる魔物の軍団。その質はまちまちで、作者的には推奨レベルは20〜35くらいの振れ幅を想定している魔物の群れ。
激戦はさらなる激戦へ。
もうちっとだけ続くんじゃ。