ザオラルによる復活劇から更に数十秒ほど経過した戦場にて。ブギーと至近距離で切り結ぶイレブンは、尚も劣勢に立たされていた。
それは戦局における大勢が、というわけではない。
戦略および戦術レベルでは優勢であり、現状の戦力において不足する部分は見当たらない。ただ一人……イレブンを除けばの話である。
つまるところ彼はこの戦場でただ一人、敗走の可能性を高く測られていたのだ。
イレブンは黒球をドゥルダ師範代として研鑽を積んだ天地の構えでいなし、カウンターの掌底を見舞うと共にバックステップで離れる事で予断を許さない至近距離から辛くも逃れる。
「はぁ、は……ぐ、ぅ」
技量は比べるまでもなく勝るが、生来の体力差はどうしても埋まり切らない。
勇者であれど発展途上である人間の子供と、町ひとつ落とせると確信できるまでに配下を集められるような成熟した魔物の差は大きい。
スタミナの欠如による息切れや動悸、めまいを必死に抑えるイレブンに対して、邪悪な魔物に対して特に有効な勇気に由来する光の魔力を込めていないとはいえ、型の通りに完璧に決まった全力の掌底をたたらを踏んで冷や汗ひとつで済ませるブギーを見据えながら、イレブンは自身の置かれた状況を振り返る。
幼少期よりドゥルダ郷で鍛えた膂力はそこらの魔物より強く、専科百般の特技と魔法の知識を修め、そして勇気は……それなりに。
その全てを使ってなお一度は死を体験し、剣は折れ、肉体ごと潰れたせいか盾も鎧もなく、かろうじて襤褸きれのような服を纏い、無手を晒して構える子供。それが、偽らざる今のイレブンの現状である。
思考は翻って敵方、妖魔軍について考える。
敵勢は仲間が抑えてくれているおかげで、人的被害なく均衡を保てている。氷炎の壁は大橋をぐるりと囲み、唯一開けた空中に逃れる魔物たちは、すべてカミュとマヤの二人によって撃ち落とされている。
弱兵はロウの広域魔法の前に形無しであり、マルティナの八面六臂と言える頭ひとつ以上抜けた個人戦力の前に、ブギー以外の強敵はない。
つまるところ、優勢である。文字通り無尽蔵に魔物が現れていることで、こちらへの加勢はしばらく望めないだろうが。
最後に、この戦いの勝利条件を再確認する。
勝利とは敵を撃退することではなく、勇者と魔王を巡る諍いへ巻き込まれた人々に被害を出さないこと。
撃退はただの手段であり、勝利を収めるにあたっての前提ですらあった。
しかし、現在はどうだ。
イレブンは前述の通り、傷こそ塞がったものの全ての装備を失くした満身創痍であり、ふしぎな鍛治によりストックしていた装備たちはふくろと共に戦火の中で紛失し、どこにあるやら分からない。少なくとも、この戦いの中で悠長に探している暇はないだろう。
眼前に在るのはダメージこそ蓄積している(もしくは、そう思いたい)ものの、未だ動きを鈍らせない異次元の体力を有した妖魔軍王ブギー。
相対する自分は一度は死に至り、ザオラルで生き返ったばかりの無手の小僧。
なるほど確かに絶望的だ。
客観視するように。あるいは他人事のように結論を下し────
「まだ、だ……!」
────イレブンは獰猛に目を見開いた。
まだ敗北していない。
まだ勝利していない。
まだ誰も────ハッピーエンドを迎えていない。
「俺は……おれは、まだ……っ!」
まだ、その先の言葉を紡ぐには、未だ彼は至らない。
イレブンはその大器を持て余している。
転生した紛い物であり、器に入った魂はそこいらに掃いて捨てるほど居る凡愚に過ぎず、その勇気の質は本物の勇者たちに遠く及ばない。
しかし。
勇者で在ろうと研鑽し、これまでを生きてきた彼の流した汗の雫の一滴ずつが、今の彼を形作った。世界に至った経緯はどうであれ、彼は"勇者"を投げ出さなかった。
それか名も知らぬ隣人のためであっても、悪人であっても変わらない。それ以上の理不尽は、魔王は、邪神はいずれやってくる。
「だから……こんなところで……負けて、られるかぁっ!」
言い換えればこの世の理不尽のすべてに叛逆すべく、勇者たろうと奮い立つ。
それこそが勇気であることを自覚しないままに、ただ仲間と人々のために無我と滅私の仁王立ちを崩さなかった彼は────その手の甲に携えた竜の紋章をこれまでにおいて最も輝かせていた。
「あぁぁぁァああっ!!!!」
イレブンの視界は明るく、夏空のように青く輝いてゆく。
その瞬間、黒球をもう一度連続で放つブギーの姿がゆっくりと見える。イレブンはドゥルダの教えによる天地の構えを取り、その両手に身の丈を越える二振りの大剣を喚び出した。
「"覇王斬"」
その奥義の名を口にした時、世界は目まぐるしく動き出す。
イレブンはゾーンに入り、覇王斬は勇気を胸に彼の名の下に象られ、まばゆく輝く黄金色の光剣は重さを無視し、常軌を逸する剣技の冴えに支えられ、ブギーの黒球は十重二十重を越えた二刀の極意によりすべて弾かれていた。
黒球の金属音とブギーの見開いた三つ目こそは、イレブンの現状確認の終了の合図。
つまりは互いに逃走を許されないプライドの一戦、総大将同士での戦闘再開の合図であった。
◆
殻を破ったような、一枚の羽根のように軽い身体。
また一段階深まったゾーンに、『俺』の思考は澄み渡る。
前進しながらはやぶさ斬り、かえん斬り、黒球は落ち着いて大剣でガード。
もちろん吹き飛ばされるが、途中でデインを唱えてブギーに放ち、雷の衝撃と光で怯ませて対処する。
のち、大剣を二振りとも投げて覇王斬を再形成しながら前進、途中の黒球は魔力を込めた拳で打ち払う。
覇王斬の数は二つ、形はいつぞやの
ポセイドンやトリトンではないが、俺にはこの形が最も合っているように感じていた。
ゾーンにより精度の増した魔力操作により、無手の拳と鋼を仕込んでいる分いくらかマシな足に集中し、7対3で魔力配分を開始する。
手近な瓦礫を掴んで放り投げつつ放物線の速度に合わせてブギーに向かって走り、同時に帯同させていた覇王斬を射出。
「こんな子供騙しの目くらましに引っかかる奴なんていないじょ、勇者ぁっ!」
ブギーが瓦礫を黒球で粉砕すると、粉塵が舞って一瞬だけ俺とブギーの両者とも視界が阻まれる。
ブギーはその一瞬だけ俺を見失う。第三の目も含めて視界に頼った索敵をするのか、彼のマヌーサ系への耐性は並だ。
反面、俺はこのゾーンの間は相手の魔力や魂をその質まで見抜いて捉えることができると、カミュとマヤを救けたあの時に知っていた。
見える。
俺の敵が。
その力によってブギーを捕捉し、彼へ向かって跳躍。
三叉槍の一つを戻し、空いていた自分の両手に持ち替える。
跳躍の際に足に残しておいた残存魔力を、あえて呪文レベルまで練り込まない指向性を持たせただけの魔力放出に変え、ジェット機のような推進力で空中から弾丸のように降下。これにより手持ちと射出、二つの覇王斬でもって隙を晒したブギーへと強襲する。
ブギーを自動的に守る黒球を射出しておいた覇王斬が相殺して突き進み、同時に俺は紋章からデインを引き出し、ほぼノータイムでブギーの目に照射して視界を塞ぐ。
手にした三叉槍を肩を巻き込んで引き絞り、魔力をさらに練り上げながらブギーに到達し、顔面に放つキックと同時に足の残存配分魔力を放出、ブギーの顔にクリーンヒットさせた。
「いっ……でぇぇぇえっ!!! な、何がどうなってるんだじょ!?」
「お前専用の対策と初見殺しのオンパレードだよ、ブギー!」
動揺するブギーに向かって俺は三叉槍の柄頭に魔力の紐を形作り、ピンとブギーへ向かって伸ばした腕を滑走路としながら、引き絞りきった覇王斬を銛突きの如く発射した。
三叉槍の解放と同時に紋章から放たれる巨大な光柱が俺の周囲を包み、グロッタの暗い天井へ竜の紋章が投影されていた。
極光の雷が、光の魔力が象る三叉槍へと落ちる。
「ライ……デインッ!」
「舐めるんじゃないじょ、ニンゲン、っ!?」
やっとこちらを捕捉したブギーが放つ悪あがきの黒球も、三叉槍に力負けして弾かれる。
黒球、ブギーが形成する闇の魔力の塊は、より強い光の魔力の前に屈して道を空ける。すなわち、ブギー本体へと三叉槍は吸い込まれてゆく。
「ま、待つじょ、こんなの聞いてな、」
「じゃあ、その隠している黒球はなんだ?」
「!……っ、どこまでもカンにさわるガキだじょ、お前ぇっ!」
焦るふりで誤魔化しを図り、最後の黒球を自身の背後から放ったブギーの一撃に対して盾型の覇王斬を形成することでタイミングを合わせてガード。
すべての黒球をいなした事で、ありったけの勇気の魔力を込めた三叉槍はついにブギーの目と鼻の先に迫っていた。
「油断はしないさ。俺が倒れたら、皆を悲しませちゃうんでね!」
「────ッ、ギャァァアアアア!!!」
覇王斬によるギガスロー。
切り札と呼べる手段をありったけ込めたそれはまさに、形勢を変えうる会心の一撃。
焼け焦げてバチバチと帯電するブギーはこの日においてついに、初めて膝を着いていた。
◆
剥き出しの光と闇の力がぶつかり合う、何れも立ち入ること能わぬ戦渦。
一対一の大将戦の行方は、尚も熱を帯びてゆく。
イレブン覚醒回です。
ここまでやらなければ勝てませんし、実際に平行世界説的な視点では普通に負けてるイレブンの方が多かったりします。(比率で言えば勝利3:敗北7くらい。被害を出さないSSランクハッピーエンドならば更に勝率は絞られる)
しかし!長い期間が空いたので再確認ですが、この章の名前は追憶編。
お見せするのはこの激戦に勝ったイレブンの追憶なので、こういった展開になるわけですね。
なので、あるいは必然の開花と呼べるかもしれません。
本物の勇者とはまた違った形で、ドゥルダでの修業期間に死と隣り合わせの極限状況が合わさった末の長い時を経た遅咲きとなりますが。