サラサラヘアーのユグノア復興計画   作:まむかい

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サラサラの35:妖魔祓い氷炎戦④

 イレブンとブギー、双肩に陣営の勝利を賭けた両者の戦いは佳境に入り、その勝負の趨勢は覚醒を果たしたイレブンへと大きく傾いていた。

 

 イレブンの剣技はブギーとの体格差、なにより全身どこからでも行える魔力放出により素早く捉えにくい三次元的な足運びはブギーを容易に翻弄する。

 

 地球であれば高機動の戦闘機、SFにおいてはスラスター付きの人型機体、鳥山明の世界になぞらえるなら舞空術。

 翼を介さずジェットの絶妙な噴射によって通常ありえない制御を行うその戦法はいずれにせよブギーにとってまったく未知のものであった。

 

 極めつけはときおり宙空に現れる光の魔力で出来た三叉槍(トライデント)の覇王斬。

 これは闇の力を糧とする魔物にとって致死毒そのものであり、その致死毒が死神の鎌が魂を狩るが如く会心の時を狙って飛んでくるのはブギーにとって最悪の事態と言っても過言ではない。

 

 その一切遊びのない攻勢と瀕死であった癖にいまだ余力のあるように見えるイレブンの不敵な表情に、いままで苦戦という苦戦をしてこなかった最強の魔物の一角としての自負を持つブギーの苛立ちはこのとき最高潮に達していた。

 

 生まれながらに強い自分がなぜ、こうまで追い詰められなければならないのか。

 

 天賦の力を持っていた彼には、戦闘らしい戦闘の経験がない。

 配下たちは自分が現れるだけで頭を垂れ、反骨心のあるヤツもすべて一撃でノックアウト。それでも折れなければ監獄へと吸い込んで"お仕置き"を繰り返せばあら不思議、どんな者であれ従順な配下へと作り変えることができていた。

 唯一敗北したと言える魔王との邂逅もウルノーガの圧倒的な力の前にひれ伏しただけであり、それは単なる例外であると信じて疑っていなかった。

 

「クソォ、聞いてた話と違うっ! こんなに強いヤツがいるなんて聞いてないじょ!」

 

「そりゃあ残念だったね、こんなに強いヤツが目の前に居てなぁ!」

 

 怒りに任せて振りかぶった拳へ覇王斬の大剣がカウンター気味に合わされ、ブギーはオリハルコン並みの硬さを誇ると自負している岩をも砕く自慢の拳がイレブンとの剣戟によって少しずつ傷を負っていることにわずかな焦りを覚えていた。

 

 目の前の少年ひとりにいいようにされる自分に心がざわめき、ささくれ立ち、配下の魔物たちも完全に押されていることが彼の焦燥に拍車を掛ける。

 

 確実に息の根を止めたはずなのに。

 まともに戦える状態ではないのに。

 

 なにより、人間風情が妖魔軍を束ねるカリスマの自分とここまで戦えることが、ブギーにとって最も腹立たしいことだった。

 

「……ん? いや、違うじょ?」

 

 だからこそ、ここで彼は怒りを通り越して冷静に俯瞰をできてしまい……イレブンに追い詰められる焦りを振り払って、自分の強みを思い出していた。

 

 澄み渡る思考、すでに切れていたゾーンに再び入りそうな感覚がブギーに活力を与え、次の瞬間には三叉槍を闇の拳で一度だけ軌道を逸らし、ブギーの頭部を(したた)かに蹴り込もうとしていたイレブンの脚を掴んで力任せにぶん投げていた。

 

「ぐっ!?」

 

 明らかに精彩を欠いていたブギーの動きが戻ったことで、イレブンによるかりそめの優勢はわずかに揺らぐ。

 

 投げられた状態から地面に叩きつけられるまでの一秒にも満たないコンマの世界でイレブンは魔力放出により体勢を空中で立て直すも、ブギーはその間でニタリと乱杭歯を見せて笑っていた。

 

「そう、ボクちんは妖魔軍の王さま! なぁんでそれを忘れてたのかね!」

 

 妖魔軍を束ねるカリスマ。

 現在の妖魔軍の指揮の全権は自分にあることをブギーは思い出していた。

 

 つまり。

 温存していた戦力の指揮権すら自分にある、ということを。

 

"メガモリーヌ"! キミの力を見せるときだじょぉっ!」

 

 ブギーはイレブンが離れた一瞬の隙をついて虚空へと愛する彼女の名を叫ぶ。

 その行動はブギーが今回のこの戦場において的確に"正解"、つまりは自身が明確に優位を形成できる会心の手札を選び取った瞬間であり。

 

 同時にイレブンの陣営において『頭目を抑えた一対一で時間を稼ぎ、他の魔物の集団を民間の被害なく蹴散らしたのちに連携を開始する』という暗黙の了解、その梯子を自然と外された痛恨の一手でもあった。

 

 膠着状態は覆され、駆け引きの機微は撹拌され、戦場の支配権はいま一度ブギーに渡る。

 

 一対一の大将戦、その前提はいとも簡単に崩壊する。

 他ならぬブギーの切り札によって。

 

「はぁ~い♡ やっと呼んでくれたのね、ブギーさまぁ♡」

 

 イレブンの眼前、あるいはブギーの隣に濃紺の異空間が開き、それをこじ開けるようにして巨躯の一つ目が現れる。

 それはギガンテス並みに鍛え上げられた肉体を持ち、体色と同じピンク色の系統で纏められた兜と手甲を着けた、四つ腕を持つ巨人であった。

 

 その筋肉(マッスル)とは裏腹にかわいらしい声でブギーの名を呼んだ彼女は、異空間から出た勢いのままブギーへと近づいていたイレブンを力任せのドロップキックでガードの上から吹き飛ばし、強制的な仕切り直しに繋がる大きな距離を取らせていた。

 

「ブギー様とお近づきになろうったって、このメガモリーヌさまが許さないんだから! アンタみたいなムカつくガキには普通の地獄じゃ生ぬるいわ……お仲間も纏めて、メガトン級の地獄を見せてあげる!」

 

 自身の気分を高揚させるポージングを決めたメガモリーヌは生意気な人間たちに向けて宣戦布告し、ブギーの隣に立って構える。

 

「あは、はは、メガモリーヌか……そりゃそうか、カップルだもんな」

 

 イレブンはたった一人の魔物の登場により一気に傾いた形勢に苦々しく顔を歪めながら、小さく乾いた笑いをこぼした。

 

 吹き飛ばされた体勢から距離が完全に離されることを魔力放出により防いだ上で少し離れた位置にて体勢を立て直すが、その顔色は優れなかった。

 

「こりゃ、誰がどう見ても……形勢逆転かなぁ」

 

 最初に懐へと潜る至難を不意打ちで補い、いかんともしがたい体格、体力の差をブギーに対し自分が凌駕する長所たる器用さと素早さ、圧倒的に勝る魔物との豊富な戦闘経験、それを昇華させ一段階上へと至ったゾーンを以て翻弄することでやっと互角以上に見せていた危うい戦況。

 

 それをたった一手、ただ『自分の相手がひとり増えた』という安易な解答だけでその均衡は見事にひっくり返された。

 

 グロッタの市民を守るべく魔物を外に出さないという条件を満たしたまま強敵を相手にできる人材は、同じ役割をある程度こなせると見込めるマルティナが魔物の軍団にちらほらといる氷炎の壁を壊しかねない強兵に対処している現在において、イレブンのみしかいなかったのだ。

 

 その前提の上で、眼前の大将は二人に増えた。

 

 しかも少年ゆえいまだ体格に恵まれないイレブンに対し、増えた強敵は生まれながらに大きく強い巨人種で、一合を交わしただけでも相当の手練れであることは明らかだった。

 

 いままでにあったどの戦いとも違う、助けも逃げ道もない完全な逆境。

 現状ではこの二体の強大な魔物へとまともにぶつかってもジリ貧の末に磨り潰されるのは目に見えている。

 巨人の出現に驚き戸惑う仲間たちも、イレブンに助太刀するには足止めをすべき魔物たちの数が多すぎた。

 

 妖魔軍の王とは伊達ではない。

 単なるコメディリリーフに収まらず、倒されるべきやられ役でもない面目躍如。

 

 ブギーはイレブンの反応に気を良くし、メガモリーヌと両手を繋いで嬉し恥ずかし踊り狂い、同時に嘲るようにイレブンへと勝利宣言を突きつける。

 もうお前には逆転の芽はないのだと。

 

「その通り! さぁ観念するじょ、ニンゲン!」

 

「あんたに勝ち目はないわ!大人しくアタシたちのラブの前にひれ伏しなさい!」

 

 

 

「────へぇ、誰が観念する(ひれ伏す)って?」

 

 

 

「じょっ?」

 

 しかし、この絶望的な劣勢にあってなお、イレブンの瞳は未だ迫りくる絶望に染まってはいなかった。

 

 この先に待つかもしれない無惨な死が怖くないと言えば嘘になる。

 だが、その『死』の恐怖が自分のせいで周囲へ伝播し、無為な虐殺として他人に降りかかる事こそが、彼の最も恐れることであった。

 

 すべて虚しい抵抗になろうと、それを止める理由にはならない。

 

 だからこそ、このグロッタの町を襲った魔物の軍勢を相手にしても、尚。

 眼前の二体の強敵を相手に、尚。

 

 これ以上の後退を、イレブンは己に許さない。

 

 ────勇気を胸に、いかずちを手に。

 

 気炎立ち昇る深い呼吸と不退転の決意による集中が、ゾーンへの再突入を促していく。

 

「かかって来い。ブギー、メガモリーヌ!」

 

 青空のごとく輝くイレブンはその逆境をも勇気に換えて、目を見開いて脅威を見据える。

 その手には、先程よりも大きな、海王のごとき一振りの三叉槍が握られていた。

 

 

 戦局は刻一刻と変わっていき、誰の優勢であれど完璧はない。

 しかし、それはいつの時も、戦場に携わるすべての陣営に対して適用される文言でもあった。

 

 ────グロッタの町、混乱に瀕した戦場の外。

 

「ぐぎゃァっ!?」

「ぐべっ!?」

 

「ウフフ……オイタをする子はこのアタシが許さないわ!」

 

 鼻歌でも奏でるように、大橋にかかる氷炎の壁から抜け出した妖魔軍の隠密部隊をいとも簡単に切り払う人影があった。

 

 その剣術は流麗にして鮮烈。

 

 いまにも市井に襲いかからんとしていた脅威の魔物たちは、誰にも知られることなく無垢の魔力となって宙に溶けていく。

 

「あ、ありがとう、英雄さま!」

 

「はぁ~い、呼ばれて飛び出て英雄ちゃんよん。 ねぇお嬢ちゃん、お父様とお母様はあちらの方にいるお二人かしら?」

 

「うん! 街を守ってくれてありがとう、英雄さま"たち"!」

 

 とててて、と両親の元へ笑顔で駆け出す子供を腰元で小さく手を振りながら見送る英雄と呼ばれた人物は、"もう一人の英雄"が、その白銀鎧にあしらわれた双頭の大鷲をマントと共に翻して降り立ったのを流し目で確認していた。

 

「イリアス。アナタもけっこうお人好しよね? あの子のご両親をアナタが助けたの、アタシは見てたわよ?」

 

「うるさいぞシルビア……私は、私の仕事をまっとうしているだけだ」

 

「あらそう? ウフフッ、正直に自分の心に従って体が動いたって言えば、少しは格好が付くのにねぇ?」

 

「いちいち癇に障るヤツだ……これ以上踏み込めば命はないぞっ!」

 

 英雄の片割れ、シルビアの言葉に騎士イリアスの双剣が煌めく。

 

 ガキンという金属音の後、鍔迫り合いを始める二人。

 互いに一歩も動じない互角のそれは彼らにとってもはやコミュニケーションの一環だった。

 

 少なくとも、癇癪を受け止める慈母のような心境で悠々とレイピアを構えていなすシルビアの側にとっては。

 

「まったく、騎士ってのはどいつもこいつも頭が固いんだから、ね?」

 

 笑顔でイリアス……おそらく自分と同じく本名ではないであろう彼の剣に込められた迷いが晴れないか見定めていたシルビアの耳に、氷炎の壁を超えた爆音が届く。

 

 イリアスにもそれは聞こえていたようで、不毛な鍔迫り合いを止めつつグロッタ大橋に目を向けると、そこには先程まで全く影も形もなかったピンク色の巨人がいきなり現れていた。

 

 シルビアがさりげなく目をかけていたサラサラの髪の少年は、すでに満身創痍のようだが、その目と立ち姿はまだ死んでいないように見えた。

 

「でも、ウフフ……どうやら苦戦しているみたいね」

 

 戦況を俯瞰していた二人のうち、やはりシルビアの方から言葉を発する。

 カチャリとシルビアは格闘大会のために特別にあつらえていた仮面を着け、不敵に笑った。

 

「……まさかとは思うが……あそこに加勢する、などと言うんじゃないだろうな」

 

 イリアスは難色を示したものの、隣に立つ人物の性格を(遺憾ながらも)把握しているが故に、もはや諦めの境地でシルビアに向けて眉をひそめていた。

 

「分かってきたじゃない、そのまさかよイリアス!」

 

「ええい、やはりそうだったっ! おのれ、ウルノーガ様になんと報告すれば……!」

 

 グロッタ下層から華麗なジャンプを決めながら闘技場の上へと向かう自由奔放な旅芸人に頭痛を覚えながら、騎士は渋々急造の仮面を着け、シルビアに追随して跳躍する。

 

「だが見つけたぞ、悪魔の子よ……! この戦場に紛れてヤツを殺せば、ここまでのすべてを補って余りある戦果だ。雑兵どもでの錆落としもちょうど飽き飽きしていたところだ……!」

 

 彼の目的は勇者の存在の調査。

 どちらにせよ、左手に光る紋章を持つ少年そのものが戦場にいる以上、自身が打って出ることは決定していたのだから。

 

 シルビアはイリアスの言葉を跳躍しながら耳ざとく聞き、小さなため息をつく。

 

「要はやーっと隠密部隊をぜんぶ討伐できたみたいだから、心置きなく助けに入れるってことなんだけど……ま、人生たまには言い訳も必要よね?」

 

 

 同刻。

 グロッタに続く戦士の銅像を瞬く間に越えながら、黒き鎧の戦馬がひたすらに町へ向かって前進していた。

 

 戦馬がその背に載せているのは同じく上質な黒金鎧を着た精悍な薄紫髪の偉丈夫と────その男が引く手綱に小さな両手を必死に掴まらせながらも風に煽られ吹き飛ばされかけている、赤と緑の揃いの服を着た双子の少女たちだった。

 

「ね、ねぇグレイグ、もうちょっと安全に走れないわけ!?」

 

「止まることはできん、町から火の手が上がっているのだ!」

 

止まれない理由の方は聞いてないんですけど!? あぁもう、この猪突猛進男!」

 

「まぁまぁベロニカお姉さま、どうかその辺りで。事実、グレイグさまのおかげで私たちも素早く加勢が出来そうなのですから」

 

「……そうね。さっきの強い闇の魔力を打ち消した光の魔力……セーニャも感じたでしょ?」

 

 赤の少女ベロニカの言葉に、緑の少女セーニャも頷いた。

 手綱に必死に掴まりながらも、セーニャはそれを重く受け止めていた。

 

「はい、あれはまさに私たちの里に語られていた伝説の勇者、その魔力に間違いないでしょう」

 

「なに、悪魔の子がグロッタにいるだと?」

 

「あんたは話がややこしくなるから黙って馬を走らせてなさい、グレイグ!」

 

 途轍もない剣幕のベロニカにぴしゃりと一喝され、グレイグと呼ばれた黒鎧の騎士は手綱をしっかりと握りなおす。

 

「それに、悪魔の子が何よ? あんたは今から町のみんなを助けに行くんだから、いちいち構ってる暇なんてないでしょうが!」

 

「あ、ああ……その通りだ!」

 

 剣幕は変わらずともグレイグの騎士としての立場に寄り添いながら芯を通したベロニカの言葉に、グレイグはハッと目を見開いたのち眉根を寄せて、次の瞬間には眼前の町に巻き起こる戦火をよりいっそう真面に見据えることができるようになっていた。

 

 百戦百勝の猛将と呼ばれるようになった今も、決意は過去から揺るがない。

 それをいま一度確認するべく、グレイグはひときわ大きな声で激を挙げる。

 

「このグレイグ、我が身命を賭してでも、二度と眼前に広がる悲劇を見逃しはせん! リタリフォン、グロッタに向かって全力で進めっ!」

 

『ヒヒィィン!』

 

 いななきと蹄の音がグロッタへ続く崖間に響く。

 目の前の、火の手の上がる要塞都市に向かって、奇妙な取り合わせの三人組は一陣の風となる。

 

「ちょっ、ちょっと……! やる気が出たのはいいけれど、もうちょっとレディを優しく扱いなさいよぉっ! あたし、もう握力が……!」

 

「うふふ、あと一息ですわ、ベロニカお姉さま♪」

 

「あんたが吹っ飛ばないように抑えてるのはあたしだって分かって言ってる!? あぁもう、二人とも手間がかかるんだからっ!」

 

 自分一人のツッコミでは追いつかないほどの天然ボケ二人に辟易しつつも、ベロニカはグロッタで待つ勇者へ祈る。

 

(光は強くなったかと思えば突然弱くなって、今はか弱く明滅している。……お願いだからあたしたちが来るまで無事でいて、勇者様!)

 

 

 "新たな英雄"シルビアとイリアス。

 "英雄"にして"猛将"グレイグと聖地ラムダの双賢の姉妹。

 

 グロッタの町を舞台に行われる大混戦は彼ら二陣営の参戦によって、ついに逆転の好機を迎えることとなる。

 

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