地の文の文体がネガティブ思考で、根明でポジティヴな人物の多いトレセン学園のトレーナーの印象とかけ離れているかもしれませんが、ご了承ください。
キングヘイロー。
自らを一流と公言するウマ娘。
最初に彼女を見た時、自分も周りとまったく同じ感想を抱いていた。
G1を多数制覇した母親の血を継いだ、才能に驕る―――傲岸不遜(ごうがんふそん)なウマ娘と。
そんな彼女と縁あって、トレーナー契約を結んだ前後のいろいろな出来事を、トレーナー室で一服しながら思い返していた。
大衆というのは、いつも身勝手なものだ。
真実よりも、自分が見たいように現実を見る。
彼女の姿は、周囲から辛口な評価を受けることもあった。
「『一流一流』と豪語してはいたが、さほど器用な子ではないみたいだな。その割に気ばかり急いているというか……」
「高すぎるプライドが逆に枷になっている、という印象だな……」
周囲からの期待と、現実のギャップに押しつぶされそうになることもあった。
「いや、本当に驚いたよ! あの子が1着になるなんて!」
「しかし本当に熱いな! さすが黄金世代!!」
「でも……あーあ。ちょっと私は残念だな。あのウマ娘のお嬢さんが負けちゃうなんて」
「―――伝説のウマ娘の『ご令嬢』なのに」
挫けそうになった時だって、何度もあった。
「……なんで、こんなにへっぽこなのかしら……っ! 私たちはぁ……っ!」
満を持して挑んだ菊花賞。
勝負の世界で、頂に立てるのはただ一人。
敗北を喫した彼女の名を呼ぶものなど、レース場にはいない。
……と思われたが、普段から気にかけていたカワカミプリンセスと、取り巻きのウマ娘たちが彼女を慰めてくれた。
残酷な現実を前に泣き崩れる姿が痛々しく、思わず目を覆う。
実力不足や技術の未熟さに打ちひしがれる本人が、一番苦しいに違いない。
けれども
(一流トレーナーがついておきながら、このザマか……!!!)
そのほんの数分の一の痛みを、トレーナーである自分自身も共有していた。
母譲りの才能と勝負への執念に惚れこんで、自ら一流のトレーナーと啖呵を切った挙句、未だにG1のレース一つ勝たせてやれない。
(もっと優秀なトレーナーだったら、こんな悲しい思いをさせずに済んだのか……?)
己の不甲斐なさに、思わず拳を握り締めた。
その時、トレーナーには次があるが、ウマ娘はどんなトレーナーがついても、必ず結果を出さねばならないという、かつてのキングの発言が脳裏に蘇る。
ここで諦めてしまったら、それこそ新人の自分を信じてついてきた彼女への裏切りになる。
お母さまの発言を否定しきれない弱さにも。
後ろ向きな選択を、一瞬でもしそうになった情けなさにも。
結果を出せてやれない自分にも。
全てに腹が立った。
「ライブも無事に終わったな。負けた悔しさを、表情に出さなかったのは立派だったよ。帰ろうか」
「……ええ、次のレースまで時間は限られてるもの。トレセン学園に戻ったら、すぐにでも高松宮記念に向けて準備を整えましょう。私は、私たちはまだまだこれからよ。こんな所で終わってたまるもんですか」
帰り際かける言葉が見つからず、うつむいた彼女に告げると、彼女は意外にも強気な発言で自らを鼓舞した。
菊花賞から数日後、彼女はメディアに向かって、高松宮記念への出走を宣言する。
控室でも口ではキングの気持ちを後押ししたが、トレーナーとしては内心気が気でなかった。
(確かに彼女の適正は、お母さまとは違うかもしれない。でも短距離の高松宮記念でも活躍できなかったら、彼女は……いや、何のためにトレーナーがいるんだ。彼女が辛いとき、トレーナーが支えるのが役目だろう)
短距離路線もダメなら、また一からやり直そうと彼女は言ってくれた。
だが最悪の事態を想定すると、ネガティブな考えはなかなか払拭できない。
限界を決めつける一言がふと頭をよぎると、今まで見なかった……敢えて見ようともしなかったガラスの天井が、頭上にまで迫っていた。
心の中で燃え滾っていた情熱や反骨心を搔き消すほどに、菊花賞終了後の秋風が冷え冷えとしていたのを、今でも鮮明に覚えている。
それから数か月後の高松宮記念にて
高松宮記念出走の電撃発表から、数か月。
クラシック三冠路線から一転、短距離向けのトレーニングを積んだ彼女の顔つきは、あの頃より逞しかった。
ほぼ毎日顔を合わせているというのに、普段の彼女とは、まるで違って見えていた。
「見違えたね、菊花賞の頃と比べて」
「なんで他人事なのよ。トレーニングメニューを組んで、私を一流ウマ娘にしたのは、あなたなのに」
「確かにそうだ」
彼女の的確なツッコミに、思わず頬が緩む。
「ま、トレーナーはどんと構えていればいいわ。勝つのは私、キングヘイローなんだから」
いつものように強がると、彼女は背を向けて、レース場に向かおうとする。
「待ってくれ、キング」
「どうしたの、トレーナー」
これだけは伝えたくて呼び止めると、彼女は振り返る。
首を傾げて不思議そうにしていて、何を言うのか、心待ちにしているようだった。
「これまでの君を間近で見てきたからこそ、何度でも言うよ。どんな結果になっても―――君は一流だ」
逆風に抗い、挫けそうになっても諦めない、負けても見る者の心を打つウマ娘。
―――そんな彼女の魅力と、非凡な才能に魅入られた一人として、これからもずっと彼女を支えたい。
きっと彼女を慕うウマ娘たちも、同じ気持ちを抱いているだろう。
その言葉で、カワカミプリンセスらに励まされた件を思い出したのだろうか。
「当然じゃない。一流の雄姿を、その眼に焼きつけておきなさい!」
胸を張って答える彼女に、もう迷いはなかった。
覚悟も決意も決まっていて、心配する必要もなかったようだ。
「一流ウマ娘と一流トレーナーの二人三脚で、G1を獲ろう!」
「一流と一流、合わせて二流で力を……って、縁起でもないこと言わないで。このおばか!」
「相変わらずだな。あと一流+一流じゃなくて、一流×一流だから、二人でも一流だよ」
「一流と一流が組んだら、1着になるのが必然よね。レースを終えたら、キングコールで私を出迎える権利をあげるわ! おーほっほっほ!」
ゲートに立てば高飛車な彼女でも、どうしても緊張してしまう。
レース前は調子に乗っているくらいが、ちょうどいいのかもしれない。
手の甲を口許に近づけて甲高い笑いを上げるキングは、しばらくしてから落ち着いた様子で語りかけてきた。
「……ねぇ、トレーナー」
「どうした、キング?」
「今までずっと負け続けて、私は私を信じられなくなった。でも、あなたはそんな私の側にいてくれて……それが心強くて、ありがたかったわ。あなたがいるだけで、自分が強くなれた気がしたの。私のトレーナーになったこと、後悔させない結果を出すわ。だからこのレース、最後まで見届けて。トレーナー」
柄にもなく湿っぽく、彼女は自分に問う。
「その台詞は、勝利者インタビューで聞きたかったな」
「お立ち台でも、あなたに向けて言うつもりよ。一流ウマ娘から称賛の言葉を2回も送ってもらえること、感謝なさい」
穏やかな微笑みを満面に湛えると、キングは気恥ずかしさをひた隠すように、足早に競技場に向かっていった。
観客席にて
「4番人気はこの娘、キングヘイロー。13番での出走です」
「スペシャルウィークやセイウンスカイといった、黄金世代のライバルのいないレースで、彼女がどれほどの力を発揮できるか注目しましょう」
「初の短距離路線で自慢の末脚を武器に、どこまで善戦できるか、気になるところです」
スペシャルウィーク、セイウンスカイ、善戦。
何気なく吐き出された、一流ウマ娘にふさわしくない言葉にムッとしたのか、キングは唇を固く結ぶ。
実況の発言が、特別辛辣なものとは感じなかった。
言うなれば奇異の目を向ける世間の声を率直に代表したような、そんな言葉だ。
だが、自分は知っている。
その裏に隠された、地道で泥臭い頑張りを。
高慢な仮面に隠された、年相応の繊細さを。
「……今までの頑張りを、ここですべて見せてくれ」
祈るように呟くと同時に、ゲートが開くと、レースは縦長に進んでいく。
肝心のキングは後方からバ群を見渡しつつ、つかず離れずのペースを保っている。
第1コーナーに差し掛かったあたりで、ちょうど中団に位置取っているのを、固唾を飲んで見守った。
(逃げや先行で勝負を仕掛けるような、先走り方はしてない。自分の戦い方ができてる。悪くないレース展開だ)
今まで勝ちたいという気持ちが前面に出すぎてしまい、それが重荷になっていた。
そして何よりも、お母さまの存在がレースに気負いを生じさせてしまい、彼女から冷静さを失わせた。
本来の彼女の持ち味である豪脚を生かせれば、もっと勝てたはずなのだ。
にもかかわらず、ここまで負けがこんだのは、トレーナーである自分の至らなさが原因がある。
「○×、期待してるぞ! 今度こそ勝ってくれよ!」
「×○ちゃん、その調子でいけば1着も夢じゃないわよ」
「キング、頑張れっ。君の才能を、ここで証明するんだ!」
他のウマ娘の名を叫ぶ観客に負けじと、キングの名前を呼んだ。
競技場でレースをするのは自分一人でも、ただ一人で戦っているわけではないのを伝えるために。
一流ウマ娘に勝ってほしいと、心から願う人がいるのを知ってもらうために。
応援をしていると、勝負はあっという間に最終直線。
キングと1着の差はそれほど開いていないが、他のウマ娘たちも必死だ。
歯を食いしばり、ターフを駆けていく姿には一分の隙もない。
気迫溢れる表情からは、〝私が誰よりも早くゴール板を駆け抜ける〟という声なき叫びが聞こえてくるかのようだ。
先頭集団との距離は、簡単には縮まらない。
―――それでも彼女は決して頭を下げず、前を向いていた。
彼女も含め、誰一人として勝負を諦めていない。
誰が勝ってもおかしくない。
ここまで来たら、誰よりも勝ちたい者が勝つ!!!
「大外から! 大外から! やはりキングヘイロー飛んできた!」
レース終盤ということもあり、実況の声にも熱がこもる。
だが、差し切れるだろうか。
一抹の不安で、嫌でも胸の鼓動が高鳴る。
「キング、いけぇぇ! 差し切れぇっ!」
心の雑念を掻き消すように、腹から声を絞り出す。
「キングヘイロー! キングヘイローが撫で切ったッ!」
刹那、団子状態のバ群をまとめて抜きさる見事な外差しに、大の大人が我を忘れて叫んだ。
応援で声が枯れたのか、声を出そうとすると、喉の奥がヒリヒリと沁みたが、そんなことはお構いなしに。
やっとの思いで掴んだ短距離G1、高松宮記念の勝利。
春の天皇賞よりも早く、春一番を告げた彼女は、会場が震えるほどの大喝采を浴びていた。
勝利の栄光。
お母さまの娘としてではない、キング自身への称賛。
彼女がずっと焦がれていたであろうものが、そこにすべてあった。
(ずっと勝負運に見放された彼女ですが、力で運を引き寄せた高松宮記念の勝利で、何かを得たはずですよ……)
勝負の世界の酸いも甘いも知り尽くしているお母さまに、ただそう言いたかった。
母親として娘が心配なのは、これまでの電話から痛いほど伝わった。
現に彼女は菊花賞まで連敗し、苦汁を飲まされ続けた。
言い方はともかく、内容は一理ある。
キング自身もレースを辞めたいと考えたのは、一度や二度ではないだろう。
……それでも諦めずに勝利に手を伸ばし足掻かなければ、この喜びは得られなかったのだ。
電話越しではつい意地を張ってしまう、強情な娘の気持ちが、レースを通して少しでも伝わっていればいいが……。
「おお、あの伝説のウマ娘のお嬢さんが1着か。勝ち運に恵まれなかったけど、ずっと頑張ってたもんな」
「×△ちゃんはギリギリ入着、残念だなぁ。でも、いい勝負が見れたわ。色物ウマ娘かと思ってたけど、しっかり実力もあるじゃない」
勝った瞬間に沸かなかった1着の実感が、観客席の彼女を称える言葉で、徐々に現実味を帯びてくる。
本当に、本当に彼女が、G1レースで1着を……!
(この勝利の味が、あの娘の自信に繋がるはずだ。これなら他のG1レースに勝つことも、お母様を超えることだって……!)
根拠のない確信が、とめどなく脳内に溢れてきた。
―――いや。
短距離の高松宮記念への出走を宣言した瞬間から、すでに歩み始めていたのかもしれない。
お母さまの歩んだ軌跡をなぞるだけの人生ではない、彼女だけの一流に至る道を。
「トレーナー、やったわー。1着よ、見てるーっ?!」
電光掲示板の13番を見るや否や、キングは声を張り上げて、こちらに手を振ってくる。
彼女の苦難の道のりを物語るかのように、深緑の勝負服は泥まみれに汚れていた。
けれど、そんな彼女に降り注ぐ日差しを大粒の努力の結晶が反射すると―――その場にいたどんな娘よりも一流ウマ娘、キングヘイローは光り輝いて見えた。
(お母さまなんて関係ないんだよ。これからは……これからも二人で進む茨道が、キミを本当の一流にしていくんだ)
完
余談ですが90連くらい回しても、応援団長のキングもチアネイチャも当たりませんでした。
クソが!