血界戦線ーLOVE & PEACEー   作:麦のホップ

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久々に血界戦線を見たので投稿
書き溜めなし



オタク、転移する
オタク、サングラスをかける


「やったー! やっと買えたぞ!」

 

 日本の某所。雲一つない青空から太陽が降り注ぎ、五月の穏やかな風が木々を揺らしている。そんな平穏な日本の街角で、一人の男が紙袋を手にはしゃいでいた。

 

 そのあまりのはしゃぎように、通行人たちは不審者でも見るかのような視線を向けている。幼い子どもの手を引いた母親などは、男の姿が子どもの目に入らないよう、その視界を遮っていた。

 

 そんな周囲の視線に気づいているのか、いないのか。男の浮かれぶりは、とどまるところを知らなかった。

 

「やっとだ……やっと買えた」

 

 男は立ち止まり、近くにあったベンチに腰を下ろすと、紙袋の中から眼鏡ケースらしきものを二つ取り出した。一つは赤く、もう一つは黒いケースだった。

 

 彼は二つのケースを握りしめると、感情を爆発させるかのように大きな雄叫びを上げた。

 

 周囲の人々はその様子を見て、先ほどまでの「不審者を見る目」を、「危ない人を見る目」へと切り替えた。

 

「さてさて、これがやっと買えた……ヴァッシュのサングラスだ!」

 

 彼は黒いケースを膝の上に置き、赤いケースを開けた。そして、中に収められていた黄色いレンズのサングラスを、慎重に取り出す。

 

 彼の手にあるのは、漫画『TRIGUN』の主人公、ヴァッシュ・ザ・スタンピードがかけていたサングラスだった。つるの部分は劇中と同じようにジグザグになっており、レンズも円形。細部まで、漫画の中からそのまま飛び出してきたかのようなデザインだった。

 

 さすがにオリジナルそのものではなく、実際にかけても違和感が少ないよう、多少のアレンジは加えられているのだろう。だが、男にとってそんなことはどうでもよかった。

 

 中学生のときに出会い、中学・高校時代に読んだ漫画の中で、最も好きだった物語。その主人公がかけていたサングラスなのだ。興奮しないわけがなかった。

 

 学生のころは金がなく、漫画を買うくらいしかできなかった。だが、社会人になり、わずかながらも貯蓄ができるようになった今だからこそ許される贅沢だ。

 

 実際にかけて似合うか、似合わないかなどという問題ではない。

 

 買うことに意味があり、手にすることでしか得られない感情があるのだ。

 

「さて、もう一つは……ニコラス・D・ウルフウッド」

 

 ヴァッシュのサングラスをなめ回すように眺めて満足したのか、男はそれをケースに戻し、もう一つの黒いケースを開けた。

 

 その中に入っていたのは、比較的よく見かけるデザインの黒いサングラスだった。

 

 これは、主人公ヴァッシュの相棒である、ニコラス・D・ウルフウッドのサングラスだ。形そのものはいたってシンプルで、つるの部分に「N.D.Wolfwood」と書かれている以外は、ごく普通の黒いサングラスに見える。

 

 しかし、男にとっては特別な品だった。

 

 ヴァッシュとともに旅をし、数々の苦難を乗り越えた、一癖も二癖もある男。そんな彼がかけていたサングラスは、何ものにも代えがたい宝物なのだ。

 

「これは、普段かけても問題ないかな?」

 

 ヴァッシュのサングラスと比べれば、つるに名前が書かれている以外は、ごく普通のデザインといえる。

 

 そのサングラスが、男に甘く囁きかけているようだった。

 

 好きな作品のグッズを身につける。それもまた、一つの楽しみ方なのではないか、と。

 

 棚に飾って眺めるのもいい。だが、普段使いするというのも、またオタク心をくすぐるものだ。

 

「そうだな……そうだ。これはサングラス……かけてこそのサングラスだ」

 

 男は恐る恐る、ウルフウッドのサングラスを顔へと近づけた。

 

 唾を飲み込む音が異様なほど大きく聞こえる。

 

 いつの間にか、風が木々を揺らす音も、道路を走る車の音も消えていた。五月の心地よい風はどこかへ消え去り、代わりに、交通量の多い道路で嗅ぐような排気ガスの臭いが漂ってきていた。

 

 だが、そんな一瞬の変化に男が気づくはずもない。

 

 彼は一度だけ目を閉じ、サングラスをかけた。

 

「ん?」

 

 目を開けた男が最初に気づいたのは、明らかに周囲を行き交う人の数が増えていることだった。

 

 そして次に気づいたのは――人だと思っていたものの多くが、人間ではないということだった。

 

「えっ?」

 

 男はサングラスを外し、慌てて周囲を見渡した。

 

 何度目をこすり、見直してみても、そこにある現実は変わらない。

 

 街を行き交う者たちは、触手を生やしていたり、三本の足で歩いていたりと、二十世紀のSF作品にでも描かれていそうな、カラフルな姿をした異形の者ばかりだった。

 

 彼らは我が物顔で街を闊歩し、時折、どう考えても人体に有害そうな煙を吐き出している。

 

 そして、そんな者たちの間を、ごく当たり前のように人間が歩いていた。

 

「なんだ……これは!」

 

 男の頭の中は、まさしく「パニック」という一言で埋め尽くされていた。

 

 それも当然だ。平穏な日常はどこへやら、目の前に広がっている光景は、明らかに異常としか言いようがなかった。

 

 男は目の前の現実を拒絶するように、ベンチへどすんと腰を下ろした。ウルフウッドのサングラスを膝の上に置き、頭を抱える。

 

 どうあがいても現実だと感じられてしまうこの世界を、必死に否定しようとした。

 

「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ……」

 

 ベンチに座り、頭を抱えながら、呪詛のようにぶつぶつと現実を否定し続ける男。

 

 その姿は、異形の者たちの目にも奇妙に映ったのだろう。いつの間にか、男を避けるようにして人の流れができ始めていた。

 

「そこのお兄さん、大丈夫?」

 

 男に声をかけてきたのは、長い金髪を後ろで結んだ女性だった。手には食材の入った袋を提げている。どうやら買い出しの途中らしい。

 

「あ、ああ。大丈夫じゃない……」

 

「そうか、そうか。じゃあ、うちでコーヒーでも飲んでいかない?」

 

 男の答えを聞くと、女性は大きくうなずいた。

 

 彼女が思ったとおり、男はまったく大丈夫ではなかった。そして彼女は、そんな男を放っておけるような人間でもなかった。

 

 ひとまず自分の店へ連れていこうと考えた彼女は、男を立ち上がらせると、その手を引いて歩き始めた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「ってことは、突然ここに来たってことか」

 

「まあ、そういうことになります」

 

 男は、女性が働いているというダイナーへ連れてこられていた。

 

 出されたコーヒーを飲むうちに、いくらか心も落ち着いてきた。そして、目の前の女性に、何が起こったのかをぽつりぽつりと話し始めた。

 

 彼女は聞き上手なのか、男から話を引き出すのがうまかった。

 

 言葉を口にするたびに男の気持ちは少しずつ晴れていき、どうにか落ち込んでいた心を立て直しつつあった。

 

「うーん。この街じゃ、何が起きても不思議じゃないからなぁ」

 

「ここは、どこなんですか?」

 

「ん? ここはヘルサレムズ・ロット。元ニューヨークだよ」

 

「ヘルサレムズ・ロット!」

 

「何をそんなに驚いてるんだよ。日本でも、ニューヨークが消えたことは話題になったはずだろう?」

 

 女性は、男が街の名前に驚いたことに対して、逆に驚いていた。

 

 彼女にとって、この街が誕生したことは世界中に知れ渡っている、当たり前の事実だった。だからこそ、男がなぜこれほど驚いているのか理解できなかったのだ。

 

 一方、男にとってその名前は、この街を表すうえで最も適切でありながら、最も聞きたくなかったものだった。

 

 ヘルサレムズ・ロット。

 

 その名は、『TRIGUN』の次に描かれた作品『血界戦線』の舞台として登場する街の名前だ。

 

 異界と人界が交差したことで、一夜にして変わり果てた街。異界ならではの超常的な日常と犯罪が飛び交い、「地球上で最も剣呑な緊張地帯」となった場所。

 

 それが、ヘルサレムズ・ロットである。

 

 簡単に言えば、超、超、超絶危険地帯だ。

 

 その名を持つ街にいるということは、男が現実世界から漫画の世界へ転移したということにほかならない。

 

 二つのサングラスのほかには、財布とスマートフォンくらいしか持っていない状態で。

 

「はぁ……もう、死ぬしかない」

 

「待て待て待て! 何を言ってるんだ!」

 

 男は、再び現実を拒絶し始めた。

 

 彼はこの世界について、ある程度の知識を持っていた。『TRIGUN』ほど熱心に読んでいたわけではないが、流し読みながらも一通りは目を通していたのだ。

 

 そして、この世界がどれほど危険なのかも知っていた。

 

「すみません」

 

「なんだ? 死ぬのはやめるのか?」

 

「お名前は、何ですか?」

 

「言ってなかったか? 私の名前はビビアンだ」

 

「もう、死ぬしかないのかな……」

 

「人の名前を聞いておいて、失礼だぞ!」

 

 ビビアンという名前を聞いた瞬間、男は己の死を悟った。

 

 彼女は、劇中に登場するカフェ「ダイアンズダイナー」で働く女性だ。主人公のレオナルド・ウォッチに何かと世話を焼く、人の良い女性として描かれている。

 

 つまり、ここは主人公が所属する秘密結社ライブラの活動範囲と、そう遠くない場所だということになる。

 

 もはや、何もしなくても死ぬ未来しか見えない。

 

 男は心の底から絶望していた。

 

「はぁ……」

 

 男は、目の前でぎゃあぎゃあと騒ぐビビアンの声を意識の隅へ追いやり、これからのことを考え始めた。

 

 まず、この世界の日本へ向かうという選択肢。

 

 しかし、戸籍も身分証明書もない男が日本へ渡れるはずがない。よって除外。

 

 次に考えられるのは、ひとまずヘルサレムズ・ロットから脱出することだが、それも非常に難しいだろう。

 

 アメリカとヘルサレムズ・ロットの対立は、劇中でもかなり明確に描かれていた。そんな状況で、身元不明の男がアメリカへ入国できるとは思えない。

 

 つまり、この地獄から抜け出す方法はないということだ。

 

 追い詰められた彼が導き出した、一つの答えは――。

 

「ビビアン」

 

「何?」

 

「ここで働かせてくれないか?」

 

「はぁ!?」

 

 男はひとまず、このお人好し――ビビアンに縋りついてみることにしたのであった。




お気に入りや、評価くれたら、飽きずに続けられるかも(/ω・\)チラッ
注意:万が一感想を書いていただける場合、今後の展開を予想するのはやめていただけるとありがたいです。続きを書く気が無くなるので……。

トライガンを……

  • 漫画なら読んだことがある
  • アニメなら見たことがある
  • 漫画、アニメどちらも見たことがある
  • 見たことがない
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