血界戦線ーLOVE & PEACEー   作:麦のホップ

14 / 14
二日酔いと、寝不足で週末はぐったりでしたわ。
急いで書き上げたので、不備が少々あるかもしれませんが、申し訳ありませんわ!
皆様、感想、評価、お気に入り、誤字脱字報告、大大大募集中ですわ〜!
ちょっと更新お休み中(忙しい)ですわ〜!更新再開までしばしお待ちを!


オタク、銃を撃つ

  昼食を取る者や、午前中の仕事を終えて一休みしようとする者が街へあふれ出す昼どき。

 

 ヘルサレムズ・ロットの喧騒から逃げ込むように、二人の女性が喫茶店の扉をくぐった。

 

「はぁぁぁぁ……疲れましたわぁぁぁ……!」

 

「本当ですねぇ、先輩……」

 

 席へ案内されるなり、メリルとミリィはそろってテーブルへ突っ伏した。

 

 二人とも朝から街中を駆け回り、特ダネになりそうな情報を追い続けていた。その結果、収穫らしい収穫は何もなく、残ったのは棒のようになった脚と、空っぽになった腹だけである。

 

「お客様、ご注文は?」

 

「アイスカフェオレをお願いしますわ……」

 

「私も同じもので……」

 

「かしこまりました」

 

 ウェイトレスが去っていくと、二人はそれぞれの姿勢で、少しでも疲れを取り除こうとした。

 

 メリルは椅子の背もたれへ体を預け、ミリィはテーブルへ頬を押しつけたまま動こうとしない。

 

「それにしても、大変でしたわね……。まさか、あんなことになるなんて」

 

「本当ですねぇ。私、しばらく働かなくてもいいかなって思いますぅ」

 

「何を言っているんですの。まだ今月の記事が――」

 

「アイスカフェオレでございます」

 

「ありがとうございま――」

 

 メリルはカフェオレへ手を伸ばしかけ、何とはなしに窓の外へ視線を向けた。

 

 特別な理由があったわけではない。

 

 ただ、窓の外を巨大な影が横切ったような気がしたのだ。

 

「……え?」

 

 メリルは目を瞬かせた。

 

 もう一度、よく見る。

 

 そして、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。

 

「な、何なんですの、あれは!」

 

 道路を一台の大型トラックが猛スピードで暴走していた。

 

 信号を無視し、車を弾き飛ばし、歩道へ乗り上げかけながら、街の中央を一直線に突き進んでいる。

 

 その後方には、何台ものパトカーと装甲車が列をなし、けたたましいサイレンを鳴らしながら追跡していた。

 

 さらに――。

 

「赤いコート……?」

 

 トラックの屋根の上で、赤いコートをまとった男が何者かと戦っている。

 

 遠目ではっきりとは分からない。

 

 しかし、その金髪と赤いコートには、見覚えがあった。

 

「ミリィ!」

 

「はい?」

 

「行きますわよ! 特ダネですわ!」

 

「ええっ⁉ ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ!」

 

 メリルは届いたばかりのアイスカフェオレを一息で飲み干した。

 

 頭を押さえながら会計を済ませ、カメラとメモ帳をつかんで店を飛び出していく。

 

「あーっ、待ってぇ、先輩!」

 

 ミリィも残されたカフェオレを慌てて口へ流し込み、頬を膨らませたまま、そのあとを追って店を出ていった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「美しい宝石は、この美しい私にこそふさわしい!」

 

 暴走するトラックの屋根で、派手な衣装をまとった男が両腕を広げた。

 

「薄汚い人間どもに渡すくらいなら――死ね、ガンマン!」

 

「また、えらく癖の強い吸血鬼だなぁ!」

 

 ジョンは飛んできた拳を身を反らしてかわす。

 

 風圧だけで赤いコートが激しくはためき、足元のトラックの屋根が大きくへこんだ。

 

「というか、何で僕が一人で吸血鬼と戦っているんだ!」

 

 本来であれば、クラウスやスティーブン、K・K、ザップといった対吸血鬼戦の専門家が対応すべき相手である。

 

 それにもかかわらず、吸血鬼との戦闘経験がほとんどないジョンが、一対一で時間を稼がなければならなくなった理由。

 

 それを説明するには、ほんの少しだけ時間を遡る必要があった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 それは、本当に突然だった。

 

「とうっ!」

 

 場違いなほど軽い掛け声とともに、護送用トラックの荷台へ一人の男が降り立った。

 

 チェインの索敵をかいくぐり。

 

 先行していたスティーブンとK・Kにも発見されず。

 

 さらには、走行中の護送車両の装甲すら破壊することなく、内部へ侵入したのである。

 

「ふむ。これがエンケビの雫か」

 

 男――グディヴォ・ジュニア・デイビスは、荷台の中央に固定された箱へ近づいた。

 

 箱は金属製の保護容器と、複数の魔術的封印によって厳重に守られている。

 

「これほど美しい宝石を、無骨な箱へ閉じ込めるとは……」

 

 グディヴォは嘆かわしそうに首を横へ振り、箱へ手を伸ばした。

 

「人間というものは、つくづく美を理解していない」

 

 その指先が箱へ触れる寸前。

 

「ブレングリード流血闘術――」

 

 地響きのような声が、荷台の外から響いた。

 

「百十一式・十字型殲滅槍!」

 

 次の瞬間。

 

 護送車両の分厚い装甲板を突き破り、巨大な血の十字架が荷台へ飛び込んできた。

 

「ぬっ!」

 

 グディヴォは即座に腕を交差させ、迫る十字架を受け止める。

 

 激突の衝撃によって荷台全体が激しく揺れ、固定されていた木箱や機材が一斉に跳ね上がった。

 

「なるほど」

 

 両腕から煙を上げながら、グディヴォは装甲に空いた大穴へ目を向けた。

 

 並走する装甲車の屋根。

 

 そこには、赤髪の男が堂々と立っていた。

 

「グディヴォ・ジュニア・デイビスだな」

 

 クラウスは油断なく両腕を構え、グディヴォを見据えていた。

 

「いかにも」

 

 グディヴォは優雅に一礼する。

 

「牙狩りどもには、その名で呼ばれているな」

 

「貴公に、エンケビの雫を渡すわけにはいかない」

 

 クラウスは真摯な表情を崩さず、問いかけた。

 

「どうか、諦めてもらえないだろうか」

 

「それは無理な相談だ」

 

 グディヴォは自身の胸へ手を当てた。

 

「私は美しい。そして、人間どもは醜い」

 

「……」

 

「エンケビの雫を、醜い人間が管理するなどという愚行を、見逃すわけにはいかぬ」

 

 長い髪をかき上げ、恍惚とした笑みを浮かべる。

 

「美しいものは、最も美しい私にこそ所有されるべきなのだ!」

 

「交渉決裂か……」

 

 クラウスは残念そうに息を吐いた。

 

「ジョン!」

 

「分かってる!」

 

 同じ装甲車に乗っていたジョンは、ウルフウッドの姿からヴァッシュの姿へ変わり、屋根へ飛び出した。

 

 リボルバーを抜き、グディヴォへ銃口を向ける。

 

「スティーブンたちと連絡が取れない!」

 

 クラウスは装甲車から護送トラックへ飛び移った。

 

「彼らが到着するまで、援護を頼む!」

 

「任せて!」

 

 先行するスティーブンたちとの無線は、突然雑音だけになっていた。

 

 最後尾を走るザップからも応答はない。

 

 本来なら、一瞬で駆けつけられるほど近い距離を走っていたはずなのに、姿すら見えなくなっている。

 

「周囲に結界が張られた!」

 

 装甲車の窓から身を乗り出したエイブラムスが叫ぶ。

 

「外部からの侵入と通信を遮断する、一方通行型の位相結界だ! 内部から外へは出られるが、外からは入れない!」

 

「だから援軍が来られないのか!」

 

「スティーブンたちを分断する準備をしてきたということは、分断しなきゃならない理由があるはずだ!」

 

 エイブラムスはグディヴォを指さした。

 

「それに、この規模の結界を維持しながら戦っている! 吸血鬼としては、そこまで強い個体ではないはずだ!」

 

「全力で攻撃しろ!」

 

「了解!」

 

 グディヴォが口元を歪めた。

 

「一瞬でそこまで頭がまわるとは、さすがはエイブラムスといったところか……」

 

 そういうとグディヴォは口元をゆがめた。

 

「では――」

 

 その姿が、ふっと消える。

 

「戦おうか!」

 

 次の瞬間には、クラウスの目の前まで接近していた。

 

「遅い!」

 

 グディヴォの拳が放たれる。

 

 しかし、時代が生み出した対吸血鬼戦の専門家には、その速度も想定の範囲内だった。

 

「ブレングリード流血闘術――十六式!」

 

 クラウスの前に、小さな血の十字架が無数に出現した。

 

 びっしりと敷き詰められた十字架が盾となり、グディヴォの拳を正面から受け止める。

 

「ぐっ……!」

 

 血の十字架が何枚も砕け散る。

 

 それでも、拳がクラウスへ届くことはなかった。

 

 グディヴォの動きが止まった、その一瞬。

 

 ジョンのリボルバーが火を噴いた。

 

 放たれた弾丸が、グディヴォの額、両目、喉、心臓へ正確に撃ち込まれる。

 

「ただの銃弾など効かぬ!」

 

 グディヴォの頭部から黒い血が噴き出した。

 

 だが、次の瞬間には弾丸が肉体の外へ押し出され、傷口が跡形もなく消えていく。

 

 銃弾を何発受けても、攻撃の勢いはまったく衰えない。

 

 グディヴォとクラウスの力は、はたから見れば正面から拮抗していた。

 

 しかし、クラウスも防御を維持するだけで精いっぱいらしく、決定的な反撃へ移る余裕がない。

 

「ほんま、嫌になるなぁ……」

 

 ジョンは後退しながらリボルバーのシリンダーを開いた。

 

 通常弾を排出し、弾帯から一発の弾丸を取り出す。

 

 その弾丸の表面には、肉眼では読み取れないほど細かな文字列と、複雑な魔術紋章が刻み込まれていた。

 

 対ブラッドブリード用特殊加工弾。

 

 弾丸に刻まれた術式によって、着弾部位の再生能力を一時的に阻害する試作品だ。

 

 まだ開発段階にあり、製作には膨大な時間がかかる。

 

 さらに、時間が経過すると刻み込まれた術式が霧散してしまうため、長期間の保存もできない。

 

 今回、二発だけでも用意できたのは、ライブラの開発班が作戦直前まで作業を続けた結果だった。

 

「こいつを――」

 

 シリンダーを閉じる。

 

「くらってみろ!」

 

 ジョンが引き金を引いた。

 

 銃弾はクラウスの血の防壁の隙間を通り抜け、グディヴォの右肩へ命中した。

 

「ああああああっ!」

 

 初めて、グディヴォが明確な苦痛の声を上げた。

 

 肩に空いた穴から、どす黒い血が大量に流れ出す。

 

 いつまで待っても、傷口が塞がらない。

 

「何だ、これは⁉」

 

「今だ、クラウス!」

 

「承知した!」

 

 グディヴォは傷をかばいながら、護送トラックの荷台へ飛び込んだ。

 

 距離を取って再生を試みるつもりなのだろう。

 

 クラウスとジョンは、その機会を逃さない。

 

 二人も続いてトラックへ飛び移った。

 

「ブレングリード流血闘術――三十二式!」

 

 クラウスが血液から、細長い十字架型の剣を形成する。

 

「電速刺尖撃(ブリッツウィンディヒカイトドゥシュテェヒェン)!」

 

 赤い残光が走った。

 

 クラウスは瞬時に距離を詰め、傷口を押さえるグディヴォの胸へ細剣を突き出す。

 

「ああ、もう面倒くさい!」

 

 刃が届く寸前。

 

 グディヴォは傷ついた右肩へ左手を添え、ためらうことなく腕を引きちぎった。

 

 黒い血が噴水のように吹き上がる。

 

 だが、再生を阻害していた部分ごと切り離したことで、残った肩から新たな腕が一瞬にして生え始めた。

 

「これで元どおりだ!」

 

 再生した右手が、クラウスの細剣をつかむ。

 

 刃が掌へ深く食い込んでも、グディヴォは意に介さなかった。

 

「ただのぼんくらかと思ったが、先ほどの攻撃は実に見事だった」

 

 血の十字架を握り締めたまま、視線だけをジョンへ向ける。

 

「だが、連射してこないところを見るに、その特殊な弾丸は残り少ないようだな?」

 

「……」

 

「図星か」

 

 グディヴォの推測は、ほぼ正しかった。

 

 特殊加工弾は、残り一発。

 

 ここで外すわけにはいかない。

 

 避けられれば、それだけでジョンは決定的な切り札を失ってしまう。

 

「まずは、お前からだ」

 

 グディヴォはクラウスをにらみつけた。

 

 つかんでいた血の細剣を引き寄せ、クラウスを逃げられないよう固定する。

 

 その腹部へ、全力で蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐっ!」

 

 衝撃でクラウスの巨体がくの字に折れる。

 

 次の瞬間、荷台の壁を突き破り、走行中のトラックから外へ吹き飛ばされた。

 

「クラウスさん!」

 

 ジョンは反射的に手を伸ばした。

 

 しかし、その指先がクラウスへ届くことはない。

 

 遠ざかっていくクラウスと、一瞬だけ目が合った。

 

 その瞳には、敗北も恐怖も浮かんでいなかった。

 

 燃え上がるような闘志と、揺るぎない確信。

 

 必ず戻る。

 

 それまで持ちこたえろ。

 

 言葉にせずとも、そう告げているようだった。

 

「次はお前だ、ガンマン」

 

 グディヴォが床を蹴った。

 

 ほとんど瞬間移動としか思えない速度で、ジョンとの距離を詰める。

 

「吹き飛べ!」

 

 ジョンは逃げなかった。

 

 迫るグディヴォの眉間へ銃口を向け、通常弾を連続で放つ。

 

 再生するとはいえ、眼球や耳へ銃弾を撃ち込まれれば、ほんの一瞬は動きが鈍る。

 

「ちっ!」

 

 グディヴォが顔をかばった隙に、ジョンは荷台の側面を蹴り、屋根へ飛び上がった。

 

「どうした、ガンマン!」

 

 グディヴォも屋根へ姿を現す。

 

 暴走するトラックの上。

 

 強風にあおられ、ジョンの赤いコートが激しくたなびいていた。

 

「逃げの一手か?」

 

「ははは」

 

 ジョンはリボルバーを構えたまま笑った。

 

「僕は弱いからね。まともに戦ったら、勝てないよ」

 

 ここで逃げたとしても、誰もジョンを責めはしないだろう。

 

 ブラッドブリードは、専門家が相手をするべき化け物だ。

 

 たとえジョンの戦闘技術が超一流の領域へ達しつつあったとしても、不死の怪物と正面から戦えるわけではない。

 

 しかし、ジョンは逃げなかった。

 

 最後に見たクラウスの瞳が、どうしても忘れられない。

 

 彼は必ず戻ってくる。

 

 そう信じられるほど、強い意志が込められていた。

 

「だから――」

 

 ジョンは撃鉄を起こす。

 

「戻ってくるまで、時間を稼がせてもらうよ」

 

「ほざけ!」

 

 グディヴォが一直線に突進してくる。

 

 ジョンは正面から相手を狙わず、膝と足首へ弾丸を集中させた。

 

 関節を破壊し、再生するまでの一瞬を積み重ねる。

 

 グディヴォは特殊加工弾を警戒しているらしく、先ほどまでのように銃弾を無視しようとはしなかった。

 

 細かく進路を変え、通常弾までも丁寧に回避していく。

 

「小賢しい!」

 

 グディヴォは、ブラッドブリードの中では決して強い部類ではなかった。

 

 常識外れの筋力。

 

 銃弾など何の意味もなさない超高速再生。

 

 人間の目では追いきれない速度。

 

 それでも、エルダークラスとの間には天と地ほどの差がある。

 

 エルダークラスであれば、ジョンの銃撃など避ける必要すらない。

 

 特殊加工弾でさえ、再生をほんの一瞬遅らせることができれば、歴史的な成果と呼ばれるだろう。

 

 グディヴォが弾丸を恐れ、避けている。

 

 それこそが、勝機だった。

 

「死ね!」

 

 ついにグディヴォが、ほぼゼロ距離まで接近した。

 

 ジョンはその瞬間を待っていた。

 

 回避できない距離。

 

 相手が攻撃へ意識を集中し、防御を捨てる瞬間。

 

「今だ!」

 

 最後の特殊加工弾が放たれた。

 

 弾丸はグディヴォの股関節を正確に撃ち抜いた。

 

「ぐああっ!」

 

 普通の人間なら、それだけで行動不能となる負傷だ。

 

 さらに太い血管を損傷し、数分も経たずに出血性ショックへ陥る。

 

 ブラッドブリードであっても、再生を封じられた状態なら無視できる傷ではない。

 

「やはり……持っていたのか!」

 

 グディヴォは顔を歪めた。

 

 それでも、攻撃を中断しない。

 

 勢いのまま拳を振り抜き、ジョンの左腕へ叩きつけた。

 

 鈍い破壊音。

 

 左腕が肘の上から折れ曲がり、内部の部品を撒き散らしながら吹き飛んだ。

 

 しかし、血は出ない。

 

 ヴァッシュ・ザ・スタンピードの左腕は、超技術によって製造された義手だった。

 

「次で……決める!」

 

 殴り飛ばされたジョンは、トラックの屋根を何度も転がりながら距離を取った。

 

 右手だけで体を起こし、グディヴォを見る。

 

 そこには、異様な光景が広がっていた。

 

 股関節から流れ出した血が、トラックの屋根に黒い池を作っている。

 

 普通の人間であれば、とうに意識を失い、死んでいてもおかしくない出血量だ。

 

 それでも、グディヴォは立っていた。

 

 全身を血に染め。

 

 足を引きずり。

 

 怒りと殺意に顔を歪めながら。

 

「死ね、ガンマン!」

 

 グディヴォが再び地面を蹴った。

 

 負傷しているとは思えない速度で、ジョンへ襲いかかる。

 

 残された通常弾では、止められない。

 

 回避するための足場も、もう残されていなかった。

 

 そのときだった。

 

 甲高い音が、二人の耳を貫いた。

 

 巨大なガラスに、ひびが入るような音。

 

「何だ⁉」

 

 グディヴォが足を止め、周囲を見回す。

 

 目に見える変化はない。

 

 しかし、すぐに異変は訪れた。

 

 音が戻ってきたのだ。

 

 車のクラクション。

 

 街中に響くサイレン。

 

 建物の窓から上がる悲鳴。

 

 ヘルサレムズ・ロットで暮らす人々の、騒々しい生活音。

 

「まさか……」

 

 グディヴォの顔から、初めて余裕が消えた。

 

「結界を破ったのか!」

 

 護送トラックを覆っていた位相結界。

 

 外部からの侵入と通信を完全に遮断し、スティーブンやザップたちを分断していた防壁。

 

 それが、砕けた。

 

「ブレングリード流血闘術――」

 

 低く、力強い声が響く。

 

「エスメラルダ式血凍道――」

 

 冷気を帯びた声が重なる。

 

「斗流血法――」

 

 荒々しい声とともに、赤い血が刃を形作る。

 

「九百五十四血弾格闘技――」

 

 銃身へ、膨大な電力が集束していく。

 

「そ……」

 

 グディヴォが振り返る。

 

 そして、彼らは戻ってきた。

 

「百十一式・十字型殲滅槍!」

 

「絶対零度の槍!」

 

「刃身ノ壱・焔丸!」

 

「Electrigger――1.25GW!」

 

 クラウス。

 

 スティーブン。

 

 ザップ。

 

 K・K。

 

 結界が砕けたと同時に、四人の攻撃がグディヴォへ殺到した。

 

 巨大な血の十字架が、正面から胸を貫く。

 

 絶対零度の氷槍が、背後から肉体を凍結させる。

 

 赤い刃が四肢を切り刻み。

 

 膨大な電力を帯びた血の弾丸が、その肉体を内部から焼き払った。

 

「ぐぎゃあああああああああっ!」

 

 グディヴォの体が、原形を失っていく。

 

 だが、攻撃は止まらない。

 

 肉体を穿ち。

 

 凍らせ。

 

 切断し。

 

 焼き尽くす。

 

 血によって作られた武器は、ブラッドブリードの再生能力を阻害する。

 

 それでも、一瞬でも攻撃を緩めれば、肉片一つから元の姿へ戻りかねない。

 

 その恐怖を、ライブラの構成員たちは知っていた。

 

「撃ち続けろ!」

 

「まだ再生が止まってねえぞ!」

 

「出力を上げるわ!」

 

「ぬうううううっ!」

 

 クラウスの十字架がさらに深く突き刺さる。

 

 凍結した肉体をザップの焔丸が切断し、K・Kの銃撃が粉々に打ち砕く。

 

 スティーブンの氷が、飛び散ろうとする血液の一滴まで凍らせていった。

 

「くそがぁぁぁぁぁぁ!」

 

 グディヴォの断末魔が、街中へ響き渡る。

 

 やがて、彼の肉体は黒く焼け焦げ、少しずつ白い灰へ変化していった。

 

 再生の兆候が完全に消えたことを確認しても、誰一人としてすぐには攻撃を止めない。

 

 最後の肉片まで灰になった、その瞬間。

 

「ブレングリード流血闘術――899式 磔血縛檻牢(クロイツガングブルトケニヒ)」

 

 クラウスが両手を打ち合わせた。

 

 宙へ舞い上がった灰が一か所へ集まり、血の十字架の内部へ吸い込まれていく。

 

 十字架の表面へ、幾重もの血文字が刻まれる。

 

 そして最後に、重い錠が閉じるような音が響いた。

 

「封印、完了した。」

 

 クラウスが低く告げる。

 

「はぁぁぁぁ……」

 

 緊張の糸が切れたジョンは、トラックの屋根へ大の字になって倒れた。

 

「マジで死ぬかと思ったぁぁぁ……」

 

 見上げれば、いつもと変わらない青空が広がっている。

 

 先ほどまでの激戦など、すべて嘘だったかのように穏やかだった。

 

「ジョン!」

 

 クラウスが封印した十字架をひとめみて、屋根へ飛び乗ってくる。

 

「大丈夫だったかね?」

 

「大丈夫に見えます?」

 

 ジョンは吹き飛ばされた左腕の断面を持ち上げた。

 

「義手、持っていかれましたよ」

 

「だ、大丈夫なのか⁉」

 

 クラウスの目が大きく見開かれる。

 

 ヴァッシュの姿では左腕が義手になることは、事前に説明していた。

 

 それでも、実際に仲間の腕が吹き飛んでいる姿を見れば、平静ではいられないらしい。

 

「分かりません」

 

 ジョンは残った右腕で、壊れた左肩を軽く叩いた。

 

「変身し直せば銃弾なんかも補充されるんで、この腕も戻るとは思いますけど」

 

「そうか……」

 

「たぶん」

 

「たぶんなのか⁉」

 

「試したことないんで」

 

 クラウスは安心すべきか心配すべきか分からず、何とも言えない表情を浮かべた。

 

「それで、グディヴォは?」

 

「灰になるまで可能な限り肉体を破壊し、この十字架の中へ封印した」

 

 クラウスは目の前にある、血の十字架へ目を落とした。

 

「一時的なものでしかない。今もこの中で再生しようとしているのだ。だが、今の我々にできるのは、これが精いっぱいだ」

 

「この中で生きているんですか?」

 

「ああ」

 

 肉体を失っても、ブラッドブリードは死なない。

 

 灰となり、意識だけの存在になったとしても、その命は永遠に続く。

 

「彼はこの中で、わずかながら封じられ続けることができる。完全な封印には真名が必必要であり、それがわかるまでの時間稼ぎに過ぎない……」

 

 クラウスの表情が、わずかに曇った。

 

「むごい仕打ちかもしれない。だが、我々にはこうする以外に方法がない」

 

「そうですね……」

 

 現在、ブラッドブリードへ対抗する唯一の方法。

 

 血闘術によって再生能力を鈍らせ、肉体を灰になるまで破壊し、真名とともに封印する。

 

 裏を返せば、灰にできる程度の相手にしか有効な手段が存在しないということでもある。

 

 エルダークラスの肉体を灰にすることなど、人間には不可能に近い。

 

 遭遇すれば、封印の段階へたどり着くことすらできない。

 

「ほんま、理不尽な連中だなぁ……」

 

 ジョンは再び空を見上げた。

 

「いい天気だ」

 

「ああ」

 

 暖かな日差しが、傷だらけの二人を照らしている。

 

 しばし、静かな時間が流れた。

 

「ヴァッシュさーん!」

 

「ん?」

 

 どこかから、聞き覚えのある声がした。

 

 ジョンが体を起こし、声の方向へ顔を向ける。

 

 通りの向こうから、カメラを構えたメリルとミリィが、全速力でこちらへ駆けてきていた。

 

「ヴァッシュさーん! 今の戦闘について、お話を聞かせてくださいな!」

 

「わあ、すごいですぅ! トラック、穴だらけですよぉ!」

 

「あ、やべ」

 

 ジョンの顔が引きつった。

 

 ライブラは一応、秘密結社である。

 

 構成員が大勢の前で血闘術を使用していた場面を、記事にされるのはあまり望ましくない。

 

 何より、メリルとミリィをこちら側の事情へ、これ以上深く巻き込みたくなかった。

 

「クラウスさん、またあとで!」

 

「ん?」

 

 クラウスが問い返すより早く、ジョンは屋根から飛び降りた。

 

「待ちなさい、ヴァッシュさん!」

 

「逃がしませんわよ! 今日こそ全部話していただきます!」

 

「すまん! 今は勘弁して!」

 

 左腕を失い、全身が悲鳴を上げている。

 

 それでもジョンは残された体力を振り絞り、ヘルサレムズ・ロットの雑踏の中へ全速力で逃げ込んでいった。

 

「あーっ! 待ってくださいよぉ!」

 

「追いますわよ、ミリィ!」

 

「はい、先輩!」

 

 赤いコートを追い、二人の記者も人混みの中へ消えていく。

 

 その姿を見送ったクラウスは、しばらく呆然と立ち尽くしていた。

 

「……あの体で、よく走れるものだ」

 

 背後では、ザップが疲れ切った顔でため息をついた。

 

「旦那。あの死体野郎、吸血鬼から逃げるときより速くねえか?」

 

「うむ……」

 

「元気そうで何よりね」

 

 K・Kが呆れたように肩をすくめる。

 

 スティーブンだけは、逃げていくジョンの背中を眺めながら、楽しそうに笑っていた。

 




お気に入りや、評価くれたら、飽きずに続けられるかも(/ω・\)チラッ
注意:万が一感想を書いていただける場合、今後の展開を予想するのだけはやめていただけるとありがたいです。続きを書く気がまじで無くなるので……(´・ω・`)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。