「はっ?」
名無しの男は、また殴られるのではないかと、反射的に頭を守って亀のように丸まった。しかし、恐れていた衝撃は訪れなかった。それどころか、誘拐犯の男たちは何やら驚いている様子だった。
それと同時に、名無しの男は、まるである男の経験が頭の中へインストールされていくかのような、奇妙な感覚に陥っていた。
「お前、誰だ?」
誘拐犯の男は、名無しの男の腕をつかんで引き起こすと、顔を近づけた。
「いや、僕は……」
「さっきまで、お前は黒髪だったはずだ! お前は誰だ!」
誘拐犯は唾を飛ばしながら、何かに怯えるように叫んだ。
その言葉を聞いて、名無しの男は初めて、自分の身体に異変が起きていることに気づいた。
貸してもらったジーンズと白いシャツは消え、代わりに赤く重たいコートをまとっている。履いていたはずのスニーカーも、いつの間にかブーツへと変わっていた。
それに加え、自分の声が、遠い昔にアニメで聞いたことのある声へ変わっていることにも気づいた。
「あれ、もしかして……」
「ちっ、何かしゃべれや!」
誘拐犯は、いまだ状況を飲み込めずにいる名無しの男を殴りつけるべく、思い切り拳を振り抜いた。
異形の者の拳は、的確に赤いコートの男へと突き刺さり、その身体をトラックの壁へ叩きつけた。先ほどよりも手加減のない一撃は、普通の人間を殺すには十分すぎる威力だった。
「おい、死んだんじゃねえか……」
「何も言わねえ、こいつが悪いんだ!」
赤いコートの男は、壁に寄りかかったまま微動だにしなかった。
大口径の銃弾を受けたにも等しい衝撃だ。普通の人間ならば即死するか、運がよくても瀕死は免れないだろう。
だからこそ、誘拐犯たちは、せっかくの賞金首を殺してしまったのではないかと焦り始めていた。
「おい、死んでねえだろう……な……」
殴った張本人が、生死を確認するために近づいていく。そして男へ声をかけたが、その言葉を最後まで言い切ることはできなかった。
彼が赤いコートの男の前に立ち、仲間たちの視界を遮った、その瞬間だった。
誘拐犯の男が、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
「おい、大丈夫……か……」
その男へ駆け寄ろうとした仲間たちも、銃声とともに次々と崩れ、トラックの床へ倒れ伏していく。
また一人、また一人と崩れ落ちていく光景は、まるでホラー映画の一幕のようだった。
「な、何が……何が起こったんだーー!」
誘拐犯の一人は、壁に掛けられていたアサルトライフルを手に取ると、やたらめったら撃ち始めた。恐怖のあまり、目に見えない何かを撃とうとしていたのかもしれない。しかし、彼の放った銃弾は、ただ壁に穴を開けるばかりだった。
「跳弾したら危ないよっと」
「なっ――」
男の背後には、いつの間にか赤いコートの男が回り込んでいた。
赤いコートの男は慣れた手つきでアサルトライフルを解体すると、誘拐犯の顎を掌底で打ち抜いた。
崩れ落ちた誘拐犯を確認し、赤いコートの男は大きく息を吐いた。
「うまくいってよかった」
そうつぶやいた男は、ゆっくりと自分の身体を確かめた。
身を包んでいるのは赤いコート。目元には黄色いサングラス。まばゆい金髪は、天を突くように逆立っている。
腰には一丁のリボルバーが下げられており、おそらく左腕はマシンガンを内蔵した義手になっているのだろう。
つまり、名無しの男――ジョン・ドゥは、サングラスをかけることでヴァッシュ・ザ・スタンピードになってしまったということだ。
しかも先ほど、このサングラスをかけた瞬間、ヴァッシュ・ザ・スタンピードが歩んできた数百年を、駆け抜けるように追体験したのである。
もっとも、ヴァッシュの経験を断片的に追体験したにすぎない。そのため、彼の化け物じみたガンテクニックには遠く及ばないだろう。
それでも、このようなドタバタ騒ぎにある程度対応できるだけの経験と技量は、身につけることができたようだった。
「まさか、このサングラスの影響かな……」
名無しの男は、自分のかけているサングラスを指先でつつきながら、ぽつりと漏らした。
確かに、彼は『TRIGUN』オタクであり、あの作品を心から愛していた。だが、好きだからこそ、ヴァッシュのような人生は送りたくなかった。
ヴァッシュは人間ではなく、プラントと呼ばれる人工的に生み出された存在だ。その力は、星さえ破壊しかねないほど強大なものだった。
しかし、彼はその圧倒的な力に驕ることなく、修練の極致へとたどり着き、星の運命を左右するほどのガンマンとなった。
そんな彼の生きざまは、過酷の一言に尽きる。
自分を殺しに来る者であっても決して殺さず、ラブ&ピースの精神を貫きながら戦い続けた彼の人生は、物語として見ている分にはいい。だが、決して自分が歩みたいものではなかった。
「はぁ……そんなこと考えてもしょうがないか」
名無しの男は首を振り、ヴァッシュの生きざまについての考えを頭の中から追い出すと、運転席へ向かった。
「あとは君だけだ。車を止めてくれる……あれ?」
運転席に座る男のこめかみにリボルバーを突きつけ、車を止めさせようとしたところで、彼はある異変に気づいた。
運転手の頭部には、きれいな穴が開いていた。
運転手は、すでにこと切れていた。
「え、え、えっ……嘘!」
銃口を押し当てた衝撃のせいかは分からないが、運転手の身体がゆっくりと傾いていく。それにつられてハンドルが回り、トラックは壁へ向かって突き進み始めた。
名無しの男は、全力で後方へ走った。
衝突まで、あと数秒。もしかすると、それすら残されていないかもしれない。
とにかく走った。
トラックの床で気絶している者や、足を撃たれてうめき声を上げている誘拐犯たちには、見向きもしなかった。
彼らは異形の身体を持っている。人間のように簡単には死なないだろう。
対して、自分はあくまで人間だ。このままでは本当に死ぬ。
だから見捨てても仕方がない――そんな言い訳を、ほんのわずかに頭の片隅で組み立てながら、ひたすら走った。
そして、衝撃が訪れた。
それまで異次元を走っていたのだろうか。突如として現世へ姿を現したトラックは、道脇に建っていた店の壁へと激突した。
さすがに衝突しただけで爆発することはなかったが、その衝撃は凄まじかった。トラックの運転席はぺしゃんこになり、荷台の中も見る影なく潰れていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……何とか死んでない」
名無しの男は、間一髪、後部の扉から逃げ出すことに成功し、地面を転がっていた。
息は荒く、心臓は痛いほど激しく脈打っている。
呼吸を整え、何とか立ち上がろうとした、そのときだった。
さらなる異変に気づいた。
額に銃が突きつけられている。
「おう、あんちゃん。あのトラックにいたってことは、あれだよな? 六百億の賞金首のありかを知っているよな。ちーとばっかし、俺に教えてくれはしないか」
名無しの男は、ようやく状況を理解した。
祭りの後に訪れるのは、平穏ではない。
次の祭りだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あれは、ゴンザレスファミリーじゃないか」
「ほかにも、超銀河教会、雨を飴に変える会もいるな」
現場へたどり着いたクラウスとスティーブンは、その混沌ぶりを目の当たりにし、呆れたように言葉を交わしていた。
赤いコートの男一人を、いくつもの武装集団が取り囲み、その身柄を確保しようと攻撃を加えている。
赤いコートの男も、手にしたリボルバーで反撃しているようだった。しかし、二人が見る限り、武装集団の者たちは行動不能にされているだけで、死んだ者は一人もいなかった。
「なかなかの使い手だな、クラウス」
「そのようだ」
「とりあえず、あの赤いコートの男を僕たちで確保するか」
「そうしよう」
スティーブンとクラウスは無造作に、祭り騒ぎのただ中へと足を踏み入れた。
しかし、その騒ぎもほどなくして終結することとなる。
「エスメラルダ式血凍道――アヴィオンデルセロアブソルート〈絶対零度の地平〉」
スティーブンが勢いよく足を地面へ叩きつける。
その瞬間、周囲で馬鹿騒ぎをしていた者たちが一斉に凍りついた。
広範囲の相手を拘束するのに適した、エスメラルダ式血凍道の技の一つである。
「ああん? 何が起こった! あいつだ、あいつをやれーー!」
スティーブンが周囲を凍りつかせたことで、残っていた者たちも二人の存在に気づき、一斉に攻撃を仕掛けてきた。
明らかな強者は、早めに潰す。
所属する非合法組織はそれぞれ違っていたが、彼らの思惑は一つだった。
やられる前に、やる。
「ブレングリード流血闘術三十九式――血楔防壁陣〈ケイルバリケイド〉」
スティーブンに続いて技を放ったのは、クラウスだった。
突如として現れた血の十字架が、残っていた者たちを次々と拘束していく。
一斉に襲いかかっていたため、敵は一か所に密集していた。そのぶん、クラウスの攻撃は極めて効率よく彼らを制圧した。
そんなこんなで、ほんの数秒のうちに馬鹿騒ぎを収めた二人は、何事もなかったかのように歩みを進める。
「さてさて、君は何者かな?」
二人はゆっくりと、騒ぎの中心にいた赤いコートの男へ近づいていった。
突然、周囲の者たちが凍りつき、血の十字架に拘束されたのだ。
状況を飲み込めず、ただわたわたと慌てる赤いコートの男へ、クラウスとスティーブンは静かに歩み寄っていくのであった。
お気に入りや、評価くれたら、飽きずに続けられるかも(/ω・\)チラッ
注意:万が一感想を書いていただける場合、今後の展開を予想するのはやめていただけるとありがたいです。続きを書く気が無くなるので……。
トライガンを……
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漫画なら読んだことがある
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アニメなら見たことがある
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漫画、アニメどちらも見たことがある
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見たことがない