すごく面白いですので、まだ見てない方は是非見ておくんだまし!
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オタク、噂を知る
ヘルサレムズ・ロットでは珍しく、混じり気のないコーヒーの香りに満たされた、落ち着いた雰囲気の喫茶店。
その客席の一角に、三人の男女が向かい合って座っていた。
それぞれの目の前には湯気を立てるホットコーヒーが置かれている。しかし、女性陣は苦いものが苦手なのか、二人とも大量のミルクを注いでいた。
もはやコーヒー牛乳と呼んでも差し支えないほど、淡い色になっている。
「それで、ヴァッシュさん。最近、何かネタになりそうなことはありまして?」
「んー……」
メリル・ストライフはテーブルへ身を乗り出し、メモ帳とペンを構えていた。
今か今かと、ヴァッシュの姿をしたジョンの口から飛び出す情報を待ち構えている。
ヘルサレムズ・ロットに渦巻く事件、事故、奇怪な現象、そして金になりそうな特ダネ。そのすべてを貪欲に追い求める女性が、そこにはいた。
彼女は以前、街中でジョンとぶつかった際に連絡先を渡してきた女性だ。
そしてジョンは、その言葉を律儀に覚えていた。
新しい噂を仕入れたため、教えられた番号へ連絡を入れたのである。
「三番通りのパン屋が、非合法な異界の食材を使っているっていう噂、知ってる?」
「非合法な異界の食材?」
メリルの眉がぴくりと動き、ペン先が紙へ触れた。
「そう。なんでも、そこのパンを一度食べた人は、魅了されたみたいに毎日通うようになるんだって」
「それって……」
メリルの隣に座るミリィが、コーヒーカップを両手で持ったまま首をかしげる。
「ただ単に、ものすごくおいしいパン屋さんなんじゃないですか?」
「噂程度の話だから、はっきりしたことは分からないよ」
「そうなんですねぇ……」
ミリィは、人々を虜にするほどおいしいパンを想像したのだろう。
ぽかんと口を開け、今にもよだれを垂らしそうな顔をしていた。
三番通りのパン屋に関する噂は、つい最近、チェインから仕入れたものだ。
彼女はヘルサレムズ・ロット中の極秘グルメ情報を収集しており、これまで教えてもらった店に外れは一軒もなかった。
もっとも、今回は「味」ではなく「危険性」の話なのだが。
「まあ、いいですわ」
メリルはメモ帳を閉じると、すっかり白くなったコーヒーを口へ運んだ。
「この前のことは、これでチャラにして差し上げます」
「それはどうも」
ジョンは苦笑しながら、自分のコーヒーを一口飲んだ。
こうしてメリルやミリィと再び話している状況を、いつの間にか心地よいと感じ始めている自分がいた。
記憶の中では見知った相手である。
しかし、実際に顔を合わせた回数はまだ少ない。
親しいようでいて、親しくない。
初対面のようでいて、昔から知っている。
その奇妙な距離感も、以前ほど不快には感じなくなっていた。
「噂といえば……」
メリルがカップを置きながら、ふと思い出したようにつぶやいた。
「噂といえば?」
「ええ。つい最近、気になる情報をつかんだんですけれど」
先ほどまでの軽い雰囲気が消える。
メリルは少しだけ声を落とした。
「異界の住人の失踪が、相次いでいるらしいですわ」
「異界の住人の失踪?」
聞き流すことのできない、不穏な言葉だった。
基本的に、人間の住民は戸籍や行政記録によって管理されている。
一方、異界の住人は、そうした制度の外側にいる者も多い。
昨日まで存在しなかった住人が突然現れたり、長年暮らしていた者が何の前触れもなく姿を消したりすることも、この街では決して珍しくない。
そのため、単なる失踪程度では、大きな話題になりにくいはずだった。
それにもかかわらず、異界の住人たちの間で噂になっている。
それはつまり、普段とは異なる何かが起きているということだ。
「なんでも、街中で突然いなくなるらしいですわ」
メリルは周囲の客に聞かれないよう、さらに身を乗り出した。
「しかも、消えているのは、基本的に善良で無害な異界の住人ばかり」
「それは……ずいぶん物騒な話だね」
「ええ。異界の住人には戸籍を持っていない者も多いとはいえ、同じ場所で一年も二年も暮らしていた住民が突然消えれば、さすがに目立ちますわ」
「確かにそうだ」
近所で日常的に顔を合わせていた住人。
商店へ毎日通っていた客。
家族と暮らしていた者。
そうした者たちが次々と消えていけば、記録が残っていなくても、周囲の者が異変に気づく。
「警察は動いているの?」
「一応、情報は入っているようですけれど……」
メリルはわずかに顔をしかめた。
「今のところ、積極的に捜査している様子はありませんわ。何しろこの街では、毎日もっと派手な事件が起きていますから」
「世知辛い話だねぇ」
「まったくですわ」
メリルはそう言うと、残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「分かった。僕も少し気をつけてみるよ」
「ええ。何か分かりましたら、連絡をくださいな」
メリルは伝票を手に取り、席を立った。
「ミリィ、行きますわよ」
「ええっ、待ってくださいよぉ!」
ミリィは慌てて声を上げた。
彼女の目の前には、つい先ほど運ばれてきたばかりの、分厚いサンドイッチが置かれている。
「サンドイッチ、来たばっかりなのにぃ! せんぱーい!」
しかし、メリルは振り返ることなく店の出口へ向かっていく。
ミリィは泣きそうな顔をしながらサンドイッチを両手でつかみ、残りを無理やり口へ詰め込んだ。
「むぐっ、むぐぐぐっ!」
頬を限界まで膨らませたまま、メリルのあとを追って店を出ていく。
その姿を見送り、ジョンは小さく息を吐いた。
「異界の住人の失踪か……」
偶然という可能性もある。
しかし、この街で起きる奇妙な事件の多くは、放置すればろくな結果にならない。
「スティーブンに報告しておくか」
ジョンは残ったコーヒーを飲み干し、会計を済ませると、喫茶店をあとにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あれ? スティーブンさん、いないんですか?」
「ええ。彼なら今、表の仕事に出てるわよ」
ライブラ本部へ戻ったジョンは、珍しく部屋に残っていたK・Kへ声をかけた。
ライブラの構成員は、それぞれ何らかの表向きの顔を持っていることが多い。
スティーブンもまた、ライブラが運営に関わる企業の社員として働いていることになっていた。
その仕事の内容をジョンは詳しく知らなかったが、汚れ一つない高級スーツで人前に出る姿は、裏社会の怪人たちと戦っているとき以上に様になっているのだろう。
「それにしても、K・Kさんがここにいるのは珍しいですね」
「受け取るものがあったのよ」
K・K。
ライブラの構成員の一人にして、銃火器を用いた戦闘のスペシャリスト。
ヴァッシュやウルフウッドの肉体に慣れるための訓練では、彼女に世話になることも多かった。
特に射撃訓練においては容赦がなく、少しでも気を抜けば、訓練用の弾丸がジョンの額を正確に撃ち抜いてくる。
もっとも、そのおかげで、ジョンの戦闘能力は短期間で大きく向上していた。
「それで、どうするの?」
「どうするって?」
「とぼけるんじゃないわよ。例の話」
K・Kは腕を組み、ジョンをまっすぐに見つめた。
「いやぁ……まだ迷ってて」
ジョンが困ったように頭をかくと、K・Kは大げさに眉をひそめた。
「かぁーっ! 男なら、さっさとはっきりしなさいよね!」
「そう言われましても……」
「あなたの肉体には、私の使っている血弾格闘技を習得する素質があるのよ」
K・Kはジョンの胸元を指さした。
「才能があるんだから、さっさと覚悟を決めて受け入れなさい!」
「でも、体の中に何か入れるのはまだ怖いですし……」
ジョンは指を折りながら言い訳を並べる。
「それに、吸血鬼も怖いですしぃ」
「サングラスをかけただけで、肉体の構成から銃火器の生成まで、何でもありの変身をしておいて、今さら何を言ってんのよ!」
「ははは……」
「笑ってごまかすな!」
そう。
ジョンには、K・Kの使う血弾格闘技を扱う素質があった。
クラウスやスティーブン、K・K、そしてザップ。
彼らの操る血闘術は、誰にでも使えるものではない。
必要とされる資質は、家系による遺伝であったり、突然変異であったり、血液そのものの特殊性であったりする。
さらには、血界の眷属――ブラッドブリードの力に抵抗できるほどの、強靱な生命力や精神力も必要となる。
その希少な素質が、ジョンにも備わっていたのだ。
ヴァッシュやウルフウッドの身体能力と戦闘経験を引き継いでいる以上、通常の相手と戦うだけなら十分すぎるほどの力がある。
しかし、ブラッドブリードとの戦いとなれば話は別だ。
彼らを完全に滅ぼすことはできない。
血闘術で真名を刻み、存在を封印する力がなければ、どれほど傷つけても決定打にはならない。
ジョンに素質があると知ったライブラの面々が、それを放っておくはずもなかった。
「まあ、いいわ」
K・Kはしばらくジョンをにらんでいたが、やがて諦めたように肩を落とした。
「気が変わったら連絡して」
「すみません」
「謝るくらいなら、さっさと決めなさいよ」
「善処します」
「それ、やらないやつの言い方だからね?」
K・Kは深々とため息をつくと、受け取った荷物を肩に担いだ。
「じゃあね」
「お疲れさまです」
扉が閉まる。
一人きりになった部屋で、ジョンは気まずそうに頬をかき、そのままソファへ深く沈み込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
血闘術を習得したくないわけではなかった。
力があれば、救えるものが増える。
より危険な敵とも戦える。
ライブラの一員として、この街を守ることもできるだろう。
頭では、その必要性を理解している。
ただ――これ以上、別の何かになりたくなかったのだ。
ここ数週間で、あまりにも多くのことが起きた。
知らないうちに別の世界へ転移した。
それまで撃ったことさえなかった銃を、今では一流の銃使い以上に扱うことができる。
物語の登場人物だと思っていた男たちの肉体へ変化し、その記憶や経験までが、自分の中へ流れ込んでくる。
笑い方。
話し方。
立ち方。
銃の構え方。
食べ物の好み。
煙草への欲求。
少しずつ、確実に、ヴァッシュやウルフウッドという存在が自分の中へ染み込んできていた。
このまま新たな力を受け入れ続けたら、最後に残るのは本当に自分なのだろうか。
それとも、自分の形をした何者かになってしまうのだろうか。
「はぁ……」
結局、その日、スティーブンが本部へ戻ってくることはなかった。
ジョンはギルベルトへ、異界の住人の失踪について伝言を頼み、ライブラ本部をあとにした。
今回は、ヴァッシュではなくウルフウッドの姿へ変身している。
特別な理由があったわけではない。
ただ、姿を変えれば気分も変わるかもしれないと思ったのだ。
「あー……煙草、吸いたなってくるわぁ」
口からこぼれた言葉に、ジョン自身が嫌そうな顔をした。
生まれてから一度も吸ったことがないはずの煙草。
それなのに、胸の奥では、火をつけた一本を口へくわえ、肺いっぱいに煙を吸い込みたいという欲求が渦巻いている。
もやもやとした感情が、行き場を失った煙のように体内へ溜まっていく。
煙草を吸えば、少しは楽になる。
そんな確信めいた感覚さえあった。
しかし、それはジョンの気分転換ではない。
ニコラス・D・ウルフウッドの気分転換だ。
そう考えた途端、胸の中の苛立ちは、さらに強くなった。
「しゃあないなぁ。煙草以外の何かでも探すか……ん?」
ジョンが煙草の代わりになるものを探そうと、歩き出しかけたときだった。
人通りの多い交差点の隅。
奇妙な形をした街灯の下に、小さな人影が立っているのが見えた。
先ほどまでの苛立ちは、どこかへ消えた。
ジョンは足早に、その人物へ近づいていく。
「おい、坊主」
なるべく怖がらせないよう腰を落とし、視線の高さを合わせた。
「迷子か?」
「ん……だれぇ?」
振り返ったのは、異界の住人の子供だった。
背格好や顔つきは人間の少年によく似ている。
しかし、背中から伸びた長く太い尻尾が、彼が人間ではないことを示していた。
「おかあしゃんが……いないの」
「オカンはどないしたんや?」
「分かんない……」
少年の目から、再び大粒の涙があふれ出す。
「手ぇつないでたのに……いきなり、きえちゃったぁ……」
「消えた?」
ジョンの表情が、一瞬だけ険しくなった。
だが、少年はそれに気づく余裕もなく、ジョンの脚へしがみついてくる。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔。
震える肩。
必死に助けを求める小さな手。
少なくとも、少年が嘘をついているようには見えなかった。
「さよか」
ジョンは声音を柔らかくし、内ポケットからハンカチを取り出した。
「ほら、これで顔拭きや」
「ん……ずびーっ!」
「おいおい、思いっきり鼻かむやん」
ハンカチが一瞬で使い物にならなくなった。
ジョンはわずかに顔を引きつらせたものの、泣き止んだ少年を見て小さく笑う。
「ほんで、坊主の名前は?」
「ユミル」
「ユミルか。ええ名前やな」
「おじちゃんは?」
「おじ……」
ジョンの頬がわずかに引きつった。
「まあ、ええわ。ワイはジョンや」
「ジョンおじちゃん?」
「兄ちゃんや。そこは絶対に間違えたらあかんで」
「ジョンにいちゃん」
「よし」
ジョンは満足そうにうなずくと、ユミルへ背を向け、その場にしゃがみ込んだ。
「ほな、ユミル。オカンを探しに行こか」
「見つかる?」
「ああ」
確証などなかった。
それでも、今のユミルに必要なのは、曖昧な慰めではない。
ジョンは振り返り、力強く笑った。
「ワイが絶対に見つけたる」
「うん!」
ユミルはジョンの背中へ飛びついた。
ジョンはその小さな体を持ち上げ、肩の上へ乗せる。
「しっかりつかまっときや」
「うん!」
少年の両手が、ジョンの頭をぎゅっとつかんだ。
「痛い痛い。髪はつかむな、髪は」
「ごめんなさーい」
先ほどまで泣いていたユミルの顔に、ようやく小さな笑顔が浮かぶ。
ジョンはその重みを確かめるように支えると、人混みの向こうへ視線を向けた。
異界の住人の相次ぐ失踪。
街中で突然消えたというユミルの母親。
偶然だと考えるには、あまりにも出来すぎている。
「さてと……」
ジョンは目を細めた。
「まずは、消えた場所から調べてみるか」
ユミルを肩車したまま、ジョンは雑踏の中へ歩き出した。
お気に入りや、評価くれたら、飽きずに続けられるかも(/ω・\)チラッ
注意:万が一感想を書いていただける場合、今後の展開を予想するのだけはやめていただけるとありがたいです。続きを書く気がまじで無くなるので……(´・ω・`)
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