──アタシがさ、あいつを初めて見た時、すげー変な奴が居るなって思ったんだ。
だってよ、変な香りの被りもん被って、走ってたんだぜ? 流石のゴルシちゃんでもビックリおったまげってやつだ。
しかも、あいつはあの時一度も勝てなかった。出るレース出るレース全部惨敗。
そりゃそうだよな。だってあいつはウマ娘じゃねえんだもん。
あいつはヒトで、アタシ達ウマ娘みたいには走れない。
そんな事、分かりきってる事なのに、お前は一度だって下を向かなかった。
それだけじゃなくて、あいつは絶対に諦めなかった。どれだけ離されても、どれだけバカにされても、あいつは絶対に自分が勝つって疑っていなかった。
「今勝てないなら、次に勝つ。次勝てないならその次に。私は絶対に諦めない」
諦めろって、訳知り顔で言ってきた奴らに対して、はっきり言い切ったよな。
あいつを誰もスカウトしない、誰もが見ない様にしてた。だけど、最後は自分が勝つって疑わず、かなり無茶なトレーニングを続けてた。
トレーナーも付けずにだぜ? だからよ、アタシは沖野に頼んで、誰か手の空いてる奴は居ないかって、探し回ったんだ。
そしたらさ、変な奴には変な奴が集まるんだな。
トレーナー資格を持ってる癖に、トレーナーやらずに用務員やってる奴を見付けたんだ。
おかしな奴だよな。トレーナーなのにトレーナーやらずに用務員やってるなんてさ。
話を聞いたら、恐くなったんだと。
昔、担当していたウマ娘を勝たせる事が出来なくて、なんとかしようとして、それでも結局ダメだった。
それが原因で誰かの担当になるのが恐くなって、先代の理事長に頼み込んで用務員として雇い直してもらったってのが、そいつの話だった。
それでさ、その話を聞いたあいつは何て言ったと思うよ?
「それなら問題無いね。だって、私は勝つから!」
真っ正面から真っ正直に、自分は勝つって言い切ったんだ。あの時は、流石のゴルシちゃんも唖然としたぜ。
この時はまだ一度も勝ってないのに、自分が勝つって信じて疑ってなかった。
正直な話、こいつ頭ヤベエって思った。なんで、負け続けの奴が、自分が勝つって言い切れるよ?
もうダメだって、やっぱり無理だったって普通は考えるだろ?
だけど、あいつは違った。
「偽物が本物に勝てない道理なんて無い! なら、ヒト娘がウマ娘に勝てない道理も無い! だから、私が勝つ……!!」
マジで頭ヤベエって思ったね。あいつは、本気の冗談抜きで、アタシ達に勝とうとしてた。
生物として規格が違う、走るって事に特化したウマ娘に、ヒト娘がどんな犠牲を払ってでも勝とうとしてる。
一体、どんな事があって何食ったら、こんな考えが浮かぶんだって話だよな。
実現不可能な夢だよな。
絶対に無理な夢だよな。
ヒトがウマ娘に勝つなんて、空想の中だけの話だよな。
だけど、あいつの目は本気だった。
本気でアタシ達に勝つ気だった。
最初は手作の奴も本気にしてなかった。あいつが諦める為に、方々に頭を下げてトレーナーに復帰して、あいつのトレーニングを見てた。
結果は惨敗続き、たまに掲示板に乗ったりしたけど、勝てない日々が続いた。
そんなの、普通ならもう諦めるだろ?
でも、あいつはそうじゃなかった。
諦めなかった。意地と根性で食らい付いて、次はまた次はって、段々と順位を上げていった。
マジでどうかしてるよな。だからアタシは、タキオンの奴まで巻き込んで、あいつの夢を叶えたくなったんだ。
そしてあいつは、あの日勝ったんだ。
並みのウマ娘にじゃねえぞ?
あの重賞レースで、アタシに勝ったんだ。
最後の直線、あいつが唯一抜けてた末脚で、アタシもお前らも置いて、あいつは勝ったんだ!
「だからこれは、あいつが消える前の最後のレースの映像だ」
「ゴールドシップ、貴女はそう言いますが、私達はその、ハリ●テ●レジ●?に覚えはありませんのよ?」
「でも、アタシについて来たって事は、記憶に違和感があるって事だろ? マックイーン」
「そうですが……」
学園の名だたる実力者を集めたホールで、スクリーンを弄るゴールドシップに問い掛けたメジロマックイーンは、彼女の言葉に一応の肯定を示す。
確かに、この最近の自分の記憶には言い様の無い違和感の様なものがある。
しかしそれは、何時も次の瞬間には忘れてしまう程度のもので、何かの思い過ごしに過ぎないと思っていた。
だが、この最近のゴールドシップの奇行を見ていると、その違和感はどんどんと膨れ上がってきた。
それはマックイーンだけではない。隣に座るトウカイテイオー、同じチームのダイワスカーレットやウオッカ、スペシャルウィークもそうだ。
他にも、シンボリルドルフやエアグルーヴ、ナリタブライアンと言った生徒会メンバー、ツインターボと南坂を除いたカノープスメンバーや、チームリギルも居る。
それだけではない。
「疑問! ゴールドシップよ、我々が誰を忘れているというのだ? 自慢ではないが、私はこのトレセン学園生徒を全員覚えている」
「理事長、一人だけだ。あんたらが忘れているのは、たった一人だけ。どうしようもない意地っ張りの負けず嫌いのヒト娘だ」
「疑問! ヒトがウマ娘に勝つなど、不可能だ!」
「理事長、あの時もあんたはそう言ったよ。そして、あいつはそれをひっくり返した。頼むよ、これが最後なんだ。あいつが映ってる最後の映像なんだ」
だから見てくれ。
だから思い出してくれ。
今から見せるのは、どんなにボロボロになっても諦めなかったツギハギの反逆者の姿だ。
そう願いを籠めて、ゴールドシップはパソコンの画面に映る再生ボタンを押した。
『さあ、最終コーナーを回り最後の直線! 先頭は……!!』
「……かなり、ノイズが混じってますね」
「ああ、こう言ってはなんだが、まるで何かに邪魔されている様だな」
ゴールドシップが再生した動画は短いものだった。
つい最近開催された重賞レースの最後のシーンのもので、シンボリルドルフの記憶にも確かに残っているものだ。
だが、本来は鮮明な筈の画面は何度も途切れ、音声もどこかくぐもって、ウマ娘の優れた聴覚でも聞き取れない部分が多い。
『上がってきた! ここで来たぞ●●●●●●●●! ライバル達を引き抜……て……、こ……でき……!!』
警告
ゴールドシップは直ちに●リボテエレジ●のレース映像のアップロードを中止せよ。
繰り返す。ゴールドシップは直ちに、ハリ●テエ●ジーのレース映像アップロード中止せよ。
ここまでだ。奴はもう存在しない《color:#ffd700》
「ダメだ!! 消えるなエ●ジー……!」
ゴールドシップの悲痛な叫びが、ホールに木霊する。
普段の彼女を知る者なら、誰もが驚愕する程に痛々しく必死な声。
その呼び掛けも虚しく、スクリーンに撮された映像は、次第に砂嵐の中に沈んでいく。
パソコンを操作し、なんとか抗おうとしても、ゴールドシップが所有するデータは次々と消えていく。
「ゴールドシップ……」
彼女の悲嘆を、この場に居る誰もが理解出来ない。
だが、誰もがこのままではいけないと思った。
その中で一人、ゴールドシップではなくスクリーンだけを眺めていた手作が立ち上がった時だった。
「エレジーちゃん、やっと着いたよー!」
薄暗いホールに一筋の光と共に、春を冠するウマ娘が飛び込んできた。
……私は、ここに居る!!