白の日
全てはその日から始まった
愛せし大地は呪いを受け
見返す跡には怨嗟が残る
白の日
その日に全てが終わった
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病室に横たわる少女が、ふと目覚める。
薄い桜を思わせる桃色が、ふわりと起き上がる。
少女の名は、環いろは。
病室にあるネームプレートがそう示していた。
ここは一体何処だろうか。
そんな興味半分、不安半分で辺りを見渡す。
白を基調とした至って普通の病室。
どうやら自分のようにここに寝ている人間は一人もいないようだ。
しかし、ひとつだけ違和感がある。
それは、白いカーテンのたなびく窓に。
空が、雲が近いのだ。
それはまるで、かつて飛行機に乗った時に外を見た、あの光景によく似ていた。
あの時飛行機に乗っていたのはどうしてだっただろうか……そう思案に暮れようとした時、不意に声をかけられる。
「……目を醒ましたんだ」
声色の主は男性、聞いた感じは好青年を思い浮かべるものであった。
声に気づき振り向いた彼女が目にした彼は、その声の主に見合う好青年であった。
どこかあどけなさを残す青色の瞳と髪、それは窓の外の空のように爽やかであった。
青年は病室に入り少女に近づくと、 手早く健康状態を確認した。
「呼吸はしてる、脈拍も正常、瞳孔も開ききってない……うん、しっかりと生きてるみたいだね」
ひとしきりの健康状態を確認した後、青年は耳元にある通信機のようなもので話を始めた。
「あー、灯花?え?ちゃんと灯花司令って呼べって?メンドクサイよそんなの。そんなことより……あー……ったくわかったよ司令官。朗報だよ、例の環いろはが目覚めた。……えっ?そんな大事な話もっと早く言え?話の腰を折ったのはどっちだよ。あー、あー!わかったから!わかったから!怒鳴んないでよ耳キンキンってなるんだから!……はいはい、こっちに来るんだね。んじゃー」
どうやら話し相手は灯花と呼ばれる人物らしい。
名前と通信機越しに聞こえた甲高い声から、女性、しかもいろはよりも年下の少女と予想するのにそう時間はかからなかった。
「うん、聞こえてたみたいだからわかると思うけど、アンタに会いたい人がいるんだ。まぁ、右も左もわかんないだろうし、詳しいことはソイツから聞くといいよ。僕からだと、色々と主観が入っちゃいそうだしね」
そう少女に告げると、青年はベットに腰掛ける。
「……あー、その、環いろはさん?なんかお話しない?」
「はい、えーっと……」
「マコト、水波マコト。マコトでいいよ」
「マコト……はさ、さっきの人と知り合い?」
「さっきの人、灯花のこと?知り合い……というよりは上司って感じかな。一応はあいつ、ここの司令官だし」
「司令官ってことは、偉い人なの?」
「まぁね。でもただのお子様だよ、お子様。誰が呼んだか、おガキ様」
「へーおガキ様ねー。誰の事を言ってるのにゃ?」
「そりゃあアンタのこと……うげえええ灯花!」
「……まぁバカなマコトのことは放っとくことにして」
ふわりとウェーブがかった茶髪は、見る者に気品と優雅さを伝え、ゴシック調の黒色をベースとしたドレスを纏うその姿は、誰が言ったか少女人形が歩いているかのようであった。
ただし、その愛らしい人形に唯一相応しくないものがあった。
左腕に付けられた白色の腕章。
よく見るとそれは、マコトも同じものを着けているようであった。
「改めまして、お姉様。わたくしは里美灯花。飛空艇フェントホープの司令官にして、元マギウスの一人……って、お姉様はわたくしのこと知ってるか」
「灯花……さん?」
灯花の元に返ってきた反応は、初対面の人と最初に話すかのような、ぎこちなさがあった。
灯花はしばらく考える素振りを見せた後に、深く溜め息をついた。
「……にゃーるほどね。まぁ、無理もないか」
「無理もない?どういうことなのさ灯花」
「おバカさんなマコトに言ってもわかんないことだよーんだ」
「やっぱりさっきのこと根に持ってる……」
「マコトにもわかるよーに端的に教えてあげると、お姉様は今、一時的な記憶喪失にあるみたい」
「一時的な……記憶喪失?」
記憶喪失。
余りにも突然告げられたその一言は、突き飛ばすようにいろはの意識をどこか遠くへ追いやった。
記憶とは、それまで自分自身が存在したという何よりの証拠。
それが突然なくなったと言われたのだ、無理もなかった。
底知れない不安と、自身の過去に対する疑問とで、いろはの頭は埋もれた。
「灯花ちゃん、私の記憶っていつ戻るの?」
「そればかりはわたくしからは何とも言えないかにゃー?強いて言うならお姉様次第」
「私……次第?」
「うん。お姉様の行動次第で、過去の記憶が甦ることがあるかもしれない。一言で表すならプルースト効果を期待するしかないって感じかにゃー?」
「プルー……スト?何それ灯花」
「マコトにとっては知っても知らなくてもどうでもいいこと!……さてと、お姉様にフェントホープの中を案内しないと。まずは……」
と、同時にフェントホープ艦内に鳴り響く、けたたましいサイレン音。
今から愛しのお姉様にフェントホープを案内しようとしていた灯花に、これ以上無い邪魔者の到来を知らせていた。
「に゛ゃー!なんでこんな時に限って襲撃なのー!?」
「空賊かー。アイツら本当に幾らでもいるよな」
「悠長な事言ってないでマコトは持ち場について!」
「はいはーい」
軽いノリでマコトは踵を返すと、足早に持ち場に向かっていった。
マコトを見届けた後に、灯花はマコトと同形状の通信機から何処かに指示を出しているようだった。
「もう!……とりあえず敵機襲来の方面に向けて兵隊グマを放って!この方向から来るなら十中八九狙いはこの艦の備蓄だから、念のため備蓄庫の防壁を閉めておいて!」
記憶喪失、と告げられただけでなく、目まぐるしく変わる状況に全く着いていけていないいろは。
おろおろと目を配るものの、状況は掴めないまま。
そんないろはの様子を見かねたのか、指示を出し終えた灯花がいろはの手を取り、申し訳なさそうにして見ていた。
「ごめんなさいお姉様……。今は何にもわからないと思うのにこんなことになっちゃって……。お姉様はここにいて。ここでじっとしているのが一番安全だから」
しかしそんな灯花の言葉をつんざくように聞こえてきた爆発音。
しかも割と近い場所で起きたようで、しばらく病室全体が揺れていた。
「な、何!?」
「灯花ちゃん、どうしたの!?」
「艦の真下で爆発があったみたい!……まさか、敵の狙いは、単にこの艦を落とすこと!?備蓄庫への襲撃は囮だったってこと!?」
「それだけじゃねぇぜ、ガキンチョ」
この飛空艇の誰のものでもない声を聞いた灯花は、背後に目をやると、アサルトライフルを構えた見知らぬ男が一人で立っていた。
ギラギラした目付きと汚ならしい服装、どう見ても招かれざる客であることは容易に解った。
「爆発に乗じてコッソリ爆発跡から侵入、そして全部掻っ払った後でこの艦をドカン、までが俺達のプランだぜ」
「最悪……物資強奪だけじゃなくて、破壊そのものを楽しむ悪趣味な奴らだったとはね」
「悪趣味とは言い方悪いんじゃねーの?昔の偉い芸術家は言ってたじゃねぇか、芸術は爆発ってなぁ!」
「比喩すら知らないヤツには何を言っても無駄だにゃー」
「それはそうとよぉ、お前、立場って言葉知ってるか?」
相手は一人だが、銃を持っている。
狭い室内で乱射されたらたまったものではないだろう。
その結果、二人がとる行動はひとつだった。
昔から、銃を突きつけられれば、両手を上げるのがセオリーというものだろう。
じろじろと灯花といろはを見る空賊であったが、それぞれが身に付けていたソウルジェムを見て、目の色を変えた。
「しかもお前ら魔法少女じゃねぇか!こいつは驚いた!遂に俺らもマギアを手にする事ができるぜ、ヘッヘッへ……」
“お姉様、聞こえる?声に出さずにそのままアイツの方を向いてて“
突然頭に響いてきた灯花の声に戸惑いを覚えたいろはだったが、今の状況を打破するためには灯花の声に従うしかないと思い、必死に声を出すのを堪えた。
“今わたくしはテレパシーで話している。アイツを見るに、魔法少女がテレパシーを使えるのを多分知らない。いい、お姉様。わたくしがアイツに向かって飛び掛かったら、その隙に逃げて“
無論、いろははそんなことが出来るような性根ではなかった。
みるみるうちに顔が不安で曇っていく。
“お姉様が簡単には首を縦に振らないことはわかってる。でもわたくしなら大丈夫。こんなヤツ幾らでも倒す手段ならあるからね!“
それでも、いろはの不安が完全に晴れることはなかった。
とりわけ、可憐で儚いとも言い表すことの出来る少女と、醜く薄汚れた、目の前の理性を欠いた男とが対峙するのだ。
灯花が無事である確証など、いろはには持てなかった。
「ねぇねぇおバカな空賊さん、貴方ってメタ認知って知ってる?」
「なんだとクソガキ、今俺のことなんつったよオイ!」
「人の話もちゃーんときけにゃいのー?おバカな空賊さんにメタ認知についてお話ししようとしただけだよー?」
「誰がバカだとゴラァ!」
「貴方だって、言ってるでしょーが!」
そう灯花が啖呵を切った瞬間、少女とは思えない脚力で一気に空賊との距離を詰めた。
灯花は胸に隠してあったであろういろはの髪色を思わせる桃色の玉石に手を掛けた。
が、響き渡るのは無情の銃声。
もう一人の侵入者の銃撃によって、玉石を掴んだ手ごと、あらぬ方向へと吹き飛び、体勢を崩した灯花は地に伏せた。
「バカはどうやらお前だったようだなぁクソガキ。誰が一人だけっツったよ、おぉう?」
「に、にゃー……生意気」
「さてさて、こっからゆっくり手足をバラすその前にだ……、さっきは俺のこと、よくもバカとはほざいてくれたなァ」
「お、おバカさんなのは事実だよ……」
「わかんねぇガキには、こうするしかねぇよなぁ!」
灯花の顔面に、汚ならしいブーツが急速に迫り、そして穿つ。
ぶっ、という口の中の空気が滑稽に吹き出る音と共に、病室が赤く染まる。
「なぁなんか言ってみろよおい!おらぁ!」
空賊の蛮行は終わらない。
先程までの腹癒せに、灯花を引き続き蹴り続ける。
もう、耐えられなかった。
記憶を無くす前の話なんて今はどうでもいい。
まずは、こいつらを。
目の前の少女をいたぶるこいつらを、滅せねば。
そう。環いろはとはこういうヤツであった。
例え記憶が無かったとしても、いろはは目の前の傷つく人間を見捨てられる程、人間として賢く出来てはいなかった。
気づいた時には、いろはは灯花の手に握られていた玉石を掴んでいた。
掴んだ玉石はいろはの意思を具現化するかのように、形を変えた。
白く、芽吹く小枝をイメージする洗練されたフレームに、玉石と同じ桃色の弦とオーラ、弓の形を模すそれは、いろはが手にしたそれは、ある魔法少女の忘れ形見。
マギア(MAGEAR)。後にいろはが知ることとなる、この世界を変えた武器である。
「て、てめぇ何のつもりだ!?」
「動かないで。灯花ちゃんから早く離れて」
「てめぇもこいつと同じ目にあいたいようだなァ!」
空賊二人が怒号と共に一気に銃の引き金に指をかける。
使い方は、何故か最初から知っているかのように身体が動く。
魔力で構成した矢をつがえ、狙うは敵のど真ん中。
私がやるべきこと、それは。
「引き金を引ききる前に、私が射る……!」
「死に曝せやァ!」
空賊がそのあまりにも粗末な遺言を言い切ることはついぞ無かった。
彼の上半身を構成していたほぼ全てのパーツは、たった一瞬で、最初から無かったかのように霧散していた。
「ひ、ひいぃ……」
戦意を喪失した空賊の目には、絶対的な殺意を持ったバケモノが、今にも自身を喰らおうとする姿が映っていた。
「た、たた助けて……ば、バケモノ……バケモノ……」
それが彼の遺言となった。
片割れの空賊同様、彼も霧散して消えた。
その後は、空賊達にとってはまさに地獄だった。
マギアを手にしたいろはの実力は凄まじく、空賊は一人残さず駆除された。
いろはの目にあったのは、殺意と、何処か冷酷さを感じさせる意思だけであった。
しばらくして、フェントホープの艦内に空賊撃退を知らせる、女性のアナウンスが響いた。
空賊が文字通り消えた後の病室には、先程までの時間が嘘かのような静寂だけが残されていた。
「大丈夫だった?灯花ちゃん?」
ポツリと響くいろはの声に、ゆっくりと灯花は傷ついた顔を上げる。
切れた口から零れた血を、いろはが優しい眼差しを向けながらゆっくりと手で拭う。
灯花は僅かながらの安堵と、安堵以上に心臓を潰されるかのような、苦しみに苛まれるのであった。
意を決し、灯花は口を開く。
「おかえりなさい、いろはお姉様。改めてフェントホープへようこそ。そしてここが、今のわたくし達の生きる世界」
MAGEAR Re:Code #1
魔女がいらなくなった地獄
Re:それでもわたくしは地獄を生き続ける