英雄伝説 影の軌跡   作:midora

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2話

「――であるからして――ということがあり――」

「ふわあぁぁ・・・」

 入学式が始まってからおよそ二時間、俺の睡魔は頂点を迎えようとしていた。入学式といっても、中身はひたすら誰かの話を聞くだけのつまらないものだった。最初こそ真面目に聞こうとしていたが、その努力も空しく数十分も持たなかった。途中で何回意識が落ちたか覚えていない。

 ――大体話が長すぎるんだよ。やれ在校生代表だ新入生代表だ教官代表だ、みんな似たような話だし。

 俺は眠い目をこすりながら心の中で文句を呟く。講堂には、俺を含め大勢の新入生が椅子に着席して静かに話を聞いている。壇上の前には学院関係者が横一列に並んで立っていて、壇上では現在、ヴァンダイク学院長が新入生に向けて話をしていた。

「では最後に、君たち新入生にこの言葉を贈りたいと思う」

――お、やっと終わりかぁ。

 話の終わりが見えてきたことで、俺の眠気が少し覚める。

「この言葉は、ここトールズ士官学院の創立者であり、かの獅子戦役を終結させたエレボニア帝国中興の祖、ドライケルス大帝が残した言葉である」

 壇上の老練そうな偉丈夫は一呼吸を置いて、言葉を放つ。

「若者よ、世の礎たれ」

 学院長が静かに紡いだ言葉は、講堂に重く響くように広がったような気がした。

「世とは何を指すのか」

「何をもって礎とするのか」

 ヴァンダイク学院長は、問いかけるように新入生全体をゆっくりと見渡す。

「二年間の学院生活の中で自分なりの答えを考えて、自らを成長させる糧としてほしい」

 ――ワシのほうからは、以上である。

 彼は少し口角を上げながらそう告げると、鳴り響く拍手を背に受けて、壇上を降りていった。

 (世の礎たれ、か・・・)

 ドライケルス大帝が残したという言葉を胸の中で繰り返す。今の俺にはまだ、その意味を理解することはできない。この学院で過ごしていけば、少しは何か掴めるだろうか。

「以上で、トールズ士官学院第215回・入学式を終了といたします」

 壇上に視線を戻すと、貴族らしき華美な服を着た男が新入生に連絡事項を伝えていた。

「以降は入学案内書に従い、指定されたクラスへ移動してください」

よし、やっと苦痛の時間から解放される、と喜んだのもつかの間、俺はその場でピシりと硬直する。

(指定されたクラスって・・・学院で発表されるんじゃないのか!?)

 学院から送られてきた資料には自分のクラスなんて書いてなかったから、てっきりこれから教えられるものだと思っていた。

(クラスの事といい制服のことといい、なんか変じゃないか? 校門でも、赤い制服の生徒だけ荷物を預けさせられていたし・・・。一体どうなってるんだ?)

「はーい、赤い制服の子たちー! 注目ー!」

 突然講堂の前方から響いてきた声に俺は思考を中断させられた。そちらを見ると、教官らしき若い女性が一人、講堂の出入り口に立っていた。

「君たちにはこれから、特別オリエンテーリングを受けてもらいます」

 特別オリエンテーリングってなんだ・・・?

 耳にしたことがない単語に俺は頭を悩ませる。 

「この講堂を出て、本校舎を超えたところを左に行くと古い建物があるから、みんなそこに集合ねー」

 女教官は軽い口調でそれだけ俺たちに伝えると、ひらひらと手を振って講堂から出ていった。

 「・・・・・・・・・は?」

 予想外の展開の早さに、俺は間抜けな声を漏らした。いつの間にか新入生のほとんどは講堂からいなくなっていて、残されているのは俺と同じ赤い制服を着た数人だけだった。俺と同様に、この状況に理解が追い付いていないらしい。

「・・・えーと、どうする?」

 誰かが疑問を投げかける。

「どうするって言われても・・・。とりあえず、行ってみるしかないだろう」

「そ、そうよね、ここにいてもしょうがないし」

 とりあえず移動することに決まったようで、一人、また一人と女性教官に続いて講堂を後にする。

「さて、俺も行くか・・・って、あれ?」

 ふと横を見ると、俺の席から四つほど隣の席に、赤い制服の銀髪の女の子が眠っていた。

「んっ・・・すぅ・・・」

 割としっかり眠っているのか、気持ちよさそうに寝息をたてていた。

(ていうか、今までずっと寝てたのかよ・・・。流石に寝すぎじゃないのか)

 体格も小柄でまだ幼さを残した、可愛らしい顔立ちをした女の子みたいだ。

「このまま放っておくわけにもいかないよな・・・」

 他の生徒たちは既に出て行ってしまっているので、今はこの場所には彼女と俺しかない。

「おい、おーい。もう起きた方がいいぞー。みんなもう移動しちゃってるぞー」

 彼女の体を軽くゆすりながら声をかける。

「すぅ・・・すぅ・・・」

 しかし目を覚ます気配はない。ならば、と

「おーーい! 起きろって! 置いてくぞー!」

今度は強く揺すりながら、先ほどよりも大きく声をかけた。

「んんっ・・・」

 その甲斐あってか、彼女は瞼を震わせてゆっくりと目を開け始めた。そして、翡翠色の瞳と視線があった。

「・・・・・・・・・・・・誰?」

 それが俺に対する彼女の第一声だった。どうやら意識は戻ったらしい。

「君と同じ新入生だ。それより、もうみんな移動してるぞ。早く俺たちも向かわないと」

「・・・・・・どこに?」

「学院内に古い建物があって、そこで・・・オリエンテーリング? っていうのををするんだとさ」

 眠たそうに眼をこすっている少女に、俺はさっき説明されたことを簡潔に伝えた。

「・・・ん、めんどくさいな」

 俺の説明を聞いた彼女は欠伸をしながら大きく体を伸ばす。なんか猫みたいなやつだなと思いつつも、俺は彼女に移動を促す。

「ほら、早く行こうぜ。初日から遅れて悪目立ちするのはごめんだからな」

「後でサラになんか言われるのも嫌だし・・・めんどくさいけどしょうがないか」

 サラ? サラって誰のことだ? 学院に知り合いでもいるのだろうか。なんて俺が考えている間に彼女は椅子から立ち上がる。

「起こしてくれてサンクス」

「え、お、おう」

 そして彼女は講堂から走って出ていってしまった。みるみる内に遠くなっていくその後ろ姿を見て、ますます猫みたいな子だなと思ってしまう。

「・・・いや、俺を置いていくなよ!? 一緒に行くとこだろそこは!?」

 俺を置いてさっさと行ってしまった彼女のあとを追って、俺はようやく集合場所に向かうのであった。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 「はぁ・・・はぁ・・・」

「お、ようやく全員そろったみたいね」

 俺が集合場所に到着すると、先ほどの少女も含め全員が建物の前に集まっていた。

「じゃ、時間も押してるし、みんな早く入ってきてー」

 俺たちの到着を確認した女教官は、くるっと振り返って古めかしい建物の中に消えていった。

 改めて、俺は集合場所に指定された建物を観察する。よほど古い建物なのだろうか、全体的に綺麗な白で塗装されていた本校舎に比べて、こちらはくすんだ黒色をしている。周りも林に囲まれてうっそうとしており、なんだか不気味な雰囲気を醸し出していた。こんなところで一体何をさせるつもりなのだろうか。

 女教官の意図も読み取れないことも相まって、俺を含めて全員がここに入ることを躊躇う。しかし、待っていても何も始まらないのは全員理解しているのか、少し遅れて、一斉に建物の中へと入っていく。

 建物の中は予想よりも広い作りになっていた。埃っぽくて、最近人が使ったような様子はなかった。上部に取り付けられている窓から差し込む光のおかげで、思ったよりも暗くないのは幸いだが。

「まずは、はじめましての挨拶からしましょうか」

 女教官は俺たちがいる場所よりも少し高い場所から、自己紹介をしてきた。

「サラ・バレスタイン。今日から君たちⅦ組の担当教官を務めます。よろしくね」

 (Ⅶ組、だって?)

 俺は彼女の言葉に首を傾げる。確か、トールズ士官学院は平民のクラス三つと、貴族のクラス二つの計五クラスしかなかったはずだ。

「あの、サラ教官? トールズ士官学院の一学年のクラス数は五クラスだったと思うんですが・・・」

 俺と同じ疑問を抱いたのだろう。眼鏡を掛けた女生徒が教官に質問をする。

「ええ、あなたの言う通りよ。――ただし、それは去年までの話だけどね」

 似たような質問が来ることは分かっていたのか、サラ教官はフフンと笑いながら話を続ける。

「今年から、トールズ士官学院に新しいクラスが設立されることになったのよねー」

「新しいクラス・・・ですか?」

 突然知らされた事実に驚きを隠せなかった俺たちだが、次に彼女が言った言葉は、さらに俺たちを驚愕させた。

「そう、身分も出生も関係ない新しいクラス。それが君たち、特科クラスⅦ組ってわけ」

「身分に関係ない・・・!?」

「そ、それ、本当なんですか?」

 教官の言葉に全員がざわつく。まあ当然の反応だろう。なにせエレボニア帝国は身分を重視している国だ。平民よりも貴族が偉いのが当たり前。貴族というだけで平民よりも優先される。それだけ身分というのは、この国においては重要なのだ。トールズ士官学院はまだマシな方で、生徒である以上、平民も貴族も平等に扱うことを明言している。それでもいろいろ問題が生まれることを懸念して、クラスも学生寮も完全に分断されているのだから、身分に関係ないというのがどれだけ衝撃なことかは言うまでもない。

「――冗談じゃない!!」

 思い切ったことをしたなぁと俺が関心している横で怒鳴り声が上がった。ぎょっとしてそちらを見ると、眼鏡をかけた青年が恨めしそうな表情でサラ教官を睨みつけていた。

「えっとー、確か君は・・・」

「マキアスです! マキアス・レーグニッツ!」

 サラ教官が名前を聞くのに被せながら、彼は自らの名を名乗った。

「それよりもサラ教官! 自分はそんな話聞いていませんよ!?」

 マキアスはすごい剣幕で、まくしたてるように彼女に言葉をぶつける。

「まさか『貴族風情』と一緒のクラスでやっていけって言うんですか!?」

 怒りと共に放たれたその言葉は、建物内に響き渡った。よほど頭にきていたんだろう。でも、いくら何でも貴族風情はマズイんじゃないのか。このクラスは身分に関係ないって言ってたから、ここにいる生徒の中には当然・・・。

「ふん・・・」

 そんな怒り心頭中のマキアスの隣から鼻で笑うような声がした。

「・・・なんだ君。何か文句でもあるのか」

 マキアスもそれを聞き逃すことなく、隣にいた金髪の青年を睨みつける。

「別に、『平民風情』が騒がしいと思っただけだ」

 しかし金髪の青年は怯むどころか、平然とマキアスに言い返した。

「これはこれは・・・、どうやら大貴族のご子息様が紛れていたようだ。その尊大な態度、さぞ名のある家柄と見受けるが?」

 マキアスも今のやり取りで、目の前の彼がどういう立場の人間か分かったのだろう。マキアスは嫌味たらしい口調で彼の名を訪ねた。

「ユーシス・アルバレア。貴族風情の名前ごとき、憶えてもらわなくても構わんが」

「なっ!?」

「・・・まじかよ」

 彼の言葉から出た家名に、マキアスは驚愕したように目を見開き、俺も思わず声を漏らした。アルバレアと言えば、帝国の中でも特に力を持つ『四大名門』の一つで、その辺の貴族とは一線を画すほどの大貴族だ。まさかそこまでの大物が一緒のクラスになるとは夢にも思わなかった。

「そ、それがどうした!? 誰もが大層な名前に怯むと思ったら大間違いだぞ!!」

 マキアスは一瞬たじろいだものの、負けじと啖呵を切った。普通の平民ならば、アルバレアという名前を聞いただけで平服しかねないレベルの大物だが、なかなかの度胸の持ち主のようだ。

「いいか、僕は絶対に――!」

「はいはい、そこまで。文句は後で受け付けてあげるから、そろそろオリエンテーリングを始めるわよ」

 さらにマキアスがユーシスに何かを言いかけるも、それはサラ教官に遮られることになった。

「あの、結局オリエンテーリングって何をするんですか? 校門で預けた荷物と関係があるんですか?」

「あら、良い勘してるわね」

 黒髪の青年の質問に、サラ教官は感心したように微笑んだ。

「それじゃ、さっそく始めましょうか♪」

「「「えっ!?」」」

 突如、ガコンッ! という音と共に、先ほどまで俺たちが立っていた床が大きく傾いた。

 ――落とし穴だと!?

 慌てて回避を試みるも、既に俺の体は浮遊感に包まれていた。 

「うわああぁぁ!?」

 突然開いた大穴に、俺たちは為す術もなく暗闇へと吸い込まれていった。

 

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