「『鎌を体から生やす力』ですか……」
私は手のひらから次々に鎌を生み出し、ジャグリングをするマレーネさんを見ながらそう呟いた。こんなことをされると、流石に私もシスターの持つ力というものを認めざるを得ない。どういう仕組みなんだ、とは思いつつも魔属の一件も合わせて私は異常な力の存在を受け入れつつあった。
ちなみにジャグリングとは言っても、マレーネさんは手のひらに生えた鎌を次々と上に投げているだけで、投げられた鎌は普通に落ちて地面へと刺さっている。
それを一本拾ってみて少し観察してみたが普通の鎌だった。勢い良く振れば太い木の枝さえ切れそうな刃に、しっかりと握りやすい木の持ち手。ずっしりとしていて、品質もかなり良さそうなので結構高く売れそうだ。
「武器を持ち歩かなくても良くて、身に纏ってる物からも鎌は生やせる。結構便利な力だ」
「へー……あの無数の鎌を飛ばしてたのはどうやってたんですか?」
「あれか?あれは実演するとだな──」
そう言って、マレーネさんは魔属の死体に向けて腕を伸ばす。その手は拳が握られていて──それが開いた瞬間、また大量の鎌が魔属の死体へと勢い良く飛びかかった。
「こんな風に手を素早く開く瞬間に指から鎌を出せば自然とこうなる。一発だけならデコピンでも同じことが出来るな」
「……怖っ」
そんな簡単な動作で鎌という凶器を飛び道具として使えるのはどう考えても怖い。その力を知らなければ初見殺しとして働くし、知っていたとしても無数の鎌が辺りに散らばるのだから回避は難しい。
相手が筋肉が発達していた魔属だったからギリギリ耐えていたが、もしも私なら一瞬でミンチである……なんか、ハンバーグが食べたくなってしまった。
当然、そんなものは空腹に直結してしまうので、すぐに忘れて会話へと戻る。
「そんな怖がるな。教会のシスターならもっと恐ろしい力を持ってるやつもいるぞ?」
「……ちなみにどんな力ですか?」
「腕を切り落とされても即座に生やせる再生力を持ってるシスターとかだな」
「例に出すには恐ろしさのベクトルが違ってませんか、それ」
確かに恐ろしいか恐ろしくないかで考えれば恐ろしいが、間違いなくマレーネさんの力に私が感じる恐ろしいとは方向性が違う。ただ、私のその指摘にマレーネさんはピンときていないようで首を傾げていた。
「さてと、いろいろ説明し終えたし本格的に教会へと向かうぞ」
「本格的にってどういうことで──うわっ!」
疑問を呈する言葉を言いきることなく、私はマレーネさんに抱き抱えられる。所詮はお姫様抱っこというやつで、完全に私の体は地面から浮いていた。
こうなると、私は私自身の意思では動けない。一応、手や足を使って暴れることは出来るがそんなことをしたって無駄なだけだ。仕方なく、私は口を使ってマレーネさんに質問をする。
「……えっと、マレーネさんが一人で走った方が速いでしょうけど、私を抱えて走るのは流石に無理があるんじゃないですかね?」
しかも、目的地は徒歩で一週間かかる距離である。そんな距離を私を抱えて走りきるのは、マレーネさんがどれだけ足が速くて、どれだけ体力オバケでも無理な筈だ。
一応、適度に休憩は入れるつもりだろうが、それだったら二人並んで歩いた方が絶対良い。そんな懸念を伝えたつもりだったがマレーネさんには伝わっていない、というよりは普通に聞いていないようだった。
「さて、しっかり捕まれよ?」
「捕まれと言われてもお姫様抱っこをされているのにどこを掴めばッ──!?」
──瞬間、景色が切り変わった。いや、実際にはここは草原なのだからたいして変わってはいないのだが、どんどんと代わり映えのしない景色が流れていく。
池が見えた。動物の群れが見えた。少し遠くに森林も見えた。ただ、それら全ては観察する暇もなく私の視界の右から左へと流れていく。
しばらくして、そんな現状にも慣れて思考がようやく回ってきた所で私は口を開いた。
「えっと、その、これどうなってるんですか?」
「靴の裏から鎌を数十本生やして、その反動で跳躍してる。力の応用ってやつだ」
「そんなことも出来るんですね……」
「まあな。これが出来るから私がこんな遠くまで派遣されていたわけだ」
そんな会話も挟みながら、マレーネさんとわたしは明らかにあの牛の魔属の突進よりも速い速度で草原を駆け抜けていく。
徒歩で一週間の距離もこの速度なら今日でたどり着けるかもしれない。目的地であるらしい教会にたどり着けなければ衣食住が用意されない私からすれば早く目的地につくのは嬉しいのだが、一つ問題がある。
「あの……めちゃくちゃ揺れて気持ち悪いんですが」
「耐えろ」
「いえ、あの本当にそろそろ吐きそうなぐらいなんですけど……!!」
「頑張れ、頑張れ。私は応援してるぞ」
「せめて感情を込めて言ってくれませんか???」
結局、私からの必死な要望により、適度に休憩を入れることになった。あのままだったら間違いなく気持ち悪すぎて一週間は寝込むことになりそうだったから仕方ないだろう。
さて、そこからマレーネさんが持ったいた携帯食料を食べたり、酔って吐いたりして、目的地までの道を駆け抜けていくこと数時間。跳躍する速度がだんだんと遅くなり、しばらくして立ち止まった。
日は既に暮れていて、結構な長旅だったことが分かる。それでも一週間を数時間に縮めているのだから凄いものだが。
酔って気持ち悪い感覚をなんとか誤魔化しつつ、周りを観察しながらマレーネさんへと質問する。
「教会についたんですか?」
「ほぼほぼな。あっちを見てみろ」
「……あれが教会ですか」
私とマレーネさんは山の上に居てその教会を見下ろす形になっていたのだが、それでも小さいと思えないぐらいに大きい。もしも、下から見上げる形になれば私はその大きさに圧倒されてしまうだろう。私が見てきたどんな建物よりも大きい──まあ、記憶喪失なので他に建物なんて知らないのだが。記憶喪失ジョークというやつである。
もう少し観察してみると、教会を中心にしていくつもの家々が並んでいる。
「あの三角屋根の真ん中に建っている塔が見えるか?あそこに私たち
「守護派?」
「それは後で説明するとして……まっ、あの塔が目的地ってことだ」
「成る程……あれ?なんでここで立ち止まったんですか?」
もしもあそこが目的地なら、立ち止まるのはここである必要はない。教会を見下ろせられる高い山の上より、普通に教会の目の前まで行って降ろせば良い──と、そこで気づいた。
「あの、まさか……」
「じゃ、行くか」
「まさか飛んだりしませんよね!?よね!?」
「おっ、今度はリアクションが良いな」
「褒められても嬉しくありませんがぁぁぁぁぁ!?!?!?」
瞬間、
メートルにすればたいしたことない数字になりそうだとか、マレーネさんがいるから結局は大丈夫なんだろうなとか、そういう思考は関係なく、純粋な恐怖というものが私に襲いかかる。
恐怖から逃れようと目を閉じて──今度は何かが割れる音が耳に、そして強い衝撃が体に襲いかかってきた。しかし、それからは何も私に襲いかかってこない。ゆっくりと目を開けると、どうやら目的地である塔にたどり着いたらしい。外からは見えなかった、綺麗な装飾が施された壁や磨かれた白い石の地面が見える。そこで私はようやく降ろされて、自由の身を手に入れた。
地面に足をつけているという安堵感。ちゃんと呼吸が出来ているという安心感。それを確かめた私は、マレーネさんにぶちギレることにした。
「あのですね、マレーネさ──」
「バーカ!!!マジでバーカ!!!本当にふざけんなお前!!!」
「──えっ?」
突然、少し離れた所から突然大声が聞こえてびっくりしてしまう。声が聞こえた方に振り向けば、そこにいたのは一人の男。マレーネさんと同じく白と黒を基調とした服を着ているが、少し様子が違う。布は被ってないし、下もロングスカートのようなヒラヒラではなくズボンのようにシュッとしている。その男は声を荒らげながら、マレーネさんの側までやってきた。
「なぁ!?言ったよなぁ!?窓からじゃなくてちゃんと手続きを踏んで扉から入ってこいってなぁ!?」
「窓ガラスの修理代は私の給料から引いといてくれ」
「金の問題じゃねーよ、バーカ!!!窓から突っ込んでくんなって言ってるんだよ!!!」
「もっと落ち着きを持て、シスターラーグーン。それでもリーダーの側近か?」
「こっ、こいつ……すぐにノルル様を盾にしやがって……!!」
その男はシスターラーグーンと言うらしい。会話からして、普段からマレーネさんに困らされているようだった。もしも、マレーネさん被害者の会を作ったらすぐに入ってくれるかもしれない。一応、私は助けられている側ではあるのだけど。
「落ち着きなさい、ラーグーン。マレーネが窓から入ってくるのはいつものことではありませんか」
そんなラーグーンさんを戒めるように一人の女性が会話へと入ってくる。今度はマレーネさんと同じ服装で、違うのは頭の布から見えている髪色が金色な所か。
目を閉じているのかと思うぐらい薄目で、なんというか寝ているようにも見えてしまう。
「……あのですね、ノルル様。部下が窓から突っ込んで来ることを、例え本当にいつとのことだったとしてもいつものことで済ませてはいけないんですよ」
「おっ、リーダーに逆らうのか?」
「お前は一旦黙れ」
端から見ればコントでもしているようにも見えてしまうその会話。ただ、私は蚊帳の外に追いやられてしまっていて暇である。だから、早く終わらないかなーと思っていると、意外にも最初に私の存在に触れたのはノルルさんだった。
「こらこら、とりあえず落ち着きなさいラーグーン。もう一人の少女が困って──っ!!」
ただ、私に気づいた時の様子がおかしい。まるで
いったい何が──そう思う暇もなく、
「……えっ?」
私にできるのはそんな困惑の感情を表す言葉を出すことのみ。自由の身を手に入れた筈の私は今度は良くわからない鎖によって縛られることとなった。
気づけば、先ほどまでののほほんとした空気は消え去っていて、何かピリつくような空気へと変わっている。
「ラーグーン、まさかあんたが乙女相手に力を使うとはな」
「会話で誤魔化そうとするのはよせ、マレーネ。俺たちシスターが魔属を処罰対象と定めているのは知っているよな?」
「当たり前だろ」
「例え、それが悪事を働いていない善の人であってもってことは理解しているな?」
「ラーグーン、私はシスターだぜ?そんなこと、言われなくても理解してる」
「じゃあ、この魔属はなんだ?」
その言葉に一旦私の思考はフリーズした。魔属、それは知っている。悪魔に気紛れに力を与えられた存在らしいということは知っている。そして、その魔属はその力を使って自由気ままに暴れているということは今日身を持って知った。
では、ラーグーンさんは
だが、だとすれば──
「処罰対象……そう言えば聞こえが良くなってしまうからな。あえてこう言おう。マレーネ、魔属ならば例え守るべき人であっても殺さなくてはならないぞ?」
──
「マレーネ、お前のことだ。何か事情があるのは分かる。だがな、どうにもならない一線ってのは存在して──」
「はぁ……まだ気づかないのか?よくその少女を見てみろよ、ラーグーン」
衣食住、そんなものに釣られてやって来た結果がこれである。正直、あの洞窟置いてかれてもお仕舞いだったことを考えればどちらにしろ結末は変わらないのかもしれない。
所詮は私はあの時既に詰んでいたということにな──
「よく見た所で何も変わら──!?」
「……成る程、分かりましたよマレーネ。貴女がその少女を連れてきた理由が──その子が
「そういうことです、リーダー」
………………なんか自分の行く先を考えている間に私の持っている力が増えてるんだけど。
もしかして、私は当事者である筈なのに話に置いてかれているのだろうか、なんてことを考えている間にもマレーネさんたちの会話は続いていく。
「魔属は人であっても処罰対象。だが、シスターの才能を持つ者は後にシスターになるかはともかく、その才を目覚めさせなければならない。では、果たしてこの少女には
「その判断をリーダーである私に委ねようとここに来たわけですか」
「その通りですよ……さて、我らがリーダーシスターノルル。貴女様はこの少女に祝福をくださるのかな?」
会話にもついていけずちょっと絶望している間になんだかワンチャンありそうな雰囲気になっている。
なんでそんな流れになっているのかは分からないけれど、これは多分チャンスだ。
慈悲を訴えるような表情を作って、悩んでいるノルルさんの方を向く。それが効いたのか効いていないのか、とにかくノルルさんは決断を下したらしい。目はそんなに開いていないが口を開いた。
「分かりました、マレーネ。条件つきですがその子をシスターとして守護派に所属させることを認めましょう」
「……いいんですか、ノルル様」
「マレーネがここに連れてきたということは、悪魔の力を持つ以外は純潔であるということでしょう。ならば、私たちはその純潔を信じなければなりません。ラーグーン、鎖を解いてあげなさい」
「貴女様の祝福、感謝いたしますシスターノルル……よし、じゃあ起きていいぞ」
どうやら私は助かることになったらしい。鎖がなくなり、また自由の身になったのを確認すると、起き上がって私はマレーネさんへと詰めよった。
「……マレーネさん、こうなること予測できてましたよね?」
「当然だろ、頭が回っていれば誰だって予測できる」
「じゃあ、なんで事前に説明してくれなかったんですかね!!!」
私のそんな言葉にノルルさんとラグーンさんから困惑の声が聞こえてくる。当然だ、普通当事者に全く説明しないなんてことをするわけがない。
何か問題が起こると分かっているのに、当事者相手に何も説明しないなんてことができるのはマレーネさんぐらいなのだ。
「別に事前に説明しておいても心の準備ぐらいしか出来ないだろ?」
「その心の準備が必要なんですが!?!?!?あまりの突然のことに、私、全く頭が回っていなかったし、死の危険を感じて泣きそうだったんですけど!!」
「死の危険を感じてたってことはある程度話を理解できてたってことだろ?頭は回ってるいるな」
「そういうことじゃないんですが!!!」
今度はノルルさんとラグーンさんを蚊帳の外に置いて、私とマレーネさんで言い争う。正確には私が怒って、マレーネさんがそれを軽くあしらう形で、それが更に私の逆鱗に触れて、声を荒らげてしまう。
「……ふふっ、仲が良いんですねあの二人は」
「ノルル様、あれってその一言で済ませていいやつですかね?」
ノルルさんとラグーンさんがそんなこと言っていたが、ぶちギレている私の耳には全く入ってくることはなかった。