結局の所、私が折れるという形でマレーネさんとの言い争いは落ちついた。恐らく、マレーネさんに自分の方がおかしいという認識はない。そして折り合いをつけるという考え方もない。
つまり、マレーネさんは相手が折れるまで無限にレスバを続けられるのだ。だから、先ほどの言い争いに特に意味はなく、改めてマレーネさんが恐ろしい人間だと思い知らされただけである。
さて、言い争いが終わったということは蚊帳の外に置いていたノルルさんとラーグーンさんが会話に入ってこれるということだ。
そうなると自然に悪魔の力とシスターの力を持っているらしい、私のこれからについて話すことになった。
「話し合いも終わったようですし、貴女が守護派に所属するための条件について話しましょうか」
「……守護派に入って私は何をする、んですか?」
「シスターになって人のために働くことになるな。まっ、条件も仕事もそんな厳しいものじゃないだろうから安心しとけ」
厳しくないだろうから安心しろと言われても、そもそも私は守護派とやらに所属したいと言った記憶はないし、所属しなければならないという話を聞いた記憶もない。衣食住を用意してくれるというからノコノコついてきたのに、それに条件がいるとなるとなんだか騙された気分になってしまう。
働かざる者食うべからずということなのだろうが、それならそれで事前に説明するべきなのだ。
まあ、そんなことを思っても今さらなので、よく分からない間に迫っていた死の危険が条件を飲むことによってなくなるだけでも嬉しいことだと思っておこう。なんか納得はいかないけれども。
「条件は二つ。貴女にマレーネが隊長をしている部隊"ギーケ"に所属してもらう、というのが一つ。そして悪魔の力を使わない、というのがもう一つです」
「……あの、私はどんな悪魔の力を持ってるんですか?」
魔属の力。それが普通ではあり得ない異常な力というのは聞いているし、その存在を受け入れてはいる。だが、自分自身が持っていると言われてもいまいちピンとこないのだ。
自分がそんな能力を持っているとは思えないというのもあるし、もしそんな力を持っているならば間違いなくマレーネさんに一矢報いるために使っているからだ。というか今からでも遅くないと思うのでそうしたい。
だからこそ、私よりも私の力に知ってそうな二人き聞いてみると、ラーグーンさんが答えてくれた。
「それが分からないってことはまだあんたは悪魔の力には目覚めてないんだろ。つまりは今のお前は悪魔の力を持ってないのと変わらないってことだ」
「はぁ……」
「目覚めていないのなら目覚めていないことに越したことはありません。悪魔の力に目覚めてしまったが最後、その力に溺れ、その力と共に暴れてしまいますから。例え知性ある人であってもそれは例外ではありません」
「……成る程」
あの魔属の牛も一匹だった。マレーネさんはそれを力を持って縄張りを支配していたからと言っていたが、本来なら力を持ったまま群れで暮らすということも出来た筈なのだ。
普通、
ならば、何故あの牛は一匹だったのか。その答えは単純明快、
「さて、二つの条件を飲んで頂けますか?」
「構いません。元より持っていないものを使うなと言われたようなものですし、マレーネさんの所に所属するというのも……まあ、その……そう悪くは……ないでしょうから……」
「なんでそんな歯切れが悪いんだ?」
「十中八九お前のせいだろ」
完璧な代弁が入ったので私から更に追加で言うことはない。しいて言えば、マレーネさんがリーダーをしているのだから他のメンバーはマレーネさんよりもヤバい人なのではないかという疑問が私の頭に浮かんでいるということである。
流石にそんなことはないだろうとは思いつつも、不安というものは一度生まれればなかなか消えないものだ。こっそり耳打ちでマレーネさんに「大丈夫ですかね?」と聞くと、黙って親指を立てられた。なんだそれ。
「では、貴女のシスター名を決めましょうか」
「シスター名?」
「シスターの持つ名前のことだ。私がシスターマレーネと自己紹介したのは覚えているか?」
「あー、それがシスター名なんですか?」
「ああ、シスターに名乗りたい名前を足してシスター名となる。基本的にシスターはシスター名を名乗ることになる」
「成る程……えっ、もしかして私が自分自身に名付けするってことですか?」
「ああ、その通りだ」
そこで、マレーネさんが『目的地につくまではお前って呼ぶ』と言っていたのを思い出した。それはつまり、ここで新しく私の名前が決まるとわかっていたから、そう言っていたのだろう……本当になんでこの人はいろいろと私に説明してくれなかったのか。
どうせ今さらだとマレーネさんを睨み付けるだけに止め、自分の名前を考えてみる。だが、全くと言っていいほど案が浮かばない。自分で自分の名前をつけるというのがなんというか、気恥ずかしくて浮かんだ名前をすぐに却下してしまう。けれど、名前を決めないことには話は進まない。
そうやって暫く悩んでいると、ノルルさんが「自分の名前でも良いんですよ」と言ってくれた。しかし、私は記憶喪失である。そんな逃げ道は私には存在しないのだ。
更にそこから悩むこと十数分、ノルルさんとラーグーンさんの顔から心配の表情が読み取れるぐらいになった頃、私はようやく一つの案を絞り出すことに成功した。
「シスターシス……とか……?」
不安混じりの声色で周りの目を伺うようにそう言うと、なんというか周りが微妙な雰囲気になっていた。周りの顔は、特に文句はないが納得もいっていないような顔ばかり。そんな空気に耐えきれないでいると、マレーネさんが口を開いた。
「……シスターだからシスか?長く考えた割には結構安直だな」
「確かに安直ではありますが、悪くない名だと思いますよ」
「あー、そのあれだ。俺は嫌いじゃないぜ?」
「……私は今、皆さんが嫌いになりましたけどね!!」
そう捨て台詞を残して、私はその部屋を走り去っていく。そのあと普通にマレーネさんに捕まって、"ギーケ"の部屋へと連れていかれたのだった。
「さて、ここが"ギーケ"の部屋だ」
「……ここなんですか?」
連れてこられた部屋は、とても不思議な空間だった。縦に長い部屋で、半分に区切られているとこで雰囲気が一気に変わっている。
私がいる手前側は机や台所、二段ベッドなどとにかく生活に必要な物を詰め込んだような形でよくもこのスペースに全てをまとめたなと関心してしまうような場所だ。狭くはあるが、生活するには問題なさそうである。ベッドも多いし。
ただ、問題なのは向こう側。棚や机や箱の収納スペースはたくさんあるのにどこもかしこも散らかっていてよく見れば割れたガラスが放置されているところもある。なんか光ってる金属の塊も合わせれば、ガラクタ置き場にしか見えない。けれど、明らかにこちら側とは違う所が一つ。
──向こう側に一人の女性が居たのだ。
白い髪に左目を隠す白い眼帯。肌も日に当たったことがないんじゃないかと疑うぐらいに薄くて、だから唯一黒い右目が非常に目立っている。
真っ白い上着のような服はあまりにもサイズがあって無さすぎて、一番下のボタンが太もものところまで届いていた。そのせいで、下には何も履いていないように見えてしまう。だが、流石に履いているだろうなんて結論付けていると、どうやらこちらに気づいたらしい。その女性が口を開いた。
「あれ、マレーネいつの間に帰ってきたんだい?それにお客さんもいるねぇ」
「任務を終えてついさっき帰ってき所だな。あとこいつはお客さんじゃない──新入りだ」
「へー、また新入りを連れてきたのかい?」
そう言って、その女性は私の近くまで近づいてこちらのことを観察してくる。身長は私よりほんのちょっと高いようで、見下ろされる形になる。少し、ほんの少しだけ恥ずかしくなって、その状態から抜け出すために後ろに一歩下がって自己紹介を始めた。
「えっと、今日から"ギーケ"とやらに所属するらしい、シスターシスと言います。よろしくお願いします」
「これは、ご丁寧にどうも。私は"ギーケ"の副隊長のシスタースウキだよ。分からないことがあったらなんでも聞いてくれ、できるだけ答えよう」
「……マレーネさん、この人いい人ですよ」
「随分と決めつけが早いな」
「本当にいい人ってのは一目で分かるものですから」
なんでも聞いてくれと言ってくれた、言葉が丁寧、私の名前を小馬鹿にしていない等々、優しい人要素はいくらでもある。少なくともマレーネさんよりはまともな人だ。
マレーネさんが隊長をやっている部隊だと聞いていたから少し心配していたが、この様子なら大丈夫そうである。スウキさんと握手を交わして、私はすぐそこにあった椅子に座り込んだ。
「まっ、仲良くやれそうならそれはそれでいいか。スウキ、私はシスのことについてもう少しノルルと話してくるからそいつにいろいろ教えてやってくれ」
「了解、まかせてくれ」
「……あと、シスに変なことはするなよ?」
「神に誓ってそんなことはしないと約束しておこう」
スウキさんとそんな会話を繰り広げてマレーネさんは部屋から出ていく。スウキさんが私に変なことなどする筈もないだろうに、変に心配性だなぁと思ってしまった。
「しかし、悪魔とシスターの力の才能を両方持つなんて、マレーネも、珍しい子を連れてきたものだねぇ」
「……そういえば、そういう力を持ってるって見分ける方法ってあるんですか?私は全く分からないんですけど……」
「シスターの力に目覚めればそういう力を持つ者のオーラ、とでも言えばいいのかな?そういうものが見えるようになるのさ……おっと、そういえば何も出してなかったね。紅茶をすぐ用意するよ」
「えっ、いや別に大丈夫ですが」
「まあまあ、そんなことを言わないでくれないかい。私だって新入りに自慢の紅茶を御馳走したいのさ」
「そういうことでしたら……」
本当にいい人だなと思いつつ、暫く待っていると目の前にコップが置かれた。迷わず飲んでみると、飲んだことのないような味だったが(記憶喪失なので)、とても美味しい。それを伝えると「ふふ、それなら私も淹れた甲斐があるよ」と喜んでくれた。
「さて、もう少し私について詳しく話そうか。私はシスターの力の研究や便利な道具の開発を主に担当しててねぇ、シスター達の要望に答えていろいろな物を作っているのさ」
「例えばどんな物を作ってるんですか?」
「完全栄養食だったり、シスターの力に合わせた武器だったり……まあ、そのような感じだね。直接人を救うことはしてないけれど、その手助けをしている形になるかな」
「なるほど……」
そうやって、頂いた紅茶を飲みながらシスターの力のことやシスターの仕事などの話をスウキさんから聞く。気になった所はより詳しく聞いたり、スウキさんの他の発明品などを説明してもらったりしていると、途端に眠たくなってしまった。おそらく、今日一日いろいろありすぎて疲れてしまっているのだろう。
ただ、それでもなんとか気を保って更に質問をしようとすると、スウキさんに止められた。
「ふむ、随分と眠そうだね」
「別に、そんなことは……ありませんよ……?」
「いやいや、どうみたって眠たそうだ。大方、疲れているんだろう。好きなベッドで寝ても構わないよ」
「でも、そのまだ聞きたい話が……」
「私は大抵はここにいるからね。ゆっくり休んでまた起きてから聞いてくれればいいさ」
「……それもそうですね、そうします」
ゆっくり体を起こして、ベッドの方へと向かう。半分ぐらい意識が眠っている今の私に、服を変えるだとか体を洗うなどといった配慮は思いつきやしない。そもそも、こんな状態でできるわけがないのだが。
私はそのまま二段ベッドの一段目に飛び込み、掛け布団をかけることも出来ずに眠気に身を任せる。薄れていく意識の中で、スウキさんの方を見て私は一言呟いた。
「おやすみなさいスウキさん」
「ああ、おやすみ。良い夢を」
意識を落とす前に見た、スウキさんの微笑みが妙に私の頭に残っていた。
月明かりもない暗い夜の中、一つの人工的な光がとある館の一室を照らしている。そこには二人の男が居た。
「……本当にやるつもりか?」
「もっちろん、ボスは心配性だなー」
「それだけの相手ということだ。ハッキリ言おう、ジェネリング。私は
「そういう所も含めて心配性って言ってるんだよ」
ボスと言われた男は若い男だった。だが、ジェネリングと呼ばれた男は更に若く、その姿はどこからどう見ても子供だった。
「そりゃあね、守護派最強と呼ばれているシスターが弱いわけないよ?でもね、それは
「……だが、無敵じゃなくとも彼女は恐れるべきほどに強いぞ」
「そうだね。彼女の力も身体能力も判断能力も全て素晴らしいものだ。でも、それでも彼女は人間でしかない。全知全能の神でもなければ、悪魔でもない」
ボスと呼ばれる男を諭すように、ジェネリングは更に続けていく。
「ボス、君も含めて皆は彼女を神格化し過ぎなんだよ。でも、それは仕方がないことなのかもね。魔属が蔓延るこの世界で、最強という座は人間にあってくれた方がみんな安心出来るだろうから。でも、それは──
「……」
「人間は人間だ。力を持っていて、それを使いこなせていたとしてもそれは変わらない。それにさ、彼女に長年探し求めていた子を取られたんでしょ?村を地図から消してまで。じゃあ、取り返さなくとも仕返しはしなきゃ」
「あの子は別に我々の手元になくとも計画は──」
「関係なーい、やるといったらやるんですー」
ジェネリングのその態度にこれ以上の説得は無駄だと感じたのか、ボスと言われる男は一つの決断を下した。
「仕方ない、彼女への許可は出すが……死ぬなよ?」
「誰に言ってるのさ、ボス。この僕は
「朗報だといいがな」
最後のボスと呼ばれる男の言葉も聞かず、外にでて一人になったジェネリングは夜空を見上げてこう呟く。
「悪いね人類。君たちの
──世界の在り方を変える物語はまだ始まったばかりである。