修行は同じ相手としか戦わないのは効率が悪くなる。ベルベットは主にアルトリウスと修行を行っているが、この日は違った。初めはむこう側から提案してきたが、前世の罪悪感から、この修行相手は気が重くなる。オスカー・ドラゴニアである。
この日の修行場所は、村の近くの浜辺である。能力者に近い性質を持つ転生者は海が最大の弱点になるためその近場や海上での修行はよく行う。
こうして修行相手を務めることになってから、オスカーの性格もよくわかってきた。まじめで融通の利かない性格は、出会った当初のころのエレノアよりも扱いずらい。
今回の修行も、約束より早く来たはずのベルベットを、剣を地面に突き刺した状態で待っているのがオスカーという人物である。
「それでは、今回の対決も見届けさせていただきます。テレサ・リナレスです。やりすぎた行為は、止めさせていただきます」
そう宣言するのは、テレサである。オスカーとの修行が熱くなり、止められなくなると、割って入るのが彼女の役目である。もし止めらるまで熱中した場合は、ベルベットとオスカーを正座させ、小一時間説教も行うのが彼女である。
ベルベットにとっては罪悪感のある相手、オスカーにとっては最愛の相手であり、反論もできずただ説教され続けるのはかなりつらい。
初めのころは見届けに来たアルトリウスもメルキオルも苦笑いを浮かべ、もう来なくなった。
「では、準備はいいですか、ベルベットさん」
「いつでもいいわよ、オスカー」
「神威!!」
「業魔手!!」
オスカーの剣とベルベットの業魔手がぶつかり合う。ぶつかり合った先からかなりの衝撃波が生まれる。まだ、10代前半の二人にそれほどの力はない。ただ、互いの覇王色の覇気が衝撃波を産むのである。
「千の毒晶!」
オスカーは複数の風の剣を生み出しベルベットに飛ばす。このままでは串刺しになるベルベットは、バックステップを行いながら右手の刺突刃で風の剣を切り払う。
後ろに態勢が崩れた隙を見逃さずオスカーは距離を詰め、切りかかろうとするが、ベルベットは業魔手を大きく振るうことで近づけさせず、大きな業魔手が生み出す風圧でさらに距離をとる。
「この程度では、攻撃を与えられませんか」
「当り前よ!」
距離が空き仕切り直しとなったため、声をかける余裕が生まれる。
今度はこっちの番とばかりに、ベルベットが距離を詰める。ベルベットの業魔手は一撃で決着をつける威力があるため、オスカーは左手の動きに注意する。その集中を突かれたか、ベルベットの蹴り上げる砂に対応できず、目つぶしを食らう。
突然のことで見聞色の覇気も乱し、ベルベットの足払いにかかり、転ばされる。
馬乗りになったベルベットは、刺突刃を首に添えて勝利宣言を唱えようとするが。
「戦訓その4!!」
そう声を上げるオスカーから風が生み出される。
その風に上体を崩されたベルベットは、逆に倒されオスカーに剣を突きつけられる。
「僕の勝ちですね、ベルベットさん」
「勝利を確信しても油断するな…負けたわ。とりあえず左手をどけてくれない」
オスカーは、ベルベットが反撃できないように左手で抑えている。ベルベットの胸を押さえながら。
「すいません!!!」
自覚したオスカーは、その顔を真っ赤に染めて飛びのく。
ゆでだこのように真っ赤になったオスカーの顔は、後ろからかかる声によって青く染まる。
「オースーカー!」
「あねうえ」
別にテレサは能力を発動させた、業魔と融合したあの姿ではない。しかし、プレッシャーはその状態の何倍も恐ろしかった。怒りの向けられていないベルベットですら、後ずさるほどである。直接浴びせられたオスカーは今にも気絶しそうだ
「あちらでお話ししましょうね。オスカー?」
「…はい」
テレサに連れていかれるオスカーは死刑宣告の確定した囚人のようであった。
二時間ほどで解放されたオスカーと先ほどの戦いについて振り返るベルベット。
オスカーの真っ青な顔を見ると、二時間も待たされたことに文句は言えなかった。
オスカーの顔色もよくなり、一通りの反省会も終えたところで、気になっていたことをオスカーに尋ねる。
「そういえばあんた、よくあたしと修行する気になったわね。前世ではひどいことしたのに」
「前世は前世、今世は今世です。大事にするのはいいですが、今はもっと大切です。僕たちは今を生きているのですから」
「そんなものなの?」
「はい、今が幸せですから」
そう語るオスカーの顔は晴れやかだった。だからこそ、ベルベットは忠告する。
「なら、海軍を志望するのはやめときなさい。この村で平和に暮らせばいいでしょ。この世界ではテレサとも血は繋がっていないのだから、結婚はできるし。メルキオルからこの世界の海軍の醜さも教えてられるのでしょう?」
そう忠告すると、オスカーは顔をきょとんとさせる。まるで心配されるとは思っていなかったような顔だ。
「意外です。今までいろいろ話してきましたが、ここまで心配されているとは」
「悪かったわね」
実際、前世の影響でベルベットはあまりこの姉弟に積極的になれていなかった。しかし、先ほどのオスカーの回答に、ベルベットは考え方を変えたのだ。
「心配してくださり、ありがとうございます。しかし大丈夫です。海軍に問題があるなら僕が中から変えていけばいい。姉上と一緒ならどこまでも行けます。そのための修行ですし」
「決意は固いようね」
「はい。あなたの方こそ、海に出るらしいですが、一般の方々に迷惑をかけることはやめてくださいね」
「考えておくわ」
とぼけるベルベットをオスカーはまっすぐ見つめる。
「もし、道を誤るようなら必ず捕まえます!」
「期待しておくわ、未来の海兵さん」
「ええ、期待しといてください未来の海賊」
「冒険家と訂正しなさい」
「ええ?あなたには無理でしょう。懸賞金が付く未来が見えますよ」
「うるさい!」
「自覚あるんですね」