「おまたせシロコ。スポーツドリンク持ってきたよ」
「ん。ありがとう」
私は先生からペットボトルを受け取る。私がいつも愛飲しているメーカーだ。
「覚えていてくれたの?」
そう私が尋ねると、先生は照れくさそうに頬を掻いた。
「あぁ、それね。シロコが美味しそうに飲んでいるのを見て、買ったんだんだけど、結構ハマっちゃって。低カロリーで後味もスッキリしてるからね」
「ん……。先生が気に入ってくれたのなら良かった」
「そうだな。シロコとおそろいだな」
そう微笑みながら先生もペットボトルの栓を開ける。
「そうだね」
おそろい……。先生とおそろいか……。
私の好きなものを先生も好きになってくれたということ。
(なんだか、とても嬉しいな……)
そう意識すると、心が暖かくなって愛おしい。
「あのさ、先生」
もっと私のことを知ってもらいたいな……。
「ん? どうしたの?」
先生の瞳が真っ直ぐ私を見つめる。
ちゃんと思いを伝えなきゃ。
「もし。もしも、だよ? 次の休日の予定が空いているのなら」
「うん。空いているのなら?」
「一緒にサイクリングに、出かけてみない?」
「さ、サイクリングかぁ……」
「……駄目?」
「いやいや、ほら、俺、体力がないからさ! 足手まといになるんじゃないかな……? それだとほら。シロコが楽しくないんじゃな」
「そんなことない、よ」
そんなことはない。私は。
「わ、私は、先生と一緒なだけで、その、嬉しい。一人で遠くまで行くのも楽しいけど、先生と一緒に行けたら、きっと……もっと楽しいと思うから」
「シロコ……」
「先生のペースでいいよ。先生が行きたいところに一緒に行こう。…………駄目かな?」
「…………」
言ってしまった。私の我儘を。
心臓が早鐘を打つ。
「ね、シロコ」
先生がゆっくりと口を開く。丁寧に。間違えないように。
「……俺はね、実はちょっと心配してたんだ」
「心配?」
「そう。シロコがどこか遠くに行っちゃうんじゃないか。ってね」
私が遠くに……?
「初めてアビドスに来て、遭難して、シロコに助けてもらって。そういえば文字通りおんぶにだっこ状態だったな…………。いい歳漕いて本当に情けない限りだよ」
そういえばそんなことも……あった。
先生をおんぶしたし、……エナジードリンクも。
(思えばあの時からかもしれない)
あの場所で初めて出会った時。不思議と落ち着いたんだ。
この人なら、私達の学校をなんとかしてくれるって。
「んんッ。……それで対策委員会の皆と出会って、ヘルメット団を追い払って、なんか色々、あったよね」
「うん、色々……あったね」
しばらくは勘弁だけどね、と先生は苦笑を浮かべ、スポーツドリンクを一口呷る。
「シロコはいつも皆のために最善を尽くしてくれたよね。それが俺には眩しく見えた。だけど、どこか焦っていたんじゃないか?」
「……それはアビドスが無くなっちゃうって思って」
「勿論、それもある。だけど――――」
◇◇◇
言葉に詰まる。偉そうに教師面して、肝心な所でキメきれないだよなぁ俺。ダッセ。
唇がワナワナと震える。
「あー、なんだろう。うまく言葉が出てこないな。……やっぱり、忘れてくれ」
誤魔化す言葉が漏れる。
これだけ語っておきながら今更怖気ついた。
デリケートな話題だ。あくまで推測だ。俺の勝手な思い上がりだ。俺は心理カウンセラーでもなんでもない。怖くなる。ゲームならやり直しが効くのに。現実はそうはいかない。軽々しく踏み込むべきじゃない。
シロコの真っ直ぐな瞳を直視することが出来ずに俺は――。
「うん、聞いてるから。ゆっくりで、いいよ」
……………………。
「本当に、情けない……限りだな」
すっかり温くなったスポーツドリンクを一気に流し込む。
甘酸っぱい液体が喉に支えていたモノごと奥に消えていったのを感じながら、俺は慎重に言葉を紡いだ。
「……。実は寂しかったんじゃないかな」
シロコの目が僅かに見開く。
「あくまで推測だし、俺の気持ち悪い勝手な想像だけど」
「……うん」
コクリと首を縦に振ったのを見て、俺は続ける。
「思い出を作るのを怖がってるんじゃないかなって。心のどこかでアビドスが無くなっちゃうんじゃないかって。いつか無くなるのなら思い出なんて要らない。みたいに思えたんだ。」
シロコは俯いていて表情は読めない。
「でもそうじゃなかった」
シロコの顔がゆっくりと上がる。
「カイザーとの事件が一段落ついて、少しだけ前に進んで、ほんの少し余裕ができた。まだまだ借金は全部返せてはいないけど少なくとも、今すぐにアビドスが廃校になることも無くなって。それからシロコが皆と接する事が多くなった気がするんだ。皆でサイクリングに行こうって誘ったり、……今日もこうして自分を頼りにきてくれた」
「先……生…」
「シロコが、ようやく安心して学校に通えるようになって、俺は本当に嬉しいんだ」
「……うん。私もっ……! アビドスの、皆と一緒に過ごす時間が、好き……。ずっと続けば良いのにって毎日願ってた」
シロコが、いや、対策委員会のメンバーは抱えていた責任と願いは、年端も行かない少女が背負うようなものではないはずだ。
「……知っているかい、シロコ。皆が笑って一日が過ぎ去っていく。そんな何気ない日常って、実は小さな奇跡で出来てるんだ」
あの時、手紙を受け取らなかったら。あの時シロコが俺を助けてくれなかったら。
もしかしたら俺が居なくても、何とかなったのかもしれない。
でも間違いなく言えるのは。彼女達の努力と、そして小さな奇跡の積み重ねで
むせび泣く彼女の頭を、俺は遠慮がちに撫でた。
「小さな奇跡が起こったのは、諦めなかったおかげだ。……よく頑張ったな、シロコ」
「うぅ……ぐすッ……せんせっ……先生……!」
嗚咽交じりの言葉が俺の胸に染み込んでくる。
涙を流す彼女を抱きしめたい衝動に駆られたが、ぐっと堪える。……今はただ見守ってあげよう。
適当妄想怪文書シリアス回。
人生初のシリアスであり、シリアスを書く作家さんの苦しみが痛いほど分かりました。
語彙力がないのでアホみたいに「……」を擦り続けて大変読みにくい上に、原作エアプの独自解釈とナルシスト魂を爆発させた回になりました。でも何気ない日常のくだりは入れたかったんや……。許して……。
次回はちゃんといつもの変態ティーチャーに戻るはずです。分かりません。その時の気分です。脳内プロットもう役に立ちません。やばいよやばいよ。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
頑張って、何とか続きを絞り出します!多分!