青虎   作:羽毛さん

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報酬

 四聖獣には高い値がつく。

 それは比喩でもなんでもなくて、実際問題必要とあらば同一の思想を持った他組織の依頼を受けることもある四聖獣の依頼料は高い。

 メンテナンスにも多額の金額がかかってくるため当然と言えば当然なのだが、依頼が大規模になればなるほどビルの一つでも建てることが出来てしまう程の金額に膨れ上がる。任務を通して更なる生体の成長を促しその可能性を高める四聖獣にとっては、ある意味最高に効率のいいビジネスだ。

 だから、依頼の呼び込みのためにも時折、金払いの良い顧客達に“サービス”してやる必要がある。

 

 そんなわけで白虎は任務として、やたらめったらだだっ広い癖してやたらオートクチュールのスーツを着たような人がひしめき合い嫌に注目されるこの空間で、周りよりも一段高く設置された椅子でこれまた硬っ苦しいスーツを着せられて、座り込んでただただぼーっと犇めく大衆を眺めていた。

 数ある任務の中でもこれが一番退屈な任務で、白虎はこの任務が好きではなかった。要するにショーウィンドウのマネキンや、サーカスの檻の中の獣のように見世物になっていろという話で、会場の視線を一身に浴びヒソヒソと目の前で品定めされるこの任務を好きなやつの方がどうかしている。

 それでも任務は任務であるので、四聖獣は卒無くこなす必要がある。大衆の中で金払いの良さそうなやつ、四聖獣という存在に心酔して幾らでも出してきそうなやつ、後もう使えなそうで処分しても問題のなさそうなやつに目星をつける。後で個別に声をかけるためだ。それが相手にとって天国になるか地獄になるかは知ったことではない。まあ、化学の力によって完璧に近しい存在、人によっては神と言うほどの存在へと進化させられた四聖獣に心酔する輩にとっては、地獄すらも天国になるだろう。

 あいつはいける、あいつはもうだめだ、あいつは……そもそもができてない。紹介か。それで、あぁ、あれは利用できそうだ。

 時には評定を、軽蔑を、心酔を、色欲を、恐怖を。様々な眼差しを受け止めてきた四聖獣にとって下等な奴らの選別など造作もない。白虎は組んでいた足を組み替え、カチカチと虎爪を鳴らしながら、退屈への苛立ちにゆらりと尻尾を揺らした。

 同じように見世物になっている青竜、朱雀、玄武が何も気にしていないように平然としているから、それがまた腹立たしい。白虎も実験素体として十分に成熟してはいるものの、やはり彼らは白虎より大人であり冷静さがある。

 白虎は舌打ちを喉の中に押し込んでから、またつまらない大衆に目をやろうとして、隣の青竜が立ち上がった気配に視線をそちらへ寄越した。

カツ、いつもと違い戦闘向きでない靴が軽く高い音を響かせる。そのまま一段高い台からふらり、と斜めに落ちて。

「それを連れ込んだのは誰だ」

 その言葉に大衆が青竜の視線の先を見ようと振り返ったその時には、青竜が一人の人間に銃を突き付けていた。そして、命と天秤になっていると思えないほど軽く、その引き金は引かれた。

 ばちり、がちり、撃たれた人間の内部から聞き慣れた機械的な音が聞こえる。大樹が雲を突き破るように呆気なく、人間に見えたそれは中身から大量の部品を撒き散らしながら四散した。

 その様は正に一流のキラーだ。その技を見てしまえば、誰も疑問を抱くことは無い。彼が敵意を向けたのにも理由があって、仕事をその美しいまでの技でこなしただけなのだと、感嘆の息をつく者こそあれど、恐れ批難する者などここには誰一人として存在しない。

 そんな中でも白虎、朱雀、玄武は静観を決め込んでいた。例え青竜より先に気付いたとしても、こういう場で一番に組織の力を見せつけるのはリーダーである青竜の役目だ。リーダーの品格は全ての項目において、組織としての優秀さを際立たせる。青竜の突発的な行動を邪魔する者は誰も居ない。

「血圧・心拍数の異常な上昇を捕捉。対象の逃走行動を確認」

 青竜の放つ空気に溺れ静まり返った部屋に、呟くような玄武の声が響いた。す、とその指が指し示す先には一人の人間。今度は本物だろう。真っ青になり正にこの場から早く離れようと、ただ一人青竜に背を向けていた。

 たたん、かつん。玄武が対象を示した瞬間に、それまでじっと事態を伺っていた白虎と朱雀は跳躍一つで、優に数メートルは距離のあったはずの対象の前後を塞ぐように降り立った。

「ま、待ってくれ!知らなかったんだ!本当だ!」

 真偽の程は白虎には知る由もないが、みすぼらしく喚き始めた対象に眉を寄せる。全く、紹介制などにするからこんな事になるのだ。刺客も刺客なら騙された方も騙された方だ。全くもって品位のない。この事態が通天の耳に入ったら大目玉を食らうだろう。

 本来の戦場であれば敵から目を逸らすなど死に直結する愚かな行為ではあるが、白虎と朱雀はまるで目の前の対象は敵にすらなり得ないとばかりに、青竜の方に視線を移す。

「引き渡せ」

 二人の無言の促しに、リーダーらしく一言指示を出した青竜は、何事も無いように対象から背を向け再び椅子に戻った。力を魅せるには十分なパフォーマンスだろう。事態は想定外のものだったが、人間を模していた機械から敵方が作ったであろうチップも解析出来るだろうし良い収穫だ。

 白虎と朱雀が腕を縛り上げ拘束しても対象が抵抗することは無かった。良い判断だ。少しでも不審な動きをすれば容赦なく四肢をへし折られる事を本能の恐怖という部分で感じ取っているのだろう。まあ、ここで利口にしてもどうせこの後壊れるが。

 四聖獣の解説のため大衆に紛れていた管理人に適当に引き渡して、朱雀は品のいい朱色の腕時計を確認して、そろそろ、と呟いた。

 それに合わせ、青竜と玄武が再び立ち上がり台から降りる。ここからはとてもとても面倒くさい個人作業の時間だ。まあ、それでもさっきの見世物時間よりマシだろう。

 リーダーである青竜は金払いの良い上客と対面。朱雀も玄武もそれぞれ、何かを腹に抱えた、絞れそうな獲物に目をつけ動き始めた。

 唯一即座に行動に移さなかった白虎は、まるで今すごく暇ですと言わんばかりに溜息をついて、ふら、と視線を漂わせた。いたいた。先程から目を付けていた対象をまるで偶然見つけ見入ったかのような仕草をして近づく。何を勘違いしているのか、対象である女は真っ直ぐ向かってくる白虎に驚き、近付いてくるほど明確となる美しい造形に見入る。白虎は意図的に緩やかに口角を上げ、口を開いた。

この個人作業で白虎が担当するのは当然、

「なぁ、ちょっといいか?……二人っきり、で」

唯一の凶神らしい仕事だ。

 

 そろそろ、青竜達の仕事も終わった頃だろうか。“嬌声”の一切がその塊から発せられなくなってから、数十分が経とうとしていた。あんまり派手にすると青竜に怒られるから、それなりの加減をするのは慣れてしまった。

 だから綺麗に整えられたソファーもベッドシーツも殆どそのままだし、痛みだけを与えて出血しないように手心を加えた体だって人体では凡そ有り得ない方向にあらゆる部位が曲がっているのを除けば綺麗な物だ。

 あの中では一番白虎の任務が短く単純なものだから、どうしても一番に終わり暇になってしまう。ベッドの端に座り込んで足元のピクリとも動かない塊を蹴飛ばし、何処まで自然に曲げることが出来るかを試しながら、すっかり少なくなってしまった補水液を飲み干した。

 こういう玩具で遊ぶ様な真似だって、青竜に厳しい目で見られるが何分暇なので仕方ない。有り得ない角度に固めた腕をパキパキと子気味良い音を鳴らしながら踏み躙り、一定の角度になった時に抵抗感が失せカクリと反対側へ倒れてしまったのを見て、ベッドへ横になった。

 張られたシーツに皺を寄せながら、ごろごろと転げる。カチカチと小さな音を規則的に響かせる紫の腕時計で時間を確認して、ヘッドホンに手を伸ばす。……あぁ、来た。

 ヘッドホンからの微かなノイズ音の後に、扉をノックする音が響く。誰が来たのかはわかっているから、死体を見られる警戒をする事も無い。

「どうぞ?」

 ベッドへ寝転んだまま、嘲るような声でそう言うと、扉は軽い音を立てて開いた。

 聞きなれた足音が数歩立ち入って止まる。小さなため息が聞こえた後、白虎に暗く影を落とした新たな重みにベッドが深く沈む。

「おい」

「なんだよ、『リーダー』?」

「死者で遊ぶなとあれ程言っただろう」

 言葉の内容は咎めているようだが、白虎のそれにすっかりと慣れてしまった青竜からは怒りの気配は感じらなれない。当然と言えば当然だ。なぜなら、白虎は青竜を怒らせるためにわざとこうしているのだから。それをわかっている青竜は白虎を言葉で叱っても何も進展しないと知っている。だからと言って何もなければ、白虎が調子に乗ることも。

 白虎がベッドの上で転がって仰向けになれば、覆いかぶさるようにベッドに乗り上げている黄金の瞳と目が合った。伸ばされた手が堅苦しいスーツの襟元のボタンを外すのを静かに受け入れながら、わざとらしく、あん、と喘げば青竜の目元が険しくなったのが伺えて、それがなんとも愉快で、口角が上がった。

「揶揄うのをやめろ」

 堅っ苦しいスーツを剥がれると、鍛えられた肉体が露になる。息が軽くなったような気がした。どうも自分にはあの形式にはまったような服は似合わない。

 でも、そうだな、そんな苦手なスーツまで着て頑張ったのだから、褒美があってもいいだろう?

「……何を考えている?」

「イヤ、別に?なぁ……今日こそちゃんと躾けられるか、見ものだな?」

はっ、と吐き捨てて笑えば、金属の肩に手を添えられた。深く沈むベッドよりも深く沈めようとする力は、腕は金属でできていても接続部まで鈍い痛みを響かせる。

 享受して、挑発の為に尾を相手の尾の根本に添わせる。そうすれば、一度大きく揺れた尾が白虎の足を絡めとってベッドへと縫い付けた。

 死体で遊ぶな、なんて言いながらその横でしばしの時を過ごそうなんて、人の事を言えたものじゃないと思うが言えば仕事後の楽しみがなくなりそうなので黙っておいてやることにする。

 目の前のネクタイを指先で解く。普段青竜は上半身に何も身に着けていないため、こんなことをするのは新鮮だ。この状況でしか味わえない楽しみ、というやつ。自分を見下ろす男の腰から上へ、つ、と舐めるように視線を這わせていく。そして、訝し気な瞳に辿り着いた時、白虎はクスクスと笑った。

 面倒な任務も堅苦しいスーツも、その後の仕事も退屈で、好きではない。だが、その後に待っているこの時間は気に入っていた。優位に立っていると思い込んでいるこの男の、憎たらしい程似合っているのであろう堅苦しい服を、本性を自分の手で剝いでやるこの瞬間が。

 

あぁ、イイ報酬だな。

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