無自覚純粋悪神とイエスマン美少女冒険者   作:冷泉

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第一話

「……神様、今日はどうしますか?」

 

 その月を閉じ込めたような瞳(ムーンストーン)が、僕を射抜く。

 全てを僕に委ね、何もかも僕次第なのだと。僕の一言があれば、如何様な試練をも越えて殉じてみせると。

 感情の希薄な彼女が、唯一僕に向ける言葉より雄弁な視線だ。

 

「ダンジョンだ。ダンジョンに行くよ」

「分かりました」

 

 だから僕、神チェルノボーグは行くのだ。

 

 彼女と()()ダンジョンへと。

 

 

 □

 

 

 彼女、エルフのアナスタシアとの出会いは、僕が神様に()()してから気が遠くなるような歳月を経てのことであった。

 

 ある日、今の僕と同じ存在、要するに神々が天界から下界へと降り始めた。知り合いによれば、面白いものを下界に見たらしい。

 最初は特に何を思うこともなかったのだ。また娯楽に飢えた彼らの享楽かと。

 元日本人の僕はまだまだ文明レベルの低い下界で力を封印して不便に暮らすよりも、何不自由ない天界で悠々自適に暮らしたかった。

 

 しかし、事態は変わる。

 神々は下界の人間、子供たちに恩恵(ファルナ)を与えファミリアを作り、天を突くように聳えるバベルの塔によって封印されたダンジョンへと子供たちを送り込み始めたのである。

 

 僕は唖然とするしかなかった。

 何をしているんだ? 子供たちにとって、ダンジョンのモンスターなど強過ぎて危険ではないか。たとえ恩恵を与えているとはいえ、自殺行為だ。

 数千年も経てば、人であった頃のことなんてかなり漂白されて、感性や視点もだいぶ神様寄りになっていた。

 僕は、神々のなんと愚かなことかと憤慨し、天界から彼らを馬鹿にすらしていたのだ。

 

 だが、僕は見てしまった。知ってしまった。

 神々からの恩恵を経て、怪物たちを討伐する英雄たちを。子供たちの中から現れるひと握りを。

 その時、僕の中で漂白されたはずの日本人が息を吹き返した。

 

 

 これ、絶対にラノベの世界だろ!! 楽しそう! 僕も混ざりたい!

 

 

 とまあこんな風に。

 神としての在り方に退屈していた僕は、完全に熱に浮かされた状態で後先考えずに下界へと降りてしまったのだ。

 

 そして死にかけた。

 

 長く神として存在したせいか、ほとんど全ての神の力を封じることを条件に下界へと降り立った僕は、人並みに生きるということを完全に忘れていたのだ。

 要するに家もご飯もない。

 おおよそ人間か、むしろオラリオにおいては人間以下の生存能力しか持たない僕のような神はそんな状況で生き永らえるなんて到底不可能。

 渋々、先に地上に降りてそれなりに地位を確立していた友神のヘルメスを頼り、僕はそこそこ大きな貸しと引き換えに安住の地を獲得したのであった。

 

 

 さて、そうなれば当初の目的であったファミリアの創立に移ることになるわけで。

 

 

 取り敢えず、身なりの汚い子供を拾ってみることにした。

 

 

 ■

 

 

 私にとって、神様は不思議な方だった。

 

 

 神様と出会ったあの日から遡ること一週間前。

 私は両親と居場所を失った。

 闇派閥と呼ばれる存在の構成員に面白半分に殺されたのだ。

 それでも、父と母のお陰でなんとか私だけは逃げ延びることができて、母の言いつけ通りギルドに助けを求めに行こうとした。

 だが、当時の私は知らなかったとはいえ、その時のオラリオは暗黒期と呼ばれる凄惨な時代。

 街中を闊歩する嫌な雰囲気の人から隠れて、子供の足でそこに辿り着くのはそれなりに時間がかかる。私は腹を空かせ、今にも倒れそうになりながらギルドを目指した。

 

 そして、最悪なことに父と母を殺した男たちに捕まった。

 

「よぉ、一週間ぶりだなぁ、嬢ちゃん」

「っ」

「そう怖がんなって。僕たち、これでも悪いおじさんじゃないんだぜ?」

 

 どこからどう見ても信用出来ない雰囲気に加え、彼らは先日私の前で両親を惨殺した。白々しいにも程がある。

 私はこの男たちを殺したかった。私の手で仇を討ちたかった。

 けれども、彼らは冒険者。神の恩恵を持った存在。私のような恩恵も持たない子供では相手になるはずもない。

 

「顔が良いエルフのガキは高く売れるからな。嬢ちゃんは大切に扱ってやるよ」

「逃げようとはすんなよ?」

 

 私は恐怖した。

 恐ろしくてたまらない。

 

 誰か助けて。誰でも良い。誰か、私を救って。

 

 こんな状況でそんなふうに思ってしまうのも仕方が無いだろう。

 都合の良い存在が現れるはずもない。それすら理解出来ていない時分なのだから。

 

 

 だが、その時に彼は救世主の如く現れた。

 

 

「少し、意見しても良いかな?」

「「!?」」

 

 

 顔も見えない黒い布で全身を覆った彼は、誰にも気が付かせることなく私達の背後に現れた。

 

「テンプレに過ぎるね。もう少し捻りがないと最近のラノベ業界じゃ売れないよ。あんまり詳しくないけど」

「っ、誰だお前!」

「何見てんだ、見世物じゃねえぞ!」

 

 何を言っているのか分からなかった。

 彼の使う言葉は到底理解できるようなものではなく、まるで神の使う言葉のようで。

 

 そこで、私はハッとなってその人を、()を見上げた。

 

「見世物じゃないのは分かるが、流石に目の前で幼女がいいようにされそうになっているのは見過ごせないね」

「ぁあ? 正義の味方気取りか、お前?」

「正義の味方、と名乗るには恣意的で自分勝手かな、僕は。そういうのはガネーシャさんとかに相応しい」

 

 多分、私だけでなく目の前の男たちも、その言葉遣いや口振りで彼の正体に行き当たったのだろう。

 

「お、おい、ちょっと待てラング。こいつ、神じゃないか……?」

「っ、あのろくでなし共が小娘ごときを助けに来るかよ」

「いや、現に今来てるが」

 

 男はぺたぺたと素足のまま歩み寄ってくると、私の前でしゃがみ込んだ。

 

「君、名前は?」

「え、あ、アナスタシア……です」

 

 半ば直感的に(上位の存在)だと分かっているから、私は失礼のないように言葉を詰まらせながら名乗る。

 彼はこちらからは見えないフードの中でどこか優しげに微笑んだかと思うと、次いで私に問いかけた。

 

「君、良かったら僕の眷属にならないかい?」

「え……?」

 

 惚けるしかなかった。

 いきなりの誘い。それも、こんな状況で。

 当然、私のことが狙いである男たちが黙っているはずもなく。

 

「おいおい、兄ちゃん。流石に虫が良すぎるんじゃねえのか?」

「神様だろうが、いきなり出てきて何様だおい」

 

 男たちのうちの一人が、彼の方に手を掛けようとしたその時だった。

 

 瞬間、全身にのしかかる圧力。息がつまり、苦しくなる。

 地面に身体を投げ出し、平伏したくなるような()()

 

「今、彼女と話しているんだ。後にしてくれないかな?」

「っ」

「ああ、すまないね。これ、便利だけどまだ慣れてないんだ。こんな感じで良いかな?」

 

 ふっと、圧力が消える。だが、男達は未だに地面に膝を付いて油汗をかいていた。

 彼は、再び私の方に振り向くと目線を合わせるようにしゃがみ込んで、口を開く。

 

 

「さあ、答えを聞こう。どうかな? 僕の眷属になってくれるかい?」

 

 

 その問いに、私は―――

 

 

「―――はい。神様、私を貴方の眷属にしてください」

 

 そう答える以外に無かった。

 全てを失って、辛い思いをして。多分、私は限界だったのだろう。

 もう一度居場所をくれるのなら、私は藁にもすがる思いだった。

 

「うん、ありがとう。これで君は僕の眷属一号だ」

 

 私の答えに満足したのか、彼はうんうんと頷くと私を持ち上げて踵を返した。

 私は重なる唐突な出来事に目を白黒させるばかり。でも、久しぶりの温かさに安心している私もいた。

 

「さて、というわけで彼女は今日から僕の眷属になる。悪いね、君たち」

「っ、ま、待ちやがれ……!」

 

 男たちのうちのひとりが、なんとかといった体で立ち上がると武器に手を掛けた。

 

「やめておきなよ」

「なんだと……?」

 

 それに待ったを掛けた神様に、男は訝しげな目を向けた。

 相手が神であると理解しているだけあって、冷静さを完全に失っているわけではないらしかった。たとえ無法に近い今のオラリオでも、神様を子供が殺すことは禁忌とされている。

 躊躇う様子を見せた男に、神様は畳み掛けるように言葉を続ける。

 

「僕に武器を振るうっていうことは、僕の後ろ盾のヘルメスファミリアに喧嘩を売るってことだ。その意味がわかるね?」

「っ、へ、ヘルメスファミリア……!?」

 

 ヘルメスファミリアと言えば決して大きくはないが、様々なファミリアとコネクションを持ったある意味では大手のファミリア。冒険者であった父もよく世話になっていた。

 そんなファミリアを後ろ盾に持つ彼に武器を向けるということは、オラリオに在る様々なファミリアを敵に回す可能性があるというわけで。

 

 それが決め手となったのか、男は舌打ちすると武器に添えていた手を離した。

 一触即発の空気が霧散して、神様はにっこりと微笑んだ。下から覗いても黒フードの下の素顔は窺えなかったが。

 

「うん、それが良い。じゃあ、僕達は行くね」

「ッ、クソが」

 

 そんな、負け犬のような台詞を背後に、神様は私を抱えたまま路地裏を後にするのであった。

 

 

 これが、私アナスタシアと神チェルノボーグの邂逅だった。

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