オレンジ色の空、屋上で目を覚ますとフェンスの向こうに少女がいた。

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屋上と少女

 目が覚めるとオレンジ色の空が俺を迎えた。鈍重な思考が徐々に回りだし、今の状況を理解していく。どうやら、昼休みに屋上で昼寝をしていたら夕方まで寝過ごしてしまったようだ。

 

 寝違えたのか、痛む首を摩りながら体を起こし、帰ろうと入口に目を向けると視界に人が入る。それだけなら特にどうということはない。屋上に来る人などあまりいないが、この学校が山の上にあり、かつ海の近くにあるためなかなかいい景色を拝める。それを目当てに来る人もいるからだ。

 

 問題なのは、その人がフェンスの向こう側にいるということである。しかも靴まで脱いで、長い黒髪を風に靡かせる姿は美的観点と社会問題的観点から良い絵になりそうである。

 

 今まさに足を踏み出そうとしている彼女を見過ごすわけにはいかない。

 

「おい、馬鹿なことは止めろ!」

 

 寝起きで掠れた声であるが、何とか頑張って声を出す。

 

 彼女は俺の声に驚いたのか、肩をビクッと揺らすと振り返る。

 

「あら、まさか人がいたなんて、とても驚いたわ」

 

 彼女はこんな状況にも係わらず理性的で冷静な様子だ。もしかして、俺が想像していたような事態ではないのかもしれない。

 

「いやすまない、俺の早とちりだったみたいだ。ほら、あれだろ? ここの景色はなかなかいい眺めだからな。フェンスが邪魔だからそっち側にいるんだろ? いやーてっきり自殺でもするんじゃないかと思ってな。俺に構わず存分にこの景色を味わってくれ」

 

「………残念だけれど、貴方の想像通り私は自殺志願者よ。まあ、ここからの景色がいい事は認めるけれど。最後に見る光景がこんなに綺麗なら、なかなかいい死に際と言えるんじゃないかしら?」

 

 おー、どうやらマジの人らしい、困ったな、どうしよう? とりあえず時間でも稼ぐか。

 

「まー落ち着け、落ち着くんだ。話をしよう、あれは今からお前にとっては数時間前の事なんだが俺にとってはついさっきの出来事だ。昼休みに眠ったと思って起きたらなんと夕方になっていた、しかも起きて目の前を見るとそこには自殺志願者だ。俺はどうすればいいんだ?」

 

 俺は一体何を言っているんだろう。急な起動と、埒外の状況のダブルパンチで俺の頭はオーバーヒートしているようだ。もうダメかもしれん。

 

「色々と言いたい事あるけれど。まず、私の名前はお前ではなく夕陽、秋宮夕陽よ。せっかくだから下の名前で呼んでもいいわ」

 

「あーそれはどうもありがとうございます? 俺の名前は秋川有希です、下の名前で全然大丈夫です、はい」

 

 上からの物言いに思わず下からの物言いをしてしまった。主導権を握られてしまったようだ。

 

「そう、では有希君、まずはお互いの状況を把握することから始めましょうか。私は自殺がしたくて、有希君はそれを止めたい、そうよね?」

 

「あ、はい、そうです。その通りです」

 

 混乱した頭が少し冷えた。

 

「それじゃあどうして有希君は私の自殺を止めたいのかしら? 私の記憶が正しければ、貴方と会話した事はないと思うのだけれど」

 

「そうでs………いや、そうだな。俺の記憶を辿っても夕陽、さん? の顔は見当たらない」

 

 何故か敬語だったのを直しつつ、夕陽さんの顔に見覚えが無い事を確認する。綺麗な顔だから、一度見たら物心つく前でもない限り忘れないはずだ。

 

「あら、それはおかしいわね。これでも私はこの学校の生徒会長をしているから顔くらいは見たことあると思うわよ。集会とかで」

 

「俺いつも集会は寝て過ごしているんで」

 

 とはいえ、お世辞にも広いとは言えないこの学校で、夕陽さんのような人に見覚えがないのは不自然だ。本当にこの学校の生徒なのだろうか。

 

「そ、そうなのね。一応生徒会長として注意はしておくわ。それで、理由を聞かせてもらえるかしら」

 

 苦笑する夕陽さんを横目に理由を考える。正直言って、夕陽さんが死のうが生きようが俺にとってはどうでもいいことだ。ただ何となく勢いで止めただけなのだが………そういえばこの人が自殺することで不都合なことは色々あるな。

 

「夕陽さんにここで死なれるとこっちとしても色々と不都合なことがあるんだ。まず、ここから飛び降りる事でこの屋上はどうなると思う? 良くても立ち入りに制限、最悪禁止されるわけだ。そうなると俺のペストプレイスが一つ失われる。これは大変由々しき事態だと思わんかね?」

 

「なるほど、徐々に態度が変わっていくのは目を瞑るとして、それはあなたにとって大変な事なのはわかったわ。それでも、私はそれなりの覚悟を持ってここに立っているの。残念だけれど、あなたに従うことはできないわね」

 

「そもそもどうしてそんなに死にたいんだ? ぱっと見、病んでいるようにはみえないんだが」

 

 俺がそう問うと、夕陽さんは夕日をちらっと見るとその場に座り込む。

 

「日没までまだ時間もあるようだし、せっかくだから愚痴、というものをしてみようかしら。聞いてくれる?」

 

「え、愚痴? やっぱめんどk「それじゃあさようなら」聞きます! 聞かせて頂きます!」

 

 めんどくさいという前に立ち上がろうとしたため、何とか止める。

 

「さて、それじゃあ話しましょうか。まず、簡単に理由を言うなら私は人生がつまらなくなったから死にたくなったの」

 

「はぁ? つまらない。それはまたどうして?」

 

「自慢ではないのだけれど、私は基本的になんでもできるの。運動も、勉学も、芸術的な事も。家柄だって由緒正しくて、所謂お嬢様と言われる人間よ」

 

「十分自慢だろ」

 

「まあそう思うわよね。でも、これは全て客観的に見た事実だから仕方がないわ」

 

「………まあいいや。つまり、人生イージーモードでマジクソゲーってことだろ?」

 

「言っていることはよくわからないけれど、いいたいことはわかるわ。まあ、そういうことね」

 

「そりゃなんともいいご身分だな。俺なんかちゃんと努力しなきゃ何にもできないぜ。まあ大抵の人はそうだろうけど。でも、ほらなんか、大切な友達? とか家族? とかのために生きようとか思わないのか?」

 

 人生がつまらないとか俺にはどうしようもないから、周りの人間関係で攻めてみる。

 

「友達、ね。ただ私の周りに群がって持て囃すだけの人達が友達というのならたくさんいたわね。まったくもって大切だと思ったことはないけれど」

 

「あっ」

 

「家族は基本的に家の事しか頭にないし、どこの家に嫁に出すとかまるで道具にでもなったような気分だったわ」

 

「えー」

 

 絶対人間関係が理由だろ。おそらく、高いプライドがそれを認めたくないからつまらないなんて言ってるのかもしれない。

 

「まあ、とにかくそういう理由よ。わかってもらえたかしら?」

 

「ああ、よくわかったよ」

 

 お前がとても面倒くさい人間であることがな。

 

「それじゃあ、そろそろいい時間だから私はいくわ」

 

「まあもう少し待てよ」

 

 立ち上がろうとする夕陽さんを止める。

 

「まだ俺の説得は終わってないぜ」

 

「………そういえばそうね。それでは聞こうかしら?」

 

「ではでは。夕陽君、一つ質問だが、もし、もしもの話だが君に大切な…そうだな友達がいたとしよう。もしその友達が死んでしまったら君は悲しむかね?」

 

 何となく偉ぶって言ってみる。特に理由はない。

 

「どうしてそんな変な話し方をしているかはおいといて、まあ悲しむと思うわ。それがどうかしたのかしら?」

 

「そうだよな、俺も悲しむ。それでは、人を悲しませるような人は酷い人だと思うかね?」

 

「状況によるでしょうけれど、悲しむと分かっていてそのような行動を取るのなら酷い人と言えるのではないかしら」

 

「そうだろうそうだろう。ところで唐突だが」

 

 俺はフェンスを越えて、夕陽さんの隣に立つ。

 

「俺と友達になろうぜ」

 

 そう言って手を差し出す。

 

「………え?」

 

 夕陽さんは唖然とした顔で、俺を見上げる。

 

「聞こえなかったのか? 友達だよ、または友人、もしくはフレンド? まあ何でもいいけど」

 

「そ、そんなこと急に言われても」

 

 戸惑う夕陽さんに構うことなく俺は言う。

 

「まあ夕陽の答えがどうであれ俺はもうお前の事は大切な友達だと思ってる」

 

「まだ会ってからそこまで時間が経ってないのだけど」

 

「友情と時間は比例しないぜ。実際、こんな状況だが、夕陽と話しててなかなか面白かったし。夕陽はどうなんだ?」

 

 これは本音だ。何故か夕陽さんには気をつかわなくて話せる。波長が合うのだろうか。

 

「私は………私も、まあそれなりに、いい暇つぶしにはなったわ」

 

 俺から顔を逸らして夕陽は言う。その顔が赤く見えるのは夕日のせいにしておこう。

 

「それで、私とあなたが友達になったとして、それがどうしたというの? まさか、これで私があなたと別れるのが悲しくなって自殺を止めると思うのなら、間違いよ」

 

「まさか、流石にそこまで俺に対して好感度ないだろ。悲しむのは夕陽じゃない、俺だ」

 

「………っ! まさか!」

 

 どうやら夕陽は気づいたようだ。これで、夕陽はもう自殺をすることができない。

 

「もしお前が死んだら俺は悲しむ。そして、それを分かっていながら死んだ場合、お前は酷い人間ってことになる。さっき俺が質問したとき、自分でそういう人は酷い人って言ってたよな?」

 

 普通なら、俺の言っていることは屁理屈? まあウザいの一言で振り払われるような事だ。しかし、このプライドの高い奴がそんなことできるはずもなく。

 

「くっ!」

 

 キッ!っと鋭く俺を睨む夕陽の表情が結果を物語っている。

 

「まさかそんな風に私を言い負かすなんて、考えたわね」

 

「まあな。でもいいじゃないか。夕陽は死なず、それどころか友達ができたんだ。これからよろしく」

 

 俺はもう一度手を差し出す。

 

「随分と強引なやり方ね、まったく」

 

「怒った?」

 

「怒っていないわ。フフフ、でもそうね。あなたみたいな人が友達なら、少しは退屈せずに過ごせそうね」

 

 上品に、そして嬉しそうに笑う夕陽は俺の手を握り返した。

 

 そう思ったのだが、

 

「え?」

 

「あら?」

 

 夕陽の手は俺の手をすり抜けて空を切った。

 

「どうなってんだ?」

 

「………ああ、そういうことだったのね」

 

 戸惑う俺に対して、夕陽は何か納得した、というより諦観したような表情で呟いた。

 

「説明求む」

 

「なに、簡単な話よ。実は私はもう死んでいて、有希君が見ているのは幽霊というだけ」

 

「な、なるほど?」

 

 意味は分かる、だが理解はできない。幽霊? そんなオカルティックでファンタジックな話を突然されても困惑するだけだ。

 

 しかし、実際にこの目でそのような現象を目撃しているわけであるからして。

 

「わ、わかった。まあとにかく今は夕陽が幽霊であると仮定して話を進めよう」

 

「仮定というより確定してほしい所なのだけれど、まあ逆の立場なら無理でしょうね。ところで、今年って西暦何年なのかしら?」

 

「今年は………年だ」

 

「もうそんなに経ってたのね。私が死んだのは今から約二十年前、もし生きていたら…いえ、何でもないわ」

 

「じゃあ夕陽ってとしm「何か言ったかしら?」い、イエナニモ」

 

 俺が歳の話をしようとした瞬間に夕陽から有無を言わせぬ圧をくらう。口は笑っていたのに目は笑っていなかった。

 

「まあとにかく、私は今までこの屋上に囚われていたのよ」

 

「でもそれならどうして今まで俺と会わなかったんだ? この時間帯にここにいるのは今日が初めてじゃないんだが」

 

「それは今日が私の命日だからよ。私はこの日になるとこの屋上に現れては夕暮れまでここにいて、そして落ちる。その繰り返しだった」

 

「そうか。それは…何というか、大変だったな」

 

「そうでもないわ。ただ、とても退屈だっただけ。でも、それも今日で終わりね」

 

 夕陽は優しく微笑みながら言う。

 

「…なんか丸くなったな? さっきまであんなに尖ってたのに」

 

「そうかもしれないわね。なんだか胸のわだかまり取れたような、清々しい気分なの」

 

「それ成仏するやつでは」

 

 と言うや否や夕陽の体が薄くなっていく。

 

「もうすぐ日没ね。そろそろお別れみたい」

 

 太陽が水平線に消えていけばいくほど、夕陽の姿も消えていく。

 

「なんだよ、せっかく友達になったのにもうお別れか」

 

「そうね、それだけが心残りだわ。あと二十年くらい早く会えていたら良かったのに」

 

「俺まだ受精卵ですらないんだが」

 

「フフフ、ごめんなさい。でも、あの日あなたと会えていたらと思わずにはいられないわ。そうしたら私は………いえ、もう過ぎたことね」

 

 夕陽は悲しそうな、寂しそうな表情で目を伏せる。そんな顔されたら何もしないわけにはいかないじゃないか。

 

 俺は手を差し出す。

 

「今度はすり抜けないように握ってくれよ」

 

「ええ、わかったわ」

 

 俺と夕陽の手が重なる。触感は無いが、それでも確かに繋がっている。

 

「いつかまた会おうぜ。それが何時なのかは知らんが」

 

「何よそれ。でもそうね、来世にでも期待しましょうか」

 

 そして、ゆうひは消えた。

 

 

―――――

 

 

 オレンジ色の空、今日もまた俺はこの屋上に来ていた。昨日の事もあり、もしかしたら夕陽に会えるんじゃないか、なんて淡い期待を胸に抱いていないと言ったら嘘になる。

 

「………まあ、いるわけないよな」

 

 そう呟いて扉に踵を返そうとすると、視界に何か捉えたような気がした。

 

 振り返ると、いた。フェンスの向こうに。

 

「はは、随分と早い再会だな。成仏したんじゃないのか?」

 

「確かに、この屋上からは解放されたわ。でも、新しく私を縛る者ができたの。それは言わなくてもわかるわよね?」

 

 夕陽はフェンスをすり抜けながら俺の前まで来ると、手を差し出す。

 

「だから、これからよろしくね」

 

 俺はその手を握り返す。触感は無かったが、それでもやっぱり俺達は繋がっていた。


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