ダービー行きコンコルド便は、体温の関係により離陸を延期いたします   作: ※(米印)

2 / 4
tax[i]ing

 昔から、体が弱かった。何かがあるとすぐに熱を出した。

 遠足の前、テストの後、お出かけの直前、走り込みの後、レースの前。

 

 小学校の頃、たまたま1ヶ月熱を出さなかったときは、お母さんが大喜びして、「お祝いしよう!」とか言い出したくらいだ。結局、その準備に張り切りすぎて、祝う前に3日寝込んだのだけど。

 

 

 そんなわたしがトレセン学園に入学できたのは、幸運以外のなにものでもなかった。きっと、もう一度やれと言われてもできない。でも、それなら精一杯、この幸運を謳歌しよう、と思っていた。

 

 

 けれども。栗東寮に入った直後、40度の熱を出した。やっとおさまったと思えば、肺炎を起こした。今度こそと練習に参加した途端、数日寝込んだ。模擬レースに参加しようとすれば、直前に熱が出て回避せざるを得なかった。

 

 わたしの体の弱さは、相変わらずだったのだ。

 

 

「あの人、岡村さんに声かけられたんだって」「奈瀬さんからスカウトされたの!」

 あっという間に、そんな噂すら誰もしなくなった。選抜レースもあらかた終わり、わたしと同期だった子はみんなトレーナーを見つけていたから。

 

 わたしといえば、まだ一度たりともレースを走っていなかった。デビューした人だって大勢いるのに、選抜レースはおろか、模擬レースさえ、ただの一度も。

 

「諦め時かな」

 そんな考えも頭をよぎった。いや、ここ最近、そればかり考えていた。

 トレセンに入って、レースに出て、たくさん勝って、そして重賞やGⅠなんかにも出ちゃったりして……なんて、夢を見られただけ、わたしは幸運だったじゃないか。もう十分謳歌したよ。そもそも、わたしがトレセン学園に入れたのだって途方もない幸運のおかげで、ダメでもともとだったのだから。

 最初から、そんなのなかったと思って、普通の……といっても、「普通」になれるかは怪しいけれど、少なくとも地に足のついた人生を送ろう。

 

 そうやって、自分に散々言い聞かせた。何度も、何度も、繰り返し繰り返し。

 

 それでも、まだ、もう少しでいいから、この夢を見ていたかった。夢でいいから、目を覚ましたくなかった。後できっと後悔する。そんなのはわかっている。わかっていても、嫌だ。

 「諦めたくない」なんて、高尚なものではない。ただただ現実を受け入れたくなかっただけかもしれない。あるいは、何の因果か「コンコルド効果」というやつに陥っていただけ、だったりするのだろうと思う。

 

 

 ただ、あの超音速旅客機だって、一応のところ飛んではいるのだ。

 だからだろうか。

 わたしにも、声をかけたトレーナーがいた。

 

 その人の第一印象は、正直、あんまりいい人だとは思えなかった。

 見た目は結構ちゃらちゃらしてる感じだったし、酒癖が悪いって聞いてたし、タバコ持ち歩いてたし、よく怒鳴る人って噂もあったし。

 

 ただ、もう重賞は何度も、GⅠすら(あれはまぐれだ、って言う人もいるけれど)勝ったことがあるような実力者で、それこそ、あの奈瀬さんとも比較されるくらいの期待の若手トレーナーでもある。そんなチャンスをものにしないわけにはいかなかった。

 ……なんて冷静な判断みたいに言ったけど、ぶっちゃけ、藁にもすがるような思いだった。たぶん、誰が声をかけてきたとしても、それに乗っていたと思う。だって、本当にただの一度もレースに出ていないわたしなんかをスカウトする物好きが、何人もいるなんて思えない。

 

 だから、この人に声をかけて貰えたのは、とてつもない幸運だったと思う。うっかりトレセン学園に入れて貰えたのと同じくらいに。

 

 たしかに見た目は……まぁ、渋谷とかに居そうな感じだけど、別に見た目だけで人が決まるわけじゃないよ。

 酒癖も、うん、悪かったかもしれない。わざわざ「やんちゃ水」とか呼ぶし、「いつもの酒があるとこじゃないと行かない」とかわがまま言って色んなトレーナーを困らせてるらしいけど、それでも一応わたしたちの前では飲んでないから、セーフ。

 タバコは相当頻繁に吸ってたし、最初の一週間は何もかもがタバコ臭く感じた。とはいえ、ちゃんと毎回喫煙所に行ってるから、とりあえず許容範囲……かな。

 怒鳴るのも、噂ほどではない、と言いたいけど、実際わたしが入って3日目くらいに、シニアクラスの子がほんとうに大声で怒られていた。百聞は一見にしかずとはいえ、わたしまで怒られているような気がして、ものすごく怖かった。今のところ、わたしは怒鳴られてないから大丈夫。うん。

 

 

 え、だんだんハードルが下がってる気がする? それは……そうかもしれない。

 

 

 でもでも、ちゃんとトレーナーも理由があって怒鳴っているのだ。とにかく「危険なことをするな」と伝えたいのだという。

 なんでも、尊敬する先輩の担当ウマ娘の怪我が原因らしい。その先輩も、そのウマ娘も、いまだに後悔しているのだとか。それだから、何があっても怪我だけはしないでくれ、怪我に繋がりかねない危険な走りをするな、と口を酸っぱくして言っている。さっき言った怒られた子も、強引なイン突きをしたのが危なかったぞ、という理由だった。

 少なくともレースについては、トレーナーはひたすらにウマ娘第一だった。タバコ吸うけど。お酒も飲むけど。たまに二日酔いのまま来るけど。

 

 まぁ、たぶんわたしは、そういう、ちょっと……いやだいぶ? 残念なところも含めて、この人を信用したくなったのだと思う。完璧超人! みたいな人だと、逆に何か裏があるんじゃないかって疑いそうだし。

 

 今は、この人でよかったと、胸を張って……までは難しいかもだけど、聞かれればそう答えられるくらいには、うん、信じている。




トレーナーのモデルは史実のコンコルドの主戦騎手です。TwitterのノリがやっぱTBRと同じようなフォースを感じてニヤニヤできるぞ。



評価と! お気に入り登録と! 感想を! ください!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。