ダービー行きコンコルド便は、体温の関係により離陸を延期いたします   作: ※(米印)

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片肺飛行

 京都競バ場第7競走、新バ戦。この日、わたしはようやくデビューすることができた。

 ただし、ジュニアではなく「クラシック新バ」……つまり、年を跨いで1月のレースだったのだが。

 

 結局、トレーナーがついても体の弱さは変わらず、ずれにずれ込んでこんな時期になっていた。

 

「無理はするなよ。おかしいと思ったらすぐに戻ってこい」

「はい、大丈夫です」

「大丈夫か、じゃない。戻ってこい、だ」

「……はい」

 

 もし、と考える。万が一、今日もダメだったら。「次」はあるのだろうか。

 来週、再来週に出られるならいい。でも、来月、再来月となれば、「未勝利戦」しかない季節になる。その未勝利戦すら、クラシック(今年)の秋にはなくなってしまう。あと、半年とちょっと。

 

 ぽたり、と肩に汗が落ちた。首元を拭う。脈が、速くなっているのを感じる。

 ちょうど、熱が出る直前のような感覚。汗が、冷や汗に変わったような気がした。

 

「嫌だっ」

 

 すると、耳慣れない声が返す。

「大丈夫かい?」

 URAの服を着た人の声だった。はたと見上げると、眼前にはゲートがある。スタート練習で使ったものよりずっと大きく感じる、そのゲートの目の前にわたしは立っていて、隣にその係員の人がいる。つまり、とっくにスタート直前だった。

 

「だっ、大丈夫ですっ」

 

 慌てて足を前に出す。すぐに後ろが閉じられて、最後、2つ左の枠の子が収まる。

 

 

「出ろー」

 

 

 ガシャン、と開いた。わたしも練習通り飛び出す。気を落ち着ける暇はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「直線向いてこの辺り何が先頭か、トウショウピーターでありますか、ラチ沿い懸命にバンブーピノ、さらにはフサイチコンコルド」

 

 直線を向いた瞬間、彼女の勝ちを確信した。外々を回されてはいたが、脚色は十分。

 

「トウショウピーター、フサイチコンコルドかわした。ヒシビートが内から来る。フサイチコンコルド先頭です」

 

「ヒシビート、トウショウピーター、先頭はフサイチコンコルド。フサイチコンコルド先頭でゴールしました。2着にヒシビート」

 

 新バ戦らしい平坦な実況の声がよく似合う、言うなれば「あっさり」の勝利だった。

 

 彼女は、フサイチコンコルドは間違いなくオープン重賞でやっていけるだけの才能がある。順調にいけばGⅠを獲ってもおかしくない。

 

 その「順調」に行かせられるかどうかは、俺にかかっている。他でもない、トレーナーの俺に。

 

 こわばった肩が少し重くて、胸ポケットに手を突っ込む。そこにタバコがないのに気づくと、情けなく頭を掻いた。

 

 

 

 

 

 

「フサイチコンコルドさん、一言お願いします」

 まだ頭の整理がつかないままに、わたしは手をわたわたさせた。

 何を言えばいいのだろうか。下手なことを言うと、他の子に失礼かもしれない。とはいえ、卑下しても応援してくれた人に失礼かもしれない。トレーナーにも迷惑をかけたくないし、でも思ってもいないことを言うのもおかしい気がするし……

 

 堂々巡りを続ける思考は、なぜか、こんな言葉を出してきた。

 

「だっ、ダービーを勝ちます!」

 

 わたしはなぜそう言ったのだろうか。

 そりゃ、ウマ娘なら誰だって一度はダービーを夢見る。野球なら巨人の4番とか、サッカーなら日本代表のストライカーとか。そういう類の夢。間違っても、わたしなんかが()()()で放つような目標じゃない。

 あるいは、ある種の運命というものなのだろうか。はじめから、この言葉をつい言ってしまうと決まっていたのかもしれない。まったく科学的ではないけれども、よっぽど、そっちの方がわたしにはしっくりきた。

 

 

 しかし、なんであれ。わたしとトレーナーはこの言葉に振り回されることになってしまった。




大抵の飛行機は片肺で離陸~着陸までできるらしいです。メーデーで習った。
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