ダービー行きコンコルド便は、体温の関係により離陸を延期いたします 作: ※(米印)
「ダービーを勝ちます!」
聞き間違いではなく、彼女はそう言った。
ダービー。
すべてのホースマンの夢。世代の頂点。無二の栄冠。
「一国となる宰相よりも困難」とか、「ダービー勝てたら引退してもいい」とか、そんなことを言ったトレーナーがいるとか、いないとか。
担当になってからこっち、彼女が、コンコルドがそんな夢を口にするのは見たことがなかった。聞いても、「とりあえずデビューすることを考えないとですし……」だとか、ごまかしを言うばかりだった。
「ダービーか」
誰に言うでもなく、呟いた。
トレーナー業をはじめて5年。2年目からずっとダービーには担当を送り込んでおきながら、いまだ掲示板にも入ったことがない
そもそも、GⅠで入着なんて数えるほどしかない。エリ女を一回勝ったとはいえ、あれはインサイダー的な
あるいは、コンコルド自身に目を向けてもいい。
たしかに実力はある。だが、デビューがこんな時期ではかなり厳しい。今回1800はこなせたが、2000は、そして
何より、熱発持ちでは思うように使えない可能性が高い。
それでも。
「やるからには、だ」
やるからには、勝つつもりで。
「できれば東京で2000より長いところを使いたい……が、条件戦を使いつめるのも逆効果か。皐月も使うなら、3月頭くらいまでのオープン重賞……」
しばらく開催表とにらめっこをした後、ひとつの番組が目についた。これしかない、というレースだった。
「阪神の芝2200、すみれステークス」
「勝ったのはフサイチ!」
2戦目。すみれステークス。わたしは前を差し切った後、外から来た子も凌ぎ切った。つまり、先頭でゴールした。らしい。
出迎えてくれたトレーナーに、わたしはこんなことを言った。
「か、勝ったってことは、勝ったってことですか……?」
「勝ったってことだよ」
手をポケットに突っ込んだまま、トレーナーはぶっきらぼうに答えた。
なんだかわたしはふわふわとしていて、うまく頭が整理できないでいる。
トレーナーはそのままライターを取り出して、口元に持って行って……って
「危ないっ!」
わたしはライターをひったくった。口を炙りかけていたトレーナーは、やっと我に帰ったように頭を掻く。
「タバコ咥えてるつもりだったんだ」
「気をつけてくださいよ、もう」
ようやく、わたしも言葉がすらすらと出てくるようになる。
「怪我してません。ほかも問題ありません。ライブ出てきますからね」
「ああ」
返事を聞くが早いか、わたしは足取り軽やかに控室に入って行った。
今度こそタバコに火をつけて、一服ふかした。
次は皐月賞。G1。賞金はちょっと心許ないが、OP勝ちがあれば普通は通るはずだ。
ライバルとなりそうなのは「日静」出身のウマ娘だろうか。先週の弥生賞を制した、奈瀬のダンスインザダーク。きさらぎ賞でそれに勝ったロイヤルタッチ。どちらも幼少期を「日静」で過ごしている。
だが、コンコルドの実力は決して負けていないはずだ。そして、今のところ、俺はそれをうまく引き出せている。はず。
目をステージに向けた。真ん中で踊る彼女に、ライトがいくつも当たる。光の加減か、頬がいくぶん紅潮して見えた。
すみれの花言葉は「謙虚」らしいです。