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天才というものは、決して人口の割合に応じて生まれるものではない。
そして照や菫が生まれるおよそ二年ほど前に、四国は愛媛の地にひとりの天才が生まれた。彼女の才能はかなり多方面にわたるものではあったが、なかでも抜きん出ていたのが麻雀に関するものであった。しかし彼女の育った白砂青松の地は、現代的日本に準じているかと言われるとなかなか頷きにくいような環境であった。幼いころの遊び道具といえば自身の肉体と、あとは自然そのものだった。春には野山を駆け回って虫を探し、夏には近くの海で思い切り泳ぎ、秋には落ち葉を踏みしめて果実を頬張り、冬でも鼻の頭を赤くしながら面白そうなものを見つけにそこらじゅうを走って回った。テーブルゲームになど目もくれなかった。
彼女は夏休みだとかの長期の休みに入ると、決まって家族といっしょに鹿児島を訪れた。それは恒例行事のようなもので、長い休みがあれば鹿児島に行く、と彼女のなかでも定式化されたものになっていた。そこには仲の良い従妹と、そのまた遠縁の親戚のようなものがいるのだ。その親戚のなかにはけっこう年の近い子もいたりして、けっこう仲良くやっていた。それなりに複雑なコミュニティに内包されているとはいえ、子供は子供できちんと文化を築き上げることができるのだ。
中学校に入ってちょっと大人になった自覚を手に入れたその年の冬にも彼女は鹿児島を訪れた。夏は部活の練習があってどうにも時間が取れなかったのだ。小学校の六年間を活発に過ごしてきた彼女が選んだ部活はもちろん運動部である。かたや鹿児島の従妹とその友人たちはひとりを除いて女の子らしいというか、活発な感じではない。分類するなら間違いなくインドア派というやつだろう。そんな彼女たちがみんなで一緒に遊べるものとして選んだものが麻雀だった。これまで訪ねてきたときには麻雀のまの字も出てこなかったことを考えると、この一年の間に流行りだしたのだろうと推測される。残念ながらそのときの彼女はまだ体を動かすことのほうに重きを置いていたから強い興味を示すこともなく、従妹たちが遊んでいるのを眺めつつ人数の関係で余ってしまった子と話をして過ごしていた。
髪も伸びて彼女の顔立ちがもうすっかり男子たちの注目を集めるようになり、やがて彼女自身の振る舞いも女の子らしさを飛び越えて淑やかさを感じさせるようになった。そんな彼女の卒業式が大変であったことは想像に難くないが、とにかく彼女は無事に高校生になった。しかしそもそもがあまり人の多くない地域であるため進学先もそれほど多様とは言えないもので、高校に入ったところで中学からの友達が思ったより多いというのが実情であった。ある春の日、そんな友達のうちの一人に麻雀部に入らないかと誘われた。彼女は中学で腕を磨いた競技にそれほど深い愛情を持っておらず、またいろいろな経験をしてみたいという思考の持ち主であった。そのためとくに悩むでもなくその誘いに応じ、彼女は麻雀の道へと足を踏み入れた。
彼女の名は、戒能良子。近年で麻雀の天才といえば彼女のことを指すのが一般的である。
その経歴は実に輝かしい。高校に入るまで麻雀の名前くらいしか知らなかった彼女は、その年のインターハイ個人戦でいきなりベスト8に入賞する。翌年には団体戦でもチームを全国へと導き、そして個人では優勝してみせた。良子は自身の感性に従っていただけだったのだが、それがもたらした結果は尋常ではないものだった。
良子はその短い競技歴のなかで自身の核となる考えをひとつだけ手にしていた。麻雀とは可能性のゲームである。それが彼女の見つけたものだった。こういう言い方は多くの競技にも言えることなのだろうが、身を以て実感したことよりも説得力のある言葉など存在しない。だから戒能良子にとって、麻雀とは何よりも可能性のゲームであった。山から牌を自摸ってくるたびに手には新たな可能性を宿し、河へ牌を捨てるたびに可能性はその方向を定め、場合によっては対局相手の手へと影響を及ぼす。それは確率などというちっぽけなものを遥か遠くへと置き去りにして良子を魅了した。つまり彼女にとって麻雀を打つこととは、可能性を探求することを意味していた。
全国の麻雀好きが今年度のインターハイのなかでも女子個人でもっとも騒いだのも仕方ないことと言えるだろう。天才と新星の対決がおそらく見られるだろうから。その組み合わせを見てさらにファンたちは熱狂した。なぜならその二人がぶつかるとすれば決勝戦だったのだから。
( ……しかしこの宮永さん、どうしましょうか )
良子はひとりため息をついて頭を悩ませていた。ふたつ年下の少女にこんな評価を与えることは失礼だと思いながらもこう思わざるを得ない。彼女は、モンスターだ。牌譜と実戦の様子とを見て特性というかその異質性は大まかには理解できた。いわゆる異能も彼女の驚異的な武器には違いないが、良子は注目するべき点はそこではないと考えていた。宮永照は実にクールだ。まるで判断を誤りそうな気配がない。麻雀において正しい判断などと言えば鼻で笑われそうなものだが、実際は違う。彼女には自身の判断を信じぬき、それを正しいものにしてしまうだけの力がある。自身の力をきちんと把握し、それを任意に振るうということを知っている。
もちろん決勝卓に残ったもう二人も強い。それも予選を勝ち抜いて本選の決勝までたどり着いた選手だ、波に乗っているに決まっている。おそらく誰の視点からでも一筋縄ではいかないであろう相手が揃っている。言ってしまえば個人戦の決勝など常にそんなものではあるのだが、高校生活のうちでたった三度しかないチャンスなのだ。外から見た以上に卓に座る選手たちにかかるプレッシャーは大きい。
( とはいえ皆さん私より経験長いでしょうし、胸を借りるつもりで頑張るしかありませんね )
もうひとつため息をついて良子はベッドに身を投げた。自室のものより大きなベッドはやさしく良子を受け入れた。さらさらの生地が心地よい。明日の決勝が終われば帰ることになるのかと思うとなんだか名残惜しいな、などと良子は考えていた。
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関東平野部はじっとしているだけで汗が止まらなくなるような気温と日差しになる、という天気予報の言う通りにインターハイ麻雀女子個人の決勝が行われるここ東京はすさまじい暑さになっていた。アスファルトに卵を落とせば目玉焼きができそうなくらいだ。熱を持った都市独特の匂いと少し遠い蝉の声が、さらにその気温を強調している。道行く人の誰もが早く目的地に着いて建物の中に入りたそうな顔をしていた。
試合開始時刻こそ午後ではあったが、午前十時には開場自体はされている。注目の試合というだけあって、席を取るために開場前から並んでいるファンが多く見受けられた。ちなみにホール内では高校麻雀の関連商品も取り扱っており、お土産として人気を博している。
いま選手控室に入ることを許されているのは決勝卓につく選手と、その籍を置いている高校の選手あるいは引率者だけである。観客たちが見ることのできない選手用のスペースは地下に設置されているため、実に広い。それだけに控室を使用している高校が少なくなってくると、そこは静寂に満たされる。単に静かなのではない。見えないなにかが張りつめて、壁を、床を、天井をぐいぐいと押しているのだ。それは誰にでも体験できることではない。優れた者にしか見えない景色というものは、たしかに存在する。
ひやりとした廊下の空気が露出した腕の肌を包んで、神経を鋭くさせる。意識しているつもりはまったくないが、それでもいつの間にか手に力が入っていた。大舞台というのはそういうものだ。たとえその競技の第一人者であっても緊張から逃れることはできない。それは決まって自身の内側からやってくるからだ。よく大舞台でも緊張しないなどとうそぶく輩がいるが、そういう人たちはほとんどの場合において活躍できないと良子は考える。彼らは見栄を張っているのがほとんどで、あとは例外的にどこかが壊れている人がごく少数存在するだけだ。最高のパフォーマンスを発揮するには適度な緊張は必要であり、自然体がもっとも実力を発揮できるなんていうのはうそっぱちなのだ、と。そういう意味で良子はもう戦闘態勢に入っていた。廊下に彼女ひとりでよかったと考えるべきだろうか、その様子は余人を寄せ付けないものだった。
意外に意識されていないことではあるが、対局室は無骨な造りをしている。部屋の中央に台形のステージが設置されている。その骨組みは材質こそよくわからないが銀色をしたパイプを組み合わせたもので成っており、装飾らしい装飾はどこを探しても存在しない。ただ麻雀を打つために、またそれをファンたちが見るためだけに作られたその空間はひとつの意味で美しかった。
台形の上辺にはすでに三人が立って待っていた。それぞれが良子を射竦めるような鋭い目つきをしている。なぜかその視線を受けて良子は安心した。どれだけ時間がかかったとしても一時間にも満たない短いやりとりのなかで、彼女たちは多くのものを共有する。それはほとんど言葉も交わされない不自由なコミュニケーションのように見えるが、彼女たちのあいだでは打牌のひとつひとつが言葉よりも多くのことを物語る。彼女たちはこの夏、いちばん最後まで麻雀を打つことを許された選手なのだ。
その卓でもっとも印象深かったものは何かと聞かれれば、良子は宮永照の目だと答えるだろう。感情の起伏のない平板な目で、だからこそ妙な不安を煽る。彼女自身にどう見えているかは良子にはわからないが、同時にその目は見透かすという言葉がよく似合うものだった。あまり両立しそうには思えない印象だが、事実としてそう感じているものに嘘はつけない。東一局を必ず見に費やすというプレイスタイルも含めて、照の目は飛び抜けて印象が強かった。
この半荘は様子見などしていられない、初めから全力でいかなければならないというのが良子の考えだった。まず学年の違いがその大きな根拠になった。一年や二年くらい長生きした程度で大きな違いは出ないという考え方には良子も賛成だが、彼女が考えていたのは全国大会の経験という点だった。良子は昨年も一昨年も全国大会に出場しており、そのぶん多くの選手と卓を囲んできた。そしてそうなれば
挨拶代わりの良子の跳満自摸で女子個人決勝戦は幕を開けた。状況は一気に良子へと傾いたように見えるが、その実そこまで簡単な話ではない。稼いだ点数はただの現時点の表示でしかなく、ことによるとたったひとつの打牌でそんなものはひっくり返る。とくにこの卓は相手が相手だ、照の待ち構えるオーラスが終わるまで油断など許されることではない。そして卓についている全員どころか観客席にいるほとんどの人間が気付いていた。ここからあの少女が動き始めるということに。
風が、通り抜けた気がした。
理屈ではなく、ただ理解だけがそこにあった。今の一瞬で、卓についている三人の情報が宮永照に割れた。良子以外の選手もある程度までは推測がついていたのだろうがまさか見られる側の感覚にまで訴えてくるとは想定していなかったのだろう、三対の視線は照のもとへと向けられている。それを受けてなお平然としている様子はある意味においては当然と言えるものだったが、一般的な意味においては異常そのものだった。
東二局の配牌を整えようとしたその辺り、宮永照の発する雰囲気が一変する。表情こそ変化していないが、ただそれだけだ。気配やそういうものに対して鋭敏な感覚を持っている良子から見ればその変化は目を疑いたくなるようなものだった。肩越しに見える景色が揺らいで見える。良子はこういう言い方が適切ではないとわかってはいたが、それでもその身に纏う空気は女子高生が持っていいものではないと思わざるを得なかった。彼女はただ配牌をじっと見ているだけだった。しかしそれなのに、良子はなにか決定的なものを手繰られているような、そんな思い込み染みたものから逃げることができなかった。
決して良子に油断があったわけではない。彼女は照を倒すべき敵であるとしっかり認識できていたし、その覚悟は昨年個人戦を制したときのものと比べても何ら遜色のないものであった。しかし良子に要求されていたものは、昨年のものをはるかに超える覚悟だった。
たった四巡。それだけの間で宮永照は配牌から聴牌まで持っていき、良子から和了ってみせた。振り込まないようにと考えたところで警戒もなにもあったものではない。不幸な事故としかたとえようのない出来事だった。幸い彼女はまだ動き始めたばかりで打点は最低限のものであって、それ自体が致命傷になるようなことはなかった。良子の顔に動揺は見られない。速度こそ異常と言って差支えないが、それでも想定を超えるようなものではなかったということなのだろう。
( さーて、まずは第一のチェックポイントですね )
真正面から叩き合えばおそらく分が悪い。そう考えた良子はいくつかの対策を考えた。だがそれを実行するにも確かめなければならないことがいくつかあった。たとえば宮永照の打点上昇は本当に一段階ずつしか上がらないのか。そこにまだ別のルールは隠れてはいないのか。半荘一回というごく限られた機会でそれを見定め、アクションを起こさなければならない。そこに不確実な要素が入ってしまうのは避けられないことであった。だが逆に言えばどちらの意味にせよその確認がとれれば良子は動くことができる。パターンによっては多少の振れ幅こそあるものの、それでも彼女は有利に戦況を運ぶ自信があった。
戒能良子も、実は特殊な能力を持っている。もともと引きが強く頭も回る彼女にとって、それはあまり使用される機会のないものだった。実際にこれまで良子は公式非公式を問わず大会においてそれを使ったことはない。効能でいえば良子の能力より優れているものはいくらでも存在するし、能力だけでいえば鹿児島の従妹の友人たちのほうが余程のものを持っている。彼女自身もそこは認めるところだった。だがそんな能力の強弱を帳消しにするような特質が、彼女の異能には備わっていた。能力の発動を誰も捉えることができないのである。そして本来ならばあまり役立つとはいえない彼女の異能は、その特質によって凶悪な武器へと姿を変える。
翻数はもともと上げていくことを主眼とするものであって下げるべきものではない。結果として下がってしまうことなどはあるにせよ、意識して下げるプレイングは存在しないと言っていいだろう。翻数を上げ下げすることは手役を変更をすることと意味を同じくしており、そのぶん遠回りをしなければならないことは自明である。それは宮永照についても言えることであって、彼女が手を遅らせることがあるとすれば翻数の調整を措いて他にない。現況である東三局という場は、宮永照が動き始めたばかりの局であるのだから翻数を上げることに苦労することはないだろう。二翻以上にすればよいのだから。ということはもし彼女がもたつくとすれば手を下げることに苦心しているということであり、それは同時に彼女が一段階ずつでしか打点を上げられないことを意味する。仮に宮永照のルールがそういうものであるならば良子は異能を気兼ねすることなく使用し、それを実に簡単に抑え込むことができる。彼女のルールが違っていて、上がった翻数のまま和了ったとしても問題はない。良子の能力は任意の対局相手の手役を上げてやり、その局で相手が和了った場合、
東三局は九巡目で良子の対面に座っている選手が自摸和了った。そして同時に確信する。彼女は一段階ずつしか打点を上げられない。それが彼女のルールだ。他にも何かを隠している可能性はあるが、今はそれを考えても仕方がない。当面は照を封じることができるとわかった良子はそれに合わせてプランを練り始めた。
もちろん彼女の目にはこの能力も見えているのだろう。だがそんなことは関係がない。なぜなら彼女には現時点で打ち破る手段がないからだ。もし照がふつうに打つことができたならば対抗する手段もあっただろう。しかし照のルールは打点を徐々に上げていくというものだ。そしてその性質上、照は一発で逆転するという打ち方ができない。いつもの頼みの綱の連続和了は潰されている。決定的だった。
そこから先は照の親番だろうがまったく関係のない戦いだった。良子が能力を使うタイミングさえ間違えなければ照から数巡は稼ぐことができたし、その間に残った三人で決着をつけることなどそれほど難しいことではなかった。一度は全員の自摸が噛み合わずに照が和了ることもあったが、それでも打点は最低水準のものであって怖れる必要などどこにもなかった。
意外なほどにその卓は静かで、少なくとも観客たちには熱気のようなものは感じられなかった。スクリーンの向こうの音声は会場側には流れてこない。もちろん逆も然り、である。つまり見方を変えれば決勝卓に座っている選手とそれ以外とは完全に隔離されており、観客は別世界での戦いをスクリーンを通して見ているということになる。それはカメラという機械を通すことによって、すこしだけ現実感が削ぎ落されているような感じがした。
南場の良子の親が流れて照の親番。点棒状況は良子がトップで四万点と少し、あとは二万点前後で三人が固まっている。照は自摸以外で削られることがなかったため、和了れずともそこまで酷いことにはなっていなかった。このオーラスさえ凌いでしまえば戒能良子の優勝が決定する。逆転するには良子から跳満を直撃するか、あるいは倍満を自摸和了るしかない。条件として非常に厳しいものだ。照は親番であるから翻数の条件はひとつ緩くなるがそれほど変わりはないだろう。連続和了は封じられているのだから。
ただただ響くのは無機質な音。それは自動卓が発するものであり、空調から漏れるものであり、雀牌となにかがぶつかって鳴るものである。前局の間に洗牌され、形をきちんと整えられた山牌が卓上に姿を見せるその瞬間、良子の下家に座る高校一年生の身体が脈を打ったような気がした。
どくん、と空気を震わせて、宮永照の手が動く。その身に纏う雰囲気は、また性質を異にしている。ぴりぴりと目に見えないほどの小さな粒が肌を打つ感覚は、その危険性を本能の部分が訴えているのだろうか。空調の利いた対局室にいるというのに良子の頬を汗が伝う。無機質な音に満たされた空間にあって、だからこそ無言の圧力が重い。牌を山から自摸る動作でさえ億劫になるほどの昏く粘つく空間で、南四局が始まった。
良子からすれば、この局はタンヤオでも役牌でもいいからさっさと和了ってしまえばよかった。それだけでこの不穏な空気から逃げられるし、何よりそれで優勝が決まる。これまでとは明らかに違う雰囲気の宮永照を相手にしている余裕などない。様子見なんて強者ぶって逆転を食らうなんてことになれば笑い話にもならない。そして照はそれを可能だと思わせるほどのものを持っている。なぜ最後の最後までこれだけの力を隠し持っていたのかなどの疑問は尽きないが、それはいったん後回しにするべきことだった。
ぎ、ぎ、と建付けの悪い木製の扉が軋むような音を、良子は耳にした気がした。
現在トップに立っている良子が速度に重点を置き、ほかの二人が逆転するだけの手を作ろうとしている状況で、照の手は一翻のものではなかった。それはおかしなところもなく順調に満貫手へと育っていったが、
「……やっぱり足りなかった」
そう小声でつぶやき、照は手牌を倒して三人から四千点ずつの点棒をさらっていく。その手からこれから連荘で逆転をするという覇気は窺えなかった。点棒を持っていけばそれでこの対局は終わりと言わんばかりの弱弱しさだった。だが実際には良子と照の点差はもう五千点もない。次に照が何かを和了ればそれでひっくり返ってしまうような差だ。良子は気を落ち着けるために深く息を吸って吐き、膝の上の手を固く握りしめた。
南四局一本場の四巡あたりで良子はふと気が付いた。先程まで卓を覆っていたあの重たい空気が消えている。痛いほどに感じていた宮永照のプレッシャーがなくなっている。そこにどんな理屈があったのかはわからないが、なぜか彼女は戦う気を失くしているようだった。そうなってしまえば早和了りを目指す良子と逆転手を狙うもう二人の争いでしかない。そのまま圧倒的優位を覆されることなく、戒能良子は個人戦連覇を果たした。
卓をともに囲った彼女たちでさえ、あっけないと感じる幕切れであった。