『さあ、最終直線! GⅡデイリー杯二歳ステークス! 一六〇〇mをこのまま逃げ切るのか、シアトルスルー! 残り四〇〇mを切りました! 先頭は変わらずシアトルスルー! シアトルスルー先頭! 差が広がる! 差が広がっている! やはりシアトルスルーが逃げ切る! シアトルスルーが逃げ切る! 二番手に上ってきたのはヒシスピード! しかし差が縮まらない! これは圧勝、大楽勝! シアトルスルーの完勝でした! 差はなんと十五馬身ほど! 岡田秀雄を背に、ここまで四戦四勝! 無敗で重賞を連勝しております!』
野坂祐太郎調教師、岡田秀雄騎手、勝ち馬であり俺の所有馬であるシアトルスルーらと共に、ウィナーズサークルに立つ。
またまた勝ってしまった。それも大差をつけての圧勝で。
ここまで来ると、もはや乾いた笑いしか湧いてこなくなる。
四戦四勝。その全てが十馬身以上の着差をつけて。
このデイリー杯でもそうだったが、前走のGⅢサウジアラビアロイヤルカップ、前々走の野路菊ステークスも大逃げでの圧勝。
……こうして戦績を振り返ってみると、シアトルスルーがどれだけ異常な馬かが嫌でもわかってしまう。
米国のセリで買った馬が、まさかここまで強かったとは。誰にも予想はできまい。
とんでもない安馬を引き当ててしまったものだ、と常々思う。これほどに強い安馬はなかなかお目にかかれない。
ウィナーズサークルでじっと佇むシアトルスルーを一瞥する。
こちらが恐ろしくなるぐらいに大人しい馬だ。だがレースになるとこれが豹変するのだから、馬とはよくわからないものだ。
けれど、野坂先生と岡田騎手からシアトルスルーを「世界を狙える馬」だと絶賛してもらえているので、実力は異常なくらいにあるのだろう。
このまま順調にことが進めば、次走は野坂先生や岡田騎手との協議で決めた二歳王者決定戦、GⅠ朝日杯フューチュリティステークスになる。
阪神の芝一六〇〇mであるから、十分といっていいほどシアトルスルーの射程圏内のようだ。
これを勝てれば、最優秀二歳牡馬も狙えるとのことだ。
……勝つ以前に、体調が万全であればいいのだが。
【悲報】デイリー杯勝ち馬シアトルスルー、発熱のため朝日杯を回避か。【エースポ】
四戦四勝、無敗の二歳馬シアトルスルーが、朝日杯一週間前に発熱したことが判明。これを管理する調教師、野坂祐太郎師はこう話している。
「私の管理不足です。馬主さんに申し訳が立たない。出ていれば勝てたかもしれません」
なお、朝日杯にはGⅡ東スポ杯二歳ステークスを大差で圧勝したマルゼンスキーが出走予定。最強の二歳馬同士の一大決戦は、露と消えた。
シアトルスルーの四戦全てに騎乗した岡田秀雄騎手は「ぜひともシアトルスルーでマルゼンスキーとやってみたかった。本当に無念」とコメントを残した。
「朝日杯はマルゼンスキー……か」
厩舎内で競馬新聞を広げ、僕は奥歯を噛みしめる。
競馬新聞の一面はマルゼンスキーの勝ちっぷりで独占されており、最優秀二歳牡馬の欄にもマルゼンスキーの名が連ねられていた。
発熱からだいぶ回復し、体調が戻りつつあるシアトルスルーのほうを見向く。
申し訳なさばかりが胸の内に募る。
僕がもう少し上手く管理できていれば、シアトルスルーは朝日杯に出られていたのではないだろうか。そして、今年の朝日杯勝ち馬のマルゼンスキーを打ち倒せたのではないだろうか。
我ながらどうしようもないたらればばかりが浮かんでくる。
シアトルスルーが小さく嘶く。僕の状態を気にかけてかどうかはわからないけれど。たぶん、気にかけてくれているのだろう。なぜかそう思えた。
「ありがとう、シアトルスルー……」
ああ、僕はやはり馬に助けられてばかりだ。
馬が乗せてくれたからこそ勝てた。馬と関われたからこそ変われた。馬が勝ってくれたからこそ、世界の大舞台にも立てた。
馬が助けてくれたからこそ、今の僕がある。今の僕は、少しでも馬に恩を返すために調教師をやっている。
また、シアトルスルーが小さく嘶く。
落ち込んでいる僕を察してか、心配そうな眼差しを向けてくれている。
……このままでは終われない。ましてや、シアトルスルーほどの馬がここで終わってはいけない。
少しでも、少しでも、馬に恩を返す。そのために、まずはシアトルスルーを立て直させる。
僕は競馬新聞を畳み、シアトルスルーに向き直る。
「また勝ちにいくよ、シアトル」
その言葉に呼応してか、シアトルスルーも天を仰ぐように嘶いた。
「すみません、少しご相談が」
一月。突然、野坂先生の厩舎に招かれた俺は、忙しない足取りで厩舎に入った。
「……もしや、シアトルにまたなにか……?」
「いえいえいえ。そんなことはありません。今のところ、好調を維持していますよ」
「……よかった」
ホッと一息つく。シアトルスルーに何か異常があったのかと思っていたところだった。
しかし、何もないのなら、なぜ招かれたのだろうか。
「シアトルスルーなんですが、次はリステッドのヒヤシンスステークスでダートを試してみませんか? 距離は一六〇〇mです」
「……は?」
『復帰明けのシアトルスルー! シアトルスルーが先頭! リードは六、七、八馬身と、どんどん広がっている! 府中の最終直線でも脚色はまったく衰えない! 復帰明けもなんのその! シアトルスルーが押し切ったァ! ヒヤシンスステークスを勝ちました、シアトルスルー! 見事に復活しました! これで五戦五勝!』
「……勝ちましたね。いつもの大差で」
「ええ、勝ちました。これでダートでも走ることがわかりました」
「は、はぁ」
「ですので、次は米国のケンタッキーダービーにいきませんか?」
「う、嘘でしょ……」
【日本馬が世界へ】ヒヤシンスステークスで復活のシアトルスルー、米国のケンタッキーダービーへ。【エースポ】
ヒヤシンスステークス(ダート一六〇〇m)で見事な復活を成し遂げたシアトルスルーが、五月に渡米し、ケンタッキーダービー(ダート二〇〇〇m)に挑戦することが陣営から発表された。
野坂祐太郎師は自信満々に「ダートのほうが走る」と言っており、ケンタッキーダービーでもシアトルスルーに騎乗予定の岡田騎手も「この馬なら芝だろうがダートだろうが関係ありません。勝ちにいきますよ」と話す。
日本馬が勇躍し、ケンタッキーダービー制覇なるか。五月は日本のGⅠ以外にも見どころができそうだ。
シアトルスルー(日本馬)とかいうパワーワード。