『さあ、早め先頭はやはり日本馬シアトルスルー! 最終直線でもシアトルスルーが先頭だ! 追い込み勢は伸びない! シアトルスルーが伸びる伸びる伸びる! これほどに強いのかシアトルスルー!? 岡田秀雄が手綱を押しまくっている! 岡田、これはやるか!? 遂に成し遂げるか!? ここは絶対に譲れない! 先頭は譲らない! シアトルスルー、圧勝でゴールイン! 差は十一馬身! 衝撃的な勝ちっぷりを見せてくれたぞ! 日本馬によるケンタッキーダービー初制覇、それが今、シアトルスルーによって成し遂げられました! 鞍上岡田秀雄、人差し指を一本立て、天を見つめております!』
『米二冠目プリークネスステークス! ここでも負けられないぞシアトルスルー! シアトルスルーが先頭! シアトルスルーが先頭! 二番手との差は九、十、十一馬身と開いていっている! これは決まった! これは決まった! シアトルスルーが今ゴールイン! 圧勝です! 快勝でした! シアトルスルー! 差は十四馬身ほど! 岡田秀雄、これはやりました! 無敗で米二冠を達成! これで米三冠に王手がかかりました! その余韻に浸るかのように、岡田が天に二本の指を掲げました!』
『伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる! 十二ハロン、二四〇〇mなどなにするものぞ! シアトルスルーが逃げて差した逃げて差した! 鞍上岡田は手綱をしごくばかり! 鞭は一切振るっておりません! 米三冠馬が誕生する! 無敗の米三冠馬が誕生する瞬間をご覧あれ! 後続との差は十四馬身ほどか! もはや後続は近寄れないでしょう! シアトルスルーが今ゴール板をくぐり抜けました! 今、我々の目の前で、日本馬が無敗で米三冠馬となりました! 史上初、無敗の米三冠馬にです! 岡田秀雄が目元を拭いながら、三本の指を掲げました! 世界よ、刮目せよ! これが三つの冠を戴きし無敗のシアトルスルーだ!』
最初から最後まで、俺は驚くばかりだった。
まず、ケンタッキーダービーを日本馬として初制覇。当たり前のように大差をつけて。
その後に米二冠目のプリークネスステークスも大楽勝。三冠目のベルモントステークスに関しては距離もあってか十八馬身ほど離していたのではないだろうか。
ともかく、終始呆然とするしかなかった。だって自らの所有馬がいつの間にか無敗の米三冠馬になっていたのだから。驚くなというほうが無理である。
せいぜい覚えていることといえば、米三冠を達成したときに野坂先生とハイタッチしていたことぐらいだ。
岡田騎手は泣きっぱなしでシアトルスルーにしがみつくようにしていた。何度も何度もシアトルスルーの首元を撫でていた。
この時点では、まったく実感が湧かなかった。
自身の愛馬が無敗の米三冠馬になったなんて、夢かとも思えてしまった。
夢を見ているかのような感覚のまま、俺はシアトルスルーやその関係者と共に帰国した。
【無敗の米三冠馬、戴冠】日本馬シアトルスルーが史上初の無敗で米三冠馬に。しかし日本競馬界からは賛否両論の声。【エースポ】
六月に開催されたベルモントステークス(ダート二四〇〇m)。日本馬であり、無敗の米二冠馬であったシアトルスルーがここを大差勝ち。無敗を貫いたまま米三冠馬となる大偉業を成し遂げた。無敗の米三冠馬はこれが史上初。米競馬関係者であるとあるM氏(詳細は伏す)は興奮冷めやらぬなか、こう話す。
「アンビリーバブル、としか言いようがないよ。まさか、無敗の米三冠馬が日本馬とはね。こちらもアメリカ競馬の威信を懸けて負けられないね。ブリーダーズカップに来てくれるなら総出でお出迎えするよ」
無敗の米三冠馬となったシアトルスルー。しかし国内の競馬関係者からは「外国産馬が米三冠馬になったってあまり意味がない」「ジャパンカップの意義が薄れてしまう」などという声もあがっている。
このように賛否両論となっているが、米三冠馬が誕生したことに変わりはない。今後もその動向に注目したいところ。
帰国後、本音を言えばもう少し米三冠馬の馬主になったという余韻に浸りたかったのだが、そんな暇もないまま野坂厩舎で岡田騎手も交えての次走方針の確認となった。
「僕としては、米三冠を獲ったならば四冠目のトラヴァーズステークスにも遠征すべきだと思います。しばらくの休養を挟み、もう一度アメリカに遠征するプランです。トラヴァーズステークス勝利後は米競馬最高峰の祭典、ブリーダーズカップ・クラシックにも出してみたいところです」
野坂先生の提案に、岡田騎手もうんうんと頷く。
「僕もシアトルスルーは世界の頂点に立てる馬だと思いますよ。ブリーダーズカップ・クラシックには歴戦の古馬が集いますが、シアトルスルーなら勝算は十分にありますよ」
「オーナー、どうでしょうか? もう一度、米競馬に遠征するというのは?」
「……では、その手はずで」
「ありがとうございます! 必ず、米四冠、いや、ブリーダーズカップ・クラシックも勝って米五冠、グランドスラムといきましょう!」
『トラヴァーズステークス! やはりここでも米三冠馬、トリプルクラウンのシアトルスルーが先頭! 後続をぐんぐん突き放す! 独走態勢に入った! 後続は横一線に広がったが、シアトルスルーの遥か後ろ! 決まった! 決まった! シアトルスルー、無敗で四冠達成! 鞍上岡田秀雄、四つの指を天に突き上げましたッ!』
「やりました、やりましたよ! これであとはブリーダーズカップですね!」
野坂先生が興奮冷めやらぬ様子で話しかけてくる。
正直、ここまで至ってしまうとこちらも興奮してしまうものだ。
どこまで勝てる? どこまで連勝記録を伸ばせる? そのようなことさえ考えてしまうほどに。
「いきましょう、米競馬の頂に」
──あとはただ、勝つだけだ。
『今年も好メンバーが揃いました。米競馬の祭典、ブリーダーズカップ・クラシック。フォアゴーといった歴戦の古馬たち相手に、我らが日本の米三冠馬シアトルスルーの力はどこまで通用するのか。間もなく火蓋が切られます!
──スタートしました!
ポンと飛び出たのはやはり、岡田騎乗のシアトルスルー! シアトルスルーが先手を奪っていった! リードを三馬身から四馬身に広げます。三頭これをマークするようにポジションを上げていきました。一番人気のアメリカ総大将フォアゴーは中団六番手で息を潜めております。
一〇〇〇mを通過しました。かなりのハイペースのようです! シアトルスルーはどうか!? 岡田はペースを落とすどころか上げようとしているのか!? このまま逃げ切り態勢か!? おっとここでフォアゴーが四番手、先団に上がっていきました。残り六〇〇mを切りました。さらに展開が早くなったか!? シアトルスルー鞍上の岡田の腕が動く!
最終直線、残り四〇〇mの激闘だ! シアトルスルーが自身に喰らいついてきた三頭を完全に引き離した! が、フォアゴーが猛追してきている! フォアゴーが猛追してきている! これは負けられないぞ、シアトルスルー! 残り二〇〇m! シアトルスルー先頭シアトルスルー先頭! 二番手フォアゴーとの距離は五馬身ほど! しかし縮まってきております! ここでシアトルスルー、岡田の鞭が二発、三発と入った! シアトルスルーが粘る! 粘る! 懸命に粘っている! フォアゴーが突っ込んでくる! ニ馬身、一馬身と差が縮まった! 残り五〇mで、並んだ! 並んだ! しかしクビ差凌いでシアトルスルー!
…………シアトルスルーです! 米三冠馬シアトルスルーが、フォアゴーの猛追をクビ差凌いで勝ちました! 史上初のグランドスラムが今、達成されました!』
大歓声が巻き上がる。この激闘の覇者に対して。そして、健闘した者たちに対しても。
俺の馬が三冠だけでなく、五冠、グランドスラムまで達成してしまうなんて、想像もできなかった。
岡田騎手がシアトルスルーに乗ったまま、観衆に大きく手を振る。
この光景に、もう言葉は要らなかった。
ひとつ言えることは、買った馬が勝った。ただそれだけかもしれない。
俺の傍らで、野坂先生は目元を腕に伏せ、嗚咽していた。
当の俺も、目頭から熱を感じ取っていた。
もしかすると、じゃない。本当に俺のシアトルスルーは最強馬だったのだ。
願わくば、来年もシアトルスルーが勝ち続ける姿を見ていたいものだ。
「……え? 今……なんと?」
「申し訳ありません。本当に申し訳ありません」
血相を青ざめさせ、野坂先生が何度も頭を下げる。
十二月の初め。俺は絶望的な報せを聞いてしまった。
──シアトルスルーが、骨折していたことが判明したのだ。
次の下で『アメリカンドリーム』編は完結となります。……たぶん。