Winning Legend Horse   作:佐月檀

4 / 9
『アメリカンドリーム』編、完結。


アメリカンドリーム編③ 下

 シアトルスルーの骨折が判明した十一ヶ月後。

 東京競馬場。秋風舞う府中のターフを、それを踏み込み駆け抜ける馬たちを、馬主席からじっと見守っていた。

 だが思わず、途中で立ち上がってしまった。

 なぜなら──

 

 

『シアトルスルー先頭! シアトルスルー先頭! これは逃げ切るか!? 本当に逃げ切るのか!? 秋の盾獲りはこの馬で決まりか!? テンメイ、プレストウコウ、追ってくるが届かないか! リュウキコウは伸びない! 本命馬の一頭リュウキコウは伸びない! シアトルスルーだシアトルスルーだ! 長期休養もなんのその! 骨折などなにするものぞ! シアトルスルーが今一着でゴールイン! 天皇賞、秋の盾は、無敗の米五冠馬の手に渡りました! 鞍上岡田、小さくガッツポーズ! 六馬身差の完勝でした!』

 

 

 俺の、俺たちの愛馬が、このターフに舞い戻ってくれたからだ。

 

 

 

 

 

「やりました……! やりました……! オーナー! シアトルスルーが休養明けで勝ってくれました!」

「はい……! はい……! もう、なんと言っていいのやら……」

 

 

 明らかに涙ぐんだ様子の野坂先生と、人目も憚らず抱き合う。

 そうだ、やってくれたのだ。シアトルスルーはどこまでも俺たちに夢を見せてくれた。

 ──『アメリカンドリーム』。米国産の安馬だった名馬がもたらしてくれた夢は、まさにこの言葉が似合っているだろう。

 骨折からの長期休養。そこからの復活、圧勝劇はなかなかお目にかかれるものではない。

 だからこそ、だ。

 俺は野坂先生と抱き合うことを止め、一度向き直る。

 

 

「野坂先生」

「はい」

「次のジャパンカップを……シアトルスルーの引退レースにしましょう」

「……同感です。僕もそれがいいと思っておりました」

 

 

 ……どうやら、考えることは同じだったようだ。

 

 

「ジャパンカップを終えたら、シアトルスルーにはこれから穏やかに過ごしてもらいたいんです。骨折もありましたし」

「僕も同意見です……では、ジャパンカップをラストランとして、シアトルスルーを完走させましょう」

 

 

 

 

【有終の美へ】無敗の米五冠馬シアトルスルーが現役引退へ。ラストランはジャパンカップ。【エースポ】

 

 

 先週、東京競馬場で開催されたGⅠ天皇賞(秋)(芝二〇〇〇m)で六馬身差の圧勝劇を演じ、見事長期休養から復活を果たした米五冠馬シアトルスルーが、今年度で現役生活に幕を降ろすことを表明した。

 野坂祐太郎師は「復活したとはいえ、一度骨折させちゃったから、もう無理はさせてあげられない」と俯きながらも言う。

 また、ラストランについても言及された。野坂師曰く「ラストランはジャパンカップで締めたい」とのこと。

 GⅠジャパンカップ(芝二四〇〇m)には、秋の天皇賞馬として、日本総大将の一角として出走するようだ。また、日本勢からもう一頭の総大将格として春の天皇賞馬グリーングラス、天皇賞(秋)三着の実力馬プレストウコウなどが出走予定。

 一方、海外勢の総大将は芝もダートもいける万能馬エクセラーと見られているが、驚いたことに今年度の米三冠馬アファームドも参戦を検討しているとのこと。もし参戦するのなら、米三冠馬同士の決戦が日本のジャパンカップで繰り広げられるという珍事が起こることになる。

 

 

 

 

 

「うーむ……」

「野坂先生、どうかしました?」

「いや……それが……」

 

 

 野坂先生と共に厩舎にい合わせた俺は、彼からジャパンカップの出走馬表を受け取り、確認すると、そこには信じられない馬名があった。

 

 

「アファームド……!」

 

 

 そう、今年の米三冠馬にしてブリーダーズカップ・クラシック勝ち馬の馬名が三番の枠に記載されていたのだ。

 

 

「とんでもないビッグネームが来ましたね……なんでも、『標的はただひとつ! 無敗の米五冠馬シアトルスルー!』だとか……」

 

 

 明らかに野坂先生の表情が曇る。

 アファームド。今年度に生まれた米三冠馬であり、現米国最強馬。米三冠路線で好敵手アリダーを、BCクラシックでファアゴーなどの歴戦の古馬を一蹴したというとんでもない馬だ。また、噂ではあるがダート以外にも芝も走れる万能性を有しているらしい。

 ──だが、それがどうした。こちらは米五冠馬だ。何を恐れるものがあろうか。

 

 

「野坂先生。相手が怪物だろうと、緑の刺客だろうと、なんだろうと、シアトルスルーや岡田騎手と共に勝ちましょう。世界にシアトルスルーを見せつけてやりましょう」

 

 

 俺の言葉に野坂先生は深く頷く。

 どうやら、今年のジャパンカップは、昨年のBCクラシック以上の激戦が予想されそうだ。

 けれど勝つ。シアトルスルーなら、勝ってくれる。そう、絶対に。

 

 

 

 

『今年も世界の強豪がこの府中に集いました。国際GⅠジャパンカップ。芝の十二ハロンで世界の強豪と日本の強豪がぶつかり合います。また、今年のジャパンカップには米三冠馬が二頭出走してきております。米三冠馬対決にも注目が集まります。間もなく、発走の時刻となります』

 

 

『──スタートしました! シアトルスルー、アファームド、米三冠馬二頭が好スタートを切りました!

 やはり先手を奪ったのは一番人気六番シアトルスルー、鞍上岡田秀雄。そこから一馬身離れて二番人気三番アファームドが続いております。アファームドのやや後ろにグリーングラスがついております。エクセラーは先頭から八番手。

 シアトルスルーはこれでラストラン。果たして、このラストランで有終の美を飾れるのでしょうか。史上初の米三冠馬対決を勝利で終えられるのでしょうか。

 一〇〇〇mを通過しました。ややハイペース! ややハイペース! 先行勢の脚色はどうか!? 先頭のシアトルスルー、三番手のグリーングラスはどうか!? 二番手のアファームドがジリジリと差を詰めようとしているか!? シアトルスルー、これは大丈夫か!? 本当に逃げ切れられるか!?』

 

 

 後方にピタリとマークするようにつけていたアファームドが徐々に近づいてきている。後ろから芝を軽快に踏み込む足音が聞こえると、まるで自分たちが狩人の射程圏内に入ってしまった獲物のようにも思えてしまう。

 正直に言ってしまえば、この状況は非常にまずい。

 このまま楽にマークさせれば、十中八九最終直線でアファームドと叩き合いになるだろう。しかしこうなると、勝率は限りなく低くなってしまう。

 アファームドは勝負根性の鬼、いや、鬼神とも呼べるような馬だ。そんな馬と逃げ馬で真っ向から叩き合うのはあまりにも分が悪い。

 幸い、シアトルスルーの脚はまだ残っている。それに彼自身も勝負根性の鬼である。ただアファームドとやり合うには分が悪すぎるだけで。

 だからこそ、こうなれば──!

 

 

『残り六〇〇m! おっとここでシアトルスルーがアファームドを突き放しにかかった! なんとなんと、シアトルスルーがここで仕掛けにいった! アファームドもこれを追走する! 米三冠馬同士の決戦がここで始まったか!? 場内を大歓声が埋め尽くしております!』

 

 

 ──やはり来やがったか!

 騎手として自分ができることは、ただただ騎乗馬、即ちシアトルスルーの手綱を押し、鞭を打つのみ。あとは彼の能力を頼る他なかった。

 後方から迫りくる足音たち。だが負けたくない。シアトルスルーに乗って負けてたまるか。シアトルスルーに二、三発ほど鞭を打つ。

 しかしそれでも、聞こえてくる足音が大きくなるばかり。

 残り三〇〇m、二〇〇mと切っていくうちに、傍目に栗毛の馬体が見え隠れし始める。

 言われるまでもなく、そう、アファームドの馬体だった。もうほとんど、半馬身差まで並びかけられていた。

 だがな、こちらにも意地がある。絶対に譲れない、誰にも譲ることのできない意地が。

 オレが、オレたちこそが世界一だ。世界を獲ったバディなんだ。世界を獲ったチームなんだ。

 忘れもしない、米三冠を達成し、BCクラシックすらも勝って世界をあっと言わせた感動を!

 

 

 なあ、シアトルスルー。見せてくれよ? お前の──

 

 

「底力ってやつをよぉぉぉぉぉッ!」

 

 

 大歓声に掻き消される、柄でもない叫び。しかし、それは心の奥底からの本望でもあった。

 

 

 シアトルスルーは──それに応えてくれた。

 手綱越しに伝わる、今までとは隔絶しているとでもいっていい手応え。

 シアトルスルーが、さらに伸びてくれたことに気づいたときには、既にゴール板が目の前で待ち構えていた。

 何も聞こえない、空白の世界。本来聞こえるはずの大歓声すら、今は耳に入ってこない。

 だが、これだけはわかった。

 ──勝った、と。

 ゴール板をくぐり抜けた瞬間、空白の世界に色が戻る。そして、耳がちぎれんばかりの大歓声も聞こえてくる。

 

 

 思わず、右腕を天に突き上げてしまうほど、嬉しかった。

 

 

『右手を突き上げた岡田秀雄! 今年の米三冠馬アファームドの猛追を、シアトルスルーが三分の四馬身差で凌ぎ切りました! 日本の米三冠馬の勝利です! 場内、拍手喝采の嵐です!』

 

 

 

「岡田ジョッキー、どうでしたか? シアトルスルーのラストランは」

「最高でした。今まで騎手を続けてきてよかったってぐらい、そう思えるほどの最高の勝利です」

「最終直線での手応えは?」

「僕自身の頭が真っ白になるほどね、本当に抜群すぎるほどの……あれ、なんでオレ、泣いてんのかな……? まあいいや。本当にね、抜群すぎて感動してしまうほどでしたよ」

「ありがとうございます。最後に、なにかシアトルスルーへメッセージがあれば、お願いします」

「そうですね……いや、すみません。もう、なんかもう、涙が出てきちゃってね、うん。すみません」

「いえいえ。岡田ジョッキー、ありがとうございました」

 

 

 去り際、オレは再び右腕を突き上げ告げた。

 

 

「──お前は、最高の名馬だ」

 

 

 ──ありがとう、シアトルスルー。




 これにて、シアトルスルー編こと『アメリカンドリーム』編は完結となります。ここまで読んでくださったみなさんには、感謝しかありません。本当にありがとうございました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。