幻影の如き圧勝劇編①
かつて、夢を見た。
自身が若い頃からの夢だった馬主となって、所有馬で日本ダービー、果てには海外の大レースのトロフィーすら、手中に収める夢を。
どこまでも果てしなく、どこまでも欲深い、私という人間を表したような夢。
けれど、その夢は全てが不吉な最後で締め括られる。
夢の中での私の所有馬が誘拐され、最終的には野山で遺体となって見つかる、というものだ。
なんとも不吉だろう? つい最近馬主資格を取得できた者が見る夢としては、些かハードすぎる気がするが。
馬主資格を取得できるようになってから、この夢を見始めた。
最初のうちは単なる悪夢だと考えていたが、その夢は日を経る度に現実味が増していっている。
見始めた頃は景色がうっすらとぼやけていたり、所有馬がノイズ塗れで目にすることができなかったが、近頃は四〇〇キロ以上はありそうな鹿毛の馬体が明確に見えたり、勝負服が私の考えていたものとまったく同じだったりするから、正直恐怖を覚え始めている。
ただ、馬の名前と関係者の顔と名前は、どれだけ日が経とうとノイズがかかったまま。
運命を回避せよ、と何かが囁いているような気がするが、これでは回避のしようがないではないか。
最初に持つ馬がこんな運命を辿るとするなら、私はとても耐えられない。
けれど、それはそれとして馬を持ちたい。ここは私のあまりにも深い欲望が勝ってしまった。
さて、そんなわけで一歳の牡馬を購入した。
母は海外から輸入した繁殖牝馬で、輸入時から受胎していたという。父はフェアウェイ系に属する種牡馬らしい。それ以外はよくわからん。
その買った一歳馬だが、あまりにも見栄えがいい鹿毛だった。そう、鹿毛だ。
私の悪夢に何度も何度も登場してきた、鹿毛である。購入時には気にもしていなかったのが痛恨のミスだ。あまりにも痛すぎる。
だがせっかく買った馬であるため、走らせてはみようと思っている。
二歳になり、入厩すべきときが訪れるのが楽しみだ。
一九八〇年七月、福島競馬場。いよいよ、このときが訪れた。
育成牧場に度々会いに来ていたが、パドックから見てみると、厩務員に引かれて、のっそりと穏やかに歩を進めるその姿は壮観だ。
ちなみに、預託先の厩舎は為山克夫調教師のところである。調教方針と騎手、レース選択は全て調教師側が決めるという条件を押しつけ、預かってもらった。レース選択や体調管理などは専門家のほうが向いているから、という建前だが、本当は名誉と馬第一であるためだ。……なんだか、手の平の上で踊らされているような気もするが。
今から持ち馬が走るレースは、芝の一八〇〇mの二歳新馬。騎手は為山厩舎の主戦騎手である戸島崇博騎手とのことだ。
戸島騎手は逃げが得意な騎手という印象があるが……果たして、どういう作戦で持ち馬を勝ちにいかせるのだろうか。
馬番は六頭中四番。かなり外に寄った枠だ。こうなってくると恐らく、後方待機策を採るだろうとは思う。
さあ、頼むよ、戸島騎手と私の持ち馬、シャーガーよ。夢を見させてくれ。
『福島競馬場、第四レース。二歳新馬、芝一八〇〇m。間もなく発走となります』
ゲートに入っても平常時とほぼ変わらない、自身の騎乗馬を一瞥する。
シャーガー、という馬だったか。為山先生がこの馬を絶賛し、何度も坂路調教の際に俺を乗せてくれていたことを思い出す。
馬名の由来は一切不明。しかしこの馬についてわかることがある。それは──
『スタートしました! 一番人気の四番シャーガー、ポンと飛び出て好スタート! 鞍上の戸島崇博、ここはいきました。積極策であります。一番人気の四番シャーガーが先頭で逃げていきます』
──いつかのお楽しみだな。
スタートの出が予想以上に好ましかったため、自身の得意な騎乗である逃げで積極的にペースを作っていく。
だが、シャーガーの脚質は本来は逃げではない。本来の脚質や能力をここで晒すのもまずいと為山先生が判断したため、こうして逃げているわけだ。
ただ、このレースにのみ集中し、そして勝つ。シャーガーはここなど余裕で勝ち抜ける馬なのだから。俺の騎乗ミスなんかで負けてしまえば、自分を呪い殺したくなるだろうから。
残り六〇〇mを切っただろう辺りで、俺は手綱を押し始める。
ここが仕掛けどきだった。それに、案外楽に逃げれたおかげでペースもスローになっている。
『シャーガー先頭! シャーガー先頭! 二番手との差は三馬身! シャーガー先頭! シャーガー先頭であります! 余裕の持ったままか!』
残り一〇〇mで二番手がやや差を縮めてきたが、もう遅い。
このデビュー戦は、俺たちが貰い受けた。
『シャーガー一着! 一番人気の四番シャーガーが一着! ニ着との差はニ馬身か! これは余裕勝ちといったところでしょうか、戸島崇博とシャーガー!』
シャーガー……史実における一九八一年度英愛ダービー馬。他にもキングジョージなどを勝利した名馬。英ダービーを十馬身以上の着差をつけ完勝し、その英ダービーでの着差記録は未だに破られていない(その着差記録に続く着差をつけ勝利したのが凱旋門賞でナカヤマフェスタを破ったワークフォース)。しかしそんな彼の最期は、あまりにも悲惨なものだった。