五月の最終週。私は今、東京競馬場でゲート入りを済ませた各馬を、馬主席から見守っていた。
ホープフルステークスを勝った持ち馬のシャーガーは、大外枠の十八番。しかしそれがどうしたと私は声高らかに叫びたい。
この大舞台、ダービーこそが、シャーガーの全力を解き放つに相応しい場所。為山克夫調教師も、戸島崇博騎手も、口を揃えて言う。
皐月賞の前哨戦、GⅡ弥生賞は他馬から執拗なマークを浴びながらも五馬身差の勝利、それを経ての本番、牡馬クラシックの一冠目であるGⅠ皐月賞。
弥生賞での着差を超える驚異の八馬身。圧倒的な末脚で全てを置き去りにしていった。
だが、ホープフルでも弥生賞でも皐月賞でも、シャーガーに騎乗したあとの戸島崇博騎手は――
「まだ全力が出せていない。もう少し距離が欲しい」
鉄皮面でこそあるものの、その声音はどこか弾んでいたように思えた。
為山調教師ですら「タカヒロはダービーでシャーガーに乗ることを夢見てますね。ほら、ちょっと目が笑ってるでしょ?」と言うが、やはりどこからどう見ても鉄皮面だった。けれども、為山調教師が証言するぐらいならば、本当のことなのだろう。
脳裏にはホープフル、皐月賞、戸島騎手の言葉が走馬灯として蘇る。
ああ、ああ――! 早く、早くこの目を焼いてくれ。圧倒的な末脚で私の脳すら撫で切ってくれ。早く、
そのときは、間もなく訪れる。
――ガシャン! という乾いた音が風に流されていく。
頼んだぞ、シャーガーよ。きみの全てを、見せてくれ。
スタートしてから六〇〇m辺りだろうか。手綱越しに伝わる高揚感、ダービーという一大祭典ならではの緊迫感、それらが重圧となって背にのしかかる。
けれど、俺は笑う。シャーガーの拍動がこちらにも伝わってくる。
そうか、お前も楽しいか。そうか、そうか。
シャーガーは楽しんでいる。この競争を、この闘争を、この大舞台を。
ふと横を見やると、外から他馬が被さってくる。内にも幾重もの他馬の壁。前など言わずもがなだ。俺たちは先ほどからかなり外を回らされている。
ここまでやられると、思わず乾いた笑みが零れてしまう。
一番人気の無敗の皐月賞馬は伊達ではないな、と常々思う。人気すぎるのも考えものだ。
だが足りない。もっと、もっとだ。
もっと囲め、もっと妨げろ、もっと潰しに来い。
さもなくば――シャーガーにはどう足掻こうとも勝てんぞ?
最後方から数えて四番手。そのくらいのハンデがちょうどいい。進路などなくとも、シャーガーなら勝手に作りだすだろう。
一六〇〇、一七〇〇――さあ、そろそろ全てをちぎろう。
『間もなく最終直線! 観客席すれすれの超大外からシャーガー! シャーガーが強引に馬群を抜け出して、先頭を狙っている! 先頭カツトップエース! 先頭カツトップエース! しかし一杯か!? シャーガーが鞭を四度ほど打って急加速して……あっという間にカツトップエースを躱して先頭に躍り出ました! 超大外、観客席すれすれからシャーガーが飛び出てきた! 残り四〇〇m! 後ろからはなんにも来れない! 後方勢は追えないか! カツトップエースが二番手で粘っている! 残り二〇〇mでこれはシャーガーの圧勝だ! 後続とは十一、十二、十三馬身と差を広げにかかった! もうこれは、シャーガーの圧勝だ! なんたる圧勝劇か! もはや幻影かと思いたくなる圧勝劇! これを繰り広げたのは、戸島崇博とシャーガーだ! 今堂々とゴールイン! シャーガーと戸島崇博! その差は、なんとなんと二十馬身ほど!』
「ようやった、タカヒロ。ダービーは清々しい勝ちっぷりだった」
「ありがとうございます、為山先生。二四〇〇なら最強ですよ、あの馬」
「そうかそうか。次走は芝二四〇〇のGⅡ神戸新聞杯から、三冠目の芝三〇〇〇mの菊花賞といこうかと考えてるんだが……」
「ああ、すみません。その件でご相談が――」
シャーガーがあまりにも鮮烈すぎる
フランス、パリロンシャン競馬場で開催されたGⅡニエル賞(芝二四〇〇m)。
欧州最高峰の大レース、凱旋門賞(芝二四〇〇m)。その前哨戦として使われることが多いレースなのだが……。
私のシャーガーがそこに出走し、欧州馬を蹂躙したことは今でも忘れられない。
てっきり菊花賞を目指すものかと思いきや、まさかまさかの海外遠征、それも凱旋門賞である。
渡仏してすぐは、思考を放棄してしまったほどに頭が回らなかった。
だが思考が引き戻されたのは、凱旋門賞本番。
欧州の強豪馬が集うなか、日の丸の旗をただ一頭背負ったシャーガー。
彼は日本競馬からの期待を全身に受け止め――そして、勝ってみせた。
日本馬による凱旋門賞制覇は、決して縮めようのない二十二馬身という記録を掲げ、成し遂げられた。
凱旋門賞馬として、日本馬シャーガーはその名を歴史に刻んだ。そう、幻のような名馬として。
いつからだろうか。シャーガーがジャパンカップを制し、引退してからあの悪夢にうなされることはてっきりなくなった。むしろ、目覚めがよくなったぐらいだ。
持ち馬が誘拐され、野山で無惨な姿となって見つかる。そんな悪夢は二度と御免だ。もちろん、現実でも。
今日も私は、暇さえあればシャーガーに会いに赴く。今はとある牧場で大切にされている。いつかデビューする予定の彼の産駒たちを買うのが、今から楽しみである。
シャーガーはきっと、幻なんかではない。亡くなったとしても、私たちが覚えている限り、永遠に。
せめてこの作品の中だけでも、シャーガーには生きていてほしいです。