……これがNTR(ナリタトップロード)ですか……。
『早め先頭エルグランセニョール! 日本馬だ! 刮目せよ! 日本馬が本場英国の2000ギニーを先頭で走っている! 追うのはアイルランドのサドラーズウェルズ! しかし届かない! いや引き離している! 既に後続とのリードは6、7馬身か! 2番手サドラーズウェルズは届かない! エルグランセニョールだ! エルグランセニョール! 日本馬だ! 小西直行は持ったまま! 持ったまま後続を引き離している! これはやったぞエルグランセニョール! 日本馬エルグランセニョールが、今先頭でゴールイン! サドラーズウェルズがやや遅れて2着か! 2着との差はなんと9馬身ほど! 華麗なる圧勝、そしてお見事! 競馬の本場、英国馬相手に勝ってみせました!』
『日本競馬の期待を背負って、エプソムダービーの大舞台で、エルグランセニョールが先頭に立つか! 立った! 立った! 今先頭に立った! だが、だが! 外側からレインボウクウェストが急襲してきた! エルグランセニョール、これはピンチ! エルグランセニョール先頭、エルグランセニョール先頭! しかしレインボウクウェストが差を縮めてきている! レインボウクウェストが並ぶ! 並びかけるか! 並びかけるか!? 並んだ! 並んだ! 差した! 差した! エルグランセニョール、ここで敗れ――いや差し返した! なんと差し返した! エルグランセニョールが1馬身を取り返した! そのままゴールイン! 大接戦! 大接戦でしたが! この大接戦を制したのは、日本馬! エルグランセニョール!』
『さあ、愛ダービーも間もなく終盤! カラ競馬場、最終直線に入りました! エルグランセニョールは未だ4番手! エルグランセニョールは4番手から伸びてくるか! しかしかなり外をぶん回してまた来たぞレインボウクウェスト! 先頭に立とうとするエルグランセニョールに今並びました! 両頭先頭に躍り出まして、必死の叩き合いだ! ここは負けられないエルグランセニョール! だがレインボウクウェスト、鞍上も負けじと鞭を振るいまくる! しかしエルグランセニョールが伸びた! エルグランセニョールがここで末脚を解き放った! エルグランセニョール、小西が鞭を振るって、エルグランセニョールが2馬身、3馬身と突き放したところでゴールイン! やはり強い! 強いとしか言えません、エルグランセニョール! これで英愛ダービーを制覇! 欧州最強の3歳馬は、日本馬エルグランセニョールでしょう!』
未だに信じられなかった。
英2000ギニーでの圧勝劇、英ダービーでの驚異的な差し返し、愛ダービーでの鞭を打った際の手応え――。
どれもこれもが、夢ではないかと錯覚しそうになる。
だが、これは夢などではない。その証拠として、今でもエルグランセニョールに騎乗したときの手応えが、鮮明に手の内に残っている。
英2000ギニー、英愛ダービーを日本馬が制覇する――その衝撃的な出来事は、瞬く間に欧州競馬を震撼させるには十分すぎた。
現に英ダービーを勝ったあとに臨んだ愛ダービーでは、レインボウクウェストから徹底的にマークされ、やや苦しい展開に陥った。
それでも勝つのだ。僕としても勝ちたかったが、まさか本当に勝ってしまうとは。
弥生賞でのちの二冠馬シンボリルドルフ相手に勝ち越す馬は、伊達ではなかった。
だが、そんな伊達ではない馬でも、次に走るレースは一筋縄ではいかないものだ。
――英国最高峰のキングジョージⅥ&クイーンエリザベスステークス(芝2400m)。欧州中から猛者たちが集うレース、そこにエルグランセニョールは欧州二冠を懸けて出走予定だ。
キングジョージには英愛ダービーでも激突したレインボウクウェストを始め、昨年の英ダービー馬で仏国のGⅠサンクルー大賞典(芝2400m)を勝って駒を進めてきたティーノソ、愛2000ギニー(芝1600m)の勝ち馬サドラーズウェルズなどが有力候補とされている。
ここを勝って、王手をかける。日本馬による欧州三冠達成という前人未到の偉業へと――。
両頬を叩き、気合いを入れ直す。
8月、アスコット競馬場。キングジョージⅥ&クイーンエリザベスステークスの発走日である。
厩務員に連れられてきたエルグランセニョールの首元を強く叩いてやり、鞍に飛び乗る。
どこかエルグランセニョールの表情が引き締まったようにも見受けた。恐らく、彼はわかっているのだろう。ここが勝つべき大舞台だということを。
後頭部から首にかけて、毛並をなぞるように撫でる。
それでも、エルグランセニョールの表情は引き締まったままだ。
他馬がゲートへ駆け出していったところで、エルグランセニョールにGOサインを送り、同じように駆け出す。
歓声が波のように押し寄せる。今回のエルグランセニョールは1番人気。本音をいえば、1番人気より1着が欲しいのだが。
やがてゲートの前に他馬と同じく辿り着く。係員が手綱を引き、僕たちは14番に収まる。
「いこう、エル」
そう呟いた刹那、ゲートが開く。
キングジョージという英国最高峰の頂への火蓋が切られた――。
『エルグランセニョールは6番手! 我らが日本のエルグランセニョールは6番手! 馬群に呑まれているか!』
――ああ、気が狂いそうだ。
『ここからどう仕掛けるかエルグランセニョール!? 鞍上小西直行の手綱捌きに期待がかかります!』
オレにとって最高の馬シンボリルドルフは、あの馬に完敗した。三冠を勝つまでは無敗だろうと思っていた。が、現実は違った。
弥生賞。あのときの無念、雪辱、憤怒は今でも脳裏に焼きついている。今こうして、テレビ中継を眺めていても、だ。
――エルグランセニョール。ルドルフの無敗二冠を結果的に阻止し、欧州へ勝ち逃げしていった、ルドルフが現段階で打倒すべき最大の敵。
オレだって、ああも完敗させられると黙ってはいない。
さあ、来い。勝って勝って、オレとルドルフに喰われてしまえ。
英ダービー、キングジョージ、凱旋門賞を無敗で制したあとに、今度はそちらに屈辱的な敗北をプレゼントしてやろう。
人知れず、オレは笑みを浮かべた。
『残り600mを切りました! エルグランセニョールは7番手! 7番手に下がっております! これはピンチ! これはピンチか! 先頭はサドラーズウェルズ! 先団から抜け出したサドラーズウェルズが先頭! だがこれを昨年の英ダービー馬ティーノソが差し切ろうとしている! ここで上がってきた伸びてきたエルグランセニョール! 大外を回してエルグランセニョールがやってきた! 先頭サドラーズウェルズ、二番手ティーノソ! しかしエルグランセニョールが一気に撫で切ったァ! エルグランセニョールが抜け出した! エルグランセニョールだ! エルグランセニョールだ! そのまま! そのまま! やや引き離してゴールイン! エルグランセニョールだ! どうだ、見たか! これが日本馬だ! 鞍上小西直行、大きくガッツポーズ!
やりました! 欧州二冠達成! 次は凱旋門賞で欧州三冠、戴冠なるか!』
エルグランセニョール「欧州二冠勝った。あとは凱旋門賞だけ」
サガの者「フランスで僕と握手!」
エルグランセニョール「…………」