スペースコロニー、ブリュタールの内壁部を往く数機のモビルワーカー。
バルカ・モリソン大佐の指揮する毒ガス解除部隊である。
内壁部から隔壁外部へと通じるメンテナンスハッチまで滞りなく到達した部隊だったが、偶然にもハッチが故障していた。
故障自体は単純なもので、部隊が所持している装備でも数分あれば修復可能である。
他のハッチに移動する案も出たが、接敵の可能性やモビルワーカーの推進剤残量を鑑みて指揮官のバルカは部下にハッチの修復を指示。
部隊はコロニー公社の杜撰な管理に呆れつつ、しばらくその場で待機することになった。
「……エインズ・マーレイ。そうか、思い出したよ。
エインズの緊張を解そうと、バルカが無線で話しかける。
「……やっぱりご存知でしたか。えぇ、父は元気です」
「ううむ、すまない、答えづらいことを聞いたか。年をとると、若者とのコミュニケーションが下手になっていかんな」
「い、いえ。司令は何も悪くありません。ただ、父の名前がすこし重く感じるときがあるんです」
エインズの父であるジョゼフ・マーレイ議員は、地球連邦政府議会の改革派議員である。
ニューホンコンを本拠地とする一大シンジケートであるルオ商会や、スペースコロニーに拠点を置く企業との繋がりが強い彼は、経済的連携を通じた地球と宇宙の関係強化を模索している人物として知られていた。
連邦軍やアナハイム・エレクトロニクスと繋がり、あのアムロ・レイやブライト・ノアが所属していた地球連邦宇宙軍独立機動艦隊『ロンド・ベル隊』の創設にも間接的に関わったジョン・バウアー議員と共に、連邦の議員では
「父と比べて、僕には何もありませんから。内部から連邦を改革しようとする力もないし、父と違って僕は人見知りで。……ここに来るまで、ずっと意識していました」
無線越しにでも分かる少年の葛藤にバルカはどう声をかければいいものかと悩んだが、結局は月並みとも思える言葉をどうにか吐き出すしかなかった。
「大人の背中を見てそれに追いつこうとする志は見事だが、御父上と君は異なる人間だ。無理に同じ道を歩む必要はないだろう」
我ながらなんと紋切り型で頼りない言葉か、とバルカは思う。
こういう言葉しか若者にかけられない大人ばかりだから、
言葉にされた悩みが、本人の心のなかでどれほどの重みになっているか。
これを言葉で表すのはとても難しい。
バルカは自分が大人という体裁を整えたいがために吐き出したいまの言葉が、少年によくない影響を与えてはいないかと不安になる。
「父も同じように言ってくれました。子供の未来は、親をトレースするためにあるんじゃないって。……その言葉の意味、いまならちゃんと理解できます」
だが、そんなバルカの思いは杞憂だった。
「シャーラさんやバルカ司令、ナヴァロ少尉と出会って分かったんです。力があるからとか、誰かがやっているからやるとかじゃない。自分がやるしかないから、やりたいからやるんだって。やっとそれが理解できたんです」
エインズの言葉に、バルカは思わず破顔する。
「たとえ世辞だとしても、ありがたいことだ。ならば君は、そう思ったからこの決死隊同然のモビルワーカー部隊に志願したのかね?」
「自分の理解が間違っていないってことの証明、それもあります。……けど、一番は違って。シャーラさんの隣にいられる男になろうって思ったんです」
似ているな、とバルカは思った。
シャーラにしろエインズにしろ、普通の人間ならば無用な恥ずかしさや配慮で言えずに終わることをはっきりと言う。
「たとえシャーラさんみたいに戦うことができなくても、僕には僕なりにできることがあるって。そう思いたいからやるんです」
「ううむ、そこまで思われるシャーラくんは果報者だな」
「よしてください。僕なんて、まだまだシャーラさんに釣り合ってません」
エインズがそう言い終えたとき、ハッチの修復を行っていた人物がその完了を報告した。
「十分に、お似合いのカップルだ。これが終わったら改めてデートにでも誘うといい。結婚式には、私やナヴァロ少尉も呼んでほしい」
「き、気が早いですって!」
そういう二人の前で、メンテナンスハッチはゆっくりと開いていく。
底の見えない深海のような黒い宇宙が、その向こうに広がっていた。
◆
地球、オーストラリア大陸。
頭が茹るほどの日差しが、疎らに低木の生える荒涼とした大地に降り注いでいる。
そこにある農場の小屋で、一人の男が休んでいた。
男はいつでも青空が見られるように軒先の日陰に折り畳み式の椅子を並べ、それに座ってゆったりと水を飲んでいる。
男の名は、アラン・サザナミ。
かつてはアラン・ダレンという名で一年戦争をジオン公国軍の兵士として戦い、それ以降はアナハイム・エレクトロニクスの私兵として宇宙世紀の裏側を生き延びてきた戦士。
「……この青空の、ずっと向こうにはサイド3があるんだな」
だが、そんな戦士もいまは戦いの舞台から降り、コロニー落としと気候変動によって荒廃したオーストラリアの自然を再生しようとするサザナミ家の警備員兼従業員として、なんということのない日常を送っていた。
顎に無精ひげを生やし、作業着をだらしなく着ているその姿には、アナハイム時代の張りつめた様子などまったくない。
何処にでもいる作業員のおじさん、という表現がまさに相応しかった。
「本当に、目を離すとすぐ呆けますよね。初めて会った頃の貴方からは、想像できないくらい」
小屋のなかから一人の女性が姿を現し、そんなアランに話しかける。
リン・サザナミ。
日陰にいても輝いて見えるほど綺麗で長い金髪を首元の辺りで束ね、白いワンピースを着ている彼女の姿は、まるで絵画から切り取ったかのように美しいものがあった。
「呆けられる暇があることの幸せを、噛みしめているんだ。ついでに、こんな美人の奥さんがいることの幸福もね」
「口の方も、アナハイムの頃よりずっと達者になって。あの頃はあんなに不器用な感じだったのに」
ふふ、と口に手を当てて笑うリン。
彼女は椅子に座るアランの横に立つと、こう言った。
「……気になりますか? シャーラのこと」
「リンさんは変わらないな。相変わらず、こっちの考えていることはお見通しだ。……気にならない、といえば嘘になるよ」
アランたちは、いまブリュタールで起こっているテロについて何も知らない。
宇宙世紀百年を祝う記念式典とジオン共和国の自治権返還式を兼ねた、地球連邦政府の権威を高めるはずの盛大な式典がテロで滅茶苦茶になっていると周知されれば、向こう百年の威信に関わる。
そう考えた連邦政府は、すべてのメディアに報道管制を敷いたのである。
それでもスペースコロニーならば、アングラなメディアを通じて情報を仕入れることもできただろうが、地球に住まうアランたちにはそれすら困難であった。
かつてアナハイムの警備部に在籍していた頃のアランと異なり、いまの彼はそういった情報の収集を行わずとも良くなったというのも大きい。
「アイツは、なんというか危なっかしくてな。導火線が剥き出しの、爆竹みたいな子だ。そんなだから未だに友達の一人もできないんだと言っても、媚びてできる友達なんて要らないと反論してくる。……まったく困った子だ」
「でも、だからこそ気に入っているのでしょう?」
「まぁね。シャーラが持つ戦いのセンスは俺やジャン以上だ。一つのことを教えれば、それを翌日には十にしてきちんと吸収している」
弟子であるシャーラを、アランは端的に評する。
卓越した空間把握能力と、不測の事態にも即応できる柔軟性。
幼い頃から培われた、強い警戒心と冷静な判断能力。
そして何より、彼女のなかで消えることなく燃え続ける反骨精神の炎。
兵士としてというよりも、戦士として必要な資質をほぼすべて備えている。
それがシャーラ・サザナミという少女に対するアランの評であった。
「……あとは、頭に血が上りやすいところと、他人に対してすぐ噛みつく猛犬のような性格さえどうにかすれば、言うことなしなんだが」
「ふふっ。そこもまたあの子らしさ、ですよ」
「まぁ、そうかもな。あれくらいでなければ、生き延びることができなかったのかもしれない」
アランはまた、雲ひとつない青空を見る。
まるで、その青空を超えたはるか向こうにあるサイド3を、いまシャーラが戦っているブリュタールのコロニーを見るように。
「だが……。俺も、そしておそらくリムドも。あの子には、戦士としての道を歩んでほしくないと思っている。戦いの才能があるからこそ、それにのめり込んでほしくない。リムドがあの子を鍛えたがらなかったのは、その証拠だ」
「戦場にしか、居場所のない子にはなってほしくないですね」
「かつての俺や、リムドがそうだったように。
頭を掻き、心底から悩むアランの姿にリンは思わず笑ってしまう。
かつてガンダムに乗り、ガンダムの呪縛に悩んでいたあのアラン・ダレンが、いまではすっかり後進の育成に苦心するおじさんになった。
これほど嬉しいことを笑わずにはいられないとばかりに、リンは笑う。
「心配しなくても、あの子なら大丈夫ですよ。それに、シャーラだって年頃の女の子ですから。もしかしたら、友達どころか恋人を連れてくるかもしれませんよ?」
恋人。
リンが放ったその看過し難いキーワードに、アランは思わず眉を潜める。
「……そんな馬鹿な。あのシャーラだぞ?」
「男が思うよりずっと早く、女は成長するんです。男の人はずっと、子供みたいなものですけどね。だから可愛げもあるんですけど」
彼女はそう言いながら、ちらりとアランの方を見た。
他ならぬリン・サザナミにそう言われては返す言葉もないと、彼はまた頭を掻いて苦笑を浮かべる。
「大丈夫ですよ、アランさん。あの子は、強い子ですから。力だけじゃなくて、その心にしっかりとしたものを持っています。アランさんやジャンさん、マリアさんのように」
「……そうだな。いまはただ、あの子が無事に帰ってくることを願おう」
アランとリンは、青空を見る。
例え、地球から最も離れたサイド3であったとしても。
この青空の向こうに広がる星の海で、地球とコロニーは繋がっているのだと信じて。
二人分の祈りがサイド3まで届くよう、彼らはしばらく青空を見ていた。