XF―01、ガンダム・ユリシス。
頭頂高およそ19メートル、本体重量21トン。
まさにガンダムといえる白と青、赤のトリコロールカラーが目立つ機体である。
「ジオンって名前が、アンタらみたいな怨念を引き寄せるから!」
搭乗者はシャーラ・サザナミ。
十代の少女とは思えぬほどの操縦技術と精神力を発揮し、戦場と化した宇宙を奔る青い稲光のように素早く動いている。
Me―01E、ドルニエ。
頭頂高およそ24メートル、本体重量29トン。
ブラックグリーンとフラットグリーンというその配色はかつてのジオン公国軍モビルスーツ、ザクⅡを彷彿とさせる。
「怨念とは失礼な! 崇高な使命ですよ!」
搭乗者はザクス・ランツフート。
卓越した機動力で接近と離脱を繰り返しながら攻撃する
ナヴァロ・リードが指揮する地球連邦軍のモビルスーツ部隊とザクスの率いるモビルスーツ部隊が衝突し、入り乱れる戦場を背に
「虐殺者が、
「人殺しはお互い様ですよ!」
一見すれば、二機の戦いで主導権を握っているのはガンダム・ユリシスを駆るシャーラである。
同世代の機体とは一線を画すユリシスの性能と、機体に搭載されたサイコミュによって洗練されていくシャーラの
これらによって繰り出される怒涛の攻撃は、並大抵のパイロットであれば鎧袖一触で蹴散らしてしまうだろう。
しかし、真実はそうではない。
この戦いにおいて、圧倒的と言っていいほど有利な状況にあるのはザクスの側なのだ。
何故か。
それは彼らの目標にある明確な差が原因であった。
シャーラ・サザナミの目標とは、コロニー内部に散布される毒ガスのタイマーを起動せんとするザクスの排除。
一方、ザクスの目標は毒ガスの設置からタイマー起動、そして散布されるまでにそれを妨害するシャーラたち連邦軍部隊の排除、もしくは足止め。
つまり、制限された時間のなかで敵の殲滅を行わねばならないシャーラに対して、ザクスは時間制限がない上に敵を殲滅する必要もないのである。
「くくっ……。貴方と我々を隔てるのは、何ら合理性のない倫理や道徳という
「仕掛けてきた側が、何を偉そうに……!」
故に、ザクスはシャーラをせせら笑う。
故に、シャーラはそんなザクスに怒り、同時に焦る。
その怒りと焦りが彼女の攻め手を単調にさせていた。
いくら肉眼では追いきれないほどの動きでも、攻撃してくる場所やタイミングさえ分かっていれば凌ぐことはそう難しいものではない。
人間が目の前を飛んでいる鬱陶しい蚊をいつまで経っても捕まえられないのは、蚊の小型さもさることながら、その軌道も飛行速度も極めて不規則だからだ。
ユリシスが間合をとってビームライフルを放てば、ドルニエは回避運動に徹する。
間合を詰めてきたユリシスがビームサーベルを用いた接近戦を仕掛ければ、ドルニエはそれに応じながらも後退しつつ射撃を行い、その動きを牽制した。
ザクスはこの短時間で見抜いていたのだ。
ガンダム・ユリシスのパイロット、シャーラ・サザナミが抱える弱点。戦闘経験の乏しさからくる視野の狭さと、強すぎる反骨心がもたらす怒りを。
それでも単なる一対一のモビルスーツ戦ならば、シャーラに軍配が上がったかもしれない。
しかし、いま行われているのは戦争であり、戦争にはその規模の大小を問わず常に達成すべき目標や何らかの制限がある。
モビルスーツの操縦が上手ければ、一対一の駆け引きが秀でていれば、戦争に勝てるというわけではないのだ。
そして、そんな状況を後押しするような知らせが、ドルニエのコクピット内にあるメインコンソールに表示された。
その知らせを見たことでザクスの口角は吊り上がり、禍々しい笑みを浮かべる。
「どうやら、こうして遊んでいる間にも、働き者の部下が為すべきことを為したようです」
「何を……!」
突然、不気味に笑うザクスに対してそう言いかけたシャーラだったが、彼の笑みと言葉が意味するところを悟り、歯軋りをした。
「ガスの設置が、完了しました。……素晴らしい」
ザクスがそう言い終わるより先に、ビームサーベルを構えたユリシスがドルニエへと斬りかかる。
「やめろッ!」
背部に四本備わっているスラスターアームを駆動させ、発射された弾丸のように猛烈な勢いでビームサーベルを振るうユリシス。
だが、その刃がドルニエのコクピットまで届くことはなく、ユリシスの動きを予知していたように構えられたドルニエのビームサーベルが強烈な一撃を防いだ。
「そんなことをしたらまた多くの人が死んで、もっと多くの怒りと憎しみがばら撒かれる! 一年戦争の再現になる!」
「そうです! それをしたいがために、こんな苦労をしているのですよ!」
二機のビームサーベルの力場が激しくぶつかり合い、鍔迫り合いの様相を呈する。
「狂ってる! あんな悲しいことを、また繰り返すなんて!」
シャーラは知っている。
一年戦争からずっと、宇宙世紀には無数の怒りや悲しみがばら撒かれ続けた。
ジーク・ジオンという呪いの言葉が、いったいどれだけの不幸を生み出してきたか。
それをいま、彼女の眼前で笑う輩は意図的に繰り返そうとしているのだ。
人類という種の選別を行うなどという、狂ったお題目を革命と言い張って。
「いえいえ、むしろ前回は不十分! もっと多くの人間が死ななければ、もっとどうしようもない困難に直面しなければ、人類は劇的に変化できない! 人の革新とは、そういう犠牲の上に成り立つんですよ!」
ザクスの言葉を聞いたその瞬間、
────こいつは、生かしておけない。
心の奥底から湧き上がる怒りと殺意が、彼女の心に満ちていく。
シャーラがそうしている間にも、ザクスはまるでピアノを弾くかのような軽やかな手つきでコンソールを操作し、毒ガスのタイマーを起動した。
コンソールに表示された毒ガス散布までの時間は、僅かに30分。
その数字を見て、ザクスはまた嗤う。
「折角なので、教えてあげましょう。毒ガスがコロニーに散布されるまで、あと30分です。止めるつもりなら、急いだ方がいい。……もっとも、今さら私を倒したところでどうにもなりませんが」
己の勝利、即ちブリュタール住民の虐殺を確信したザクスは、勝ち誇った笑い声を上げた。
その耳障りな笑い声がシャーラのコクピット内部に響いたとき。
「アンタは……、殺す!」
シャーラ・サザナミの怒りは、臨界点を突破した。
咆哮にも似た殺意の発露。
漆黒の殺意が、シャーラの心を飲み込んだ。