機動戦士ガンダム 静かの海の守り人   作:ミズナス

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星海を翔る青き蝶①

 スペースコロニー、ブリュタール周辺宙域。

 

 地球連邦軍のモビルスーツ部隊とテロリスト部隊の戦いが激しさを増すなか、地球連邦軍少尉であるナヴァロ・リードは自分の脳内に、微弱な電流にも似た感覚が脳内を奔ったことに気づく。

 その電流にも似た感覚は水路から水が流れ込むように、ナヴァロの心にある少女の感情を伝播させた。

「シャーラ、貴方は引っ張られちゃいけない……」

 自らに伝わった感情の根源が、殺意に飲み込まれつつあるシャーラ・サザナミであることを察したナヴァロは、少女の抱く殺意があまりに強すぎることを危惧する。

 彼女にそう思わせるほど、シャーラの殺意は黒く、重苦しいものであった。

「そんなにも、殺意に近づいてはダメになる」

 第二次ネオ・ジオン抗争、所謂シャアの反乱と呼ばれる戦いとラプラス事変を経験した彼女だったが、こういうニュータイプ的な交信を実際に体験したのはこれが初めてであった。

「そんな思いのまま戦えば、貴方はきっと何もかもを捨ててしまう。抱いた殺意の重力に、貴方の未来が飲み込まれてしまう」

 戸惑いながらも、シャーラを止めなければならないと決意するナヴァロ。

 一人の少女が目の前で道を踏み外そうとしているのなら、大人である自分がそれを止めなければならない。

 しかし、戦況がそれを許さない。

 ナヴァロが搭乗するグスタフ・カールの周りでは、いまだに彼女の部下たちが戦いを続けているのだ。

 三倍近い機体数の差。

 刻一刻と迫る毒ガス散布までのタイムリミット。

 グスタフ・カールという最新鋭機を駆るナヴァロがこの場を離れていい理由など、何ひとつとして見当たらない。

 どうすればいい。

 そう悩みながら、ナヴァロは自らの前に立ち塞がる敵機と戦いを続ける。

 

「少尉! ガンダムは、増援が必要なんじゃ?」

 そんなとき、彼女の部下の一人が操縦するジェガンがグスタフ・カールに接近し、ナヴァロに向けてこう言った。

「なぜそう思うの?」

「よく分かりませんが。やっぱり大人として、子供を一人で戦わせるのはダメと思うんです」

 このジェガンのパイロットは、カントリークラブでシャーラと話していた人物だった。

「けれど、そんなことを言える状況じゃないわ」

()()()()()()()()()()()()。ガンダムだなんだと言っても、子供に全部を背負わせるほど 連邦軍(おれたち)は情けなくないですよ」

 決して楽観視できる状況ではないにも関わらず、こう言ってのけた部下をナヴァロは何よりも誇らしく思った。

「……()()()()()()()()、だものね」

「は?」

「貴方の申し出、感謝するわ。……ここをお願い。くれぐれも、命は大事にね」

 そう言って、ジェガンに背を向けて飛んでいくグスタフ・カールの姿を横目で見ながら、ジェガンのパイロットはコクピット内で敬礼を行った。

「少尉こそ、ご無事で」

 

 ◆

 

「アンタは、必ず殺す!」

 ガンダム・ユリシスが、搭乗者であるシャーラ・サザナミの殺意を受けて変化する。

 ユリシス(XF―01)の機体に搭載されたサイコミュが急速に高まっていく彼女の感応波を検知し、それを増幅させて機体をより高度に制御する力へと変換していた。

 白と青、そして赤のトリコロールカラーというヒロイックなパターンの塗装が施された機体が、靄のような赤いオーラに覆われていく。

 しかし、そんなオカルトじみたその現象と、機体を介して放たれる凄まじいプレッシャーに当てられてもなお、ユリシスと対峙する機体であるドルニエ(Me―01E)を操縦するザクス・ランツフートは笑っていた。

「そうです、それこそが真理! 有無を言わせぬそんな力によって弱者は淘汰され、勝ち残った強者のみが何かを残す権利を得る! ギレン総帥が見出し、私が成し遂げんとする力の革命そのものですよ!」

「一緒にすんな!」

 ユリシスの背部に備わる四本のスラスターアームがまるで翅のように展開され、殺人的なまでの加速を行う。

 その加速によってビームサーベルを構えたユリシスが、まるで瞬間移動をしたかのような速度でドルニエの前に現れた。

 ザクスは一瞬だけ白兵戦に応じるものの、まともに戦っては流石に不利だと悟って後退。

 混戦状態の戦場を駆け回って、ユリシスを攪乱しようと試みる。

 

「同じですよ! 現に、そのガンダム(ちから)がなければあなたはここまで生き残れなかったでしょう! あなたの存在そのものが、力の支配する世界の証明だ!」

 ザクスはシャーラを挑発しながら自身の僚機であるギラ・ドーガやギラ・ズールを囮のように使って、ユリシスの苛烈極まる攻撃をどうにか凌いでいた。

 ユリシスは邪魔な草木を鎌で刈り取るように、ドルニエとの間で障害となり得るそれらの機体を次々と撃墜していく。

 ビームライフルでコクピットを撃ち抜き、ビームサーベルで胴体部を切り払い、一切の躊躇なくユリシスはガンダムという機体の持つ力を証明していった。

 だが、確実にシャーラとユリシスの力は消耗している。

 いまは怒りと殺意によって無視できているものの、シャーラの肉体は機体の加速に伴う負荷で極限の状態へと近づきつつあった。

 ガンダム・ユリシスもまた、モビルスーツという機械の限界を超えた動きに機体の駆動系が軋み、悲鳴を上げている。

 このまま無茶な戦い方を続ければ、彼女の肉体か機体のどちらかが崩壊することは必然。

 そして、それこそがザクスの狙いであった。

 にやりとほくそ笑みながら、彼はシャーラに対する挑発を続ける。

「ちょこまかと!」

「見惚れるほど清々しい暴力だ! やはり、私の理論は正しいようですね!」

「べらべらと喋って……!」

 火口から湧き出る溶岩のように、とめどなく溢れる殺意に身を委ねていくシャーラ。

 そういう黒い感情が、シャーラの心をすべて塗りつぶそうとしたとき。

 忘れてはいけない何かが、シャーラ・サザナミの心からこみ上げる。

 だが、殺意に満たされたいまのシャーラでは、その言葉を表現することができない。

 ザクス・ランツフートが宣う力の理屈を否定し、塗り替えるほどの言葉を紡ぐことができない。

 

 …………シャーラさん! 

 

 届くはずのない声が聞こえて、シャーラの目が醒めた。

 無線通信など到底行えないほどの場所にいるエインズ・マーレイの声が、シャーラ・サザナミの心に直接届いたのだ。

 その声がきっかけとなり、シャーラの脳裏に幼き日の記憶が蘇る。

 

 ──強いだけでいいじゃん。これからも、腐った連邦のヤツらをぶっ倒そうよ。父さんは強いんだから。

 ──私は強くなどない。本当の強さとは、守りたいものを守れる力のことだ。失くしてはいけないものを、見失わない心のことだ。

 ──忘れるな、シャーラ。力にしか依ることのできない人間に、私のような人間にはなるな。

 

 養父であるリムド・リンクリッツの言葉が、シャーラの脳内に反響する。

「アタシ、また馬鹿なことを……」

 シャーラの殺意が、急速にしぼんでいった。

「殺すことが目的じゃない。アタシは、また力に頼って……」

 己が発露していた殺意の大きさに、それに飲み込まれて次々と殺戮を行った自らの愚かさに恐怖するシャーラ。

 そんな彼女の動揺を感じ取り、鬼神のごとき戦い方をしていたガンダム・ユリシスの動きが、緩慢なものとなる。

 その致命的な隙を見逃すようなザクスではない。

「だが、所詮中身は脆弱な小娘ですよ!」

 ドルニエはその背部ユニットから、温存していたファンネルミサイルを一発放った。

 放たれたミサイルはまっすぐに、ガンダム・ユリシスのコクピットへと吸い込まれるように向かっていく。

 我に返ったシャーラが気づいたとき、ユリシスのコクピット内ではミサイル接近の警告音がけたたましく鳴り響いていた。

 一度は紙一重でそれを回避するユリシスであったが、精彩を欠いたいまのシャーラの操縦技術ではサイコミュの誘導によって標的を執拗に狙い続けるファンネルミサイルを振り切ることができない。

 どうにか撃ち落とそうとビームライフルを乱射するが命中せず、挙句の果てにはエネルギー切れを起こしてしまった。

 このビームライフルはEパック交換式であり、小銃の弾倉を交換するような形でEパックを交換することで射撃を可能にするのだが、先ほどまでの戦いで既に予備を使い果たしていたのである。

 万事休す。

 鳴り響く警告音と速まっていく心臓の鼓動だけが、シャーラの耳に聞こえていた。

 彼女の脳裏に、これまで自分を支えてくれていた大勢の人々の顔が走馬灯のようによぎる。

 

 父さん(リムド)は、こんな愚かな自分をあの世で迎えてくれるだろうか。

 

 そんな考えが、シャーラの口から漏れ出そうになった瞬間。

 一機のモビルスーツ、グスタフ・カールがユリシスの前に盾となって立ち塞がる。

 だが、ズサのミサイルを凌いだシールドはグスタフ・カールにはもう存在しない。

 直撃だった。

 ファンネルミサイルはグスタフ・カールの背部に着弾し、爆発による閃光がユリシスのモニター一面に広がる。

 ナヴァロ・リードが、シャーラ・サザナミの目の前で死んだ。

 

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