機動戦士ガンダム 静かの海の守り人   作:ミズナス

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星海を翔る青き蝶②

 不思議な空間だった。

 先ほどまで戦場の中心でザクス・ランツフートの乗るドルニエ(Me―01E)と戦っていたはずのシャーラ・サザナミはいま、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にいる。

 そして、その空間には彼女の目前で死んだはずのナヴァロ・リードもいた。

 

 シャーラを庇い、乗機のグスタフ・カールもろとも消え去ってしまったナヴァロだったが、そんな彼女が浮かべる表情は極めて穏やかなものだった。

「気に病むことはないわ。これが戦争だもの。貴方が死ななくて、本当に良かった」

 そう言って穏やかに微笑むナヴァロの顔を見た瞬間、シャーラはボロボロと大粒の涙を流す。

「ごめんなさい、少尉……。アタシが、弱かったから。アタシが……」

「だから、謝る必要なんてないのよ。私は自分の意思で貴方を庇った。貴方を守りたかったから。そこに後悔や恨みなんてあるはずがない」

 幼子を諭すように優しく穏やかな声で話すナヴァロ。

 一方、シャーラは普段の勝気な彼女からは想像できないほど、弱々しいただ子供のように顔を伏せて泣き続けている。

 彼女の両親。

 リムド・リンクリッツ。

 そして、ナヴァロ・リード。

 シャーラ・サザナミという少女の目の前で、彼女にとって大事な人物が死ぬのは三度目だった。

 どれだけ強がり、信念で奮い立たせようともまだ十代半ばの少女であるシャーラの心に、この過酷な現実は耐えられないほどの負荷を与えている。

「でも、アタシがあのとき迷わなければ、少尉は────」

 壊れかけの心から溢れ出る涙で、シャーラの頬は濡れるばかりだった。

 

「シャーラ・サザナミ! お前は泣くために、悔いるために戦場(ここ)へ来たのか! 戦士としてのお前の覚悟は、その程度なのか!」

 一転して、ナヴァロは新兵を訓練する鬼教官のような気迫の籠った大声で、シャーラを叱咤する。

 そして、そんなナヴァロに驚いたシャーラが泣き止んだのを見て、彼女は申し訳なさそうにはにかんだ。

 ナヴァロも理解している。

 どれだけ戦士としての技術と資質を備えていようとも、シャーラはまだ十代の少女だ。

 本来ならば学校に通い、友人たちと他愛はなくとも大切な青春を謳歌する年齢である。モビルスーツに乗り、戦場を飛び回ることなどあってはならない。

 数奇な運命でシャーラ自身がガンダムのパイロットとなることを選択したとはいえ、彼女に戦うことを強いるなど大人のすべきことではない。

 しかし、いまとなってはそれを言うには遅すぎる。

 ナヴァロは死に、シャーラを戦場に残していってしまう以上、ナヴァロ・リードには例え厳しく叱咤することになったとしても、シャーラ・サザナミに()()()()()()()()()()()()()()()があったのだ。

「子供は迷いや過ちを重ねて大人になるものよ。そして、大人はそれを支えながらも見守るのが役目。それが子供に与えてあげられる、一番の贈り物だから」

「でも、アタシは少尉から……。ううん、ナヴァロ・リードから与えられてばかりだった。結局アタシは、ナヴァロに何も……」

 シャーラは思いだす。

 亡き養父であるリムド・リンクリッツの墓前で、彼女は自分もまた何かを受け継いでいける者に、その強さで何かを与えられる戦士になろうと誓った。

 だが所詮自分はか弱い子供でしかなかったのだと、シャーラは情けない気持ちで心が押しつぶされてしまいそうだった。

 

 そんなシャーラの頬を、ナヴァロがゆっくりと撫でる。

 まるで幽霊のような姿になってしまったナヴァロだが、その手には確かな温もりがあった。

「そう思ってくれるなら、貴方はまた別の誰かに、何かを与えていきなさい。与えられたものを次の時代に、貴方が大人として受け継いでいくの。……今なら私にも理解できる。()()()()()()()()()()()()()

 自分が流した涙に濡れて冷たくなっていたシャーラの頬に穏やかで、けれども確かな温もりが宿っていく。

 死にゆくナヴァロ・リードから与えられた心の熱が広がるようにシャーラの頬から頭、やがて身体全体へと熱が伝わっていった。

「貴方を見れば、よく分かる。貴方は色んな人から色んなものを与えられたことを、よく理解している。そして、それを強さに変えて次へと受け継ごうとしている。自分がしてもらったことを、他の誰かにもしてあげようとしている」

 少しずつ、ナヴァロの姿が蜃気楼のように曖昧なものになっていく。それに従って、彼女の声も壊れかけたラジオのように、途切れ途切れとなった。

「……だい、じょうぶ。シャーラ・サザナミ、貴方なら、できる。その心は、きっと、貴方を助けてくれる」

 そして、別れのときが訪れる。

「前を、向きなさい、まっすぐに。貴方の隣には、みんなが────」

 ナヴァロ・リードの声が、途絶えた。

 彼女の姿もまた、まるで最初から見えていなかった幻かのように消える。

 シャーラの目の前でまた一人、彼女が好きだった人間が死んだ。

 

「……ナヴァロ、少尉」

 震える声でそう呟きながら、宇宙の暗闇が映し出されている全天周囲モニターへと手を伸ばしたシャーラは、自分がガンダム・ユリシスのコクピットに座っていることを思い出した。

 大きな悲しみが、シャーラの心に生まれている。

 だが、彼女はもう涙を見せない。もう怒りで我を忘れない。

 シャーラは、理解していたからだ。

 ナヴァロが最期に遺そうとした言葉を。彼女が己の命を賭してまでシャーラに伝えようとしたこと、受け継がせたかったものを。

 だからこそ、シャーラ・サザナミは前を向くのだ。

「分かってる……。泣くことも、怒ることも後回し」

 あてどなく暗い宇宙へと広げていた掌、その指の一本一本に力を込めてグッと握り、シャーラはユリシス(XF―01)の操縦桿を握り直す。

 悲しみと怒りを押さえつけ、溢れ出そうになる涙を堪えて、シャーラは前を向いた。

 だがそれは目前の敵、ザクス・ランツフートを殺すためではない。

 彼女が見るのは、自身が生きていく明日。

 敵や戦場、纏わりつく過去やしがらみ。

 そういった壁の向こうにある、エインズ・マーレイと生きる明日、大切な居場所で生きる未来を目指すために。

 シャーラ・サザナミは、前を向くのだ。

「……翔ぶんだ。あの壁を超えて、前に」

 

 彼女のその声に、ガンダム・ユリシスのサイコミュが応えた。

 機体背部にある四本のスラスターアームの形状が変わっていく。

 これまでの機械的で十字架のような形状だったスラスターアームの表面から放熱板が展開され、スラスター噴射の青い光を放つ有機的な見た目の翅へと変化。

 ガンダムという名が相応しい、或る種の煌めきを放つ機体となった。

 ガンダム・ユリシス、それに搭載されたコンピューターがシャーラ・サザナミを、ユリシスのパイロットとして認めたということである。

 まるで蛹から蝶が孵るように。

 幾多の悲しみを乗り越えて、いまここに青き蝶が星の海を翔る。

 

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