機動戦士ガンダム 静かの海の守り人   作:ミズナス

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星海を翔る青き蝶③

 いくつもの涙を乗り越えて、シャーラ・サザナミは本当の意味でガンダムのパイロットとなった。

 シャーラ・サザナミという少女の思いに、ガンダム・ユリシスが応える。

 ガンダムという名に相応しい、特別な機体へと変貌を遂げる。

 それは黒い宇宙(そら)で羽ばたく、青い蝶の出現であった。

 

 まさに自在、まさに自由。

 

 宇宙という無重力空間を己の空として、一切の制約を振り払ったように飛翔する一対の煌めく青い翅。

 推進剤とAMBACを用いた機動という物理的現象を超越したその動きはまさに、星の海を翔るという表現こそ相応しい。

 そしてユリシス(XF―01)が生み出したその凄まじい移動速度は、ドルニエ(Me―01E)のコクピットに座るザクス・ランツフートの視界に分身のごとき青い翅の残像を無数に生み出していた。

 まるで、宇宙空間で群れを成す青い蝶の幻覚を見ているかのような光景。

 勝利を確信し、自らの思想が実現することに歓喜していたザクスの表情が一転して強張る。

「げ、幻覚! ハッキングか、さもなくば魔法でも使ったと⁉」

 無論、それはハッキングでも魔法でもない。

 これらの青い蝶のような残像の正体は、ユリシスの尋常ならざる高速機動によって高熱を帯びた機体表面の塗装や装甲が剥離した()()()()()であった。

 それがドルニエのセンサーを狂わせ、あたかも質量を持った青い翅の残像が無数に生み出されたかのようにモニターへ映し出されたのである。

「こんなありえないことが……!」

 ドルニエはビーム・マシンガンを乱射するが、そのどれもが残像を撃ち抜くばかりでユリシスの本体には掠りもしない。

 そうしている間にも、次々と青い蝶の幻影はドルニエの周囲を取り囲んでいく。

「人は、独りじゃ歩いていけない! なのに、アンタみたいなヤツが人の大事なものを壊すから!」

「子供じみた、甘えた理屈を……!」

「子供にだって分かることを、大人のアンタが理解していないだけだ!」

 

 こうなると、最早ザクスも手札を温存しておくなどという悠長なことを言っていられなくなった。

「他者に依存することなく、己の力で立つことこそが強者の資格! 他者に依存し、その無力さを恥じることなく怠惰な生を肯定する弱者に、慈悲も救済も不要なんですよ!」

 ビーム・マシンガンではユリシスの非現実的な動きを捉えきれないと判断したザクスは、奥の手というべきファンネルミサイルを連射。

「己の愚かさに埋もれて死んでいく人類を、私が剪定してやると言うんです!」

 ドルニエの背部から間断なく放たれたミサイルの群れは、獲物の喉笛に食らいつこうとする無数の蛇のようにガンダム・ユリシスを追跡する。

「誰かを見下して、理解したつもりになって、何様のつもりよ!」

「誰かがやらなければならないんですよ! 甘ったれた倫理観を切り捨てられる、本当の大人がね!」

 作り出された青い蝶の幻影共々ユリシスを撃墜しようと、宇宙空間をねずみ花火のようなすばしっこい動きで飛び回るファンネルミサイル。

 しかし。

「違う! アタシは知ってる、本当の大人っていうのは何かを諦め、切り捨てるヤツじゃない! 少しでも未来が明るいように、何かを残そうとする人たちのことだ!」

 そんなファンネルミサイルを以てしても、いまのシャーラ・サザナミとガンダム・ユリシスを止めることはできない。

 物理現象の枷も、ザクス・ランツフートの理屈も、自らの身に降りかかった悲しみも。

 すべての障壁を乗り越えて、シャーラ・サザナミとガンダム・ユリシスは()けた。

 シャーラの脳裏に、これまで彼女が出会った大人たちの声と姿がよぎっていく。

 

 ──忘れるな、シャーラ。力にしか依ることのできない人間に、私のような人間にはなるな。

 

 リムド・リンクリッツ。

 両親を戦争で失い、難民キャンプを転々としていた名もない少女を拾い、シャーラ・リンクリッツとして育ててくれた。

 彼と出会わなければ、いまのシャーラは名前もない少女として何処かで野垂れ死んでいただろう。

 そして、ジオン残党であるはずのリムドが戦いから自らを遠ざけてくれたからこそ、シャーラはジオンという呪いの言葉に飲まれることなく、生きてこられたのだ。

 

 ──あの極光のように、少しでも温かい光が俺たちの次の時代にも広がるように、俺は俺ができることをする。

 

 アラン・サザナミ。

 リムドを失い、生きる目的を見失っていたシャーラを鍛え、シャーラ・サザナミとして生きる道を、本当の強さを持つ戦士になる道を示してくれた。

 彼やリン・サザナミは複雑な生い立ちのシャーラを優しく迎え入れ、彼女にとってサザナミ家は新しい家族となった。

 

 ──気に病むことはないわ。これが戦争だもの。貴方が死ななくて、本当に良かった。

 

 ナヴァロ・リード。

 地球連邦軍の軍人として、そして一人の大人としてシャーラ・サザナミと真正面から向き合ってくれた。

 未熟な子供でしかなかったシャーラを守り、その明日が少しでも善いものになってほしいと願い、戦いのなかで死んでいった。

 

 彼女がこれまで出会った者たちの思い、彼女の大事な居場所だった人たちの願いが、彼女の背中を支えている。

「アタシは知ってる! 少しでも未来が良くなるように、少しでも誰かが救われるように戦い続ける人たちを!」

 かつて、シャーラは世界に絶望していた。

 自らを生んでくれた両親が戦火に焼かれたとき、彼女は世界をまったくの出来損ないだと恨んだ。

 そして、リムドに拾われて幾つもの戦場を見て回るうちに、その恨みは諦めに変わろうとしていた。

 弱者が強者によって虐げられ、他者を踏みつける冷酷さと力を持つ者だけが生存と繁栄を許されるのがこの世界の道理なのだと。

 幼き日のシャーラはそう諦めて理解することで我が身に起こった不条理、理不尽を飲み込もうとした。

 だが、そうではない人たちもいるということをいまの彼女は知っている。

 力を振るうことの意味、何度も繰り返される愚かさと悲しさを見てもなお、それだけではないはずだと抗い続ける者がいるのだと。

 本当の反骨精神とは皮肉と冷笑で世界を諦める卑屈な精神ではなく、どうしようもないとされた世界でも抗い続ける気高い精神なのだと知っているのだ。

 

「アタシは負けない! 自分の諦めや絶望を、他人に押し付けるようなヤツに! 人を孤独に、不幸にしようとする理屈に!」

「小賢しい戯言を!」

「消えろ! 絶望!」

 黒い宇宙を舞う無数の青い幻影のなかから、ビームサーベルを振り上げたユリシスがドルニエに向かって突っ込む。

「ぐうっ、小娘ェ!」

 苦悶の表情を浮かべ、それをどうにか回避しようと試みるザクス。

 勢いよく振り下ろされたユリシスのビームサーベルは、咄嗟に引き下がったドルニエの腰部スカートを切り裂く。

「仕留めてない!」

「墜ちるんですよ!」

 ドルニエが構えていたビーム・マシンガン、その銃身下部に装着されている単発式ビームショットガンが火を噴く。

 拡散された光線はビームサーベルを構えていたユリシスの右腕部を粉砕。

 粉々になった腕部の部品が宇宙に散らばる。

「ぐっ、負けるもんかぁ────ッ!」

「願いだけで勝てるものか!」

 右腕部を破壊され、大きく姿勢を崩すユリシス。

 そんなユリシスをドルニエは右脚部で蹴りつけ、距離をとった。

「ファンネルミサイル! 諦めろ、小娘!」

 ドルニエの背部から、一発のファンネルミサイルが放たれる。

 絶体絶命。

「願うから、熱が生まれる! 諦めないから、力が出るんだ!」

 ガンダム・ユリシスの頭部で光るツインアイが、まるで綺羅星のごとく煌めいた。

 ユリシスの腰部側面に備わるビーム・カノンが、ドルニエを捉える。

 外しようのない距離。

 

「通せ────────ッ!」

 

 奔る閃光。

 直後。

 凄まじい熱量を伴った光の柱が、二門のビーム・カノンから放たれた。

「わ、私の革命が────!」

 宇宙すら切り裂きかねないほどの強烈な熱と光が、ファンネルミサイル諸ともドルニエを薙ぎ払う。

「ジ、ジーク・ジオ……!」

 消し飛んだ、という表現がまさに相応しい。

 ユリシスのビーム・カノンから放たれた光線が消えたあと、ドルニエとザクス・ランツフートは初めからそこに居なかったかのように消え去った。

 右腕部が欠損し、もはや動くことすらできないほどエネルギーを消耗したユリシスのコクピットで、シャーラは己の勝利を噛みしめながら言う。

「そんな言葉、誰が次の百年に持っていくものか」

 シャーラ・サザナミは生き残った。

 多くのものを失いながらも、彼女は勝ったのだ。

 

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