インダストリアル5、三番ターミナルには今、二機のモビルスーツだけがある。
普段ならば入港する艦船や、積み荷の搬入作業などで慌ただしく動く人々や機械で賑やかな場所も、現在は無重力と静寂が支配していた。
入港した二機のモビルスーツの内の一機、プルス・ディアスのコクピットから自動小銃を持って姿を現したのは、アラン・ダレン。
ノーマルスーツを着用している彼のバックパックには、応急手当用の道具と自動小銃の予備弾倉を幾つか詰め込んでいる。
アランの表情には、鬼気迫るものがあった。
彼は足全体を使ってプルス・ディアスの胸部装甲を蹴り、それによって無重力の海と化したターミナル内を速く泳ぐ。
「隊長! 単独では危険です!」
そんなアランを追って、デミ・ドーガのコクピットから飛び出したのはマリア・リアス。
彼女も手に自動小銃を持ち、白兵戦に備えている。
管制室へ急ぐアランだったが、マリアに呼び止められて近くの壁にあった取っ手を掴んで停止した。
「すまない。だが、一刻も早く人質を助けなければならないんだ」
「……何か、特別な事情があるのですか?」
どうにかアランに追いつくマリア。
「俺の友人が一人、残党共に捕まっている」
「それは、先ほどのサザナミ家と……。いえ、なんでもありません。隊長が救いたいというのなら、私もそれに従います。ご指示を、隊長」
長くアランの下で戦ってきたマリアは、今回の彼の様子は明らかにいつもと違うと分かっている。
だが、彼女は余計な詮索をしない。
それはこの場所がまだ戦場であること、そして何よりもアラン・ダレンという人物が、何の理由もなくここまで必死にはならないと信頼しているからだった。
「ありがとう、マリア。恩に着るよ」
「構いません。そんな隊長についていくと、ずっと前に決めていますから」
「……助かる。管制室はこの棟の五階だ。目の前の通路をまっすぐ行って、突き当たりのエレベーターに乗るぞ。俺が先頭を行く」
「了解です」
アランとマリアは通路を進み、これといった抵抗を受けることもなくエレベーターの前にたどり着く。
「待ち伏せをする場所は、いくつもあった。だが、その気配はない。酸素が供給されている区画に入っているから、爆発物の罠があるかとも思ったが、それも見当たらない……」
エレベーターのボタンを押し、その両側で自動小銃を構えるアランたち。
「敵は素人同然か、よほど人数が少ない。或いは、その両方という可能性もあります」
「いずれにせよ、管制室では流石に手荒い歓迎を受けるだろう。正面から仕掛けるのは避けたい。マリア、何かいい方法はあるか?」
「ひとつだけ。人質がどう捕まっているかはともかくとして、少なくとも機先を制することはできる作戦があります。作戦というほど凝ったものでもありませんが、この大きさのエレベーターなら可能です」
思案する間を挟むことなく、アランは頷いた。
「それでいこう」
「はい、隊長。その方法は────」
五階、管制室。
そこには壁に張りついて両手を上げているターミナルの職員や警備員が五名と、拳銃や自動小銃で武装したネオ・ジオンの残党を名乗るテロリストが四名。
そして、電子式の手錠で両手を拘束されているサザナミ親子の姿があった。
この空間には酸素が供給されており、テロリストとサザナミ親子以外にノーマルスーツを着用している者はいない。
「クソッ! 表にいた船も、モビルスーツもやられちまった! こっちは単なる陽動だって話だろ!」
「しらねーよ、そんなの! とにかく、こっちには人質があるんだ! こいつら
何を決めるわけでも、周囲を警戒する様子もなく、ただ慌てるだけの五人。
商人の娘でしかないリン・サザナミの目から見ても、この五人が何かしらの形で訓練を受けた兵士には到底思えなかった。
「……お父様。多分ですけれど、この人たちは」
金髪碧眼の少女、リン・サザナミは隣にいる父に小声で話しかける。
彼女の父、アキオ・サザナミはヘルメット越しにでも分かる鋭い眼光と、蓄えたあごひげが印象的な男だった。ノーマルスーツのサイズが娘のリンとはひと回り以上も違うことから、体格もそれなりに大きいのだと容易に推測できる。
「あぁ、素人だな。一年戦争の新兵を思い出す。勢いのある時は熱に浮かされ、負け始めると慌てて使い物にならなくなる」
「お父様、一年戦争に従軍していたんですか?」
「連邦軍として
その時、テロリストの内の一人が昇ってくるエレベーターに気づく。
「お、おい! エレベーターが動いているぞ!」
その声に、管制室にいた全員がエレベーターの方を向いた。
二階。
三階。
そして、四階。
カウントダウンのように、各階層のランプが点滅していく。
「こ、こっちのモビルスーツと船を沈めたヤツらだ……! 間違いねー!」
「ば、馬鹿! こっちは四人で、銃も持ってる。人質だっているんだ。どうとでもなるって!」
狼狽するテロリストたち。
彼らの事情などお構いなしに、エレベーターは五階で止まる。
テロリストの内、三人がエレベーターの扉の前で銃を構え、残りの一人が人質に銃を向けていた。
エレベーターの扉が開くまで、一瞬の間。皆、瞬きひとつせずにそこを向いている。
しかし、開いたエレベーターの中には誰もいなかった。
「は、はぁ? なんだよ、一体どういう……」
拍子抜けしたテロリストの一人が、ゆっくりとエレベーターの中へと足を踏み入れた。
その瞬間、弾丸がテロリストの脳天を貫き、鮮血がノーマルスーツのヘルメット内部に充満する。
驚きと恐怖にテロリストが声を上げる間もなく、エレベーターの天井に張りついていたアランとマリアが管制室へと突入した。
アランは天井を蹴ってエレベーターの床部分にいったん足をつけた後、テロリストの死体を盾に使いながら、床を蹴ることで勢いよく内部へと入る。
ワンテンポ遅れてアランたちの攻撃に反応したテロリストの二人がアランに銃を向けるが、それをエレベーターの天井から逆さになったままのマリアが銃撃。
一人はヘルメットに、もう一人は右肩に弾丸を喰らい、あっけなく無力化される。
慌てて人質を盾にしようとした最後の一人も、死体の盾を外したアランによって頭部と頸部、胴体に三発の弾丸を受けて動きが止まった。
圧倒的な白兵戦の練度の差。テロリスト側は結局、一発も発砲していない。
「……クリア。室内の制圧、完了。人質に負傷者なし」
アランのその言葉を受けて、マリアがヘルメットを脱いで人質だった人々に話しかける。
「皆さん、私たちはアナハイム警備部の者です! このコロニーを占拠しようとしていたテロリストは、もういません! 目を床に落として、周りを見ないようにしながら、私の誘導についてきてください!」
人々の間に、安堵の声があふれる。
だが、アラン・ダレンとリン・サザナミの間には、重たい空気が流れていた。
「……こんな形での再会になってしまって、すまない。言い訳をするつもりはない。これが俺の仕事だ」
「謝ることなんて……。けれど、すいません。少しだけ、時間をください。
アランもリンも互いに目を伏せ、相手の方をまっすぐには見れなかった。