「コロニーのときはごめんなさい。せっかく助けてもらったのに、あんな態度をとってしまって……。けど、驚いたでしょう? わたしから連絡がくるなんて」
「あ、あぁ……。まさか、警備部の待機室に直接連絡がくるとは思ってなかったよ」
「ふふっ、あんなことが起こった後だから、ちょっとしたサプライズでもあった方がいいなと思ったんです」
月面都市グラナダの公園で、アラン・ダレンとリン・サザナミは並んで歩いている。
レンガが敷かれた道。
透き通った水の湧き出る噴水。
子供たちが楽しそうに駆け回る芝生。
地球にあるものと同じように作られた場所だが、間違いなくここは月面に作られた都市であり、そこにある自然や重力は全て人工のものであった。
隔壁一枚の向こうにあるのは、どこまでも続く真空と無重力の支配する暗い宇宙。
過酷な環境の中に作られた、砂上の楼閣なのだ。
「あぁ、確かにサプライズだったよ。もっとも、俺よりも部下たちの方が驚いていたが」
歩く二人。
元兵士でありリンよりも身長の高いアランの歩く速度、そして歩幅は彼女にとっては速かった。
普段のアランならば、そういったところへの気遣いも忘れないだろう。
だが、今のアランの心にはそんな余裕がなかった。
勘の良いリンはそのことに気づき、アランの進行方向に走って先回りすると、少しむくれた顔を彼に見せる。
「
「……すまない。少し、悲しいことがあってね」
リンの言葉に気づかされ、頭を下げるアラン。
そんなアランの様子を見たリンは、ゆっくりと近くにあるベンチを指さした。
「あそこ、座りましょう。そして、わたしに話せる範囲でいいので、話してみてください。何事も、伝えないと始まらないことってありますから」
アランとリンが、ベンチに座る。
「死んだと思っていた友人が、倒さねばならない敵になって現れたんだ。ただの敵じゃない、過去の怨念や怒りをもった、亡霊のような敵になってね」
アランの話を、リンは黙って聞いていた。
「あいつは、俺が倒さなければならない。いまは、確かにそう思えている。だがもし、その友人を前にしたとき、同じように思えているか分からないんだ。自分の中の戦う理由が、見つかっていないからかもしれないが」
「見つかって、いないんですか?」
「あぁ。一年戦争で見失ってから、ずっとね。……こうやって、俺のようにただ漠然と戦うようなヤツがいるから、この宇宙から戦争がなくならないんじゃないかと、思うときもあるんだ」
アランは、深くため息をつく。
その表情には、決して部下たちの前では見せないようにしてきた、疲れと迷いがあった。
「そんな戦いの中でも、どうにかして自分の救えるものは、救ってきたつもりだが……。それも単なる自己満足かもしれない。所詮、どこまでいっても兵士は兵士ということかもな────」
「じゃあ、インダストリアル5でわたしや父を助けてくれたのも、そういう漠然とした罪悪感から、ですか?」
「それは違う! 俺は、キミとまた話したいと思った! そして、目の前で戦いに関係のない人たちがまた死んでいくのを見るのは、もうごめんだと思ったから……!」
リンの問いに、アランは慌てて返事をする。
その返事に、リンは笑った。
「見つかってるじゃないですか、戦う理由」
アランは困惑して、言葉に詰まっている。冷静沈着で、はっきりと物事を判断する隊長としての彼からは想像もつかない様子だった。
「わたしは、少なくとも隊長さん……。いえ、アランさんに救われましたよ? 今だって、こうして怪我もなく生きています。そういう人って、他にもいると思いますよ」
「だ、だが俺は戦いの中で多くの人を殺し、それでもまだ戦い続ける愚かな男だ。俺が戦いをやめていれば……」
「アランさんがやめても、戦いはきっとこの世界からなくなりませんよ。水や土、血に染まるものが沢山あった地球に人類みんなが住んでいた時も、争いは絶えませんでしたから。多分、人間はずっと戦い続けるんだと思います。父も、そう言ってました」
一瞬、リンは目を閉じてから、彼女はアランの手を握る。
操縦桿と銃把を握り続けてきた兵士の手に、傷ひとつない白く繊細な手が触れる。
「罪だけを、数えないで。あなたに救われた命が、少なくともここにひとつある。コロニーでわたしのことを助けてくれたあなたの目には、確かに優しさと勇気の光があった」
リン・サザナミの瞳が、アラン・ダレンの瞳をまっすぐに捉えていた。
言葉だけではなく、リンの心がまっすぐにアランと向き合っている。
「わたしはアランさんみたいな人、いいと思います。繰り返される悲しみや痛みの中で、少しでもそれをなくそうとするその心、とっても好きです。だから、誰が何と言おうと、それを自分で見失わないでください」
リンのその言葉は、アランにとって求めていた救いであり、探していた答えだった。
彼女の救われたという声が、彼にとってはかけがえのない救いだったのだ。
震えそうな声をどうにかこらえ、流れ落ちそうな涙をどうにか瞬きで誤魔化すアラン。
「……敵わないな、キミたち親子には。色んな理屈を超えて、心の言葉をこちらに直接投げ込んでくるのだから」
「けど、アランさんにはこれくらい言わないと、伝わらないと思ったので。アランさんがこの公園に向かったあと、マリアさんからも言われたんです。隊長はどうしても、立場や他人を気遣ってしまうから、ぐいぐいと踏み込んでほしいって」
「なんだって、マリアが……?」
口をぽかんと開けて心底から驚くアラン。
リンは初めて見るそんな彼の表情があまりに可笑しく、手で口を覆って笑う。
「はい。こちらの連絡先を前もって父に聞いていたみたいで。すごく丁寧でしたけど、どこか怒っている感じでしたよ。歳は離れていても同じ女ですから。マリアさんが怒る気持ちも分かります」
「そうか……。確かに、付き合いの長いマリアにも相談すべきだったな。あとで菓子のひとつでも持って謝るか……」
「アランさん、隊長じゃないときは結構
そうやって、アランとリンはひとしきり笑っていた。
「────なぁ、リンさん。キミはこのグラナダという都市が好きかい?」
公園の風景を見ていたアランが、リンにふと問いかける。
「えぇ、アランさんたちのおかげで、すごく好きになりました。地球と変わらないくらいの場所だから、じゃなくて。ここに住んでいる人や、ここの風景が好きになりました。過酷な宇宙でも、頑張って暮らしている人たちが」
「俺もだ。一年戦争が終わってから、ずっとこの街で暮らしていたからね。行きつけの店や親しい友人、好きな風景も全部ここにある」
二人の頬を、風が撫でた。
コロニーや月面都市の天候や気候はすべて管理されており、いま吹いた風も当然、人工的に作られた偽物の風である。
だが、そんな風もアランは好きだった。
たとえ自然のものでなくとも、この街にあるもの全てがアラン・ダレンにとっては本物であり、かけがえのない大事なものであった。
「この都市の反対側にあるフォン・ブラウンでも、こうやって暮らしている人がいるんだ。知っているかい、リンさん。あそこには、人類が初めて降り立った
「いいですね。行ってみたいです、わたし」
「あぁ。良いところだよ、フォン・ブラウンも。アナハイムという企業には、うんざりしているがね」
アラン・ダレンは空を見る。
隔壁の内面に描かれた偽りの空、その向こう側。資源衛星が落ちてこようとしている、その
「守ってみせるさ。俺の大事なものだからね」
アランはリンの方を向き、そして微笑んだ。